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第4章 交錯する想い~それぞれの絆
(3)嬉しい誤算
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夜中の牢屋には誰もやってこない。
すし詰め状態の人たちは意外にも静かで、シーンとしている。
エリオルは交信ばかりすると疲れるので、うとうとと眠っていた。
その時、急に人の気配がした。
聖霊獣の反応と同時に目を覚ますエリオル。
牢屋の周りをこそこそと歩き回っている。明らかに不審者ではあるが、目的が分からないのでそのまましばらく様子見することにした。
(ハワード、起きてる? 何者だろう?)
(さあ、な。分からん。今来たとしても、何にも見えないと思うがな)
呑気にふたりで交信していると、急に超小声をかけられる。
「すみません。エリオル様でしょうか?」
ビックリして頷くと、相手はこそこそと牢屋の扉の前まで移動し、鍵を開けた。
そのまま中へと入って来る。状況判断で周りの野盗さんたちがふたりを真ん中に取り囲み、見えない様に配慮してくれた。
「すみません。驚かせて。アーメルさんから事情はお聞きしました。私はあのカストマを何とかしたい。
王は正直ダメかもしれないですが、とにかくこのままでは旅人に迷惑をかけ続けるので、早く正常な状態に戻したいのです。
アーメルさんにあなたにコンタクトを取ってみてと言われまして」
「この牢の旅人、全員助ける方法を考えているのか?
女性はアーメルから聞いている。そう言えば子どもも見ないな」
「どちらも完全隔離で魔境獣に見つからないところに隠しています。毎日、少人数ずつを解放しているのですが。
これがずっととなると、さすがにこっちのリスクの方が大きくて。
ロザリア様には申し訳ないことをしていますし」
「ああ、キルシュの話は聞いてる?」
「はい、本当はロザリア様を助けだして、身代わりを置いて、フェイク画像を魔境獣に見せたいところなんですが、あそこ本当に近づくのも大変で、カストマに知られたらアウトなので」
話の内容からこの呪術師の得意が幻術を操ることに長けた人物だと推測した。
「剣士や騎士の練習に旅人が大量惨殺されていると言う話もフェイク?」
エリオルの問いかけに、相手は一瞬、絶句した。
「・・・・・・今は。魔境国のカストマを騙す為に研究する時間が必要でした。その間はどうしようもありませんでした」
「今、ここの人たちは死なない訳だ。だからか。静かなのは」
普通、この状況なら恐怖に泣き叫ぶ者がいたっておかしくないはずだ。むしろその方がシックリ来る。
人がこんだけ捕まっていて、どうして静かなのかが引っかかっていた。
「カストマ自身が自分でチェックはしないのか?」
魔境獣を誤魔化せるくらいなら、カストマも誤魔化せるかもしれないが、いかんせん人間相手はいろいろと面倒なことも多いイメージだ。
「カストマは呪術師がすごく好きみたいなんです。
なぜかチェックは私に任されています。次期王であるサーフェス王子もご無事です。
カストマの目的が我が王を操って、この国を支配することなら、表面上は達成していると言えなくもないですが」
「まあ、あの人がそれを指示する訳ないし、よく分かってないとは思うが、今最強の布陣でこの案件に着手している感じなので、ここで決着をつけたい」
静かなエリオルの口調は、相手にとって最高の言葉だ。
「本当ですか! ありがとうございます」
そう言った瞬間、絶句して、周りを警戒し始める。
「どうした?」
「すみません。今まで全然感じなかったのですが、魔境獣の気配がします。私の動きが悟られたでしょうか?」
不安そうに告げるレイモンド。ただしエリオルはその気配にはとっくに気がついていた。同じ様に聖霊獣の気配もする。
「ああ、それ、あっちのだから大丈夫」
エリオルはすぐに状況を理解した。
「悪いけど、隣とその隣の鍵を開けてくれるかな?
バラバラだとやりにくい。ちなみに隣の隣にある魔境獣の気配は王のだから、丁重にね」
「はい? 王ですか???」
さすがに意味不明でクエスチョンマークが飛び交っているのが見て取れる。
「名前は?」
ここで初めて名前を聞いた。本人も必死だったんだろうからあえてそこには触れなかったのだが。
「すみません。申し遅れました。
幻術師のレイモンド・サントスと申します」
くしくもその名前は聞いたことがある。
このタイミングでこの偶然はもう必然としか言い様がない。
「ああ、そう。兄弟三人揃ったね。意味わかるよね?」
エリオルがレイモンドに問いかける。
「それって・・・・・・アーメルが言っていたふたりってまさか」
「そのまさか。隣にハワードがいるよ」
それを聞いてすぐにとなりの牢屋の鍵を開けるレイモンド。
「ハワード、兄弟揃ったみたい。最強の呪術の布陣も出来上がるんじゃないか?」
少し奥からハワードとヘルンが来る。
「久しぶりだな。さすがに俺的には二回目なんでな。そんなに驚きはしないが。幻術師に呪禁師、魔術師。まあ、最強の布陣と言えなくもないわな」
「とりあえず、どうしたいかは、主に聞いてからにしないと。
結局、オレたちにはカストマをどうこうする権限はないから」
「あの人、やっぱり来てんだ。まあ、そりゃそうだよな。
あの性格だもんな」
のんびりハワードが言ったところで、当の本人がすぐ隣の檻をすり抜けてやって来る。すぐ後ろにもうひとり別の人物もいた。
「どうやら、俺を待っていてくれたみたいだな。
俺はお前たちにまた会えてとても嬉しいがな」
魔境王がニコニコしながら言う。
「お連れがいるのか? だれ?」
エリオルの問いかけに少しだけ考えて、答える。
「まだ秘密。今回、かなり役だってくれるかもしれない」
「へー、それは頼もしい話だな。ああ、レイモンド。
こちらが、かの有名な魔境国の王様だ。ハワードも初だっけ?」
「ああ、こいつの師匠兼付き人魔術師のハワード・クローラだ。
その節は主がお世話になりました」
半分嫌みとも取れるその言葉を魔境王は気にする様子はない。
「どうも、ガールダー・スルンだ。実は会えてとても嬉しい!
エリオルをここまで育てあげたその能力を、俺はかなり評価しているんでね」
「そりゃ、どうも。でも本人の力が九割なんで、別に褒められる理由はないですが」
ハワードは魔境王相手でもいたってマイペースだ。
誰にも動じることのない精神がすごい。
一方、かなり気さくな感じの王様に一瞬、ビックリして固まるレイモンド。
「す、すみません。あまりにビックリして。幻術師でレイモンド・サントスと申します。
あのー我が国の王に剣のプレゼントなんてしていませんよね?」
「人を操る魔剣だな。俺は作ってもないし、そんな命令してもない」
「じゃあ、ゾルドー騎士団ていうのも存在しないんですね?」
レイモンドはひとつずつ内容の確認をしていった。
「いや、それは実在している。七国同盟ができる前のなごりでな。
そもそもは自国を守る為の隠密部隊だったんだが、今は平和だからな。中にはそれが嫌なやつもいる訳だ」
「じゃあ、七国同盟の崩壊が狙い?」
エリオルの問いに、魔境王は頷く。
「でもよう、それだとここだけじゃなくて他にも何か同じ様なことが起こっている可能性があるってことじゃないか?」
ハワードが恐ろしい可能性に気づく。
「ああ、ある。ただしタムール国以外でな」
魔境王は当然と言わんばかりにそう言った。
「ラミンナ国も行って来たばかりだから大丈夫だ。なあ、ヘルン」
ハワードの問いかけにヘルンは辛うじて頷きを返した。
そう! 大抵はみんな少しは驚いて、なかなか普段通りの対応ができなくなるのが普通である。
「こいつ、ラミンナ国の紋章官なので」
「おや、まあ、そんなエリートが・・・・・・なるほど、まあなんか知らんが精鋭部隊になっているのはよく分かった。
俺にとってはかなり、嬉しい誤算だったな」
思ったより怖くもなく、きちんと話を聞いてくれるので、レイモンドはホッとした表情になる。
「魔境王様、我が王は狂ってしまったかもしれません。
でも、その過程で私や王妃様に民を助ける様に、魔境獣に悟られない様にどうすればいいか研究する様におっしゃいました。
カストマに逆らって目を潰された姫君は今、筒塔の牢屋にいます。
私たちは今できることを精一杯してきました。
何卒、そこだけは理解してください。
全て片が付いたら息子であるサーフェス・カーデ様をどうか次期王に、そしてこの国にお咎めのない様に伏してお願いいたします」
レイモンドはそう言うと、ためらいもなく土下座する。
レイモンドの立場ではそうすることしか出来なかったのも理解できる。手探りの中の最善が必ずしも正しいとは限らない。
そんなレイモンドにエリオルは諭す様に言う。
「レイモンド、そもそもこの人のせいだから。その責任を分からないほどこの人バカじゃないし。
カストマがどんな人物か知らないけど、オレはこの人の性格なり考え方なりは知っているから。そこは心配しなくても大丈夫だ」
エリオルの言葉にレイモンドは弾かれた様に顔をあげる。
魔境王は変わらず、ニコニコとしていた。
怒ると怖そうなので、この方が平和であることは確かである。
「ほら、立て。そんなにかしずく必要はないさ」
ハワードが手を差し出した。その手を取って立ち上がる。
「よし、それじゃあ、完璧にカストマを仕留めるぞ。
ああ、でも生け捕りにするので、処分は魔境王に託します」
エリオルは確定的にそう言い、みんなは大きく頷く。
「了解した。問題は王だな。魔境獣を身体に入れて、どんだけ経っている?」
「二ヶ月半くらいでしょうか? 最初は剣だけだったんですが、どうもそれで人の心を操るのは難しいらしくて。
魔境獣を身体に入れられ後は明らかに変わりました」
その感じがエリオルには全く分からない。
自分は現に聖霊獣を身体の中にずっと入れているが、全くの無害だし、何なら手となり足となりよく尽くしてくれる。
支配される感覚が想像できなかった。
「魔境王、魔境獣を人の身体に入れて操るって可能だろうけど、明らかに邪道だよな?」
魔境王ならその辺は詳しいと思った。
「ああ、俺もやったことがない。つまりどうなるか? 全く分からんな。これ何人もやってたら、マジでぶち切れるが」
これがいわゆる感覚の違いと言うやつか?
「まあ、王と違って身体の共有がそもそもないから、安易にそういうことするのかもな」
「全く、頭の痛い話だ。すまぬな。迷惑をかけて」
「ちなみにカストマはかなりの使い手か?」
エリオルのドストライクな問いに、苦笑する。
「いいや、そうでもないと思うがな。エリオル、お前基準なら誰も太刀打ち出来ないと思うぞ」
「いや、何でそこ、オレ基準で話す?」
「いや、なんか基準がいるだろう。まあ、お前の場合、俺すら勝てなかったんだから別格だがな」
平気でそんなことを言うと、豪快に笑う。
いや、いや。今、夜だったてば。
この人は自分が王だという感覚がないのか、目立っても平気だし、マイペース過ぎる。
「じゃあ、キールに頼んで、惨殺劇場をお膳立てしてもらうかな?
幻術である程度誤魔化せるなら、素敵な野盗の皆さん方とオレたちだけ出向いても大丈夫ってことだよな?」
レイモンドに念押しするエリオル。
「ええ、策は完璧です。今まで気付かれたことはないので」
「じゃあ、とりあえず、キルシュたちを早く救出しないとな」
「交信あったのか?」
ハワードの問いかけにエリオルは頷く。
「ああ、姫君が目が見えないことも聞いていた。問題はどうやって姫君を連れ出すかだ。いろいろ見たが、帰るルートがないらしい」
「確かにな。目が見えないのはかなりなリスクだな」
ハワードも首をかしげている。
「魔境王、行ってもいいですか? このラルフェならどこでも行けますし、体力あるんで一気にふたりを運べます」
それまで魔境王の後ろで控えて、一言も言葉を発しなかった秘密の方がここにきて言葉を発した。
「そうだな。実技も兼ねてはいる訳だから、丁度いいか。
ただし、見られたらちょっとした騒動になるだろうがな」
魔境王はさも可笑しそうに言い、意味深にエリオルを見つめる。
エリオルはその意味が分からず、訝しんだ瞳を向け返す。
しかしひとつの可能性には感づいていた。
隠しているが、自分と同じ聖霊獣の気配はずっとしていたからだ。
「アドベル。一応、自己紹介を」
魔境王に促され、自己紹介をする。
「はい。アドベル・ペイルです。聖霊国の王子です」
御本人は包み隠さず、本当のことを言った。
魔境獣も聖霊獣も王の場合、身体の中にいるので、パッと見た感じでは分からない。
それにみんなフードごしなので、今イチ顔とか髪とか分からないのだが、声から察するにまだ、相当若い印象を受けた。
さしずめ弟の様である。
レイモンドが魔境獣の気配に気づけたのは、単純に魔境王がわざと魔境獣の気配を出したからに過ぎない。
エリオルの聖霊獣は完全に封印されているので分からない。
ただし、交信の時は力が動くので、それをレイモンドは察知していたと思われる。
「えっー」
周りは一応に驚いているが、エリオルだけは驚く理由がない。
弟がいたのは知らなかったが、まあ、聖霊王なら当然、跡継ぎを作るのも仕事のうちだろう。
でも、自分の存在は知らないだろうから、悟られない様に気を付けないとな。
この時、エリオルはそんなことを考えていた。
「魔境国と聖霊国はかなり親密とは聞いていたが、本当なんですね。こちらには幻術師がいるので、何とか助け出して下さっている間、目眩ましの画像を広げてもらうことにします」
「うーん、俺が見込んだだけのことはあるな。
どんな状況でも速攻で対応してくれる頭の良さがいいよな」
別に魔境王に褒められても嬉しくはないのだが、魔境王は上機嫌でそんなことを言う。
「それはどうも。お褒めに預かり光栄です。
でも、オレがする訳ではないので。レイモンド、頼めるかな?
ついでにハワードと紋章官のヘルンを貸し出すので、連携して上手くやって欲しい。たぶん三人が揃えば、かなりいいフェイク画像を短時間で作成できるはずだ。だよな?」
否を言わせる気が微塵もないエリオルの言葉に、ハワードは苦笑する。
「たく、しょうがねーな。俺たちに断る選択肢はないと思っているだろう?」
「勿論、ハワードとヘルンだもの。当然じゃないか。
それともこの状況で断る勇気ある?」
「ないな。間違いなく」
ハワードは仕方なさそうに言うとヘルンを見た。
「勿論、喜んで手伝わせていただきます」
若干この状況に呑み込まれている感じのヘルンは、即答で答える。
「ありがとう。と言うことで、キルシュの方は何とかなりそうだ。
問題はカストマと王だよな。魔境王、何かいい知恵はないか?
面白い案があれば聞かせて欲しい。今回かなりいい人物が集結しているので、人選はオレが適材適所考えるよ。どう?」
どう考えても、主である人物の方が欠点を知っているだろうし、ワンチャンスを確実に捕らえてくれる。
「OK! そうだな・・・・・・」
それから、エリオルと魔境王はふたりでコソコソと作戦会議。
「俺らもさっさと仕事しようぜ」
ハワードの言葉に三人はそのまま、別棟に移動。
急ピッチで筒塔牢の普通画像バージョンの作成に取りかかる。
こうして事態は確実に収束に向けて動き始めていた。
勿論、失敗しない様に万全の策を講じたことは言うまでもない。
第4章完結
すし詰め状態の人たちは意外にも静かで、シーンとしている。
エリオルは交信ばかりすると疲れるので、うとうとと眠っていた。
その時、急に人の気配がした。
聖霊獣の反応と同時に目を覚ますエリオル。
牢屋の周りをこそこそと歩き回っている。明らかに不審者ではあるが、目的が分からないのでそのまましばらく様子見することにした。
(ハワード、起きてる? 何者だろう?)
(さあ、な。分からん。今来たとしても、何にも見えないと思うがな)
呑気にふたりで交信していると、急に超小声をかけられる。
「すみません。エリオル様でしょうか?」
ビックリして頷くと、相手はこそこそと牢屋の扉の前まで移動し、鍵を開けた。
そのまま中へと入って来る。状況判断で周りの野盗さんたちがふたりを真ん中に取り囲み、見えない様に配慮してくれた。
「すみません。驚かせて。アーメルさんから事情はお聞きしました。私はあのカストマを何とかしたい。
王は正直ダメかもしれないですが、とにかくこのままでは旅人に迷惑をかけ続けるので、早く正常な状態に戻したいのです。
アーメルさんにあなたにコンタクトを取ってみてと言われまして」
「この牢の旅人、全員助ける方法を考えているのか?
女性はアーメルから聞いている。そう言えば子どもも見ないな」
「どちらも完全隔離で魔境獣に見つからないところに隠しています。毎日、少人数ずつを解放しているのですが。
これがずっととなると、さすがにこっちのリスクの方が大きくて。
ロザリア様には申し訳ないことをしていますし」
「ああ、キルシュの話は聞いてる?」
「はい、本当はロザリア様を助けだして、身代わりを置いて、フェイク画像を魔境獣に見せたいところなんですが、あそこ本当に近づくのも大変で、カストマに知られたらアウトなので」
話の内容からこの呪術師の得意が幻術を操ることに長けた人物だと推測した。
「剣士や騎士の練習に旅人が大量惨殺されていると言う話もフェイク?」
エリオルの問いかけに、相手は一瞬、絶句した。
「・・・・・・今は。魔境国のカストマを騙す為に研究する時間が必要でした。その間はどうしようもありませんでした」
「今、ここの人たちは死なない訳だ。だからか。静かなのは」
普通、この状況なら恐怖に泣き叫ぶ者がいたっておかしくないはずだ。むしろその方がシックリ来る。
人がこんだけ捕まっていて、どうして静かなのかが引っかかっていた。
「カストマ自身が自分でチェックはしないのか?」
魔境獣を誤魔化せるくらいなら、カストマも誤魔化せるかもしれないが、いかんせん人間相手はいろいろと面倒なことも多いイメージだ。
「カストマは呪術師がすごく好きみたいなんです。
なぜかチェックは私に任されています。次期王であるサーフェス王子もご無事です。
カストマの目的が我が王を操って、この国を支配することなら、表面上は達成していると言えなくもないですが」
「まあ、あの人がそれを指示する訳ないし、よく分かってないとは思うが、今最強の布陣でこの案件に着手している感じなので、ここで決着をつけたい」
静かなエリオルの口調は、相手にとって最高の言葉だ。
「本当ですか! ありがとうございます」
そう言った瞬間、絶句して、周りを警戒し始める。
「どうした?」
「すみません。今まで全然感じなかったのですが、魔境獣の気配がします。私の動きが悟られたでしょうか?」
不安そうに告げるレイモンド。ただしエリオルはその気配にはとっくに気がついていた。同じ様に聖霊獣の気配もする。
「ああ、それ、あっちのだから大丈夫」
エリオルはすぐに状況を理解した。
「悪いけど、隣とその隣の鍵を開けてくれるかな?
バラバラだとやりにくい。ちなみに隣の隣にある魔境獣の気配は王のだから、丁重にね」
「はい? 王ですか???」
さすがに意味不明でクエスチョンマークが飛び交っているのが見て取れる。
「名前は?」
ここで初めて名前を聞いた。本人も必死だったんだろうからあえてそこには触れなかったのだが。
「すみません。申し遅れました。
幻術師のレイモンド・サントスと申します」
くしくもその名前は聞いたことがある。
このタイミングでこの偶然はもう必然としか言い様がない。
「ああ、そう。兄弟三人揃ったね。意味わかるよね?」
エリオルがレイモンドに問いかける。
「それって・・・・・・アーメルが言っていたふたりってまさか」
「そのまさか。隣にハワードがいるよ」
それを聞いてすぐにとなりの牢屋の鍵を開けるレイモンド。
「ハワード、兄弟揃ったみたい。最強の呪術の布陣も出来上がるんじゃないか?」
少し奥からハワードとヘルンが来る。
「久しぶりだな。さすがに俺的には二回目なんでな。そんなに驚きはしないが。幻術師に呪禁師、魔術師。まあ、最強の布陣と言えなくもないわな」
「とりあえず、どうしたいかは、主に聞いてからにしないと。
結局、オレたちにはカストマをどうこうする権限はないから」
「あの人、やっぱり来てんだ。まあ、そりゃそうだよな。
あの性格だもんな」
のんびりハワードが言ったところで、当の本人がすぐ隣の檻をすり抜けてやって来る。すぐ後ろにもうひとり別の人物もいた。
「どうやら、俺を待っていてくれたみたいだな。
俺はお前たちにまた会えてとても嬉しいがな」
魔境王がニコニコしながら言う。
「お連れがいるのか? だれ?」
エリオルの問いかけに少しだけ考えて、答える。
「まだ秘密。今回、かなり役だってくれるかもしれない」
「へー、それは頼もしい話だな。ああ、レイモンド。
こちらが、かの有名な魔境国の王様だ。ハワードも初だっけ?」
「ああ、こいつの師匠兼付き人魔術師のハワード・クローラだ。
その節は主がお世話になりました」
半分嫌みとも取れるその言葉を魔境王は気にする様子はない。
「どうも、ガールダー・スルンだ。実は会えてとても嬉しい!
エリオルをここまで育てあげたその能力を、俺はかなり評価しているんでね」
「そりゃ、どうも。でも本人の力が九割なんで、別に褒められる理由はないですが」
ハワードは魔境王相手でもいたってマイペースだ。
誰にも動じることのない精神がすごい。
一方、かなり気さくな感じの王様に一瞬、ビックリして固まるレイモンド。
「す、すみません。あまりにビックリして。幻術師でレイモンド・サントスと申します。
あのー我が国の王に剣のプレゼントなんてしていませんよね?」
「人を操る魔剣だな。俺は作ってもないし、そんな命令してもない」
「じゃあ、ゾルドー騎士団ていうのも存在しないんですね?」
レイモンドはひとつずつ内容の確認をしていった。
「いや、それは実在している。七国同盟ができる前のなごりでな。
そもそもは自国を守る為の隠密部隊だったんだが、今は平和だからな。中にはそれが嫌なやつもいる訳だ」
「じゃあ、七国同盟の崩壊が狙い?」
エリオルの問いに、魔境王は頷く。
「でもよう、それだとここだけじゃなくて他にも何か同じ様なことが起こっている可能性があるってことじゃないか?」
ハワードが恐ろしい可能性に気づく。
「ああ、ある。ただしタムール国以外でな」
魔境王は当然と言わんばかりにそう言った。
「ラミンナ国も行って来たばかりだから大丈夫だ。なあ、ヘルン」
ハワードの問いかけにヘルンは辛うじて頷きを返した。
そう! 大抵はみんな少しは驚いて、なかなか普段通りの対応ができなくなるのが普通である。
「こいつ、ラミンナ国の紋章官なので」
「おや、まあ、そんなエリートが・・・・・・なるほど、まあなんか知らんが精鋭部隊になっているのはよく分かった。
俺にとってはかなり、嬉しい誤算だったな」
思ったより怖くもなく、きちんと話を聞いてくれるので、レイモンドはホッとした表情になる。
「魔境王様、我が王は狂ってしまったかもしれません。
でも、その過程で私や王妃様に民を助ける様に、魔境獣に悟られない様にどうすればいいか研究する様におっしゃいました。
カストマに逆らって目を潰された姫君は今、筒塔の牢屋にいます。
私たちは今できることを精一杯してきました。
何卒、そこだけは理解してください。
全て片が付いたら息子であるサーフェス・カーデ様をどうか次期王に、そしてこの国にお咎めのない様に伏してお願いいたします」
レイモンドはそう言うと、ためらいもなく土下座する。
レイモンドの立場ではそうすることしか出来なかったのも理解できる。手探りの中の最善が必ずしも正しいとは限らない。
そんなレイモンドにエリオルは諭す様に言う。
「レイモンド、そもそもこの人のせいだから。その責任を分からないほどこの人バカじゃないし。
カストマがどんな人物か知らないけど、オレはこの人の性格なり考え方なりは知っているから。そこは心配しなくても大丈夫だ」
エリオルの言葉にレイモンドは弾かれた様に顔をあげる。
魔境王は変わらず、ニコニコとしていた。
怒ると怖そうなので、この方が平和であることは確かである。
「ほら、立て。そんなにかしずく必要はないさ」
ハワードが手を差し出した。その手を取って立ち上がる。
「よし、それじゃあ、完璧にカストマを仕留めるぞ。
ああ、でも生け捕りにするので、処分は魔境王に託します」
エリオルは確定的にそう言い、みんなは大きく頷く。
「了解した。問題は王だな。魔境獣を身体に入れて、どんだけ経っている?」
「二ヶ月半くらいでしょうか? 最初は剣だけだったんですが、どうもそれで人の心を操るのは難しいらしくて。
魔境獣を身体に入れられ後は明らかに変わりました」
その感じがエリオルには全く分からない。
自分は現に聖霊獣を身体の中にずっと入れているが、全くの無害だし、何なら手となり足となりよく尽くしてくれる。
支配される感覚が想像できなかった。
「魔境王、魔境獣を人の身体に入れて操るって可能だろうけど、明らかに邪道だよな?」
魔境王ならその辺は詳しいと思った。
「ああ、俺もやったことがない。つまりどうなるか? 全く分からんな。これ何人もやってたら、マジでぶち切れるが」
これがいわゆる感覚の違いと言うやつか?
「まあ、王と違って身体の共有がそもそもないから、安易にそういうことするのかもな」
「全く、頭の痛い話だ。すまぬな。迷惑をかけて」
「ちなみにカストマはかなりの使い手か?」
エリオルのドストライクな問いに、苦笑する。
「いいや、そうでもないと思うがな。エリオル、お前基準なら誰も太刀打ち出来ないと思うぞ」
「いや、何でそこ、オレ基準で話す?」
「いや、なんか基準がいるだろう。まあ、お前の場合、俺すら勝てなかったんだから別格だがな」
平気でそんなことを言うと、豪快に笑う。
いや、いや。今、夜だったてば。
この人は自分が王だという感覚がないのか、目立っても平気だし、マイペース過ぎる。
「じゃあ、キールに頼んで、惨殺劇場をお膳立てしてもらうかな?
幻術である程度誤魔化せるなら、素敵な野盗の皆さん方とオレたちだけ出向いても大丈夫ってことだよな?」
レイモンドに念押しするエリオル。
「ええ、策は完璧です。今まで気付かれたことはないので」
「じゃあ、とりあえず、キルシュたちを早く救出しないとな」
「交信あったのか?」
ハワードの問いかけにエリオルは頷く。
「ああ、姫君が目が見えないことも聞いていた。問題はどうやって姫君を連れ出すかだ。いろいろ見たが、帰るルートがないらしい」
「確かにな。目が見えないのはかなりなリスクだな」
ハワードも首をかしげている。
「魔境王、行ってもいいですか? このラルフェならどこでも行けますし、体力あるんで一気にふたりを運べます」
それまで魔境王の後ろで控えて、一言も言葉を発しなかった秘密の方がここにきて言葉を発した。
「そうだな。実技も兼ねてはいる訳だから、丁度いいか。
ただし、見られたらちょっとした騒動になるだろうがな」
魔境王はさも可笑しそうに言い、意味深にエリオルを見つめる。
エリオルはその意味が分からず、訝しんだ瞳を向け返す。
しかしひとつの可能性には感づいていた。
隠しているが、自分と同じ聖霊獣の気配はずっとしていたからだ。
「アドベル。一応、自己紹介を」
魔境王に促され、自己紹介をする。
「はい。アドベル・ペイルです。聖霊国の王子です」
御本人は包み隠さず、本当のことを言った。
魔境獣も聖霊獣も王の場合、身体の中にいるので、パッと見た感じでは分からない。
それにみんなフードごしなので、今イチ顔とか髪とか分からないのだが、声から察するにまだ、相当若い印象を受けた。
さしずめ弟の様である。
レイモンドが魔境獣の気配に気づけたのは、単純に魔境王がわざと魔境獣の気配を出したからに過ぎない。
エリオルの聖霊獣は完全に封印されているので分からない。
ただし、交信の時は力が動くので、それをレイモンドは察知していたと思われる。
「えっー」
周りは一応に驚いているが、エリオルだけは驚く理由がない。
弟がいたのは知らなかったが、まあ、聖霊王なら当然、跡継ぎを作るのも仕事のうちだろう。
でも、自分の存在は知らないだろうから、悟られない様に気を付けないとな。
この時、エリオルはそんなことを考えていた。
「魔境国と聖霊国はかなり親密とは聞いていたが、本当なんですね。こちらには幻術師がいるので、何とか助け出して下さっている間、目眩ましの画像を広げてもらうことにします」
「うーん、俺が見込んだだけのことはあるな。
どんな状況でも速攻で対応してくれる頭の良さがいいよな」
別に魔境王に褒められても嬉しくはないのだが、魔境王は上機嫌でそんなことを言う。
「それはどうも。お褒めに預かり光栄です。
でも、オレがする訳ではないので。レイモンド、頼めるかな?
ついでにハワードと紋章官のヘルンを貸し出すので、連携して上手くやって欲しい。たぶん三人が揃えば、かなりいいフェイク画像を短時間で作成できるはずだ。だよな?」
否を言わせる気が微塵もないエリオルの言葉に、ハワードは苦笑する。
「たく、しょうがねーな。俺たちに断る選択肢はないと思っているだろう?」
「勿論、ハワードとヘルンだもの。当然じゃないか。
それともこの状況で断る勇気ある?」
「ないな。間違いなく」
ハワードは仕方なさそうに言うとヘルンを見た。
「勿論、喜んで手伝わせていただきます」
若干この状況に呑み込まれている感じのヘルンは、即答で答える。
「ありがとう。と言うことで、キルシュの方は何とかなりそうだ。
問題はカストマと王だよな。魔境王、何かいい知恵はないか?
面白い案があれば聞かせて欲しい。今回かなりいい人物が集結しているので、人選はオレが適材適所考えるよ。どう?」
どう考えても、主である人物の方が欠点を知っているだろうし、ワンチャンスを確実に捕らえてくれる。
「OK! そうだな・・・・・・」
それから、エリオルと魔境王はふたりでコソコソと作戦会議。
「俺らもさっさと仕事しようぜ」
ハワードの言葉に三人はそのまま、別棟に移動。
急ピッチで筒塔牢の普通画像バージョンの作成に取りかかる。
こうして事態は確実に収束に向けて動き始めていた。
勿論、失敗しない様に万全の策を講じたことは言うまでもない。
第4章完結
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