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残念(?)王子と毒舌姫の日常
しおりを挟む「千花、今年もチョコレート作るの?」
騒がしい居酒屋で、友人の一人が大きな声で千花に声をかけてくる。大学時代の友人達との久しぶりの飲み会で、そう毎年恒例の質問をされ、千花は毎年同じ返事を返す。
「うん。もちろん。直哉君、楽しみにしてるし」
「ほんと、よくやるわ。え、待って。今年で何年目?」
「えっと、確か……」
千花が大学一年の時のバレンタインデーに当時三年生だったサークル仲間の直哉に告白をされた。それがきっかけで二人は付き合う事になったが、何回目か?と聞かれると片手では足りない事に千花は気がつく。
「いち、に、さん……えっと、六年目」
「六年目!?」
え、うそー!と周りの子達がその声に反応するかのようにザワザワと騒ぎ立てる。肝心の千花自身は、そんなに経つんだぁとウーロン茶を啜りながら何処か他人事だった。
「テニスサークルの王子だった直哉先輩が千花に告白した時の阿鼻叫喚と言ったら無かったよねぇ」
「そうそう!女子はもちろん、男子も!」
「千花、見た目だけならお姫様だもんねぇ」
見た目だけ、と言われた当の千花はムッとした表情でドリンクのストローをがじがしと噛む。けれども、友人達の褒めているのか貶しているかの会話はとどまることを知らなかった。
髪の長さは上下する事はあれども、くせっ毛がいい具合に内巻きになり、ふわふわとした印象を与える。つけまつげも必要のない程のボリュームのある睫毛に縁取られた瞳は、小型犬を思い出させる愛らしさ。いつもほんのりピンクの頬は千花の笑顔を百倍にも千倍にも引き立てた。小さいわりに高い鼻は、興奮するとひくひくと震え、ウサギみたいだと直哉や友人達にいつも揶揄われた。そして、オレンジのリップに彩られた唇は、ぷわんと膨らんでいて見た目だけでも柔らかいと窺い知れる。
そこから飛び出る毒舌もしくは厳しい正論(友人談)さえなければ、千花は本当にお姫様のようだった。
「やめてよ。そうやっていつも揶揄って」
「ごめんごめん。でも、まぁ、直哉先輩は無いわなー」
「確かに!」
けれど、悲しいかな。この話には必ずと言っていいほどオチがつく。
「だって、直哉先輩」
「ねぇ」
「残念王子、だもんねーーー」
いつもの様に友人達の声が揃い、明らかにバカにした様子で笑みを向けられる。そして、この話のオチはもう一つある。
首を軽く傾け、組んだ手の上に顎を乗せ、千花はお姫様と言われる所以の笑みを浮かべてこう返答した。
「その話、続けたいなら直哉君以上の王子様捕まえてきてからにしてね」
千花の毒舌キターー!と騒がしい居酒屋の中に響く友人達の叫び声を聞き流し、千花は店員にだし巻き卵の追加を依頼した。
「残念王子なんて言ったって、イケメンだもんね」
「そして今は西海物産海洋部の研究員だもんね……」
「例え、サークルの集まりに、研究室で解剖した魚の生臭い匂いをプンプンさせて来る残念さがあってもね……」
結局はエリートイケメンだもんね。と友人達の意見が纏まった所で千花は友人達に飲み物のメニューを勧める。
「今夜は飲むぞ!」
「そうだそうだ!」
「現実を見よう!」
私、ハイボールぅ~と張り切って注文を始め、元気を取り戻した友人達を見て千花は安堵の溜息をつく。ぼんやりと三人の楽しそうな会話を聞いていると、ピロリン、とLINE通知の音が千花の耳に入る。それに反応してスマホを開けば、送り主は先程まで残念王子と揶揄われていた直哉だった。中身を確認しようとアプリ画面をタップすれば、海上に作られた魚の養殖場だろうか?そのど真ん中に立つ、少し日に焼けた直哉の姿と、大きな手に抱えられたこれまた大きな魚。次いで、「今回のお土産は鯛!」とメッセージが送られてきた。
今回の出張は九州と遠方かつ半月と珍しく長かった。写真に写された変わらない恋人の姿に、千花のピンクの頬が柔らかく緩む。
「あーー!千花、今絶対先輩の事考えてる!」
「くそぅ!かわいいなぁ!千花たんは!」
「残念王子にはもったいなーーーい!」
ぐりぐりと頭を撫でられるが、いつもの毒舌は鳴りを潜め、千花は友人達にされるがままになっていた。
千花は気がついていた。今日の飲み会は直哉の長期出張を知った友人達が声をかけて集まった事を。つまり、一人寂しく過ごしているであろう千花を元気付けるためだということを。
「……もう。……莉乃、有希、奈緒子……あり、がと」
聞こえるか聞こえないかの声で千花は呟く。騒がしい居酒屋の中でも、莉乃、有希、奈緒子、と名前をそれぞれ呼ばれた友人達は、ニンマリと笑って「お安い御用」と揃って千花に返事をした。
「明日も仕事とか憂鬱だわ」
「ほんと、そろそろ解散しないと辛いよね」
「千花、お会計頼んでー」
「ん、割り勘だかんね」
「え!?千花の為に集まったのにー!」
「それとこれは、べーーつーー」
ピンポンと呼び出し鈴を押しながら千花がそう言えば、ぶーぶーと文句を言いながらも三人はそれぞれのお財布を取りだす。
きっちり一円単位まで割り、お会計をした所で各々席を立つ。そして威勢のいい定員の声を背中に浴びてそれぞれ帰路についた。
「またね!」
「うん!また連絡する!」
「千花、歩いていくの?」
「うん。飲んでないし。すぐ近くだから」
右手を振り、友人達に別れを告げ、千花は自宅の方向に足を向ける。春には程遠い、冷たい風を頬に受けながら千花はスマホを取り出した。
六年間で覚えてしまった番号を目で追い、通話ボタンをタップすれば相手は待ってましたとばかりに、ワンコールで電話に出た。
『千花ちゃん?』
「うん。直哉君、今電話平気?」
『うん。起きて待ってた。飲み会だったんでしょう?』
「そう。でも、明日朝一の会議があるから飲んでないよ」
ソフトドリンクでお腹タプタプだよ、と言葉を続けると、電話越しに直哉がほっと息をつくのが分かる。
『千花ちゃんはすぐ酔っ払うんだから。飲むのは俺がそっちにいるときだけだからね』
「でた!過保護~!」
ケラケラと笑いながらそう言ってくる直哉を揶揄うと、今度は大きな溜息が聞こえてくる。
「何よー」
『別に。あ、十四日早く帰れそう。十五時には家に着くかな』
「ホント?あ、じゃぁ、さっきのお土産の鯛、カルパッチョ用とソテー用に捌いといて」
『ん。それくらないなら』
そう返事を返しつつ、電話の向こうで直哉があくびをする音が聞こえる。眠たいの?と千花が問えば、ふふ、と吐息のような笑い声が聞こえてくる。何処と無く艶っぽさを含んだその声に、千花の心臓がどきり、と大きく跳ねた。
『大丈夫。ここんところ朝早かったから』
「ならいいんだけれど。無理しないでね!」
飛び跳ねた心臓の煩さを誤魔化すように、電話口での千花の声が早口になる。そんな千花に、直哉は全てお見通しとばかりに笑い声をあげる。
「もうすぐ会えるからね。いい子に待ってるんだよ?」
「っ!バッカじゃないの?!全然平気だし!直哉君が居なくたって充実してるし!寂しくないし!楽しいし!みんなと遊べるし!それに、それに……」
『それに?』
冷静な直哉の返しに、千花の言葉が詰まる。六年はあっという間なようで、実際はとても長い。直哉に千花の強がりを知られてしまうには十分だった。
『千花ちゃん、もうすぐ帰るよ。そうしたら付き合って六年のお祝いしようね』
優しい直哉の声が耳に響いて、千花の鼻の奥がツン、と痛む。
「……うん。直哉君の好きなオニオングラタンスープ作る」
『うん。中に入れるパンは、ちゃんと木野山のパン買ってきてね』
「うん。もう予約してある」
『よしよし。千花ちゃん」
「……ん」
『千花ちゃん、今年も丸いチョコが食べたいな』
「……ん」
『カカオ、たっぷりまぶしてね』
「……ん」
『あれ?丸いチョコじゃなくて、トリュフだよって怒んないの?」
「……ん」
『もうすぐだから。泣かないんだよ?』
「……ん」
ぐす、と啜りあげた鼻の音が聞こえる以前に、直哉にはとっくに気がつかれているのかもしれない。そう思いつつも、生理現象なのか?千花の瞳から溢れる涙は止まらない。
『ちーかーちゃん』
「……おうち、ついた」
『ん、よかった。戸締りちゃんとしてね?』
「……ん」
『千花』
「はい」
『おやすみ』
「……おやすみ、なさい」
玄関のドアの鍵を閉めたところで、直哉との電話が終わる。千花が何気なく視線をやったカレンダーの日付は、二月十二日。
あと、二日。
六年前の二月十四日。その日から二人は始まった。
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