年下幼馴染から逃げられない

南ひかり

文字の大きさ
9 / 27

9話 新しい上司

しおりを挟む
  だが、そのときだった。
  ピンポーン
 この空気を打ち壊す、なんとも間抜けなインターホンが鳴り響いた。
(いまだ!)
 その一瞬の隙を見逃さず、咄嗟に悠の腕を退かす。
 そこから先は無我夢中だった。全力で走り出して玄関へと向かう。

「ちーちゃん待って!」

 待てと言われて待つ奴がいるものか。
 宅配業者だろうとキャッチセールスだろうと、この状況から助けてくれるなら誰でもいい。
 乱れたシャツを調えて玄関のドアを開けると、そこにいたのはーー。

「失礼いたします」

 仕立てのいいスーツに包まれた、なんとも頭の固そうな男性が立っていた。

「……どちら様でしょうか」

 思わず気の抜けた声が漏れてしまう。どう見ても宅配業者でもキャッチセールスでもない。
 呆然と立ち尽くしていると、男性はクイッと眼鏡の端を持ち上げて私を見下ろす。
(な、なに……?)
 じろじろとまるで評価するような目つきだった。男性が一歩玄関に入ってくると、こちらも一歩引き下がる。
 決して派手な身なりではないはずなのに、無言の威圧がひしひしと突き刺さる。明らかに自分に対して好意的な感じではない。
 歳は自分より少し上だろうか。髪はきっちり七三に分かれていていまどき珍しいほど馬鹿真面目そうだ。

「笹桐! 車で待ってろと言っただろ」

 背後から悠の声が聞こえると同時に腕を引かれる。

「社長、お戯れは朝倉宅到着から七分二秒しかないと事前にお伝えしていたはずです。この後、会社に戻り九時より全体朝礼、九時七分より新人の指導、九時四七分より取引先ーー」
「ああもう分かってるよ!」

 悠の叫び声が響き渡る。
 だが笹桐と呼ばれた男性は表情ひとつ変えず、胸ポケットから名刺ケースを取り出して、こう言った。
(な、なに……この人……)

「申し遅れました。私、社長の秘書、笹切泰志と申します。本日から貴方の上司となります」






 相模リゾート 社長室
 全体朝礼で挨拶を終えたあと、そのまま慌ただしく社長室へと向かった。一応拍手で出迎えられたものの、どちらかというと困惑の色の方が強かった気がする。
 それもそのはずだ。今朝から有澤ロイヤル買収のニュースが一面を飾りそこから来た社員が秘書ともなれば、社員も何が起こっているのか分からないだろう。

「では改めてご挨拶致します。私が相模社長の秘書ーー」
「もうそれいいから。覚えてるよね、ちーちゃん」

 呆れた様子でため息をついたあと、ころっと表情を変えて私を見る。

「え、えぇ……笹桐さんですよね。よろしくお願い致します」

 ぺこりとお辞儀すると、笹桐さんが険しい表情で鋭い視線を送る。

「角度が甘い。きちんとした作法は習いましたか。それとも有澤ロイヤルでは最低限のマナー講習も行っていないのでしょうか」
「へ?」
「正しいお辞儀とは三つの段階に分かれています。まずこの場合、敬礼と呼ばれる30度上体を折り敬意を持ってーー」
「笹桐、今そういうのはいいから」
「しかし社長、相模リゾートの秘書を務めるものが挨拶ひとつまともにできないようではいけません」
「分かったよ。でもそれは後でいいからさ、先に何か飲みたいな」

 悠が椅子に腰掛けると、ちらと私を見た。すると、笹桐さんが渋そうな表情で社長室から出て行く。

「あ、私が!」

 すかさず笹桐さんの後に続くが、返事はない。
 結局、無言のまま隣の給湯室から冷たいお茶とガラスのコップを取り出して一人で全部すませてしまった。

「……ちーちゃんに用意してほしかったんだけど」
「私の仕事です」

 ギロリと睨みつけるように笹桐さんが私を見た。
 ここまでわかりやすい敵対心は見たことがない。悠は仕方なくグラスに口をつけると、真っ直ぐ私を見た。

「じゃあ改めて、今日からよろしくね。ちーちゃん」
「はい……」
「朝倉さん! 声が小さい!」
「は、はい!」

 笹桐さんの厳しい一言に思わず背筋が伸びる。
 本当にやっていけるのかとますます不安になりながら、こうして新しい生活が始まった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

たとえ愛がなくても、あなたのそばにいられるのなら

魚谷
恋愛
ヴェルンハイム伯爵家の私生児ハイネは家の借金のため、両親によって資産家のエッケン侯爵の愛人になることを強いられようとしていた。 ハイネは耐えきれず家を飛び出し、幼馴染みで初恋のアーサーの元に向かい、彼に抱いてほしいと望んだ。 男性を知らないハイネは、エッケンとの結婚が避けられないのであれば、せめて想い人であるアーサーに初めてを捧げたかった。 アーサーは事情を知るや、ハイネに契約結婚を提案する。 伯爵家の借金を肩代わりする代わりに、自分と結婚し、跡継ぎを産め、と。 アーサーは多くの女性たちと浮名を流し、子どもの頃とは大きく違っていたが、今も想いを寄せる相手であることに変わりは無かった。ハイネはアーサーとの契約結婚を受け入れる。 ※他のサイトにも投稿しています

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

初恋を諦めたら、2度目の恋が始まった

suguri
恋愛
柚葉と桃花。双子のお話です。 栗原柚葉は一途に澤田奏のことが好きだった。しかし双子の妹の桃花が奏と付き合ってると言い出して。柚葉は奏と桃花が一緒にいる現場を見てしまう。そんな時、事故に遭った。目覚めた柚葉に奏への恋心はなくなってしまうのか。それから3人は別々の道へと進んでいくが。 初投稿です。宜しくお願いします。 恋愛あるある話を書きました。 事故の描写や性描写も書きますので注意をお願いします。

私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍
恋愛
幼い頃から、私、島田桜帆(しまださほ)は倉永夏向(くらながかなた)の面倒をみてきた。 幼馴染みの夏向は気づくと、天才と呼ばれ、ハッカーとしての腕を買われて時任(ときとう)グループの副社長になっていた! けれど、日常生活能力は成長していなかった。 放って置くと干からびて、ミイラになっちゃうんじゃない?ってくらいに何もできない。 きっと神様は人としての能力値の振り方を間違えたに違いない。 幼馴染みとして、そんな夏向の面倒を見てきたけど、夏向を好きだという会社の秘書の女の子が現れた。 もうお世話係はおしまいよね? ★視点切り替えあります。 ★R-18には※R-18をつけます。 ★飛ばして読むことも可能です。 ★時任シリーズ第2弾

お見合いから本気の恋をしてもいいですか

濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。 高橋涼葉、28歳。 元カレとは彼の転勤を機に破局。 恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

聖女だった私

山田ランチ
恋愛
※以前掲載したものを大幅修正・加筆したものになります。重複読みにご注意下さいませ。 あらすじ  聖女として国を救い王都へ戻ってみたら、全てを失っていた。  最後の浄化の旅に出て王都に帰ってきたブリジット達、聖騎士団一行。聖女としての役目を終え、王太子であるリアムと待ちに待った婚約式を楽しみにしていたが、リアムはすでに他の女性と関係を持っていた。そして何やらブリジットを憎んでいるようで……。  リアムから直々に追放を言い渡されたブリジットは、自らが清めた国を去らなくてはいけなくなる。 登場人物 ブリジット 18歳、平民出身の聖女 ハイス・リンドブルム 26歳、聖騎士団長、リンドブルム公爵家の嫡男 リアム・クラウン 21歳、第一王子 マチアス・クラウン 15歳、第二王子 リリアンヌ・ローレン 17歳、ローレン子爵家の長女 ネリー ブリジットの侍女 推定14〜16歳

処理中です...