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第5章 魔境王の企みと力の在処
(1)聖霊獣と筒塔牢
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レイモンドが連れて行ってくれた完全隔離部屋で、三人はかなりハードに仕事を成し遂げていた。
「たく、俺の主は容赦ねえな。でもまあ、やり遂げる俺らもまあまあだな」
満足そうにぼやく。まだ、朝早い時間帯である。
「ハワード久しぶりに一緒に仕事ができて、良かったです。
我が国に来てくれてありがとうございます。
キールにも会いたいですね」
レイモンドは嬉しそうに言った。今回、紋章官の呪術文字作成と幻術師の幻術画像作成、それを確実に速める為の魔術師の関与。
全てが完璧に作動していた。
「あいつもビックリするだろうが、喜ぶぜ」
「何かこういうのいいな。近場の国だけでも呪術関係の人種だけ集結できるシステム考えてくんねーかな?」
ヘルンがボソッと言う。呪術関係の人間が何人か集まることができれば、対応が早くなるのは事実だ。
「おっ、それいいじゃあねえか。何かできるかもな。
今回上手く行けばだが」
「俺たちの作ったものが失敗する選択肢はないが」
ヘルンの言葉にハワードとレイモンドは笑う。
「そりゃそうだが、こればかりはやってみないとな。
どんな時でも不足の事態が発生することは考慮しねーとな」
意外にもハワードの慎重な言葉を聞いて、ヘルンは感心したかの様に言う。
「なるほど、お前がエリオルのお守りを任された理由が分かる気がする。どんな時でも最善策を考えるから、ある意味、あんな化け物に育てられたんだな。正直、俺にはあんなにたくさんのことは教えられないし、それらをすべてそこそこ極めさせることもできない」
その言葉にハワードは苦笑する。
「どんな時でも殺されない為の必要最小限だがな。
それは俺の力じゃなくて、単純にエリオル自身がとにかく純粋に真っ直ぐで、負けず嫌いだっただけだ。
まあ、教えたらできるまで、飽きもせずに延々やってたからな」
「なるほどな。それだけ、知識が豊富だからか!
戦略を考える司令官として最高になったのは」
「そうか? お陰でこっちは老体にむち打ってがんばらにゃならんが」
「そう言いながら、結構この状況を楽しんでいるよな?」
「バレたか。まあ、閉鎖空間よりはよっぽど楽しい」
ふたりの会話を聞いて、レイモンドが不思議そうに問いかける。
「あの、それでエリオルさんは一体、何者なんですか?
かなり特殊なのは分かりますが。混血種でライアス王の聖霊獣を使って多数の人間とコンタクトも取れるんですよね?」
アーメルの勘違いをそのまま教えられているので、必然的に内容はそうなる。
「アハハハ、そうなるはなあ、そりゃあ。悪いが正体は明かせない。キールにも誰にも言っていないからな。
このヘルンは元々の発端から見て知っているからこその会話なんだ。うーん、まあ、あいつとの約束だから許せ!」
「でも、絶対どっかでバレると思うぞ」
ヘルンの言葉にハワードはニコニコすると言う。
「まあな、下手すりゃ、今回でな。その時は目眩まし頼むよ」
何か予感めいたものがあるのか、ハワードがヘルンにお願いをする。
「それならやっぱり、こちらの方が確実なんじゃないか?
幻術師なんて初めて会ったよ。非常に失礼な話だが、存在すら知らなかった」
「ああ、元々すげー数少ないんだ。そしてレイモンドはその中でもトップクラスの腕だからな」
ハワードの言葉にレイモンドが即答する。
「やめてくださいよ。ハードル上げすぎですよ。失敗したらどうするんですか!」
「それはねーな。後は聖霊国の王子様の力量次第だがな。
こればっかりは俺らにはどうしようもない。まあ、やることはやったんだからいいとしようぜ」
ハワードが言った時、コンコンと扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
レイモンドが声をかけるとすぐに扉が開かれ、明らかにラバット国民な様子の赤い髪をなびかせたまだ若い青年が姿を現した。
「ああ、紹介します。サーフェス王子です」
「サーフェス・カーデです。この度はお力添えをいただき、本当にありがとうございます」
若き次期王様はそう言うと、深々と頭を下げた。
いい王様の特徴は、変に王としてのプライドがない人物なんだろうとハワードは今までの感じから、心の中で分析していた。
「ご丁寧にどうも。魔術師のハワード・クローラだ。
お礼なら上手くことが運んでからにしてくれ。
何が起こるか想像もできんからな。
エリオルはあのまま、牢屋だろうな?」
「紋章官のヘルン・コーエンです。
だろうよ。あの王様えらくエリオルを気に入っているみたいだしな」
一応にふたりとも、自己紹介をしてから話の続きをする。
ヘルンは魔境王が少し気に入らないのか、若干口調がきつくなっている。
「とりあえず姫君をさっさと助けだそうぜ。人質は不利にしかならない。まあ、正確に言えば王も人質と言えなくないが、こっちは一筋縄じゃあ行かなそうだしな」
準備はできている。後は決行あるのみ!
「さすがにエリオルさんですね。まだ話してもいないのに状況が手に取る様に分かっているみたいですよ。
ということで、聖霊王子を連れて来ました。
そろそろ完成している頃だから、合流させてやってくれとたのまれまして。ちなみにもう牢屋にはいません。王様が多いので、さすがに牢屋は気が引けまして」
魔境王とがっつり喋っていたエリオルの周りには、必然的に王様が集結する。ゆえにこんな芸当も可能になるのだ。
そこでサーフェス王子は自分の身体を少しだけずらす動きを見せた。スッポリとフードを被った青年が立っていた。
フードを取ると、黄金色のショートな髪をした、まだ幼さの残る青年の姿があった。
「おはようございます。よろしくお願いいたします」
もの凄く丁寧で、腰も低い感じで次期聖霊国の王様の風格は欠片もない。
「それは、こちらこそだ。なんせ俺たちは聖霊獣なんて持っていないし、扱うこともできねーから」
「分かりました。人の命がかかっていますので、真剣にがんばらせていただきます」
「皆様、どうか妹をよろしくお願いいたします」
サーフェス王子に見送られ、四人は早々に筒塔牢へと向かう。
早い時間帯には見回りをしない様にと一応は言ってあるみたいなのだが、それでも自主的に見回りをする人数が一定数いるので、助け出す間はダミーの画像が必要となる。
また、見張りの騎士が何日かに一回、念のため置かれている様で、そこも回避する必要があった。
最初は筒塔牢の中にもロザリアのダミー画像を置くかと言う話だったのだが、ここから流れる様に作戦を進めて行くので、小細工は必要ないと結論が出た。
何よりも作成時間の短縮に繋がるので、余計な動きをしないはある意味、鉄則に近いものだった。
筒塔牢は思ったよりも迫力があり、そこだけが完全隔離なのは理解できた。
「こらまた、思った以上に凄い造りしてんな」
ハワードが呟いた時、塔の窓にキルシュの顔が見える。
大体の時間帯はキルシュにも共有済みだった様だ。
一応、手をあげて気付いたことをアピールする。
キルシュは両手で丸を作りそれに答える。
「よし、じゃあ、始めるか」
ハワードの声でそれぞれ、行動を開始した。
「ビジョンよ浮き上がれ! 幻術師レイモンドが今開く。
レインボー・イリュージョン!!」
厳かな声の後、薄いベールの様なものが浮かび上がると、それは大きく広がり、目の前の景色を隠しながら同じ景色を再現する。
見事に寸分の狂いもない風景はさすがとしか言い様がない。
「すげーな。これ思った以上だな」
ヘルンがやたらと感心している。
四人はベールの内側へと移動して、念のため見咎められない様に対策をとる。
「では、ラルフェ、あの塔のてっぺんに行ってふたりの人間を救出してください」
瞬間、アドベルの身体の中から、黄金の光が溢れ出す。
チーターの身体に銀色の角。大きな黄金の翼。
ひとりひとり聖霊獣も魔境獣も違う生き物の姿をしているらしい。
全て姿を現すと、アドベルの側でちょこんとお座りをする。
聖霊獣も魔境獣もかなり礼儀正しい生き物の様だ。
「御意。シバラクオ待チクダサイ」
すぐにラルフェは翼を広げて飛び立つと、すぐに筒塔牢の中へと吸い込まれる。
しばらくすると、本当に数人が自主見回りをしているらしく、楽しげに喋りながら通過して行った。
何でも対策はしていて損はないと改めて思うハワードだった。
一方、筒塔牢に到着したラルフェはきちんと挨拶をする。
「オ迎エニ上ガリマシタ」
輝く聖霊獣の神々しさに圧倒されながらも返事を返すキルシュ。
「すまない、ありがとう。
ロザリア、見えないのが本当に残念だけど、今側に聖霊獣がいる。それには翼があって、俺たちをここから連れ出してくれるんだ。
いいか、ゆっくりと身体を起こして、俺の指示通りに動いてみてくれるか?」
キルシュの問いかけにロザリアは嬉しそうに微笑むと頷いた。
そして身体を起こすと、キルシュに言われるままに行動し、何とか聖霊獣の背中に乗ることができた。
「ロザリア、ちゃんとしがみついておくんだよ」
「分かったわ。ありがとうキルシュ」
「貴方モ、オ乗リクダサイ」
「いや、後で迎えに来てくれ。ふたり一緒は聖霊獣にリスクがある。いくら大きな翼でもあまり重いと大変だから、俺は後でいい」
キルシュは聖霊獣の身体の作りを見てそう判断した。
「分カリマシタ。デハ少シオ待チクダサイ」
そう言うとそのまま、優雅に飛び立って行く。
「戻ってきます」
アドベルの声に反応するかの様に、聖霊獣が姿を現すと、あまり揺らさない様に静かに下りたった。
その身体にしがみついている女性はすごく美人で、華やかなイメージがした。目が見えないことは聞いていたが、この濁った目を治すことができれば、相当華のある人に違いない。
「ロザリア様、よく我慢してくださいました。
レイモンド・サントスです」
レイモンドは直ぐに駆け寄ると、聖霊獣の身体から慎重に下ろした。
「あれ、男性は?」
キルシュが乗っていないことに気付き、アドベルが呟く。
「それならたぶん、聖霊獣の負担にならない様に、後で乗ると言ったんだろうよ。この場合、俺でも同じことを言うからな」
ハワードはキルシュの行動を読んで言った。
「ソノ通リデス。モウ一度行ッテ来マス」
そのまま再度、聖霊獣は飛び立った。
「ハワード、反対の肩を貸してくれますか?
ロザリア様を女性だけの完全隔離部屋へお連れします」
ロザリアを真ん中にレイモンドとハワードがそれぞれ肩を貸す。
「オッケー、ゆっくり動こう。姫君、がんばって歩いてくれ」
ハワードの語りかけにロザリアは大きく頷き、すこしおぼつかないながらもしっかりと歩きだした。
二度目の聖霊獣訪問はすべてがスムーズだった。
速攻でキルシュがラルフェの背中に飛び乗ると、ラルフェはそのまま飛び立つ。
すぐにアドベルの前まで戻って来た。
「ありがとうございました。聖霊王子」
キルシュが丁寧にお礼を言う。
「いいえ、こちらこそです。父が実践に出ろと言った意味がよく分かりました。頭の中で思っていることを全て体現できる訳ではないんですよね?
私は聖霊獣なら、力があるからふたりを一回で運べると思っていました。実際にラルフェにはそう指示を出しました」
「ああ、確かに俺にも乗ってくれと言われた。
でもライアス王も聖霊獣を持っているが、人を運ばせたことはないな。まあ、王の身体を共有している聖霊獣とは根本的に違うとは思うが、どんなに翼があっても飛ぶにはかなりの力が必要だろうし、それに重さが加わったら大変だろうと思って」
そこで言葉を切ると、ちょこんといい子にお座りして控えているラルフェの頭を優しく撫でる。
「お前ラルフェって言うのか。ありがとな。俺たちを助けてくれて」
「イイエ、オ役ニタテテ何ヨリデス。オ心遣イ感謝シマス」
見てくれチーターなのだが、まるで犬みたいにキルシュに身体をすり寄せ甘える様な仕草を見せるラルフェ。
「わっ、めっちゃくちゃ気持ちいいもんだな。毛がふさふさで気持ちいい。へー、こんな感じなんだ」
基本的に聖霊獣を触ることなどないキルシュにとっては、かなり新鮮な経験だった。
「ラルフェは完全に貴方に心を許していますね。
私にはまだ、戦略を立てるということができないですね。
机上と実践には大きな隔たりがある。それがよく分かりました」
アドベルは素直に自分の至らぬところを分析していた。
「俺に言わせれば、自分をそれだけ客観的にそれも正確に分析できている時点で、戦略家としていい素質を持っていると思うが」
「そうなんでしょうか? よく分からなくて。なので、今のお言葉は嬉しいです。ありがとうございます」
アドベルが無邪気に喜んだところで、それまで黙って話を聞いていたヘルンが声を出す。
「和んでいるところ誠に恐縮ですが、時間的に怪しくなってきたので撤収します」
「あっ、OK! じゃあ、君たちの創作部屋へ行こうか?」
アドベルの言葉にヘルンは少し微笑んで頷く。
「ラルフェ、戻れ」
その一言でラルフェはスーッとアドベルの身体の中に吸い込まれていく。すぐに姿は完全に消え去った。
「へー、めちゃくちゃ便利! 俺も欲しいな」
キルシュが素直に感想を述べる。
「では、ふたりはこのまま先に部屋へ。ここを撤収したら後を追いかけます」
ヘルンの言葉にふたりは頷き合って動き出す。
それを見届けて、ヘルンはレイモンドが広げていたフェイク画像の撤収をする。
地面に訳の分からない文字記号を書き連ねるとそれが光を放つ。
「エリオス! 消去!」
かけ声とともに、フェイク画像はそこに吸い込まれる様に消えてなくなった。
「いっちょあがり! よし、撤収、撤収」
ヘルンはそう言うとふたりの後を追い、駆け出した。
一方ハワードとレイモンドは無事に女性完全隔離部屋へ到着していた。
「マリアノ様、お連れしました!」
扉の前のその声に、弾かれた様に扉が開く。
すごく美人なその女性がロザリアの母親であることはすぐに分かった。顔はかなり似ている。
「ロザリア! 良かった、無事で」
しっかりと娘を抱き締める。
「お母様、お母様も無事でよろしゅうございました。
兄上は? 父上はもうダメなんですか?」
ロザリアは溢れる想いのままに言葉を紡ぐ。
心配ごとは山の様にあった。
「サーフェスは勿論無事よ。ジルドラは正直、何とも言えないけれど。でも、たくさんの方が集まって、助けてくれようとしているわ。本当にありがたいことよ」
「良かった。お父様が心配だけど」
「ロザリア。とりあえず安心して、少し眠りなさい。
それからたくさんの栄養を取って、早く元気にならないと」
母の言葉に素直に頷く。
「あっ、お母様。キルシュに会ったの。あの時と変わらず、とても優しかったわ。こんなになってしまった私でも変わらず、とても優しかったわ」
「そう、良かったわね。ここは基本、男性が入れない場所だから、荷物運びにでも紛れて呼び寄せなきゃだわね」
意外にこの王妃様、発想が柔軟でビックリする。
逆に言えば、それだからこの難局をここまでで押さえることができたのかもしれない。
すると奥からアーメルとカミーラがひょこっと顔を覗かせる。
「ああ、ふたりともご苦労だったな。ありがとう」
ハワードが気付いて言うと、ふたりしてニッコリと笑う。
ふたりは完全に打ち解けている感じだ。
「ごめんなさいね。今回、私たちかなり楽をしてしまって」
アーメルが申し訳なさそうに言う。
「何、言ってる。お前たちが王妃とコンタクトを取ってくれたからこそ、今があるんだぜ。ふたりとも大功労者だよ。
特にアーメルはバレたら殺される可能性もあった訳だし、全然楽なことなんてひとつもないさ」
「ハワード、ありがとう。で、メインの方は上手く行きそう?」
「さあな。だけど魔境王に聖霊王子だしな。これで上手くいかなきゃ、何やってもダメだと思うぜ。
まあ、あの魔境王を本気で怒らせたんだから、相当な手段を用いるとは思うが」
話の途中ではあったが、王妃は話に割って入った。
「とにかく、お入りください。朝食でも食べて、それから先の行動を考えてください」
アーメルたちの身体が動くと、奥の部屋が見える。
そこにはかなりのご馳走が並んでいた。
「こらまた、すげーな。すまねえ。でもありがたい。食事どころじゃなかったんでな」
嬉しそうに言って、中に入る。
「すまねえ。男だが、大人しくするので」
王妃の言葉を一応気にしていたのか、ハワードが言う。
「それなら、私も男だし」
アーメルが言えば、レイモンドも言う。
「私も男ですよ。信じられる男性はハーレム入室許可なので、気になさらないでください。
ハワードの戦略能力と技術がなければ、こんなに早くロザリア様を助け出すことは不可能でした。
本当にありがとうございます。」
「よせよ。お互い様だろう? そんなに褒めてくれても何も出ないぞ」
エリオルと同じで、褒められることが苦手なハワードは照れ隠しの様に言う。
とりあえず姫君を救出できて、みんな一安心の中、ここの空間での朝食会はすごく和やかなムードの中で始められた。
その頃、キルシュとヘルン、アドベルが戻った方でも、サーフェス王子とエリオル、魔境王が集結していた。
「お疲れ様でした。上手く行きましたか?」
サーフェスの問いにアドベルが答える。
「はい、予定通り。レイモンドとハワードは姫君を女性専用の隔離部屋まで連れて行きました。こっちはキルシュさんを助けた時点でミッションは終了ですので、撤収してきました」
「アドベルどうだった? 初の実践は?」
魔境王が楽しげに問いかける。
「机上と実践の格差を痛感しました。実践することがいかに大切なことであるか。キルシュさん、最高の対応を見せて下さり、ありがとうございます」
聖霊王子は素直に言って、頭を下げる。
「とんでもない! 俺にしたらあんなすごい聖霊獣を俺たちの為に提供してくれて、お陰で姫君を助けることができた。
こちらこそ、本当にありがとうございました」
キルシュはそう言うと同じ様に頭を下げた。
「エリオル、お前の仲間はいい人種が多くていいな。
羨ましい。俺の国の中枢人物を全てお前たちと総入れ替えしたいくらいだ。俺は頭が痛いし、自分で動かなきゃどうにもならないのが目に見えてるしな。本当に身が持たないよ」
愚痴る魔境王にエリオルは冷たい言葉を発する。
「そうかな? どう見ても、この状況を楽しんでいる様にしか思えないが。それにしてもかなり律儀だよな。わざわざ親友の子どもを預かって連れて来るなんて」
「それは一応、ほめ言葉と思えばいいのかな?
だって、実践デビューに保護者がいないと、最悪、収集付かなくなるだろう。俺らの場合」
確かにそれは言えている。正体がばれた時点で崇められはするだろうが、見物人は殺到するかもしれない。
「なるほど。それは一理あるな。七国に潜り込むのって、結構大変なんだな。環境とかも全然違うんだものな。
ふたりとも、この国にいて、大丈夫なものなのか?」
エリオルの問いかけの意味が魔境王には分かる。
遙か昔、赤子の自分が馴染めなかった聖霊国から来た王子。
体調的なものを心配しても無理のない話だった。
「自国よりは何倍も疲れる気はするが、さすがに大人だから別に問題はない。アドベルはどうだ?」
「私はあまり変わりはないですね。聖霊獣を動かしても疲れている感覚はないので、ほぼ自国と同じ感覚です」
「そうなんだ。それなら良かった。
じゃあ、とりあえず朝食にしよう。たくさん用意してくれている」
「うおーすげー。どこの国も優しいな。ありがたいことだ」
ヘルンはそう言うとニッコリと微笑んだ。
「相変わらずだな、ヘルンは。まあでも、元気そうでなによりだ。
今回はありがとう。わざわざ来てくれて」
エリオルはそこに関しては素直に礼を言った。
ヘルンはその言葉に感激する。
ある意味、子どもみたいで分かりやすい。
「エリオル、俺はその言葉で全ての苦労が報われる様だよ。
ラミンナ姫をだしに使ってしまったが、とっさの判断としてはまあまあだったろう?」
一応、馴れ初めをザックリとハワードから聞いているので、内容は理解できる。
「そうだな。一番無難なやつだよな。とっさにしては上出来」
「だよな! ああ、良かった。これで俺、何十倍も頑張れる気がする」
単純人種はそう言うと、目の前のご馳走に目を向ける。
「よーし、食べるぞ!」
「元気だな。まあ、いいことだ。キルシュもたくさん食べてくれ。
後で、重要な任務を話す」
エリオルの言葉に、キルシュは頷いて、食事に手を付けた。
とりあえず第一関門をクリアしたことで、みんな少し安心した感じだった。正確にはこれからが正念場と言えなくもないが、みんなの力を信じて突き進むしかない。
最終決戦までの和やかな時間は、意外にもゆっくりと優しく過ぎて行った。
「たく、俺の主は容赦ねえな。でもまあ、やり遂げる俺らもまあまあだな」
満足そうにぼやく。まだ、朝早い時間帯である。
「ハワード久しぶりに一緒に仕事ができて、良かったです。
我が国に来てくれてありがとうございます。
キールにも会いたいですね」
レイモンドは嬉しそうに言った。今回、紋章官の呪術文字作成と幻術師の幻術画像作成、それを確実に速める為の魔術師の関与。
全てが完璧に作動していた。
「あいつもビックリするだろうが、喜ぶぜ」
「何かこういうのいいな。近場の国だけでも呪術関係の人種だけ集結できるシステム考えてくんねーかな?」
ヘルンがボソッと言う。呪術関係の人間が何人か集まることができれば、対応が早くなるのは事実だ。
「おっ、それいいじゃあねえか。何かできるかもな。
今回上手く行けばだが」
「俺たちの作ったものが失敗する選択肢はないが」
ヘルンの言葉にハワードとレイモンドは笑う。
「そりゃそうだが、こればかりはやってみないとな。
どんな時でも不足の事態が発生することは考慮しねーとな」
意外にもハワードの慎重な言葉を聞いて、ヘルンは感心したかの様に言う。
「なるほど、お前がエリオルのお守りを任された理由が分かる気がする。どんな時でも最善策を考えるから、ある意味、あんな化け物に育てられたんだな。正直、俺にはあんなにたくさんのことは教えられないし、それらをすべてそこそこ極めさせることもできない」
その言葉にハワードは苦笑する。
「どんな時でも殺されない為の必要最小限だがな。
それは俺の力じゃなくて、単純にエリオル自身がとにかく純粋に真っ直ぐで、負けず嫌いだっただけだ。
まあ、教えたらできるまで、飽きもせずに延々やってたからな」
「なるほどな。それだけ、知識が豊富だからか!
戦略を考える司令官として最高になったのは」
「そうか? お陰でこっちは老体にむち打ってがんばらにゃならんが」
「そう言いながら、結構この状況を楽しんでいるよな?」
「バレたか。まあ、閉鎖空間よりはよっぽど楽しい」
ふたりの会話を聞いて、レイモンドが不思議そうに問いかける。
「あの、それでエリオルさんは一体、何者なんですか?
かなり特殊なのは分かりますが。混血種でライアス王の聖霊獣を使って多数の人間とコンタクトも取れるんですよね?」
アーメルの勘違いをそのまま教えられているので、必然的に内容はそうなる。
「アハハハ、そうなるはなあ、そりゃあ。悪いが正体は明かせない。キールにも誰にも言っていないからな。
このヘルンは元々の発端から見て知っているからこその会話なんだ。うーん、まあ、あいつとの約束だから許せ!」
「でも、絶対どっかでバレると思うぞ」
ヘルンの言葉にハワードはニコニコすると言う。
「まあな、下手すりゃ、今回でな。その時は目眩まし頼むよ」
何か予感めいたものがあるのか、ハワードがヘルンにお願いをする。
「それならやっぱり、こちらの方が確実なんじゃないか?
幻術師なんて初めて会ったよ。非常に失礼な話だが、存在すら知らなかった」
「ああ、元々すげー数少ないんだ。そしてレイモンドはその中でもトップクラスの腕だからな」
ハワードの言葉にレイモンドが即答する。
「やめてくださいよ。ハードル上げすぎですよ。失敗したらどうするんですか!」
「それはねーな。後は聖霊国の王子様の力量次第だがな。
こればっかりは俺らにはどうしようもない。まあ、やることはやったんだからいいとしようぜ」
ハワードが言った時、コンコンと扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
レイモンドが声をかけるとすぐに扉が開かれ、明らかにラバット国民な様子の赤い髪をなびかせたまだ若い青年が姿を現した。
「ああ、紹介します。サーフェス王子です」
「サーフェス・カーデです。この度はお力添えをいただき、本当にありがとうございます」
若き次期王様はそう言うと、深々と頭を下げた。
いい王様の特徴は、変に王としてのプライドがない人物なんだろうとハワードは今までの感じから、心の中で分析していた。
「ご丁寧にどうも。魔術師のハワード・クローラだ。
お礼なら上手くことが運んでからにしてくれ。
何が起こるか想像もできんからな。
エリオルはあのまま、牢屋だろうな?」
「紋章官のヘルン・コーエンです。
だろうよ。あの王様えらくエリオルを気に入っているみたいだしな」
一応にふたりとも、自己紹介をしてから話の続きをする。
ヘルンは魔境王が少し気に入らないのか、若干口調がきつくなっている。
「とりあえず姫君をさっさと助けだそうぜ。人質は不利にしかならない。まあ、正確に言えば王も人質と言えなくないが、こっちは一筋縄じゃあ行かなそうだしな」
準備はできている。後は決行あるのみ!
「さすがにエリオルさんですね。まだ話してもいないのに状況が手に取る様に分かっているみたいですよ。
ということで、聖霊王子を連れて来ました。
そろそろ完成している頃だから、合流させてやってくれとたのまれまして。ちなみにもう牢屋にはいません。王様が多いので、さすがに牢屋は気が引けまして」
魔境王とがっつり喋っていたエリオルの周りには、必然的に王様が集結する。ゆえにこんな芸当も可能になるのだ。
そこでサーフェス王子は自分の身体を少しだけずらす動きを見せた。スッポリとフードを被った青年が立っていた。
フードを取ると、黄金色のショートな髪をした、まだ幼さの残る青年の姿があった。
「おはようございます。よろしくお願いいたします」
もの凄く丁寧で、腰も低い感じで次期聖霊国の王様の風格は欠片もない。
「それは、こちらこそだ。なんせ俺たちは聖霊獣なんて持っていないし、扱うこともできねーから」
「分かりました。人の命がかかっていますので、真剣にがんばらせていただきます」
「皆様、どうか妹をよろしくお願いいたします」
サーフェス王子に見送られ、四人は早々に筒塔牢へと向かう。
早い時間帯には見回りをしない様にと一応は言ってあるみたいなのだが、それでも自主的に見回りをする人数が一定数いるので、助け出す間はダミーの画像が必要となる。
また、見張りの騎士が何日かに一回、念のため置かれている様で、そこも回避する必要があった。
最初は筒塔牢の中にもロザリアのダミー画像を置くかと言う話だったのだが、ここから流れる様に作戦を進めて行くので、小細工は必要ないと結論が出た。
何よりも作成時間の短縮に繋がるので、余計な動きをしないはある意味、鉄則に近いものだった。
筒塔牢は思ったよりも迫力があり、そこだけが完全隔離なのは理解できた。
「こらまた、思った以上に凄い造りしてんな」
ハワードが呟いた時、塔の窓にキルシュの顔が見える。
大体の時間帯はキルシュにも共有済みだった様だ。
一応、手をあげて気付いたことをアピールする。
キルシュは両手で丸を作りそれに答える。
「よし、じゃあ、始めるか」
ハワードの声でそれぞれ、行動を開始した。
「ビジョンよ浮き上がれ! 幻術師レイモンドが今開く。
レインボー・イリュージョン!!」
厳かな声の後、薄いベールの様なものが浮かび上がると、それは大きく広がり、目の前の景色を隠しながら同じ景色を再現する。
見事に寸分の狂いもない風景はさすがとしか言い様がない。
「すげーな。これ思った以上だな」
ヘルンがやたらと感心している。
四人はベールの内側へと移動して、念のため見咎められない様に対策をとる。
「では、ラルフェ、あの塔のてっぺんに行ってふたりの人間を救出してください」
瞬間、アドベルの身体の中から、黄金の光が溢れ出す。
チーターの身体に銀色の角。大きな黄金の翼。
ひとりひとり聖霊獣も魔境獣も違う生き物の姿をしているらしい。
全て姿を現すと、アドベルの側でちょこんとお座りをする。
聖霊獣も魔境獣もかなり礼儀正しい生き物の様だ。
「御意。シバラクオ待チクダサイ」
すぐにラルフェは翼を広げて飛び立つと、すぐに筒塔牢の中へと吸い込まれる。
しばらくすると、本当に数人が自主見回りをしているらしく、楽しげに喋りながら通過して行った。
何でも対策はしていて損はないと改めて思うハワードだった。
一方、筒塔牢に到着したラルフェはきちんと挨拶をする。
「オ迎エニ上ガリマシタ」
輝く聖霊獣の神々しさに圧倒されながらも返事を返すキルシュ。
「すまない、ありがとう。
ロザリア、見えないのが本当に残念だけど、今側に聖霊獣がいる。それには翼があって、俺たちをここから連れ出してくれるんだ。
いいか、ゆっくりと身体を起こして、俺の指示通りに動いてみてくれるか?」
キルシュの問いかけにロザリアは嬉しそうに微笑むと頷いた。
そして身体を起こすと、キルシュに言われるままに行動し、何とか聖霊獣の背中に乗ることができた。
「ロザリア、ちゃんとしがみついておくんだよ」
「分かったわ。ありがとうキルシュ」
「貴方モ、オ乗リクダサイ」
「いや、後で迎えに来てくれ。ふたり一緒は聖霊獣にリスクがある。いくら大きな翼でもあまり重いと大変だから、俺は後でいい」
キルシュは聖霊獣の身体の作りを見てそう判断した。
「分カリマシタ。デハ少シオ待チクダサイ」
そう言うとそのまま、優雅に飛び立って行く。
「戻ってきます」
アドベルの声に反応するかの様に、聖霊獣が姿を現すと、あまり揺らさない様に静かに下りたった。
その身体にしがみついている女性はすごく美人で、華やかなイメージがした。目が見えないことは聞いていたが、この濁った目を治すことができれば、相当華のある人に違いない。
「ロザリア様、よく我慢してくださいました。
レイモンド・サントスです」
レイモンドは直ぐに駆け寄ると、聖霊獣の身体から慎重に下ろした。
「あれ、男性は?」
キルシュが乗っていないことに気付き、アドベルが呟く。
「それならたぶん、聖霊獣の負担にならない様に、後で乗ると言ったんだろうよ。この場合、俺でも同じことを言うからな」
ハワードはキルシュの行動を読んで言った。
「ソノ通リデス。モウ一度行ッテ来マス」
そのまま再度、聖霊獣は飛び立った。
「ハワード、反対の肩を貸してくれますか?
ロザリア様を女性だけの完全隔離部屋へお連れします」
ロザリアを真ん中にレイモンドとハワードがそれぞれ肩を貸す。
「オッケー、ゆっくり動こう。姫君、がんばって歩いてくれ」
ハワードの語りかけにロザリアは大きく頷き、すこしおぼつかないながらもしっかりと歩きだした。
二度目の聖霊獣訪問はすべてがスムーズだった。
速攻でキルシュがラルフェの背中に飛び乗ると、ラルフェはそのまま飛び立つ。
すぐにアドベルの前まで戻って来た。
「ありがとうございました。聖霊王子」
キルシュが丁寧にお礼を言う。
「いいえ、こちらこそです。父が実践に出ろと言った意味がよく分かりました。頭の中で思っていることを全て体現できる訳ではないんですよね?
私は聖霊獣なら、力があるからふたりを一回で運べると思っていました。実際にラルフェにはそう指示を出しました」
「ああ、確かに俺にも乗ってくれと言われた。
でもライアス王も聖霊獣を持っているが、人を運ばせたことはないな。まあ、王の身体を共有している聖霊獣とは根本的に違うとは思うが、どんなに翼があっても飛ぶにはかなりの力が必要だろうし、それに重さが加わったら大変だろうと思って」
そこで言葉を切ると、ちょこんといい子にお座りして控えているラルフェの頭を優しく撫でる。
「お前ラルフェって言うのか。ありがとな。俺たちを助けてくれて」
「イイエ、オ役ニタテテ何ヨリデス。オ心遣イ感謝シマス」
見てくれチーターなのだが、まるで犬みたいにキルシュに身体をすり寄せ甘える様な仕草を見せるラルフェ。
「わっ、めっちゃくちゃ気持ちいいもんだな。毛がふさふさで気持ちいい。へー、こんな感じなんだ」
基本的に聖霊獣を触ることなどないキルシュにとっては、かなり新鮮な経験だった。
「ラルフェは完全に貴方に心を許していますね。
私にはまだ、戦略を立てるということができないですね。
机上と実践には大きな隔たりがある。それがよく分かりました」
アドベルは素直に自分の至らぬところを分析していた。
「俺に言わせれば、自分をそれだけ客観的にそれも正確に分析できている時点で、戦略家としていい素質を持っていると思うが」
「そうなんでしょうか? よく分からなくて。なので、今のお言葉は嬉しいです。ありがとうございます」
アドベルが無邪気に喜んだところで、それまで黙って話を聞いていたヘルンが声を出す。
「和んでいるところ誠に恐縮ですが、時間的に怪しくなってきたので撤収します」
「あっ、OK! じゃあ、君たちの創作部屋へ行こうか?」
アドベルの言葉にヘルンは少し微笑んで頷く。
「ラルフェ、戻れ」
その一言でラルフェはスーッとアドベルの身体の中に吸い込まれていく。すぐに姿は完全に消え去った。
「へー、めちゃくちゃ便利! 俺も欲しいな」
キルシュが素直に感想を述べる。
「では、ふたりはこのまま先に部屋へ。ここを撤収したら後を追いかけます」
ヘルンの言葉にふたりは頷き合って動き出す。
それを見届けて、ヘルンはレイモンドが広げていたフェイク画像の撤収をする。
地面に訳の分からない文字記号を書き連ねるとそれが光を放つ。
「エリオス! 消去!」
かけ声とともに、フェイク画像はそこに吸い込まれる様に消えてなくなった。
「いっちょあがり! よし、撤収、撤収」
ヘルンはそう言うとふたりの後を追い、駆け出した。
一方ハワードとレイモンドは無事に女性完全隔離部屋へ到着していた。
「マリアノ様、お連れしました!」
扉の前のその声に、弾かれた様に扉が開く。
すごく美人なその女性がロザリアの母親であることはすぐに分かった。顔はかなり似ている。
「ロザリア! 良かった、無事で」
しっかりと娘を抱き締める。
「お母様、お母様も無事でよろしゅうございました。
兄上は? 父上はもうダメなんですか?」
ロザリアは溢れる想いのままに言葉を紡ぐ。
心配ごとは山の様にあった。
「サーフェスは勿論無事よ。ジルドラは正直、何とも言えないけれど。でも、たくさんの方が集まって、助けてくれようとしているわ。本当にありがたいことよ」
「良かった。お父様が心配だけど」
「ロザリア。とりあえず安心して、少し眠りなさい。
それからたくさんの栄養を取って、早く元気にならないと」
母の言葉に素直に頷く。
「あっ、お母様。キルシュに会ったの。あの時と変わらず、とても優しかったわ。こんなになってしまった私でも変わらず、とても優しかったわ」
「そう、良かったわね。ここは基本、男性が入れない場所だから、荷物運びにでも紛れて呼び寄せなきゃだわね」
意外にこの王妃様、発想が柔軟でビックリする。
逆に言えば、それだからこの難局をここまでで押さえることができたのかもしれない。
すると奥からアーメルとカミーラがひょこっと顔を覗かせる。
「ああ、ふたりともご苦労だったな。ありがとう」
ハワードが気付いて言うと、ふたりしてニッコリと笑う。
ふたりは完全に打ち解けている感じだ。
「ごめんなさいね。今回、私たちかなり楽をしてしまって」
アーメルが申し訳なさそうに言う。
「何、言ってる。お前たちが王妃とコンタクトを取ってくれたからこそ、今があるんだぜ。ふたりとも大功労者だよ。
特にアーメルはバレたら殺される可能性もあった訳だし、全然楽なことなんてひとつもないさ」
「ハワード、ありがとう。で、メインの方は上手く行きそう?」
「さあな。だけど魔境王に聖霊王子だしな。これで上手くいかなきゃ、何やってもダメだと思うぜ。
まあ、あの魔境王を本気で怒らせたんだから、相当な手段を用いるとは思うが」
話の途中ではあったが、王妃は話に割って入った。
「とにかく、お入りください。朝食でも食べて、それから先の行動を考えてください」
アーメルたちの身体が動くと、奥の部屋が見える。
そこにはかなりのご馳走が並んでいた。
「こらまた、すげーな。すまねえ。でもありがたい。食事どころじゃなかったんでな」
嬉しそうに言って、中に入る。
「すまねえ。男だが、大人しくするので」
王妃の言葉を一応気にしていたのか、ハワードが言う。
「それなら、私も男だし」
アーメルが言えば、レイモンドも言う。
「私も男ですよ。信じられる男性はハーレム入室許可なので、気になさらないでください。
ハワードの戦略能力と技術がなければ、こんなに早くロザリア様を助け出すことは不可能でした。
本当にありがとうございます。」
「よせよ。お互い様だろう? そんなに褒めてくれても何も出ないぞ」
エリオルと同じで、褒められることが苦手なハワードは照れ隠しの様に言う。
とりあえず姫君を救出できて、みんな一安心の中、ここの空間での朝食会はすごく和やかなムードの中で始められた。
その頃、キルシュとヘルン、アドベルが戻った方でも、サーフェス王子とエリオル、魔境王が集結していた。
「お疲れ様でした。上手く行きましたか?」
サーフェスの問いにアドベルが答える。
「はい、予定通り。レイモンドとハワードは姫君を女性専用の隔離部屋まで連れて行きました。こっちはキルシュさんを助けた時点でミッションは終了ですので、撤収してきました」
「アドベルどうだった? 初の実践は?」
魔境王が楽しげに問いかける。
「机上と実践の格差を痛感しました。実践することがいかに大切なことであるか。キルシュさん、最高の対応を見せて下さり、ありがとうございます」
聖霊王子は素直に言って、頭を下げる。
「とんでもない! 俺にしたらあんなすごい聖霊獣を俺たちの為に提供してくれて、お陰で姫君を助けることができた。
こちらこそ、本当にありがとうございました」
キルシュはそう言うと同じ様に頭を下げた。
「エリオル、お前の仲間はいい人種が多くていいな。
羨ましい。俺の国の中枢人物を全てお前たちと総入れ替えしたいくらいだ。俺は頭が痛いし、自分で動かなきゃどうにもならないのが目に見えてるしな。本当に身が持たないよ」
愚痴る魔境王にエリオルは冷たい言葉を発する。
「そうかな? どう見ても、この状況を楽しんでいる様にしか思えないが。それにしてもかなり律儀だよな。わざわざ親友の子どもを預かって連れて来るなんて」
「それは一応、ほめ言葉と思えばいいのかな?
だって、実践デビューに保護者がいないと、最悪、収集付かなくなるだろう。俺らの場合」
確かにそれは言えている。正体がばれた時点で崇められはするだろうが、見物人は殺到するかもしれない。
「なるほど。それは一理あるな。七国に潜り込むのって、結構大変なんだな。環境とかも全然違うんだものな。
ふたりとも、この国にいて、大丈夫なものなのか?」
エリオルの問いかけの意味が魔境王には分かる。
遙か昔、赤子の自分が馴染めなかった聖霊国から来た王子。
体調的なものを心配しても無理のない話だった。
「自国よりは何倍も疲れる気はするが、さすがに大人だから別に問題はない。アドベルはどうだ?」
「私はあまり変わりはないですね。聖霊獣を動かしても疲れている感覚はないので、ほぼ自国と同じ感覚です」
「そうなんだ。それなら良かった。
じゃあ、とりあえず朝食にしよう。たくさん用意してくれている」
「うおーすげー。どこの国も優しいな。ありがたいことだ」
ヘルンはそう言うとニッコリと微笑んだ。
「相変わらずだな、ヘルンは。まあでも、元気そうでなによりだ。
今回はありがとう。わざわざ来てくれて」
エリオルはそこに関しては素直に礼を言った。
ヘルンはその言葉に感激する。
ある意味、子どもみたいで分かりやすい。
「エリオル、俺はその言葉で全ての苦労が報われる様だよ。
ラミンナ姫をだしに使ってしまったが、とっさの判断としてはまあまあだったろう?」
一応、馴れ初めをザックリとハワードから聞いているので、内容は理解できる。
「そうだな。一番無難なやつだよな。とっさにしては上出来」
「だよな! ああ、良かった。これで俺、何十倍も頑張れる気がする」
単純人種はそう言うと、目の前のご馳走に目を向ける。
「よーし、食べるぞ!」
「元気だな。まあ、いいことだ。キルシュもたくさん食べてくれ。
後で、重要な任務を話す」
エリオルの言葉に、キルシュは頷いて、食事に手を付けた。
とりあえず第一関門をクリアしたことで、みんな少し安心した感じだった。正確にはこれからが正念場と言えなくもないが、みんなの力を信じて突き進むしかない。
最終決戦までの和やかな時間は、意外にもゆっくりと優しく過ぎて行った。
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