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第十二章 高熲
第十二章 高熲 六
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「大変でございます、皇后さま!」
顔色を変えて報告に上がったのは例の宦官である。
お決まりの挨拶も慌しく済ませ、皇后の御前であるというのに落ち着きが無い。
「まあ、随分と早いのですね。
まだ一日と経っていないのに、これはいったいどうしたことでしょうか。
もしや……高僕射の身に何かあったのでございましょうか?」
心配そうに眉を顰める伽羅に、宦官は言いにくそうに口ごもった。
「恐れながら申し上げますと……本日は、高僕射は臨時休暇を取っておられました」
「まあ。そうでしたか。
高僕射が如何に政務に情熱を傾けていると言っても、『洗沐日(五日ごとに一日ある休暇)』以外にも休暇ぐらいは取るでしょう。
彼も年を取りました。お体の調子が悪いのかもしれません。
ご自身をいたわるのも、大切な仕事ですよ。
そういえば、亡きご正妻様の墓参りでも、時々、休暇を取るのだと陛下がおっしゃっておられました」
「いえ……、高僕射は極めてお元気でいらっしゃいました。
墓参りでもございませぬ。
実は……高僕射の屋敷では華やかな『祝いの宴』が行われていたのでございます。
屋敷の内庭には楽団や芸人なども呼び、手の者の報告によると、それは賑やかだったようでございます」
流石にこれには伽羅も仰天した。
高僕射の身を案じながら、ずっと宦官の報告を待っていたのである。
すぐには高僕射と『祝い』が結びつかずに、首を傾げた。
「祝い、でしょうか?
それは何の祝い事でございましょう。
高僕射は自邸において、亡き妻を弔うために『読経三昧』のはず、ではないのでしょうか?」
揚堅から伝え聞いた話では、そうであった。
「それが手の者からの報告によりますと……『出産祝い』とのことでありました」
「はて」
伽羅はまた首を傾げた。
「高僕射に孫でも生まれたのか。
そのような話は聞いておりませぬが……遠慮深い方ですから、あえて陛下にさえ知らせなかったのかもしれませぬ。
知らぬ振りで通しても良いのですが、せっかくの慶事。皇室からも祝いの品を贈りたく思います。
いえ、大げさにしたくないのであれば、私的に祝いの品を贈る方が良いかもしれませぬ。
早速選びにかかりましょう」
高熲の慶事を喜び、浮き浮きと微笑む皇后を見て、宦官は汗を滴せながら目を反らせた。
「いえ……あの……お孫様では、……ありませぬ。
その……たいへん申し上げにくいのでございますが、高僕射ご自身のお子様のようでございます。
高僕射は屋敷に妾を引き入れておりました。
その愛妾が男児を産んだので、盛大な祝いを行なったようなのです」
伽羅は驚愕に目を見開いた。
「ま、まさか高僕射に限ってそのようなことが!」
高熲は元々、伽羅の父の筋からの付き合いである。
幼き頃から彼の実直な人柄を聞き覚えていたので、すぐには信じかねた。
「いえ、高僕射の館に出入りする商人にも裏を取りましたので間違いございません。
元々高僕射は長年にわたって愛妾を隠し、他所に住まわせていたそうでございます。
ですが、その……ご正妻様が亡くなられて間もなく、館に愛妾を引き込んだのだと商人は言っておりました」
そう、その報告は正しかった。
皇后を騙し切ったと確信し――また、正妻も居なくなったことだし……と、高熲は館に愛妾を引き込んだのだ。
そうして年を取ってから思いがけずもうけた子の誕生に、用心深い高熲も流石に浮かれたらしい。
間諜が遣わされたのは、なんの巡り合わせか――いや、かつて斬らせた張貴妃と、蔑ろにした亡き妻が、揃って幽界から手招きしていたのか。
とにかく、そんな特別な日であったのだ。
顔色を変えて報告に上がったのは例の宦官である。
お決まりの挨拶も慌しく済ませ、皇后の御前であるというのに落ち着きが無い。
「まあ、随分と早いのですね。
まだ一日と経っていないのに、これはいったいどうしたことでしょうか。
もしや……高僕射の身に何かあったのでございましょうか?」
心配そうに眉を顰める伽羅に、宦官は言いにくそうに口ごもった。
「恐れながら申し上げますと……本日は、高僕射は臨時休暇を取っておられました」
「まあ。そうでしたか。
高僕射が如何に政務に情熱を傾けていると言っても、『洗沐日(五日ごとに一日ある休暇)』以外にも休暇ぐらいは取るでしょう。
彼も年を取りました。お体の調子が悪いのかもしれません。
ご自身をいたわるのも、大切な仕事ですよ。
そういえば、亡きご正妻様の墓参りでも、時々、休暇を取るのだと陛下がおっしゃっておられました」
「いえ……、高僕射は極めてお元気でいらっしゃいました。
墓参りでもございませぬ。
実は……高僕射の屋敷では華やかな『祝いの宴』が行われていたのでございます。
屋敷の内庭には楽団や芸人なども呼び、手の者の報告によると、それは賑やかだったようでございます」
流石にこれには伽羅も仰天した。
高僕射の身を案じながら、ずっと宦官の報告を待っていたのである。
すぐには高僕射と『祝い』が結びつかずに、首を傾げた。
「祝い、でしょうか?
それは何の祝い事でございましょう。
高僕射は自邸において、亡き妻を弔うために『読経三昧』のはず、ではないのでしょうか?」
揚堅から伝え聞いた話では、そうであった。
「それが手の者からの報告によりますと……『出産祝い』とのことでありました」
「はて」
伽羅はまた首を傾げた。
「高僕射に孫でも生まれたのか。
そのような話は聞いておりませぬが……遠慮深い方ですから、あえて陛下にさえ知らせなかったのかもしれませぬ。
知らぬ振りで通しても良いのですが、せっかくの慶事。皇室からも祝いの品を贈りたく思います。
いえ、大げさにしたくないのであれば、私的に祝いの品を贈る方が良いかもしれませぬ。
早速選びにかかりましょう」
高熲の慶事を喜び、浮き浮きと微笑む皇后を見て、宦官は汗を滴せながら目を反らせた。
「いえ……あの……お孫様では、……ありませぬ。
その……たいへん申し上げにくいのでございますが、高僕射ご自身のお子様のようでございます。
高僕射は屋敷に妾を引き入れておりました。
その愛妾が男児を産んだので、盛大な祝いを行なったようなのです」
伽羅は驚愕に目を見開いた。
「ま、まさか高僕射に限ってそのようなことが!」
高熲は元々、伽羅の父の筋からの付き合いである。
幼き頃から彼の実直な人柄を聞き覚えていたので、すぐには信じかねた。
「いえ、高僕射の館に出入りする商人にも裏を取りましたので間違いございません。
元々高僕射は長年にわたって愛妾を隠し、他所に住まわせていたそうでございます。
ですが、その……ご正妻様が亡くなられて間もなく、館に愛妾を引き込んだのだと商人は言っておりました」
そう、その報告は正しかった。
皇后を騙し切ったと確信し――また、正妻も居なくなったことだし……と、高熲は館に愛妾を引き込んだのだ。
そうして年を取ってから思いがけずもうけた子の誕生に、用心深い高熲も流石に浮かれたらしい。
間諜が遣わされたのは、なんの巡り合わせか――いや、かつて斬らせた張貴妃と、蔑ろにした亡き妻が、揃って幽界から手招きしていたのか。
とにかく、そんな特別な日であったのだ。
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