残念(?)王子と毒舌姫のあれやこれやそれ

ぐるもり

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残念(?)王子、知らない所で新たな称号を貰い受ける

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「塚本ー」
「はい」

 直哉との電話を切った後、泣きながらベッドに潜り込んだあの飲み会の日から二日。今日二月十四日は、直哉が出張から帰ってくる日ということもあり、千花は朝からソワソワと落ち着きがなかった。

 大企業とまではいかなくとも、そこそこ安定していて、残業もそこそこ、給料もそこそこな会社の総務に勤務するようになって三年。仕事にも慣れ、定時で帰れる事も多くなっていた千花は、同僚の渡辺から声をかけられる。嫌な予感がしつつも、千花はその声に丁寧な返事を返した。例え、昼休憩の二十分前という嫌な時間帯であっても。

「あのさ、人事の橋本さん分かる?」
「ハイ。どうかしましたか?」

 二人の会話に出てきた橋本は、二月末より産休に入る女性職員。千花の勤める会社は比較的そういった休みが取りやすく、休みからの復帰後も時短勤務など融通が効くことが多い。そういった理由から、女性の就職希望も多く、倍率も高い。その事を千花は橋本の名を聞いて思い出す。そして、目の前で頭を掻きつつ、眉を下げている渡辺が説明担当であった事も一緒に思い出された。

「あのさ、悪いんだけど。午後、産休に必要な書類の説明変わってくれない?」
「え?でも、渡辺さんの担当ですよね?」
「そうなんだけどさ。俺別件の物品請求忘れてて」
「え!?もしかして営業部に頼まれてた……」
「そうそう。それ。今日中にかき集めないとどやされちゃうからさぁ」

 頼む!と手を合わせ頭を下げる渡辺の頭をぶん殴りたい気持ちを必死で千花は堪え、返事を返す。

「……この間もそんな事ありましたよね?」
「え?そうだっけー?もしよければ今日飯奢るし。な?あ、今日バレンタインだし!塚本も予定なんかないだろう?」
「……決めつけないでもらえますか?」
「え!?あるの?!え!?塚本バリバリ仕事してるしそんなそぶりなかったし!何?ヒモみたいなやつなの?そんな奴甲斐性なしじゃん!やめてお……」

 一人で勝手に話し始めた渡辺から視線を外し、千花はデスクの引き出しを開ける。産休、育休に必要な書類セット(千花作成)を取り出し、わざと大きな音を立ててデスクの上に置く。

「渡辺さん」
「じゃ、今日の夜どこいく?」

 勝手に千花と出掛けることを前提にして話を進める渡辺の顔を見ることもせず、千花は腹の底から低い声を出す。可愛い可愛い後輩が隣でビクついているが千花には関係なかった。

「甲斐性なしって言葉をもう一度辞書で調べた後」
「……え?」
「トイレで鏡を見てきたらどうですか?」

  にこり、とピンクの頬と柔らかな口元を上げてそう渡辺に告げる。その笑みを見た渡辺が頬を朱に染める。どうやら、千花の言った言葉の意味に気がついていないようだ。その事に千花は心の中で盛大に舌打ちをする。けれども、隣の後輩が吹き出したので、それだけで千花の胸はすっと晴れやかになった。

「え、と」
「橋本さんには私から電話します。どうぞ物品請求と言う名のタバコ休憩を楽しんできて下さい」

 話は終わったとばかりに、千花は人事部に電話をかけるために受話器をあげる。

「後、今日は私、定時退社しますから」

 食事はいきません、と言う暗に断りの意味を込めて、渡辺の顔を見ずそう伝える。伝わったかはわからないが、彷徨いていた渡辺はそれ以上何も言わずに千花に背を向けた。それを横目で確認すると、昼休憩まであと十五分ある事を確認し人事部の番号をプッシュした。

「もしもし。お忙しいところ申し訳ありません。総務の塚本です。橋本さんは……あ、はい。お願いします」

  先程の低い声とは打って変わって、よそ行きの話し声を聞いた隣の後輩が再度盛大に吹き出した。左の脇腹を右肘で突いて、千花は隣の後輩に目配せする。してやったりのウインクと共に。





 
 仕事の出来ない渡辺の尻拭いをした千花だったが、三年で鍛えられたノウハウと、元来の要領の良さも手伝って問題なく定時に退社する事が出来た。当の渡辺は、あちこちに慌ただしく電話をしていたが、完全に無視して千花は職場を後にする。出る直前に話しかけられそうな雰囲気があったが「お疲れ様でーす」の言葉と笑顔で先手を打って颯爽と去って行った。心の中であっかんべーと舌を出す事も忘れずに。

 会社を出れば自然と早足になり、自宅に向かう。ロッカールームで確認したスマホには、「ただいま」の文字と、綺麗に卸された鯛の切り身と九州特産の焼酎が写った写真が届けられていた。

「さて、サラダでも買って帰ろうかな」

  アスファルトにぶつかるヒールの音がいつになく軽い事を千花は自覚していた。早く会いたい。六年一緒にいても、その気持ちは少しも薄れる事は無かった。






 

 時刻は十八時十分前。
 千花が自宅の玄関を開けようと鍵を回し、ドアノブを引くと、ガチャリ、と音がする。もう一度鍵を回して、開けようとする前に、向こう側から迎えられた。

「おかえり」
「……ただいま!!」

 二週間ぶりに見る直哉の姿に飛びつきたい衝動を必死に堪えていた千花だったが、それよりも先に、直哉の熱烈抱擁に迎えられる。そのままベッドの方向になし崩しになりそうな所を千花は必死で止めた。そうでもしないと、込み上げて来る涙を止められそうになかったから。

「ご飯が先」
「えー?千花ちゃん、冷たい」
「……分かってるでしょ?」
「そうでしたそうでした。切り身作っておいたよ。あと、カルパッチョ用の玉ねぎも水に晒しておいたよ」
「わ!ありがとう!あとは焼いてあっためるだけだよ~」
 
 購入したサラダをビニール袋から出し、隣にいる直哉に袋を渡せば、慣れた手つきでクルクルと三角に纏めていく。その作業が終わったのを確認すると、千花はサラダの入ったプラスチックケースを直哉に手渡す。

「いつものお皿?」
「うん。トマトだけ乗せていい?」
「了解」

  サラダは直哉に任せ、千花は少し小さめの冷蔵庫からトマトを取り出す。その中には丁寧に卸された鯛の切り身と、カルパッチョ用の薄造りと……

「ちょっと、直哉君」
「んー?」
「内臓とか、エラとか入ってるんだけれど」
「あ、ごめん。明後日仕事場に持っていきたいんだ。寄生虫とか……」
「いや、分かるけど。並べないでって前言ったよね?」
  
 メインの切り身や薄造りは隅の隅に追いやられており、内臓類が冷蔵庫のど真ん中に綺麗に並べられている。日本の海の魚の生態を研究している直哉にとって、これらの内臓は宝の山らしい。初めて見たときに千花はその存在に慄いたが、今ではすっかり慣れてしまった。

「生臭くなるから。一纏めにして」
「え!?混ざっちゃうじゃん」
「部位別に分けて袋に入れて!またこの間みたいに捨てられたいの!?」

 千花の怒りを察したのか、直哉はしぶしぶとアイラップを手に冷蔵庫に向かう。それを確認し、千花はトマトを一つ取り出す。ちらり、とチルド室に目をやれば緑色のリボンのついた箱。そこに被害がない事を確認すると、千花はシンクの引き出しより包丁を取り出した。
  
 トントン、とトマトをくし切りにしつつ、内臓類の分別が済んだ直哉と並んで夕飯の支度をする。お玉を持った直哉は鼻歌を歌いながらオニオンスープを耐熱容器に注いでいる。

「チーズ、忘れないでね」
「はいはーい」

 長い指からチーズがぽろぽろと落とされるのを千花はじっと見つめる。そして視線を少し上がると、びろびろに伸びたトレーナーの襟元と首の色がずいぶん違うことに気がつく。

「日に焼けたね」
「あぁ。そうだねー。向こうはずっとお天気でね」
「学生の頃みたい」
「あー、あの頃はテニスするとすぐに真っ黒だったしねぇ」

 間延びした返事と、笑いながらお玉で素振りをする直哉を見て、千花はやっと直哉が帰ってきてくれたと実感する。クスクス笑う千花を見て直哉は口元を緩めた。

「ただいま」

 ちゅ、と額に唇が落ちて、千花の瞳にぶわりと抑えられない涙が込み上げて来る。

「おかえりなさい……」

 そのまま、直哉の腰に腕を回してぎゅっと力を込める。

「千花ちゃん、すごい嬉しいんだけど」

 包丁、置いてくれる?

  落ち着いた直哉の声に、千花は自分の持ち物を思い出して慌てて回していた腕を解く。

「あー、可笑しい。刺されるかと思った」
「……っ!」
「あ!嘘嘘!冗談だから!」

 涙を浮かべて笑う直哉に、無言で右手に持っていた物を千花は振り上げた。その行動に対して直哉は大袈裟に慄いて見せる。二人の目が合った所で、同時に笑みが零れる。それを合図に、二人は夕食の支度に戻った。

 キスは唇にして欲しかったな。

 なんて事は言えないけれど。

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