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28、ラピュセルが可笑しい

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舞台も終盤戦に入り俳優、裏方共に疲労がピークに達している。「俺、この舞台が終わったらメジャーリーグを見に行くんだ」藤野が俺に言った。「俺も京都の蕎麦屋に行きたいんだ」「それ、ギリシャの詩人を描いた舞台の時も言ってなかったか」俺は軽く笑う。「まったく、目標というのは壊すためにあるからな。池崎さんのクラウンを使いつぶすまでは俺は池崎さんについていくかもな」藤野が笑いをこらえたような顔をした。藤野と安井は同じ劇団に所属していたらしい。らしいというのは彼の友人から聞いた話だったからなのだが。とにかく藤野の流転人生はこれからも続くかもしれない。中学も2回転校したそうだ。これは本人から聞いた話だから確実だ。安井は俺の大学の後輩なのだが知らない時期もあった。「おやじの所有する牧場に来ませんか」藤野が軽やかに言うのを聞いてむかつく。しかし俺に金策のつてがないのも事実。あまり愉快ではないので話題を変えよう。岡田さんがいないのを確認して俺は言う。「さて、傭兵ピエールの話だが」安井がうなずく「おう、俺も読み終えたよ」ネタバレはいかんな、と藤野がけん制する。「ネタバレはしたくないのだが談義はしたい」「そうだな」じゃあ、藤野が言った。「傭兵ピエールとよく似た小説があるんだよ。アンリの国の物語という奴だよ」「知らねえな」ソファーにもたれこんだ俺。「あの小説で登場人物の女がすり替えられたじゃん」「そういうこともあったかもしれないね」断言はしない。「あの火あぶりになった人物は笹川さゆりで想像しました」するなよ。無駄な一言で会話が瀕死の状態になったようだ。「話をつづけるぞ。俺はしゃべり続けるぞ。安井トーキングブルースだからな」俺は周りに誰も来ていない。小道具の道川だけだ。彼は敵でも味方でもないしカウボーイでもない。「傭兵ナントカってやつ」「傭兵ナホトカ?」ベタなギャグで話を滞らせるのが俺の持ち味である。「壁に耳あり障子に目ありだ。」「芥川龍之介の小説でもそういうのあったね」「傭兵ホーテ」「?」俺を置いてけぼりにして安井はまくしたてる。妄想こそ安井の原動力なのだ。けなしたければ勝手にけなせというばかりに話す安井。誰も彼を止めることなどできない。「その、今話題になってる聖女さんがルーアンから逃れたという話に似ている内容なんだよ」「ほーお」「読んだんじゃ、なかったのか」「そこは忘れてたよ」忘れた?読解力が抜け落ちているな。お前・・・。「某聖女がのがれてからは大人しくなっちゃって悲しかったよ。岡田さんだったらまだ何とかなりそうな感じだけどさ」安井は驚いたような顔になっている。「あの聖女さあ、生きているんだったらドン・レミ村に連絡ぐらいしろっての」「そうだな」「手紙ぐらいは書いた、代筆させたかもしれないね」ちょっと外をぶらつこうと思ったら岡田さんが安井と何か話している。気になるな。「よっ、岡田さん。街には慣れましたか。」ふざけすぎている上彼女には元ネタがわからなすぎる。引きつった笑顔の岡田さん。「ま、まだ慣れてないです」「大阪はいろいろ見るものがあるからね」「は、はい・・・。」なんだか冷や汗をかいていて面白い。この人意味不明なことを言ってる、という表情をしていた。面白いが可哀そうなので「あー、悪かった。ごめん。昔の歌のパロディでさ」とだけ言った。元の穏やかな表情に戻った岡田さん。我ながら無責任すぎた。彼女もいずれは名女優になるのかと想像をめぐらせた。
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