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もう一人
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いつもの事だが、今日は部室で二人きり
座道についての何気ない話の後、奈々が手を握ってきた。
……いつもより緊張している……
わたしたちはしばらく何も言わなかった。
でも、手は離れなかった。
指先がそっと重なるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
鼓動の音が、お互いの中で共鳴しているような気がした。
「……かおり、なんで目、閉じたままなの?」
「奈々の声、聞いてるだけで落ち着くから」
「そんなこと言うと、またくっついちゃうよ?」
「……うーーん」
わたしは目を開けずに、ほんの少し微笑んだ。
畳の上で、制服のスカートがかすかにふれ合う。
奈々の髪の香りが近づく。
呼吸の音が、わたしの耳に落ちてきた。
そのとき──
「……あの……失礼します」
部室の戸が、こんと控えめに叩かれた。
私たちは、反射的にぴたりと距離を取って、顔を見合わせた。奈々は驚きながらも笑いをこらえている。
「ちょっと……このタイミング……!」
私は顔を赤くしながら、立ち上がって扉の方へ向かった。
*
「……こんにちは」
戸を開けると、そこには小柄な女の子が立っていた。
長めの前髪に、きれいに整えられた制服。肩に小ぶりなトートバッグをかけて、胸元には真新しい名札。
目が合った瞬間、彼女はぺこりと頭を下げた。
「一年の、三宅ゆずはといいます。掲示板で“座道部、活動再開”って書いてあるのを見て……あの、見学って、まだできますか?」
「もちろん、どうぞ」
わたしがそう言うと、ゆずはちゃんはほっとしたような表情を浮かべて、部室に入ってきた。
中を見回しながら、そっと畳の端に座る。
その姿勢がとても自然で、美しかった。
足の揃え方、背筋の伸ばし方、目線の落とし方。
まるで、もともとこの部屋にいたみたいに、馴染んでいた。
「……えっと、もしかして、経験ある?」
「はい。中学のとき、茶道部に入っていて……正座とか、礼の作法とか、好きで。雰囲気が似てるかなって思って……」
「……うれしい。」
心の中で姉の名前を呼んだ。
座道部は、ちゃんとまた“生きよう”としてるよ。
*
「じゃあ、今日の座道部……三人で、ちょっとやってみよっか」
私はそう言って、部室の真ん中に戻った。
奈々とゆずはちゃんも、それぞれ自分の位置に正座する。
春の光が差し込む、静かな和室。
その空間に、わたしの声だけが、やわらかく響く。
「まず、呼吸から。背筋をまっすぐにして、両手は膝の上……ゆっくり、吸って……吐いて……」
その言葉に合わせて、三人の身体が静かに揺れた。
呼吸のリズム。
肌にふれる空気の温度。
畳の感触。
すべてが、まるで“見えない音楽”みたいに溶け合っていた。
*
ふと目を開けると、ゆずはちゃんが、じっと奈々の姿勢を見ていた。
「……奈々さん、肩が……少しだけ上がってます」
「えっ? あ、ほんと?」
奈々が思わず首をすくめたような声を出すと、ゆずはちゃんは慌てて手を振った。
「ご、ごめんなさいっ。えっと、悪いって意味じゃなくて、すごく綺麗なのに、ちょっとだけ緊張してるのかなって……」
「そ、そっか……なんか、見られてると余計に意識しちゃうな……」
奈々が照れたように笑い、肩を落とす。
その様子があまりに可愛くて、わたしもつい笑ってしまった。
「でも、わたしも最初はうまくできなかったよ」
「嘘だ。かおり、最初から“お姉さん式”だったじゃん」
「お姉さん式……?」
ゆずはちゃんが首をかしげる。
奈々は少し得意げに答えた。
「かおりのお姉さんって、座道部の創設者で、もう卒業してるけど……かおり、完全にその流派を継いでる感じ」
「流派って……」
わたしは笑いながらも、ちょっとだけ誇らしくなった。
*
そのあとも、呼吸と姿勢の練習を30分ほど続けた。
ほんの短い時間だったけど、三人の間には確かに“何か”が芽生えはじめていた。
言葉にしなくても通じる気配。
動作ひとつに宿る、やさしさと美しさ。
座道って、やっぱりすごい。
ただ座るだけで、誰かと繋がれるんだ。
「ねえ、これからも来てもいいですか?」
ゆずはちゃんが帰り際、小さくそう尋ねた。
「もちろん。これから、“座道部”なんだから」
わたしはそう言って、彼女に向けて軽く頭を下げた。
「ようこそ、わたしたちの場所へ」
*
そのあと、奈々とふたりで部室に残った。
夕陽が差し込む畳の上。
片付けを終えてから、わたしは自然と奈々の隣に腰を下ろした。
「ねえ……今日のゆずはちゃん、どうだった?」
「うん。すごく素直で、なんか……空気を崩さない子だったね」
「うん……でも、ちょっとだけ褒めすぎてなかった?」
「え? なにそれ、嫉妬?」
奈々がにやっと笑った。
その顔がちょっと憎らしくて、でも嬉しくて。
わたしは黙って、奈々の肩にもたれた。
奈々の身体が、ぴくっと震える。
「……かおり、また急に……」
「うん、急に。だって、今の奈々、ちょっとかっこいい顔してたから」
「もう、ずるいなあ……」
奈々の声が、耳元でやわらかく揺れる。
畳の香りと、春の夕暮れ。
心の中で静かにゆれている、気持ちの色。
*
その日、帰り道で、わたしはスマホを開いて姉にメッセージを送った。
《今日、見学に来た子がいたよ。すごく真面目で、いい子だった》
《奈々とも、少しずつだけど、ちゃんと“部活の仲間”になれてる気がする》
送信してすぐ、既読がついた。
しおりんからの返事は、ひとことだけだった。
《かおりん、すごいね》
それを見た瞬間、目の奥が少しだけ熱くなった。
わたしは今、ちゃんとここで息をしてる。
畳の上のこの空間に、わたしの時間と、わたしの想いが刻まれていく。
座道についての何気ない話の後、奈々が手を握ってきた。
……いつもより緊張している……
わたしたちはしばらく何も言わなかった。
でも、手は離れなかった。
指先がそっと重なるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
鼓動の音が、お互いの中で共鳴しているような気がした。
「……かおり、なんで目、閉じたままなの?」
「奈々の声、聞いてるだけで落ち着くから」
「そんなこと言うと、またくっついちゃうよ?」
「……うーーん」
わたしは目を開けずに、ほんの少し微笑んだ。
畳の上で、制服のスカートがかすかにふれ合う。
奈々の髪の香りが近づく。
呼吸の音が、わたしの耳に落ちてきた。
そのとき──
「……あの……失礼します」
部室の戸が、こんと控えめに叩かれた。
私たちは、反射的にぴたりと距離を取って、顔を見合わせた。奈々は驚きながらも笑いをこらえている。
「ちょっと……このタイミング……!」
私は顔を赤くしながら、立ち上がって扉の方へ向かった。
*
「……こんにちは」
戸を開けると、そこには小柄な女の子が立っていた。
長めの前髪に、きれいに整えられた制服。肩に小ぶりなトートバッグをかけて、胸元には真新しい名札。
目が合った瞬間、彼女はぺこりと頭を下げた。
「一年の、三宅ゆずはといいます。掲示板で“座道部、活動再開”って書いてあるのを見て……あの、見学って、まだできますか?」
「もちろん、どうぞ」
わたしがそう言うと、ゆずはちゃんはほっとしたような表情を浮かべて、部室に入ってきた。
中を見回しながら、そっと畳の端に座る。
その姿勢がとても自然で、美しかった。
足の揃え方、背筋の伸ばし方、目線の落とし方。
まるで、もともとこの部屋にいたみたいに、馴染んでいた。
「……えっと、もしかして、経験ある?」
「はい。中学のとき、茶道部に入っていて……正座とか、礼の作法とか、好きで。雰囲気が似てるかなって思って……」
「……うれしい。」
心の中で姉の名前を呼んだ。
座道部は、ちゃんとまた“生きよう”としてるよ。
*
「じゃあ、今日の座道部……三人で、ちょっとやってみよっか」
私はそう言って、部室の真ん中に戻った。
奈々とゆずはちゃんも、それぞれ自分の位置に正座する。
春の光が差し込む、静かな和室。
その空間に、わたしの声だけが、やわらかく響く。
「まず、呼吸から。背筋をまっすぐにして、両手は膝の上……ゆっくり、吸って……吐いて……」
その言葉に合わせて、三人の身体が静かに揺れた。
呼吸のリズム。
肌にふれる空気の温度。
畳の感触。
すべてが、まるで“見えない音楽”みたいに溶け合っていた。
*
ふと目を開けると、ゆずはちゃんが、じっと奈々の姿勢を見ていた。
「……奈々さん、肩が……少しだけ上がってます」
「えっ? あ、ほんと?」
奈々が思わず首をすくめたような声を出すと、ゆずはちゃんは慌てて手を振った。
「ご、ごめんなさいっ。えっと、悪いって意味じゃなくて、すごく綺麗なのに、ちょっとだけ緊張してるのかなって……」
「そ、そっか……なんか、見られてると余計に意識しちゃうな……」
奈々が照れたように笑い、肩を落とす。
その様子があまりに可愛くて、わたしもつい笑ってしまった。
「でも、わたしも最初はうまくできなかったよ」
「嘘だ。かおり、最初から“お姉さん式”だったじゃん」
「お姉さん式……?」
ゆずはちゃんが首をかしげる。
奈々は少し得意げに答えた。
「かおりのお姉さんって、座道部の創設者で、もう卒業してるけど……かおり、完全にその流派を継いでる感じ」
「流派って……」
わたしは笑いながらも、ちょっとだけ誇らしくなった。
*
そのあとも、呼吸と姿勢の練習を30分ほど続けた。
ほんの短い時間だったけど、三人の間には確かに“何か”が芽生えはじめていた。
言葉にしなくても通じる気配。
動作ひとつに宿る、やさしさと美しさ。
座道って、やっぱりすごい。
ただ座るだけで、誰かと繋がれるんだ。
「ねえ、これからも来てもいいですか?」
ゆずはちゃんが帰り際、小さくそう尋ねた。
「もちろん。これから、“座道部”なんだから」
わたしはそう言って、彼女に向けて軽く頭を下げた。
「ようこそ、わたしたちの場所へ」
*
そのあと、奈々とふたりで部室に残った。
夕陽が差し込む畳の上。
片付けを終えてから、わたしは自然と奈々の隣に腰を下ろした。
「ねえ……今日のゆずはちゃん、どうだった?」
「うん。すごく素直で、なんか……空気を崩さない子だったね」
「うん……でも、ちょっとだけ褒めすぎてなかった?」
「え? なにそれ、嫉妬?」
奈々がにやっと笑った。
その顔がちょっと憎らしくて、でも嬉しくて。
わたしは黙って、奈々の肩にもたれた。
奈々の身体が、ぴくっと震える。
「……かおり、また急に……」
「うん、急に。だって、今の奈々、ちょっとかっこいい顔してたから」
「もう、ずるいなあ……」
奈々の声が、耳元でやわらかく揺れる。
畳の香りと、春の夕暮れ。
心の中で静かにゆれている、気持ちの色。
*
その日、帰り道で、わたしはスマホを開いて姉にメッセージを送った。
《今日、見学に来た子がいたよ。すごく真面目で、いい子だった》
《奈々とも、少しずつだけど、ちゃんと“部活の仲間”になれてる気がする》
送信してすぐ、既読がついた。
しおりんからの返事は、ひとことだけだった。
《かおりん、すごいね》
それを見た瞬間、目の奥が少しだけ熱くなった。
わたしは今、ちゃんとここで息をしてる。
畳の上のこの空間に、わたしの時間と、わたしの想いが刻まれていく。
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