隠れんぼは終わりにしよう

ぐるもり

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初めての感情に戸惑う

冷めたのであればレンチンしましょ!

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 こち、こち。
 時計の秒針が時を刻む。その音だけが、ダイニングに静かに響いていた。時刻は、夜二十時。定時で上がれると言った有志はまだ帰宅していない。

「……おそいなぁ」

 テーブルの上に突っ伏して、呟く。ひとりは慣れていたはずなのに、ここ数カ月で随分と自分は変わってしまった。
 一人で食べる食事は味気なく、一人で見るテレビは笑えない。食器などの後片付けが何故か前よりも時間がかかるようになってしまった。

元々、お互い頻繁に連絡を取り合う仲でもないが、有志からの連絡はない。いつもなら急患が入ったのかと思うところだが、今日はそうもいかなかった。有志の隣に並ぶ、研修医の真島先生の姿が頭から離れなかった。
 仲がいいな。と見ていて感じた。
 真島先生は若くて、可愛らしく、そして私と違い明るく溌剌としていた。
 有志の隣にいても、遜色ない。

「……片付けよう」

 自分の中に、感じたことのない良くない『何か』芽生えてしまいそうだ。
 頭の中の嫌な考えを振り払うように、私は席を立つ。
 この時間まで帰ってこないのであれば、待っていても仕方が無い。そう思った私は、テーブルの上にある有志の分の夕食を片付けることにした。ラップを掛けて冷蔵庫に入れておけば、いつ帰ってきても問題ない。

 一人でいることに、慣れていたはずなのに。

「ああ、もう。いやだ」

 陰湿でじめじめしていて、いつまでも後ろ向きで。自分のいちばん嫌いなところ。
 三十過ぎていつまでも些細なことで振り回される。
 しかし、こんな時ばかりラップは綺麗に切れる。なんだか、あんまりな気がして、逆に笑えてしまった。

「……ふふ。なんなの。もう……」

 続けて、生姜焼きにラップをかける。また上手に切れた。パリっと小気味よい音がする。何だか、楽しくなって、私は次の獲物に狙いを定める。次は、ほうれん草ともやしのナムル。小さな小鉢は意外と難しいぞ。と、自分に語りかけ、ラップを構えた。パリッと再度気持ちのいい音が聞こえた。

「また上手にできた!」
「何が?」
「ひゃ!」

 少しはしゃいだ声でラップと遊んでいた。そのため、有志が帰宅した事に気が付かなかった。
 突然の声に驚き、振り向くと、疲れを表情に浮かべた有志と目が合った

「ゆ、ゆ、ゆうし」

 ラップと遊んでいたという子供っぽいところを見られてしまった。あまりにも恥ずかしくて、私は顔を伏せた。そんな私の頭を、有志の大きな手が撫でた。

「遅くなってごめん。あー、あれだ。夕方急患が来てな。拘束番も忙しくて、俺が変わりにカメラ入れたりしてて……」

 頭にのせられた手は、汗ばんでいた。ゆっくりと顔を上げると、汗の浮かんだ額、切れた息。急いで帰ってきたことが、目に見えて理解出来た。

 へんなの。たったそれだけなのに、先程までのいじけた気持ちが消えていく。

「……おかえりなさい。ご飯食べますか?」
「ああ。あー……腹へった。あっちー!」

 有志の脱いだコートとマフラーを受け取ろうとすると、有志が片手を私の前に出した。

「いいよ。そのくらい自分でやる」

 やりたいのにな。という言葉をぐっと飲み込む。有志のコートに顔を埋めるのを密かに日課にしていた。それが顔に出ていたのだろう。有志は渋々といった表情で、私にコートを差し出してきた。

「今日だけだぞ」
「はいっ!」

 ハンガーにかける振りをして、有志の香りを胸いっぱい吸い込む。乾いた空気の中に、優しい香りがした。先程までの胸に焼き付いていたチリチリとした痛みは、もうすっかりと無くなっていた。

「何を楽しそうにしてたんだ?」
「あ、えっと。ラップが上手に切れて……何だか楽しくなってきちゃって」
「はははっ。そうか」

 髪を掻き乱される。いつもならそれだけで満足するはずだった。しかし、なんだか今日は物足りない。ふと、昼間見た有志と真島先生の距離感を思い出す。
 また、胸がチリチリと痛んできた。

「ゆい?」

 有志の言葉よりも早く、私は有志の胸の中に飛び込む。真島先生より近くに行きたいとと思ったからだ。

「お、積極的。寂しかったか?」
「……はい」

 素直になることに少しずつ慣れてきた私は、そう返事をする。すぐに、息苦しくなる。有志が抱き締め返してくれたからだ。

「んー……んんんん」
「どうしました?」

 急にうなり出した有志を見上げる。目を閉じ、眉間にしわがよっている。

「腹も減った……けど、ユイも抱きたい……迷う……」

 顔も上げられないほど、抱きしめる力が強くなった。コートからではない、有志の香り。私も同じ気持ちだった。

「じゃあ、ご飯を食べて、一緒にお風呂に入って……からでどうですか?」
「のった!」

 くすくすと笑みをこぼしつつ、私は冷えた夕食を温めることにした。
 
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