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11話 再会
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絢爛豪華なパーティー会場は、ホテルのビュッフェというよりも西洋の舞踏会に招待されたのではないかと勘違いするほど煌びやかな場所だった。
「相模社長、ご無沙汰しております」
小太りな中年男性がにこやかな笑みを浮かべて、悠に近づいてくる。
誰だろうと思っていると、笹桐さんが悠に耳打ちする。
「ヴィラコーポレーションの恩名社長です」
笹桐さんが一歩下がった瞬間、悠は得意の営業スマイルを浮かべて手を差し出した。
「恩名社長、ご無沙汰しております」
「おお。覚えていてくれたか」
「もちろんですよ。お元気そうで何よりです」
談笑する二人の傍らで、私は片桐さんを見上げた。
「もしかして、ここにいる方全員覚えているんですか」
そう問いかけると、笹桐さんは呆れた様子でため息をついた。
「秘書として当然です」
厳しく言い放たれた一言に負い目を感じて顔が俯く。本来なら、私がするべき仕事だっただろう。
ぐるりと会場を見渡す。これだけの人数をどうやったら覚えられるのだろうか。
もし事前に知らされていたとしても、私には到底できないかもしれない。
(初日から落ち込むなあ……)
いくら業種が異なるとはいえ、一応この業界で何年もやってきたのだ。
企画も、営業も、接待も、あらゆることは経験してきたつもりだった。
だからこそ、過信していた。どうやら私はまだまだ仕事をなめていたようだ。
何もできない自分がこんなにも恥ずかしいなんて、ここ最近思ったことさえなかったというのに。
「……不思議です」
「はい?」
笹桐さんがじっと私を見下ろす。
「なぜ社長が貴方のような女性を指名したのか不思議でなりません」
「そんなの私が聞きたいです」
つい怒り気味の口調でそう返した。
どこで道を間違えたのか、何をどうすれば正しかったのか。
そんなの私にだって分からない。
「はっきり申し上げますが、やる気がないなら辞めてはどうですか」
その言葉にぐっと拳を握りしめた。
(私だってやりたくて、やっているわけじゃない)
きっと、この人は何も知らないのだろう。
ただいきなり仕事のできない女がやってきたぐらいにしか思っていない。
話せば分かってくれるのだろうか。どうにかしてもらえるのだろうか。
昨日までの日常に戻って、私はまたあの場所に――。
(馬鹿みたい)
一度はやると決めたはずなのに、同情を買うような真似をして結局私はここから逃げだそうとしている。
そんなことを考えてしまう自分にも腹が立つ。
ふと斎賀さんの顔が頭に浮かんだ。
あの人ならどうするだろう。今の私を見てなんて思うだろう。
理不尽な異動を理由に仕事を投げ出したりしたら、斎賀さんは私を怒るに決まってる。
なんとなくそう思った。
たとえ仕事が変わっても、私はあの人に顔向けできないような働きはしたくはない。
――今は、できることをやろう。
「辞めません」
はっきりとした口調でそう言うと、笹桐さんは眉をひそめて私を見下ろした。
「二人ともどうしたの」
話が終わって悠が戻ってきた。笹桐さんから顔を背けて悠に一歩近づく。
「悠、試食会から何も食べてないでしょう? 何か取ってくるわ」
「じゃあ俺も一緒にーー」
「いいからここで待ってて。すぐ戻るから」
ついてこようとする悠を遮って料理が並ぶ場所へと向かう。
ちょうど他の招待客が悠に挨拶にきて、また笹桐さんが耳打ちしていた。
(さて、何を持っていこうかな)
好き嫌いはなかったはずだが、そんなに大食いでもない。手軽に食べられるものがいいだろう。
シーザーサラダ、生ハム、ローストビーフ……そういえば魚が好きだったことを思い出して、サーモンのカルパッチョに手を伸ばす。
(よし、これだけあれば……)
一通り見て悠の場所に戻ろうとした時だった。
「あれ? 朝倉さん?」
背後から誰かに呼ばれて振り返る。
(……誰?)
そこに立っていたのはひとりの男性だった。
年は自分より上っぽい。どうしよう。全く記憶にない。
おそらく取引先の誰かだとは思うが、どうにも見覚えのない相手だ。
「その顔、俺が誰か分からないって顔でしょ」
「すみません……」
「いいよ。帽子被ってないと分からないだろうし」
そう言うと彼はおもむろにスマホを取り出して一枚の画像を見せてくれた。
丸型のコック帽子を被って無邪気にピースをするその男性は――。
「駒沢シェフ!?」
「その通り。あれだけ一緒にいたのにまさか忘れられてるなんてなあ」
「すみません! 私服だと全然分からなくて!」
「それもそうか。結構イケてるだろこのタキシード」
「よくお似合いです」
たじたじの私とは反対に、駒沢シェフが楽しそうに笑った。
リーガルガーデンホテル。
有澤ロイヤルが経営するホテルのひとつで、新人時代このレストランの企画を担当していた。
そこで何度も話し合いをしていたのがこの駒沢シェフだ。
現場の意向と会社の意向が合わず、激しい言い争いになることも多かった。
けれど最後は私の熱意を買ってくれて企画した限定メニューが大成功。
それからは後輩が引き継いで、それ以来駒沢シェフとは会っていない。
「あの時はお世話になったね。おかげであのメニューは今でも大好評だよ」
「いえ、私の方こそ色々と勉強させて頂きました」
「謙遜することないよ。君のおかげでうちのレストランは成功したようなものだからね」
「私は企画しただけですから、シェフやスタッフの方々の努力の結果です」
「今度よかったら食べにおいでよ。君ならいつでも大歓迎さ」
「本当ですか!? では――」
その時だった。
背後から突然伸びてきた手に引かれてバランスを崩す。
「初めまして駒沢シェフ。相模リゾート代表取締役の相模悠と申します」
「相模社長、ご無沙汰しております」
小太りな中年男性がにこやかな笑みを浮かべて、悠に近づいてくる。
誰だろうと思っていると、笹桐さんが悠に耳打ちする。
「ヴィラコーポレーションの恩名社長です」
笹桐さんが一歩下がった瞬間、悠は得意の営業スマイルを浮かべて手を差し出した。
「恩名社長、ご無沙汰しております」
「おお。覚えていてくれたか」
「もちろんですよ。お元気そうで何よりです」
談笑する二人の傍らで、私は片桐さんを見上げた。
「もしかして、ここにいる方全員覚えているんですか」
そう問いかけると、笹桐さんは呆れた様子でため息をついた。
「秘書として当然です」
厳しく言い放たれた一言に負い目を感じて顔が俯く。本来なら、私がするべき仕事だっただろう。
ぐるりと会場を見渡す。これだけの人数をどうやったら覚えられるのだろうか。
もし事前に知らされていたとしても、私には到底できないかもしれない。
(初日から落ち込むなあ……)
いくら業種が異なるとはいえ、一応この業界で何年もやってきたのだ。
企画も、営業も、接待も、あらゆることは経験してきたつもりだった。
だからこそ、過信していた。どうやら私はまだまだ仕事をなめていたようだ。
何もできない自分がこんなにも恥ずかしいなんて、ここ最近思ったことさえなかったというのに。
「……不思議です」
「はい?」
笹桐さんがじっと私を見下ろす。
「なぜ社長が貴方のような女性を指名したのか不思議でなりません」
「そんなの私が聞きたいです」
つい怒り気味の口調でそう返した。
どこで道を間違えたのか、何をどうすれば正しかったのか。
そんなの私にだって分からない。
「はっきり申し上げますが、やる気がないなら辞めてはどうですか」
その言葉にぐっと拳を握りしめた。
(私だってやりたくて、やっているわけじゃない)
きっと、この人は何も知らないのだろう。
ただいきなり仕事のできない女がやってきたぐらいにしか思っていない。
話せば分かってくれるのだろうか。どうにかしてもらえるのだろうか。
昨日までの日常に戻って、私はまたあの場所に――。
(馬鹿みたい)
一度はやると決めたはずなのに、同情を買うような真似をして結局私はここから逃げだそうとしている。
そんなことを考えてしまう自分にも腹が立つ。
ふと斎賀さんの顔が頭に浮かんだ。
あの人ならどうするだろう。今の私を見てなんて思うだろう。
理不尽な異動を理由に仕事を投げ出したりしたら、斎賀さんは私を怒るに決まってる。
なんとなくそう思った。
たとえ仕事が変わっても、私はあの人に顔向けできないような働きはしたくはない。
――今は、できることをやろう。
「辞めません」
はっきりとした口調でそう言うと、笹桐さんは眉をひそめて私を見下ろした。
「二人ともどうしたの」
話が終わって悠が戻ってきた。笹桐さんから顔を背けて悠に一歩近づく。
「悠、試食会から何も食べてないでしょう? 何か取ってくるわ」
「じゃあ俺も一緒にーー」
「いいからここで待ってて。すぐ戻るから」
ついてこようとする悠を遮って料理が並ぶ場所へと向かう。
ちょうど他の招待客が悠に挨拶にきて、また笹桐さんが耳打ちしていた。
(さて、何を持っていこうかな)
好き嫌いはなかったはずだが、そんなに大食いでもない。手軽に食べられるものがいいだろう。
シーザーサラダ、生ハム、ローストビーフ……そういえば魚が好きだったことを思い出して、サーモンのカルパッチョに手を伸ばす。
(よし、これだけあれば……)
一通り見て悠の場所に戻ろうとした時だった。
「あれ? 朝倉さん?」
背後から誰かに呼ばれて振り返る。
(……誰?)
そこに立っていたのはひとりの男性だった。
年は自分より上っぽい。どうしよう。全く記憶にない。
おそらく取引先の誰かだとは思うが、どうにも見覚えのない相手だ。
「その顔、俺が誰か分からないって顔でしょ」
「すみません……」
「いいよ。帽子被ってないと分からないだろうし」
そう言うと彼はおもむろにスマホを取り出して一枚の画像を見せてくれた。
丸型のコック帽子を被って無邪気にピースをするその男性は――。
「駒沢シェフ!?」
「その通り。あれだけ一緒にいたのにまさか忘れられてるなんてなあ」
「すみません! 私服だと全然分からなくて!」
「それもそうか。結構イケてるだろこのタキシード」
「よくお似合いです」
たじたじの私とは反対に、駒沢シェフが楽しそうに笑った。
リーガルガーデンホテル。
有澤ロイヤルが経営するホテルのひとつで、新人時代このレストランの企画を担当していた。
そこで何度も話し合いをしていたのがこの駒沢シェフだ。
現場の意向と会社の意向が合わず、激しい言い争いになることも多かった。
けれど最後は私の熱意を買ってくれて企画した限定メニューが大成功。
それからは後輩が引き継いで、それ以来駒沢シェフとは会っていない。
「あの時はお世話になったね。おかげであのメニューは今でも大好評だよ」
「いえ、私の方こそ色々と勉強させて頂きました」
「謙遜することないよ。君のおかげでうちのレストランは成功したようなものだからね」
「私は企画しただけですから、シェフやスタッフの方々の努力の結果です」
「今度よかったら食べにおいでよ。君ならいつでも大歓迎さ」
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