年下幼馴染から逃げられない

南ひかり

文字の大きさ
4 / 27

4話 暗闇

しおりを挟む
 冗談だよ、と何かの間違いだと言ってくれるのではないかとまだ期待している自分がいる。だが心の片隅では分かっているのだ。これは夢じゃない。突きつけられたこの現実は、紛れもなく本物なのだと。
 カタカタと唇が震える。いい加減にしなさい、と怒鳴ってやりたかった。けれど何も言葉が出てこないのだ。真っ青になって唇を固く閉ざす。
「俺のこと怖い?」
 こくんと素直に頷くと、悠は一瞬傷ついたように苦笑する。
「大丈夫。あの頃と何も変わってないよ。俺はちーちゃんのものだから」
 宥めるように優しく髪を撫でて、ぎゅっと優しく抱きしめられる。けれど体の感覚がない。石のように固まって悠の体温を感じることさえできない。
 ――どうしよう。怖い。
 こんなの私の知っている悠じゃない。一体この数年間で何があったのか。何が悠をここまで変えてしまったのか。聞きたいのに聞きたくない。
 あれほど心配で仕方がなかったというのに、今は再会しなければよかったと思ってしまっている自分がいる。
「もう、私の知ってる悠じゃないのね」
「どうだろう。自分じゃよく分からないや」
 あの頃と同じだ。子どものように無邪気に笑う。
 けれど悠はこんなことを言う子じゃない。穏やかで、優しくて、人を傷つけるようなことなんて絶対にしない。
 その悠が、私の前に立ち塞がる。一度も私の前に立ったことなんてなかったくせに、逃げ道を塞がれていく。こんな再会を望んでいたわけじゃない。できることなら、また一緒にいたかった。
「私、辞めるから……」
「やめる?」
「会社、辞める……」
 ぼそりとか細い声で本音が漏れた。
 もうどうでもいい。どちらにしてもハワイに行けないならここにいる意味もない。私の積み重ねてきたことは全て無駄だったのだ。ここでやりたくもない仕事に就くぐらいなら、いっそ転職してしまった方がマシだ。
「できないよ、そんなこと」
「悠が決めることじゃない!」
 声を荒げて、キッと悠を睨みつけた。けれど悠は動じることもなく、迫るような顔つきで私を見つめる。
「今回の買収はちーちゃんをうちに貰う条件で受けたんだ。断ったら本当に倒産するよ」
「あんな会社こっちからお断りよ……!」
 会社のことなんてもうどうでもいい。どうせ売られた身だ。あんな会社に居続ける理由も義理もない。
「ふーん……」
 すると悠が、嘲笑うような冷笑を浮かべる。
「じゃあ、ちーちゃんの大好きな斎賀さんや後輩クン達がどうなってもいいんだ」
「え……?」
「ちーちゃんが、あの人たちの人生も全部つぶすことになるんだよ」
 優越感の混ざった瞳で見つめられ、悠がニヤリと口元を歪める。
 妙な胸騒ぎがした。斎賀さんの顔が頭に浮かぶ。先ほどの件もある。悠は斎賀さんのことを良く思っていないはずだ。
(まさか本気で……?)
 ありえないことじゃない。有澤ロイヤルは相模リゾートの傘下に入るのだ。
 その気になれば、簡単に辞めさせることだってできるに違いない。
「脅してるつもり?」
「そうだよ、脅してる」
 私だけならいい。けれど、斎賀さんを巻き込むというのならたとえ幼馴染であっても許せない。
「最低っ……!」
「最低でもいい。ちーちゃんが俺のものになってくれるなら」
「だから私は……!」
 振り上げた腕を掴まれた。悠がスッと目を細めて、微笑を浮かべる。
 唇が触れるか触れないかの距離で、悠は真っ直ぐ私を見つめたまま口を開いた。
「俺ね、ちーちゃんに置いて行かれて本当にショックだったんだ。だから――」

「今度は逃がさないよ」

 ――だめだ。
 悠は本気だ。私の気持ちなんて関係ない。
  きっと何を言っても引き下がるつもりはないのだろう。
 凍ったような沈黙が支配する。これ以上は埒があかない。言い争っても無駄だ。悠は意思を変えるつもりはないし、私も易々と受け入れるつもりはない。
「……オフィスに戻る」
 悠の腕を振り切って、なんとか立ちあがった。
 淡々と言葉を吐き捨てて、悠の横を通り過ぎる。
「行っておいで。今日は自由にしてあげる」
 私は何も答えなかった。無言でドアノブに手を伸ばし、勢いよく扉を開く。

「でも明日からは、俺のものだからね」

 ばたんと扉が閉まる直前、言葉にできないほどの罪悪感が重くのしかかる。
 視界がどんどん暗闇に染まっていく。思い描いた未来が少しずつ消えて、ぽつんと一人取り残される。
 ――いやだ。いかないで。私を置き去りにしないで。
 必死に足掻いて走り出した。けれど、どれだけ走っても辿り着けないのだ。
 あの頃からずっと、私は何も変わっていない。
(もう、嫌なのよ。これ以上苦しむのは……!)
 あとどれだけ、この暗闇の中で苦しめばいいのだろう。どれだけ走りつづければいいのだろう。
 形の見えない希望を求めて、後どれだけ追いも求めればいいのだろう。
(お願いだから……もう……)
 暗闇の中、必死に手を伸ばした。
 けれど最後に残った希望の光さえも、やがて静かに消えていった。





 頭が真っ白になったまま、なんとかビルを出た。
 これからどうしよう。会社に戻って荷物をまとめて、後輩に仕事を引き継いで、明日から――。
(明日から、悠の元で……)
 ――いやだ。行きたくない。
 分かっているのに、悠の言葉が頭から離れない。
(私、どうすればいいの……)
 あの悠が一歩も譲らなかったのだ。むしろ私に挑んできた。今まで私に意見したことなんて一度もなかったのに。
 疲れ果てて、足に力が入らない。貧血でも起こしているのか、くらりと眩暈がする。
 体が崩れ落ちそうになった時だった。とん、と誰かの手が体を支えてくれる。
 そこにいたのは――。

「朝倉」
「……斎賀さん?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷
恋愛
ヴェルンハイム伯爵家の私生児ハイネは家の借金のため、両親によって資産家のエッケン侯爵の愛人になることを強いられようとしていた。 ハイネは耐えきれず家を飛び出し、幼馴染みで初恋のアーサーの元に向かい、彼に抱いてほしいと望んだ。 男性を知らないハイネは、エッケンとの結婚が避けられないのであれば、せめて想い人であるアーサーに初めてを捧げたかった。 アーサーは事情を知るや、ハイネに契約結婚を提案する。 伯爵家の借金を肩代わりする代わりに、自分と結婚し、跡継ぎを産め、と。 アーサーは多くの女性たちと浮名を流し、子どもの頃とは大きく違っていたが、今も想いを寄せる相手であることに変わりは無かった。ハイネはアーサーとの契約結婚を受け入れる。 ※他のサイトにも投稿しています

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

初恋を諦めたら、2度目の恋が始まった

suguri
恋愛
柚葉と桃花。双子のお話です。 栗原柚葉は一途に澤田奏のことが好きだった。しかし双子の妹の桃花が奏と付き合ってると言い出して。柚葉は奏と桃花が一緒にいる現場を見てしまう。そんな時、事故に遭った。目覚めた柚葉に奏への恋心はなくなってしまうのか。それから3人は別々の道へと進んでいくが。 初投稿です。宜しくお願いします。 恋愛あるある話を書きました。 事故の描写や性描写も書きますので注意をお願いします。

私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

聖女だった私

山田ランチ
恋愛
※以前掲載したものを大幅修正・加筆したものになります。重複読みにご注意下さいませ。 あらすじ  聖女として国を救い王都へ戻ってみたら、全てを失っていた。  最後の浄化の旅に出て王都に帰ってきたブリジット達、聖騎士団一行。聖女としての役目を終え、王太子であるリアムと待ちに待った婚約式を楽しみにしていたが、リアムはすでに他の女性と関係を持っていた。そして何やらブリジットを憎んでいるようで……。  リアムから直々に追放を言い渡されたブリジットは、自らが清めた国を去らなくてはいけなくなる。 登場人物 ブリジット 18歳、平民出身の聖女 ハイス・リンドブルム 26歳、聖騎士団長、リンドブルム公爵家の嫡男 リアム・クラウン 21歳、第一王子 マチアス・クラウン 15歳、第二王子 リリアンヌ・ローレン 17歳、ローレン子爵家の長女 ネリー ブリジットの侍女 推定14〜16歳

処理中です...