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第4章 交錯する想い~それぞれの絆
(1)新月の筒塔牢
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日が沈む少し前、ハワードから、交信が入る。
(おーい、そっちどんな感じだ?)
(うーん、予定通りに動くけど。どうやら面倒くさいことになりそうだ)
(あん? どう言う意味だ?)
(魔境国の人だから、魔境獣を飼っているよな?
どうもそれを王の身体に入れているんじゃないだろうか?)
エリオルの言葉を速攻で分析するハワード。
(王の側には居ねーのか。まあ、そうかもな。
お前みたいに王ではないだろうから、自分の身体と共有してる訳でもないだろうし、交信はこんな感じでできるんだろうしな)
(つまり、その魔境獣を仕留めても、彼自身は生き続けることができるということだよな)
(ああ、理論上は。俺も魔境国の人間に会ったことはないから、よくは分からんが)
ハワードも今イチ知らないことが多いのか、手探り感が伝わって来る。
ちなみに、王の獣は身体を完全に共有している為、獣が死んでしまうと王も短命になってしまう。
(その場合、王はもう、ダメなんだろうか?)
(ダメな感じだったのか?)
(ああ、キールの感想を鵜呑みにするとそうなるが。
ただし、キールも初めて過ぎて若干、パニクっている感じは受けたから、全部見えているかは謎だけどな)
エリオルはこの段階でも、かなり冷静に物事を分析していた。
(身体を乗っ取られているなら、引き剥がせば大丈夫な気はするがな。いわゆる仮死状態じゃないのかな?)
ハワードは自分に獣がついていなくても、エリオルの聖霊獣とかなりな割合で交流していたため、何となくイメージはできる様だ。
(そうだ、そっち大丈夫?)
(ああ、キールたちが居るせいか、全然動きがない!
ただし、ちょっと見た限りでも相当な人数だぞ。
アーメルの女性だけの場所も気にはなるが、一応、俺とアーメルはライアスの聖霊獣に内容報告する手筈をつけた上でここにいるから、ライアスには一応、ニュアンスは伝えておく)
エリオルはどのタイミングでライアスに現状報告しようか迷っていたのだが、そこは考えなくてもいいらしい。
(ありがとう、ハワード。どのタイミングで報告しようか迷っていたんだよ)
(だろうな。後は合流してからだ。だけど、別檻に入れられる可能性もあるからな)
それはかなりな確率であり得ることだった。
(そしたら、こんな感じで喋ればいいよ。とにかく、無事でいてくれ)
(オッケー。そっちもな。じゃあ、後で)
ハワードとの交信の後、再度、可能性を模索する。
丁度、みんなでお茶を飲みながら、のんびりしていた。
「キルシュ、仮にお前がライアス王から剣をプレゼントされたとして、それが、ちょっと怪しい代物でも、ありがたく使うか?」
急に話を振られてビックリ顔のキルシュだったが、普通に考え始める。
「まあ、ライアス王からはないだろうけど、もし、そういう場面があったとしたら、ありがたく使うだろうな。
自分の仕える王がくれたものなら、それは特別の意味を持つだろうから」
この場合はもらった人が王なので少し状況は違うが、魔境王からの贈り物と言われれば、嫌とは言えない状況にあったことは十分に考えられる。
「なるほど、そうなんだな。じゃあ、やっぱり剣だな」
「エリオル、もうちょっと分かりやすく言ってくれねーかな。
何も分かんねーんだけど」
キルシュが若干の苦情を言う。
「ああ、ごめん。今頭の中で整理中だから、その時が来たら言うよ。キルシュが一番、適任だと思う」
近づかなくてもかなりな威力で破壊できる剣。
王が身に付けている剣を壊すには何よりも最適だろう。
「まあ、何かよくわかんねーけど、よしとするよ。
そのかわり、ちゃんと王様を助けてくれよな」
「ああ、分かっている。キルシュも姫君の救出を頼む」
「OK! 今日は豪勢な食事を早めに取って、夜の本番に備えようぜ!」
「オー!!」
周りの野盗さんたちはノリノリで楽しげだ。
変に悲壮感がないことは大いにプラスだ。
すぐに、少し早い夜の宴が始まったことは言うまでもない。
それから夜が来て・・・・・・
みんな行動を開始すべく、集合していた。
それまでたらふく食事を楽しんで、お酒も飲んだのだが、みんな酔っ払うことなく、しっかりとしている。
クルドは事前に二班に分けてくれていた。
ひとつは速攻でかく乱させつつ、捕まる班。これを第一部隊とする。もうひとつは、キルシュを牢に送り終えた後、捕まる班。
これを第二部隊とする。
どっちも大事な役目なので、失敗は許されない。
「マクアス、練習は頭に入っているな?」
エリオルの問いかけに大きく頷くマクアス。
「はい、大丈夫です。この弓矢とエリオルの光があれば。
がんばります!」
とにかく前向きで真剣で一生懸命のマクアスは、単に流れで連れて来ることになってしまったのだが、大いに活躍してくれそうだ。
「ああ、絶対に大丈夫だ! 一緒にがんばろう!」
「はい!」
嬉しそうなマクアスの顔。
先生は苦手と言いながら、結構先生も向いているんじゃないか?
と心の中で思うキルシュだった。
「よし、出発だ!」
クルドが元気に宣言して、十数人の部隊は行動を開始した。
普通、新月は暗闇になるので行動するにしても、小さなランプを腰に下げる。ただし元々夜なんで、新月でなくてもランプは必須ではある。
だが、今回は腰に下げず、手に持って歩くことにした第一部隊。
まあ、捕まるのが目的なので、目立つ方がいいということで、このスタイルになった。
少し離れて、第二部隊は腰に付けたランプの光を頼りに、筒型塔の牢屋を目指す。
「こっちで合っているよなあ?」
キルシュ自体はかなり昔のことなので、記憶が曖昧らしい。
そこを女野盗のカミーラがすかさずフォローする。
「合っています。このまま真っ直ぐ進んでください」
城の最初の門らしきものが見えて来るが、人の気配はない。
捕まる班も今のところ全員無事の様だ。
そのまま歩いて二つ目の門に差し掛かると、状況は一変する。
門番に騎士が二名居たのだが、直ぐに応援部隊がやって来て、かく乱させて捕まる班に襲いかかる。
想定済みではあるので、かなり派手に走り回って、完全に騎士をかく乱していた。
その間に、エリオルたちは門をくぐり抜け、目当ての場所に到着する。月光がないので、暗い場所に細い何かがそびえている様にしか見えない。ただしエリオルの中で難易度は想定済みだ。
「よし、じゃあ、マクアス、行くぞ」
エリオルの声に、なるべく音を立てない様に注意しながら、弓矢の準備をする。
エリオルは手のひらに光の珠を出現させると、小さな窓枠を聖霊獣の目で確認する。
そして、そのまま珠を思いっきり枠目がけて投げつける。
マクアスの矢はその光の弾道を追って放たれる。光の珠は弾けて消えるが、見事に弓矢は小さな窓枠を捕らえた。
ロープを引っ張っても、動いて戻っては来ない。
ちゃんと窓枠に弓矢は引っかかっていた。
念の為、聖霊獣の目でそれをちゃんと確認してから、エリオルはキルシュを促す。
「大丈夫だ。上手く行った。気をつけて行ってこい!」
エリオルに言われ、大きく頷くキルシュ。
「みんな、ありがとう。行って来る」
縄に滑車を取り付けると、それを両手で持ち、身体に反動を付ける。そのまま軽やかに滑り、すぐに塔の窓枠に辿り着いた。
そのまま身体を大きく揺らし、逆上がりの要領で身体をロープの上に移動させると糸も簡単に塔の中へと身体を滑り込ませた。
昔、野盗のお頭だったというのは嘘ではないと分かる、流れる様な身のこなしだった。
そのまま縄はキルシュが引っ張って回収した。
最悪、縄を伝って下に降りられる様に長めのロープにしていた。
とりあえず、塔への送り届けは完了したので、ホッとする。
「よし、じゃあ、捕まるか」
「ああ、第一部隊はちゃんと捕まったみたいだ。
こっちの存在には全く気づいてなかったみたいだ」
第二部隊の作戦中に上手く気を逸らしてくれて、ちゃんと捕まってくれたらしかった。
「さすがだな。統率は完璧だな」
すぐ側のクルドに感想を漏らすエリオル。
「ありがとうございます。俺ら、これしかないんで。統率が効かないは即命取りを意味しますから」
「そうかもしれないけど、なかなか出来ることじゃない」
「俺もそう思います。純粋に感心してます」
マクアスはエリオルの意見に同調した。
「なんか、ありがたいもんですね。褒められることが基本ないもので」
クルドは嬉しそうに微笑んだ。
「よし、じゃあ、派手に動くか!」
エリオルの言葉に、ランプを手に持ち、大っぴらに動き始める。
騎士たちが気付き、捕獲にやって来る。
緩く反抗して、わざと捕まる。
捕まえる方もかなり下っ端なのか、考えて行動する気配はなく、流れに任せてドンドン捕まえてくれた。
そのまま、エリオルたちは武器を取り上げられ、手首を縄で縛られると一直線に並ばされる。どうやらそのまま牢屋送りな感じだった。
「とっとと、歩け!」
剣を背中に突きつける騎士が苛立って叫ぶ。
言われるままに歩いて行くと、大きな牢屋がいくつも並んだ場所に出る。どこにあるかは分からないとしても、形状は想像できていたので、驚くことはなかった。
旅人はみんな一応に砂漠を越えて来るので、フードを被っていて、誰が誰だか全く分からない。
人数もハワードが言っていた通り、かなりギュウギュウに入れられていて、ハワードとヘルンを探すのは大変そうだった。
時間があまり離れていないので、第一部隊と第二部隊はすぐに合流できた。と言うかひとつの檻が全て、野盗チームだけで構成されている。
途中で女野盗のカミーラだけは別ルートに連れて行かれたが、他は全て集結している。マクアスも子どもの認識ではなく、大人と同じ扱いを受けていた。
ちなみに、カミーラには、ピンクの髪の美人が先に入りこんでいることは共有済みである。中身が男でしゃべるとバレることも事前情報としてインプットしておいた。
全部の人間を牢屋に入れ、騎士たちがいなくなったので、こそこそとだんご状態で話す。
「意外に上手く行ったな。問題は、ハワードどこだろう?」
エリオルが呟いていると、すぐ隣の檻をカンカンと叩く音がする。
直ぐに目をやると、ヘルンが満面の笑みを浮かべて見ていた。
すぐ隣にハワードがいる。
(ヘルン、目立ちすぎ!)
(へー、大した技術だ。久し振りだな。元気そうで何よりだ。)
(そっちもね。檻が同じじゃないから、難しいけど、ハワードと交信しながら内容を詰めていくよ)
エリオルの言葉にヘルンはいじける。
(えーっ、そこ、何で俺じゃあないんだよ。俺でもいいじゃん!)
(なるほど、本当に数少ないオレファンなんだな。ありがとう。
でも、今回はヤバい案件だから、失敗したくない。
かなり人を巻き込んでしまったし、慣れてる人間の方がやりやすいから。ごめんね。終わったらゆっくり話そう!)
そこでヘルンとの交信を強制的に切り、ハワードに変える。
(ハワード。これから、どうしょう?)
(無事に合流できて何よりだ。とりあえず、何もするこたないな。
本当に広場に連れて行かれたら、その時は皆でせいぜいかく乱して、ヘルンに時間を与えてやれば、ここに居る旅人たちは何とか助けられるだろう)
(オッケー)
「とりあえず、待機で。今のうちにしっかり休息を取っていてくれ」
エリオルは野盗部隊にそう告げると、座り込む。
そのまま意識を飛ばして、アーメルたちが入れられているはずの場所を探した。
一方、塔の中に無事に入り込めたキルシュは、真っ暗なその空間に目を凝らす。そもそもが筒状なので、そんなに広くはない。
少し奥にベットがひとつあるだけで、かなり殺風景な印象だ。
近づくとそこには、昔の面影よりも更に成長し、美しくなった少女の姿があった。
眠っている様だったので、悪いとは思ったが、揺さぶって起こす。
「ロザリア、ロザリア起きてくれ」
「だれ? 誰ですか?」
半分寝ぼけた感じのロザリアは一応に声を出した。
「俺だよ、キルシュ・ラドリアだ。覚えているか?」
キルシュの問いかけに、ガバッと身体を起こすと、両手を伸ばし、必死にキルシュを探すロザリア。
「キルシュ、どこ? どこにいるの?」
見えていれば、いくら暗くてもすぐに分かる。
すぐ横にいるのだから。
でも、ロザリアの瞳は何も写してはいなかった。
その昔、アメジストの宝石の様に輝いていた瞳は面影もなく、濁ってしまったその瞳には、この世界の色彩は何一つ反映されていなかった。
その状況に呆然とする。
「ロザリア、目、見えないのか?」
空を泳ぐ手をしっかりと握り締め、キルシュは静かな声で問いかける。
「ええ、あの時、この心のままにあなたと一緒に行けば良かった」
「ロザリア?」
そのままキルシュの胸の中に、ロザリアの身体は崩れる。
細くやつれてしまったその身体をギュッと抱き締める。
「父上は変わったわ。兄も城の牢の中に入れられているの」
「えっ、サーフェス王子も? ロザリア、俺がこの国を出てから一体何があったんだ?」
よほどのことがない限り、あの王様がこんなこと、するはずがない。
「もうすぐ、兄上が父上の後を継いで、王になるはずだったの。
三ヶ月前までは幸せだったわ。
キルシュ、あなたと別れて辛かったけど、兄上はそんな私の気持ちを知っていたから、父上だって母上だってみんな優しかったわ」
そこで一旦、言葉を切るロザリア。過去の情景に想いをはせている様子だった。
「でも三ヶ月前、突然、魔境王の使いだと言う人が来たの」
「魔境王の使い? 魔境獣じゃなくて?」
キルシュはエリオルの一件を聞いていただけに、ついそういう発想になってしまった。
「ええ、人間よ。とても綺麗な人だったわ。白銀色の長い髪に漆黒の瞳をしていて、魔境国の影の捜査機関ゾルドー騎士団の一員だと言ったの。名前はカストマ・イザール」
「ゾルドー騎士団ねえ?」
聞いたこともない名前に首をかしげるキルシュ。
「ごめんロザリア。長くなりそうだから、横になって話してくれればいいよ」
キルシュはそのまま、ロザリアの身体をヒョイとベットに横たえた。
「ありがとう。で、その人は秘密の命を魔境王から受けているから、その仕事をする為にしばらくこの国にいさせて欲しいと言ったの。そして魔境王から頼まれたと言って、剣を父にプレゼントしたの。
でも、それが全ての始まりだった」
よほど怖いのか、ロザリアの表情が苦痛にゆがむ。
このまま聞き出すことに、罪悪感を抱くキルシュ。
「言いたくないなら、無理に言わなくていい」
「キルシュ、ありがとう。でも、あなたにはちゃんと言わなきゃ。
その剣を身に付ける様になってから、父上はみるみるうちに、おかしくなっていったわ」
どうやら原因はその剣らしい。
「母上を昼も夜もなく抱き続け、飽きたら地下牢に幽閉したわ。
そしてその矛先は次に、私に向いた」
そこで言葉を切ると、ロザリアは不安そうな表情を浮かべた。
言いたくないのは直ぐに理解できた。
内容が内容だから、次にどんな話になるかはバカでも想像がつく。
「ロザリア、話したくないことは話さなくていい。俺はただ、この国を元に戻したいだけだ」
それでもロザリアは必死に全てを語ろうとした。
「父上は私を犯そうとして、兄上がそれを止めてくれた。
でもそのせいで兄上は父上の逆鱗に触れて、牢に入れられ、私は二度と父に逆らうことができない様に、カストマの手によってこの瞳を潰されたの」
「なんて奴だ! 最初から、この国を上手く利用しようと考えていたんだな」
何だか無性に腹が立つ。理不尽に踏みにじる行為が許せない。
「でもその時点では、父上はまだ、まともだったのよ」
「まとも?」
「確かに狂っていたんだけど、時々まともに戻るの。
そして、私はそんな父により、この牢に入れられた。
二度と父に襲われない様に。あの時点では、父上は狂っていく自分と戦っていたのよ」
あまりにも衝撃的な事実に思わず、絶句する。
確かにこの牢なら、一度入ってしまえば、助けるのが困難な分、手を出そうとは思わないだろう。
だけどその時の判断が、それしかなかったというのがすでに大きな問題である。
「ロザリア、王様が変わってしまったのがその剣のせいだとしたら、その剣を取り上げれば元に戻るってことなのか?」
魔境国のものなら、もしかしたら人の心を操る様な剣も存在しているかもしれない。
本当に人を操ることが出来るかどうか、実際に人の身体を使って試しているのだとしたら?
それが全ての王に対してだとしたら、大変なことになる。
「分からないわ。あれからかなり時が経っているから、父上はもう完全に狂ってしまっているかもしれない。
兄上も母上もあの後、どうなったかは分からないわ。
ふたりとも、もうダメかもしれない」
絶望がロザリアの心を支配していた。
置かれている状況を考えれば、それは仕方のないことだ。
「でも、確かにあの時私は、父上に助けられたのよ。
あの時の父上はいつもの優しい父上だった。
キルシュ、お願い! 父上をもう一度元の優しい父上に戻して」
必死な思いはダイレクトに伝わって来る。
「私は一生ここで暮らしても構わないから、父上を助けて!
でないと、この国はダメになる。
こんなことなら本当に、この国をあなたに託しておけば良かったわね」
ロザリアの言葉に、遙か昔、冗談めかしてキルシュに言った王様の言葉が蘇る。
「キルシュ、お前は野盗のお頭だが、なかなか見込みはある。
どうだ、何ならこの国の王となってこの国のお頭になってみないか? ロザリアはお前のことを好きみたいだし、俺は王だが王とてふたりの子を持つ父親だ。
娘の幸せを願わない訳ないだろう。お前には十分、器はあると思うんだがな」
勿論それは丁重に断った。
純粋にロザリアのことは好きだったが、あまりにも身分が違いすぎる。かたや王国の姫君でかたやその辺の野盗。
そんなふたりの恋が成就するとは思えなかった。
「ロザリア、分かった。できる限りのことはする。
しばらく俺、ここにいてもいいか?
勿論、ロザリアのことも必ず、ここから救い出すから」
力強いキルシュの言葉に、ロザリアはホッした表情を見せた。
「ええ、勿論。で、キルシュ、今も野盗をしているの?」
「いや、今はタムール国にいる。その王様の元で剣士をしている。
ここにはタムール国の仲間と来たんだ。
王様であるライアス王は聖霊獣も持っているんだぜ」
「聖霊獣って、聖霊国の人たちが連れているって言う?」
普通はイメージできな過ぎて、ちんぷんかんぷんかもしれない。
「そう、それ! ライアス王は唯一、聖霊王から聖霊獣を与えられたんだ。かなり型破りな王様ではあるけれど、絶対に助けてくれる。だから安心して。嫌なことも話してくれてありがとう。
すこし眠れよ。疲れただろう?」
しばらく人との接触はなかったはずである。
これだけやせ細っているということは、食糧自体もまともに与えられていない可能性が高い。話すという行為もエネルギーを使う。
これ以上は身体に負担がかかると判断した。
ロザリアはその言葉に、涙を流し始めた。
「ロザリア!?」
「ごめんなさい。だって私、あなたにずっと会いたかった。
こんな形で会うことになるとは思わなかったけど、でも嬉しい。
もう一度会えた。見えないのが残念だけど、でも嬉しい!」
ロザリアは溢れる想いのたけを露吐する。
それはずっと心の中、押し込めていた想いを解き放った瞬間でもあった。
「ロザリア、俺だってずっと会いたかったよ」
思わず本音をこぼして、ロザリアの身体をかき抱く。
ロザリアは反射的にキルシュの首に自分の両手を絡め、しがみつく。
「キルシュ、好き。今でもあなたのこと大好き!」
昔の想いは今でも、色鮮やかだった。
「俺だって、ロザリアが大好きだよ」
静かに語る。抱き締める腕に力が込もる。
そして、ゆっくりと重なる唇。
離ればなれで、かなりの時を過ごした。
それでも心はあの時から少しも変わっていなかった。
想いは同じ。ならば守らなければ。どんなことをしてもロザリアを王様を、そしてこの国そのものを。
キルシュは改めて決意する。そして夜は静かにふけていった。
(おーい、そっちどんな感じだ?)
(うーん、予定通りに動くけど。どうやら面倒くさいことになりそうだ)
(あん? どう言う意味だ?)
(魔境国の人だから、魔境獣を飼っているよな?
どうもそれを王の身体に入れているんじゃないだろうか?)
エリオルの言葉を速攻で分析するハワード。
(王の側には居ねーのか。まあ、そうかもな。
お前みたいに王ではないだろうから、自分の身体と共有してる訳でもないだろうし、交信はこんな感じでできるんだろうしな)
(つまり、その魔境獣を仕留めても、彼自身は生き続けることができるということだよな)
(ああ、理論上は。俺も魔境国の人間に会ったことはないから、よくは分からんが)
ハワードも今イチ知らないことが多いのか、手探り感が伝わって来る。
ちなみに、王の獣は身体を完全に共有している為、獣が死んでしまうと王も短命になってしまう。
(その場合、王はもう、ダメなんだろうか?)
(ダメな感じだったのか?)
(ああ、キールの感想を鵜呑みにするとそうなるが。
ただし、キールも初めて過ぎて若干、パニクっている感じは受けたから、全部見えているかは謎だけどな)
エリオルはこの段階でも、かなり冷静に物事を分析していた。
(身体を乗っ取られているなら、引き剥がせば大丈夫な気はするがな。いわゆる仮死状態じゃないのかな?)
ハワードは自分に獣がついていなくても、エリオルの聖霊獣とかなりな割合で交流していたため、何となくイメージはできる様だ。
(そうだ、そっち大丈夫?)
(ああ、キールたちが居るせいか、全然動きがない!
ただし、ちょっと見た限りでも相当な人数だぞ。
アーメルの女性だけの場所も気にはなるが、一応、俺とアーメルはライアスの聖霊獣に内容報告する手筈をつけた上でここにいるから、ライアスには一応、ニュアンスは伝えておく)
エリオルはどのタイミングでライアスに現状報告しようか迷っていたのだが、そこは考えなくてもいいらしい。
(ありがとう、ハワード。どのタイミングで報告しようか迷っていたんだよ)
(だろうな。後は合流してからだ。だけど、別檻に入れられる可能性もあるからな)
それはかなりな確率であり得ることだった。
(そしたら、こんな感じで喋ればいいよ。とにかく、無事でいてくれ)
(オッケー。そっちもな。じゃあ、後で)
ハワードとの交信の後、再度、可能性を模索する。
丁度、みんなでお茶を飲みながら、のんびりしていた。
「キルシュ、仮にお前がライアス王から剣をプレゼントされたとして、それが、ちょっと怪しい代物でも、ありがたく使うか?」
急に話を振られてビックリ顔のキルシュだったが、普通に考え始める。
「まあ、ライアス王からはないだろうけど、もし、そういう場面があったとしたら、ありがたく使うだろうな。
自分の仕える王がくれたものなら、それは特別の意味を持つだろうから」
この場合はもらった人が王なので少し状況は違うが、魔境王からの贈り物と言われれば、嫌とは言えない状況にあったことは十分に考えられる。
「なるほど、そうなんだな。じゃあ、やっぱり剣だな」
「エリオル、もうちょっと分かりやすく言ってくれねーかな。
何も分かんねーんだけど」
キルシュが若干の苦情を言う。
「ああ、ごめん。今頭の中で整理中だから、その時が来たら言うよ。キルシュが一番、適任だと思う」
近づかなくてもかなりな威力で破壊できる剣。
王が身に付けている剣を壊すには何よりも最適だろう。
「まあ、何かよくわかんねーけど、よしとするよ。
そのかわり、ちゃんと王様を助けてくれよな」
「ああ、分かっている。キルシュも姫君の救出を頼む」
「OK! 今日は豪勢な食事を早めに取って、夜の本番に備えようぜ!」
「オー!!」
周りの野盗さんたちはノリノリで楽しげだ。
変に悲壮感がないことは大いにプラスだ。
すぐに、少し早い夜の宴が始まったことは言うまでもない。
それから夜が来て・・・・・・
みんな行動を開始すべく、集合していた。
それまでたらふく食事を楽しんで、お酒も飲んだのだが、みんな酔っ払うことなく、しっかりとしている。
クルドは事前に二班に分けてくれていた。
ひとつは速攻でかく乱させつつ、捕まる班。これを第一部隊とする。もうひとつは、キルシュを牢に送り終えた後、捕まる班。
これを第二部隊とする。
どっちも大事な役目なので、失敗は許されない。
「マクアス、練習は頭に入っているな?」
エリオルの問いかけに大きく頷くマクアス。
「はい、大丈夫です。この弓矢とエリオルの光があれば。
がんばります!」
とにかく前向きで真剣で一生懸命のマクアスは、単に流れで連れて来ることになってしまったのだが、大いに活躍してくれそうだ。
「ああ、絶対に大丈夫だ! 一緒にがんばろう!」
「はい!」
嬉しそうなマクアスの顔。
先生は苦手と言いながら、結構先生も向いているんじゃないか?
と心の中で思うキルシュだった。
「よし、出発だ!」
クルドが元気に宣言して、十数人の部隊は行動を開始した。
普通、新月は暗闇になるので行動するにしても、小さなランプを腰に下げる。ただし元々夜なんで、新月でなくてもランプは必須ではある。
だが、今回は腰に下げず、手に持って歩くことにした第一部隊。
まあ、捕まるのが目的なので、目立つ方がいいということで、このスタイルになった。
少し離れて、第二部隊は腰に付けたランプの光を頼りに、筒型塔の牢屋を目指す。
「こっちで合っているよなあ?」
キルシュ自体はかなり昔のことなので、記憶が曖昧らしい。
そこを女野盗のカミーラがすかさずフォローする。
「合っています。このまま真っ直ぐ進んでください」
城の最初の門らしきものが見えて来るが、人の気配はない。
捕まる班も今のところ全員無事の様だ。
そのまま歩いて二つ目の門に差し掛かると、状況は一変する。
門番に騎士が二名居たのだが、直ぐに応援部隊がやって来て、かく乱させて捕まる班に襲いかかる。
想定済みではあるので、かなり派手に走り回って、完全に騎士をかく乱していた。
その間に、エリオルたちは門をくぐり抜け、目当ての場所に到着する。月光がないので、暗い場所に細い何かがそびえている様にしか見えない。ただしエリオルの中で難易度は想定済みだ。
「よし、じゃあ、マクアス、行くぞ」
エリオルの声に、なるべく音を立てない様に注意しながら、弓矢の準備をする。
エリオルは手のひらに光の珠を出現させると、小さな窓枠を聖霊獣の目で確認する。
そして、そのまま珠を思いっきり枠目がけて投げつける。
マクアスの矢はその光の弾道を追って放たれる。光の珠は弾けて消えるが、見事に弓矢は小さな窓枠を捕らえた。
ロープを引っ張っても、動いて戻っては来ない。
ちゃんと窓枠に弓矢は引っかかっていた。
念の為、聖霊獣の目でそれをちゃんと確認してから、エリオルはキルシュを促す。
「大丈夫だ。上手く行った。気をつけて行ってこい!」
エリオルに言われ、大きく頷くキルシュ。
「みんな、ありがとう。行って来る」
縄に滑車を取り付けると、それを両手で持ち、身体に反動を付ける。そのまま軽やかに滑り、すぐに塔の窓枠に辿り着いた。
そのまま身体を大きく揺らし、逆上がりの要領で身体をロープの上に移動させると糸も簡単に塔の中へと身体を滑り込ませた。
昔、野盗のお頭だったというのは嘘ではないと分かる、流れる様な身のこなしだった。
そのまま縄はキルシュが引っ張って回収した。
最悪、縄を伝って下に降りられる様に長めのロープにしていた。
とりあえず、塔への送り届けは完了したので、ホッとする。
「よし、じゃあ、捕まるか」
「ああ、第一部隊はちゃんと捕まったみたいだ。
こっちの存在には全く気づいてなかったみたいだ」
第二部隊の作戦中に上手く気を逸らしてくれて、ちゃんと捕まってくれたらしかった。
「さすがだな。統率は完璧だな」
すぐ側のクルドに感想を漏らすエリオル。
「ありがとうございます。俺ら、これしかないんで。統率が効かないは即命取りを意味しますから」
「そうかもしれないけど、なかなか出来ることじゃない」
「俺もそう思います。純粋に感心してます」
マクアスはエリオルの意見に同調した。
「なんか、ありがたいもんですね。褒められることが基本ないもので」
クルドは嬉しそうに微笑んだ。
「よし、じゃあ、派手に動くか!」
エリオルの言葉に、ランプを手に持ち、大っぴらに動き始める。
騎士たちが気付き、捕獲にやって来る。
緩く反抗して、わざと捕まる。
捕まえる方もかなり下っ端なのか、考えて行動する気配はなく、流れに任せてドンドン捕まえてくれた。
そのまま、エリオルたちは武器を取り上げられ、手首を縄で縛られると一直線に並ばされる。どうやらそのまま牢屋送りな感じだった。
「とっとと、歩け!」
剣を背中に突きつける騎士が苛立って叫ぶ。
言われるままに歩いて行くと、大きな牢屋がいくつも並んだ場所に出る。どこにあるかは分からないとしても、形状は想像できていたので、驚くことはなかった。
旅人はみんな一応に砂漠を越えて来るので、フードを被っていて、誰が誰だか全く分からない。
人数もハワードが言っていた通り、かなりギュウギュウに入れられていて、ハワードとヘルンを探すのは大変そうだった。
時間があまり離れていないので、第一部隊と第二部隊はすぐに合流できた。と言うかひとつの檻が全て、野盗チームだけで構成されている。
途中で女野盗のカミーラだけは別ルートに連れて行かれたが、他は全て集結している。マクアスも子どもの認識ではなく、大人と同じ扱いを受けていた。
ちなみに、カミーラには、ピンクの髪の美人が先に入りこんでいることは共有済みである。中身が男でしゃべるとバレることも事前情報としてインプットしておいた。
全部の人間を牢屋に入れ、騎士たちがいなくなったので、こそこそとだんご状態で話す。
「意外に上手く行ったな。問題は、ハワードどこだろう?」
エリオルが呟いていると、すぐ隣の檻をカンカンと叩く音がする。
直ぐに目をやると、ヘルンが満面の笑みを浮かべて見ていた。
すぐ隣にハワードがいる。
(ヘルン、目立ちすぎ!)
(へー、大した技術だ。久し振りだな。元気そうで何よりだ。)
(そっちもね。檻が同じじゃないから、難しいけど、ハワードと交信しながら内容を詰めていくよ)
エリオルの言葉にヘルンはいじける。
(えーっ、そこ、何で俺じゃあないんだよ。俺でもいいじゃん!)
(なるほど、本当に数少ないオレファンなんだな。ありがとう。
でも、今回はヤバい案件だから、失敗したくない。
かなり人を巻き込んでしまったし、慣れてる人間の方がやりやすいから。ごめんね。終わったらゆっくり話そう!)
そこでヘルンとの交信を強制的に切り、ハワードに変える。
(ハワード。これから、どうしょう?)
(無事に合流できて何よりだ。とりあえず、何もするこたないな。
本当に広場に連れて行かれたら、その時は皆でせいぜいかく乱して、ヘルンに時間を与えてやれば、ここに居る旅人たちは何とか助けられるだろう)
(オッケー)
「とりあえず、待機で。今のうちにしっかり休息を取っていてくれ」
エリオルは野盗部隊にそう告げると、座り込む。
そのまま意識を飛ばして、アーメルたちが入れられているはずの場所を探した。
一方、塔の中に無事に入り込めたキルシュは、真っ暗なその空間に目を凝らす。そもそもが筒状なので、そんなに広くはない。
少し奥にベットがひとつあるだけで、かなり殺風景な印象だ。
近づくとそこには、昔の面影よりも更に成長し、美しくなった少女の姿があった。
眠っている様だったので、悪いとは思ったが、揺さぶって起こす。
「ロザリア、ロザリア起きてくれ」
「だれ? 誰ですか?」
半分寝ぼけた感じのロザリアは一応に声を出した。
「俺だよ、キルシュ・ラドリアだ。覚えているか?」
キルシュの問いかけに、ガバッと身体を起こすと、両手を伸ばし、必死にキルシュを探すロザリア。
「キルシュ、どこ? どこにいるの?」
見えていれば、いくら暗くてもすぐに分かる。
すぐ横にいるのだから。
でも、ロザリアの瞳は何も写してはいなかった。
その昔、アメジストの宝石の様に輝いていた瞳は面影もなく、濁ってしまったその瞳には、この世界の色彩は何一つ反映されていなかった。
その状況に呆然とする。
「ロザリア、目、見えないのか?」
空を泳ぐ手をしっかりと握り締め、キルシュは静かな声で問いかける。
「ええ、あの時、この心のままにあなたと一緒に行けば良かった」
「ロザリア?」
そのままキルシュの胸の中に、ロザリアの身体は崩れる。
細くやつれてしまったその身体をギュッと抱き締める。
「父上は変わったわ。兄も城の牢の中に入れられているの」
「えっ、サーフェス王子も? ロザリア、俺がこの国を出てから一体何があったんだ?」
よほどのことがない限り、あの王様がこんなこと、するはずがない。
「もうすぐ、兄上が父上の後を継いで、王になるはずだったの。
三ヶ月前までは幸せだったわ。
キルシュ、あなたと別れて辛かったけど、兄上はそんな私の気持ちを知っていたから、父上だって母上だってみんな優しかったわ」
そこで一旦、言葉を切るロザリア。過去の情景に想いをはせている様子だった。
「でも三ヶ月前、突然、魔境王の使いだと言う人が来たの」
「魔境王の使い? 魔境獣じゃなくて?」
キルシュはエリオルの一件を聞いていただけに、ついそういう発想になってしまった。
「ええ、人間よ。とても綺麗な人だったわ。白銀色の長い髪に漆黒の瞳をしていて、魔境国の影の捜査機関ゾルドー騎士団の一員だと言ったの。名前はカストマ・イザール」
「ゾルドー騎士団ねえ?」
聞いたこともない名前に首をかしげるキルシュ。
「ごめんロザリア。長くなりそうだから、横になって話してくれればいいよ」
キルシュはそのまま、ロザリアの身体をヒョイとベットに横たえた。
「ありがとう。で、その人は秘密の命を魔境王から受けているから、その仕事をする為にしばらくこの国にいさせて欲しいと言ったの。そして魔境王から頼まれたと言って、剣を父にプレゼントしたの。
でも、それが全ての始まりだった」
よほど怖いのか、ロザリアの表情が苦痛にゆがむ。
このまま聞き出すことに、罪悪感を抱くキルシュ。
「言いたくないなら、無理に言わなくていい」
「キルシュ、ありがとう。でも、あなたにはちゃんと言わなきゃ。
その剣を身に付ける様になってから、父上はみるみるうちに、おかしくなっていったわ」
どうやら原因はその剣らしい。
「母上を昼も夜もなく抱き続け、飽きたら地下牢に幽閉したわ。
そしてその矛先は次に、私に向いた」
そこで言葉を切ると、ロザリアは不安そうな表情を浮かべた。
言いたくないのは直ぐに理解できた。
内容が内容だから、次にどんな話になるかはバカでも想像がつく。
「ロザリア、話したくないことは話さなくていい。俺はただ、この国を元に戻したいだけだ」
それでもロザリアは必死に全てを語ろうとした。
「父上は私を犯そうとして、兄上がそれを止めてくれた。
でもそのせいで兄上は父上の逆鱗に触れて、牢に入れられ、私は二度と父に逆らうことができない様に、カストマの手によってこの瞳を潰されたの」
「なんて奴だ! 最初から、この国を上手く利用しようと考えていたんだな」
何だか無性に腹が立つ。理不尽に踏みにじる行為が許せない。
「でもその時点では、父上はまだ、まともだったのよ」
「まとも?」
「確かに狂っていたんだけど、時々まともに戻るの。
そして、私はそんな父により、この牢に入れられた。
二度と父に襲われない様に。あの時点では、父上は狂っていく自分と戦っていたのよ」
あまりにも衝撃的な事実に思わず、絶句する。
確かにこの牢なら、一度入ってしまえば、助けるのが困難な分、手を出そうとは思わないだろう。
だけどその時の判断が、それしかなかったというのがすでに大きな問題である。
「ロザリア、王様が変わってしまったのがその剣のせいだとしたら、その剣を取り上げれば元に戻るってことなのか?」
魔境国のものなら、もしかしたら人の心を操る様な剣も存在しているかもしれない。
本当に人を操ることが出来るかどうか、実際に人の身体を使って試しているのだとしたら?
それが全ての王に対してだとしたら、大変なことになる。
「分からないわ。あれからかなり時が経っているから、父上はもう完全に狂ってしまっているかもしれない。
兄上も母上もあの後、どうなったかは分からないわ。
ふたりとも、もうダメかもしれない」
絶望がロザリアの心を支配していた。
置かれている状況を考えれば、それは仕方のないことだ。
「でも、確かにあの時私は、父上に助けられたのよ。
あの時の父上はいつもの優しい父上だった。
キルシュ、お願い! 父上をもう一度元の優しい父上に戻して」
必死な思いはダイレクトに伝わって来る。
「私は一生ここで暮らしても構わないから、父上を助けて!
でないと、この国はダメになる。
こんなことなら本当に、この国をあなたに託しておけば良かったわね」
ロザリアの言葉に、遙か昔、冗談めかしてキルシュに言った王様の言葉が蘇る。
「キルシュ、お前は野盗のお頭だが、なかなか見込みはある。
どうだ、何ならこの国の王となってこの国のお頭になってみないか? ロザリアはお前のことを好きみたいだし、俺は王だが王とてふたりの子を持つ父親だ。
娘の幸せを願わない訳ないだろう。お前には十分、器はあると思うんだがな」
勿論それは丁重に断った。
純粋にロザリアのことは好きだったが、あまりにも身分が違いすぎる。かたや王国の姫君でかたやその辺の野盗。
そんなふたりの恋が成就するとは思えなかった。
「ロザリア、分かった。できる限りのことはする。
しばらく俺、ここにいてもいいか?
勿論、ロザリアのことも必ず、ここから救い出すから」
力強いキルシュの言葉に、ロザリアはホッした表情を見せた。
「ええ、勿論。で、キルシュ、今も野盗をしているの?」
「いや、今はタムール国にいる。その王様の元で剣士をしている。
ここにはタムール国の仲間と来たんだ。
王様であるライアス王は聖霊獣も持っているんだぜ」
「聖霊獣って、聖霊国の人たちが連れているって言う?」
普通はイメージできな過ぎて、ちんぷんかんぷんかもしれない。
「そう、それ! ライアス王は唯一、聖霊王から聖霊獣を与えられたんだ。かなり型破りな王様ではあるけれど、絶対に助けてくれる。だから安心して。嫌なことも話してくれてありがとう。
すこし眠れよ。疲れただろう?」
しばらく人との接触はなかったはずである。
これだけやせ細っているということは、食糧自体もまともに与えられていない可能性が高い。話すという行為もエネルギーを使う。
これ以上は身体に負担がかかると判断した。
ロザリアはその言葉に、涙を流し始めた。
「ロザリア!?」
「ごめんなさい。だって私、あなたにずっと会いたかった。
こんな形で会うことになるとは思わなかったけど、でも嬉しい。
もう一度会えた。見えないのが残念だけど、でも嬉しい!」
ロザリアは溢れる想いのたけを露吐する。
それはずっと心の中、押し込めていた想いを解き放った瞬間でもあった。
「ロザリア、俺だってずっと会いたかったよ」
思わず本音をこぼして、ロザリアの身体をかき抱く。
ロザリアは反射的にキルシュの首に自分の両手を絡め、しがみつく。
「キルシュ、好き。今でもあなたのこと大好き!」
昔の想いは今でも、色鮮やかだった。
「俺だって、ロザリアが大好きだよ」
静かに語る。抱き締める腕に力が込もる。
そして、ゆっくりと重なる唇。
離ればなれで、かなりの時を過ごした。
それでも心はあの時から少しも変わっていなかった。
想いは同じ。ならば守らなければ。どんなことをしてもロザリアを王様を、そしてこの国そのものを。
キルシュは改めて決意する。そして夜は静かにふけていった。
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