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第1章 スプリング×ビギニング

第10話 トウコウ  マエヘン

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いつもの朝の通学路

俺は駅前の公園を抜け、しばらく歩いたところで前方に見知った後ろ姿を見つけた

あれは・・・委員長だ

艶やかなロングの黒髪、キビキビと歩く姿は一際目を引く

委員長は確か電車通学だったはずだ

確か園崎とは逆の方角

委員長とは時たま、こうして通学途中で会う

とはいえ、わざわざ走って追いついてまで挨拶するのも変なので俺はそのままの速度で歩いていく

ちなみに園崎とは登校時に会ったことは一度もない

あいつはいつも時間ギリギリにやってくる

そうして歩いていくとやがて歩幅の違いで学校手前辺りで横に並んだ

「おはよう、委員長」

「あら、義川くん。おはよう」

声をかけると委員長は顔を向けてにこやかに挨拶を返してくる

さっさと行ってしまうのもどうかと思うのでそのまま並んで歩く

「義川くん、そういえば最近はどうなの?あの人、まだ何か変な事言ってきてる?」

歩き始めてしばらくすると委員長がそんな事を聞いてきた

「・・・あの人?」

瞬時に園崎の顔が脳裏に浮かんだが、そうとぼけた

「園崎さんよ。まだおかしな事言われてるの?」

「あー、園崎・・・ね。んー、まあ、まだ変な思い込みは続いてるけど・・、まあ、実害は無いし、ちょっと慣れてきたし」

俺は無難な言葉を選んでそう答える

「ダメよ!そんなんじゃ!義川くん、園崎さんの事、甘やかし過ぎ!それじゃ本人の為にもならないわよ!」

委員長が非難の言葉を向けてくる

いつもながら園崎に対しては結構厳しい

「それに・・・いつも義川くんにまとわり付いてない?あまり男女でそういうのって、どうかと思うけど」

園崎は相変わらず俺以外のクラスメイトとは会話らしい会話はしないから目立って見えるかもしれない

でも、そんな状況も見慣れた風景になりつつあり、以前ほど気にする者もいなくなったと思う

「い、いやあ・・・なんか園崎ってさ。前世じゃ自分が男で、俺と親友同士だったって思い込んでるみたいでさ・・・だからアイツ的には男同士って感覚みたいなんだよね」

・・・たまに突発的に女に戻るけど

「でも、まわりはそうは思わないわ。例えば・・・例えばよ、義川くんの事、好きだっていう女の子がいたとして、その子が義川くんと園崎さんの事、誤解して・・・告白を諦めたりするかもしれないわよ?」

委員長はそんな恐ろしい仮定を提示してくる

「それと逆に義川くん自身が・・・好きな女の子が出来た時、どうするの?その子に告白しても『義川くんには園崎さんがいるでしょ』って断られることになるんじゃない?」

・・・う、それはちょっとマズイか?

つまり園崎が中二病から抜け出さない限り、俺にはカノジョが出来ないって事になる

・・・いや、でもちょっと待てよ・・・確かこの前、俺の部屋に来たとき、俺に好きな子が出来たら秘密にしないでちゃんと教えろって言ってたよな?

それってその子と上手くいくように協力してくれるってことじゃないのかな。親友として

「とにかく義川くん、園崎さんとは少し距離を置いたほうがいいと、私は思うけど」

「そ、そこまでしなくてもいいと思うけど・・・でもアリガトな委員長。色々と気にしてくれて」

そんな会話を交わしながら俺たちは校門をくぐった

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

教室に入り自分の席に着く

相変わらず隣の席の主はまだ現れていない

だが、今日は予鈴が鳴り担任教諭が教室内に現れても園崎はやってこなかった

どうしたんだ?今日は欠席か?

と考えていると廊下から走ってくる足音が近づいてきた

ホズミ先生が後ろ手にチョークを掴む

え、まさか?

後方の引き戸が開き園崎が駆け込むのと先生がチョークを投げるのがほぼ同時だった

うわ、ホントにチョーク投げる教師初めて見たよ

園崎目掛けて真っ直ぐ飛んでいったチョークは、しかし園崎が一閃した鞄により弾かれた

そして弾かれたチョークはタナカの頭に真横から直撃する

派手な音をたてながらタナカが椅子から転げ落ちた

なに?なんなのオマエラ

事前に打ち合わせでもしてたんじゃねえのってくらいタイミングピッタリなんだけど

っていうかタナカおいしすぎ

「くくっ、ホズミ、貴様の攻撃は正確だな。だがそれゆえに防ぐのもたやす・・・・ぐああああああああ!!!!!」

不敵な園崎のセリフが絶叫に変わる

その顔面にはホズミ先生の手の平が食い込んでいた

チョークを投げると同時に間合いを詰めていたのだ

「園崎・・・私と闘るにはお前は実戦経験が少な過ぎるよ・・・・」

そう言いながら園崎の頭部を解放すると、踵を返して教卓へ戻る

園崎は膝から床に崩れ落ち呻いた

「園崎は昼休み職員室まで来い・・・それとタナカ、お前もいつまで床を転げ回るつもりだ」

タナカの隣の席に座る委員長が引きつった顔で絶句し、その前の席ではフジモリさんがお腹を抱えて爆笑していた

・・・よかったなタナカ、大ウケだぞ

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

「くうう・・・ホズミの奴・・・・」

チャイムが鳴り午前の授業の終わった教室

隣の席で園崎が呻いた

「まあ、元はと言えばお前が遅刻したのが原因なんだから仕方ないだろ」

そう言った俺に園崎が唇を尖らせる

「僕はいつもギリギリ間に合ってる。今日は昇降口で鈍臭い一年生がぶつかりそうになってきて・・・そいつが鞄の中をぶちまけたから、ほっとく訳にもいかず拾ってやってたら遅くなったんだ」

そう言い訳する園崎に後ろから声がかかる

「そもそもギリギリに登校してくる貴女がいけないんでしょう?貴女が走ってこなければその一年生だってぶつかりそうになって鞄を落とすことも無かったんじゃないの?」

園崎は後ろを睨み、

「貴様には関係ないだろう?委員長」

と返す

「関係あるわ。クラスの中に遅刻の常習犯がいるとクラス全体のイメージが悪くなるもの」

二人の間に見えない火花が散って見えた

他のクラスメイトが視線を逸らし、フジモリさんがワクワクした目を向ける

・・・ホント、あの人は

「二人とも止めろって・・・ほら園崎、早めに職員室行ってこいよ。昼メシ食べる時間なくなるぞ」

俺の言葉に二人ともしぶしぶ矛を収める

全く、この二人はどうしてこうまで相性悪いかな・・・毎回、間に立つ俺の身にもなって欲しいよ

「・・・さて、俺も購買で昼メシの調達しないとな・・・昼メシ買っといてやるよ。何がいい?」

席を立ちながらそう園崎に問い掛ける

「ありがとう経吾、じゃあ牛乳とあんパン2個、頼んでいいか?」

・・・だから何で同じの2個?・・・・まあいいや

「わかった。じゃ、買っとくから早く行ってこいよ」

「ああ、早めに決着をつけてこよう」

そう不敵に笑う園崎に俺は半眼でツっこむ

「おい、闘いに行くんじゃないぞ。取り敢えず謝っとけよ?」

「くっ・・・、まあお前がそう言うなら・・・自重しよう」

そう言うと園崎は教室を出て行った

やれやれ・・・

「義川くん、あの子に甘すぎ・・・」

園崎を見送り溜め息をつく俺に委員長が非難の目を向けてくる

「そ、園崎には明日からもっと早く登校してくるように言っとくからさ。それでいいだろ」

俺はそう言って委員長をなだめた

「・・・・そういうことじゃ、ないんだけど・・・・」

委員長はまだ納得していない風だったが、

「じゃ、俺も購買行くから」

と、逃げるように教室を後にした

・・・・・・・・・・・・・・・・。

「・・・ん?」

購買で二人分のパンと飲み物を購入して教室まで戻ってくると、入り口の扉から教室を覗きこんでいる女生徒がいた

その女生徒は、近づく俺に気付くと声をかけてきた

「あ、すみません。このクラスに園崎センパイって・・・あっ!」

途中まで言ったところで何故が俺の顔を見て固まる

なんだ?

前に会ったことは・・・・無いはずだ

ソノサキセンパイって・・・園崎の事だよな?

じゃあこの女生徒は一年生か?

「えーと・・・」

「経吾?」

俺が口を開こうとしたとき、背後で園崎本人の声がした

「ああ、園さ・・・・・き・・・」

振り返る俺は途中で動きを止め、固まってしまった

園崎がまとっていた空気が、余りにも冷たかったから

そして園崎が抑揚の無い声で、







「経吾、その女、誰?」





と言った

背中に氷を押し当てられたような錯覚を覚え俺は身を震わす

「ヒッ」

後輩の女生徒が短い悲鳴を上げる

・・・って、こらこら、一年生を威嚇するなよ・・・

園崎は『女嫌い』というクオンのキャラ設定を踏襲しているようで、女子相手にはキツくなる傾向がある

まあ、男子にもキツいが・・・なんというかその方向性が違うというか・・・上手く説明できん

「お前に用があるみたいだぞ?知り合いじゃないのか?」

「・・・僕の?」

俺がそう言うと園崎のまとっていた空気が和らいだ

「あ、センパイ!今朝はすみませんでした!」

思い出したように慌てて頭を下げる一年生に、園崎は眉をひそめるが何か思い当たったような顔をする

「ああ、昇降口での・・・・」

昇降口?

じゃあこの子が今朝ぶつかりそうになったっていう一年生か

「今朝は本当にすみませんでした。荷物まで拾って頂いて・・・・」

「まあ、ほっとく訳にもいかなかったしな・・・、それをわざわざ言いにきたのか?」

「あ、そうでした・・・あの、これ園崎センパイのですよね?」

と、黒いパスケースを差し出してきた

「私の荷物に混じっちゃってたんです」

「ああ、そうか。あの時落としたんだな。・・・すまん、助かった」

そう言って園崎はパスケースを受け取った

園崎にパスケースを渡した一年生は、何故か俺と園崎を交互に見てわずかに頬を赤らめる

・・・なんだ?

「?・・・・・・・・っ!」

園崎が何かに思い当たったのか、わずかに表情を固くする

「お前・・・・まさか中を・・・・・見たのか?」

園崎の問いにその一年女子はさらに頬の赤みを増しながら、

「ハ・・・ハイ、お名前を確認しようとして中を開けたとき・・・見ちゃいました」

そう答える一年の言葉に園崎の顔がみるみる赤くなり、耳たぶまで朱に染まる

そして俺の顔をチラリと見たあと、

「ちょ、ちょっと来い!」
「え?・・・きゃわあぁぁぁぁぁぁぁあああぁああぁ」

園崎は一年生の首に腕をかけると問答無用で引っ張って行った

なんだ?・・・てか昼メシはどうするんだよ

俺は仕方なしに教室に入り席に着くと一人昼食を始めた

まあ、さすがに授業までには戻ってくると思うが・・・昼メシ食べる時間なくなるぞ

しかし、さっきの園崎は珍しく慌ててたな

なんか見られちゃマズイものでも入ってたのか?

あの一年生俺の事も見てたよな?

それ以前に最初に顔を合わせた時も俺の顔みてなんか反応してたし・・・

俺も関係ある?





ぼと




あることに思い当たった俺は食べていたパンを思わず取り落とした

・・・・・・まさか

まさか!まさかまさかまさか!!!!

あのプリクラじゃないだろうな!?

この前二人でゲーセンで撮った中二病全開の痛ポーズプリクラ!

絶対そうだ!他に思い当たらん!

あんなもん他人に見られた!?

しかも下級生!?

女子!?

そこに思い至った俺は愕然となった


しばらくして教室に戻ってきた園崎は心なしか頬を赤らめて息が上がっているようだった

椅子に座るとふうと息をつく

「もしかして見られたパスケースの中身って・・・『あのプリクラ』か?」

そう指摘すると園崎は目を見開き、こちらにギギギと首を向けた

「け、経吾も、見たのか?」

顔の赤みがさらに増した

「いや、見てはいないけど、そうなんじゃないかと思ってな。やっぱそうなのか?」

「・・・う、うむ」

園崎の口から最悪の答えが飛び出す

「マジかよ・・・だからあれほど他の誰かには見られないようにしてくれって言ったのに」

俺は半分涙目で園崎を責めた

「・・・・・えっ?・・・・・・ああ、『そっちの』か・・・・う、うんゴメン。うっかりしていたよ」

俺の非難に園崎は一瞬きょとんとした表情の後、慌てて弁解をした

そっちの?

あれ以外の他に何があるっていうんだ

二人で撮ったプリクラはあれ以外ないだろ?

「だ、だが安心しろ。しっかりと口止めしておいた。けして誰にも口外しないように・・・とな」
「そ、そうか?」

園崎の言葉に俺の不安は若干和らいだが、別の不安が頭をもたげてきた

・・・まさか『口止め』じゃなくて『口封じ』じゃないだろうな

俺は先程出会った後輩の女生徒の身の安全に微かな不安を抱くのだった

◆    ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

放課後、俺の抱いていた不安は杞憂に終わった

俺は返却期限の来た本を手に一人図書室に向かった

ドアを開け中に入ると、カウンターに座っていたのは昼休みに出会ったあの女生徒だった

「あ、先輩。こんにちは」

俺の顔を見ると頭を下げてきた

「あ、キミ図書委員だったんだ?」

「ハイ、あ、返却ですか?」

後輩は俺の手にある物を見てそう言ってきた

「ああ・・・頼むね」

俺が本を渡す

「ええと、『夢の中でロンド』、『睡眠リラクゼーションのススメ』・・・返却、と。ハイ確かに」

・・・いや、わざわざタイトル音読しなくていいし

あ、そうだ

俺は周りに他の生徒がいないのを確認してから後輩女子に小声で話しかけた

「君の見たパスケースの中身なんだけど・・・」

「あ!・・・大丈夫です、わたし誰にも言いませんから」

「そ、そう?」

よかった、取り敢えず恥ずかしい噂が拡がることはないようだ

「せ、先輩達、秘密のお付き合いをなさってるんですもんね」

後輩女子はそう言って頬を赤らめる

え?なんか変なニュアンスが込められてないか?

・・・まあ、色々と秘密にしなきゃならない行動をしていることは確かだが・・・

「でも羨ましいなあ・・・私もああゆうラブラブなプリクラ撮りたいですよ」

・・・ちょっと待て、あのプリクラがラブラブに見えるってどんな感覚してるんだ?この子

「まあそれ以前にまずは先輩みたいな素敵な彼氏作らなきゃならないですけど」

そんな事を言ってきた

俺が園崎の彼氏?

なんか激しく誤解してないか?・・・園崎、この子にどんな説明したんだ

「ちょ、ちょっと待って・・・君、何て説明されたの?」

「え?秘密を共有する特別な関係だって・・・」

んー、間違っちゃいないかもしれないが、その説明だと確かに周りに内緒で交際中の恋人同士ととらえるのも無理はないか・・・

この子、俺と園崎が恋人同士だって勘違いしてるんだな

さてどうしたもんか・・・

俺はしばし考えた

ここはキッチリと誤解を解くべきか?

でも、じゃあどういう関係かと問われると上手く説明できない

1,痛いプリクラを撮る中二病仲間

2,悪ふざけして変なプリクラを撮った恋人同士

『2』の方がまだマシか?

まあ、この子一人に誤解されてても実害はないだろうし、このままでも問題ないか・・・

「えーと、俺達の関係は・・・誰にも秘密にしてるんだ。だから君も・・・けして誰にも言わないでいてくれる?」

そう小声で頼み込んだ

「わ、わかりました。でも、なんか素敵ですね。憧れちゃいますよ・・・誰にも秘密の恋愛・・・秘めた恋心・・・・わたしもそんな恋愛してみたいです」

うっとりとした声で夢見るような表情になる後輩女子に俺は苦笑いを返すしかなかった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「遅かったなクロウ。図書室で何かあったかと心配したぞ」

図書室を後にした俺は園崎が先に行って待っている屋上へと向かった

俺の顔を見ると園崎は微かに微笑んだ後、斜に構えたポーズでそう言ってきた

「ああ、図書室で昼休みに会った一年の女子に会ったよ」

「む・・・あの小娘に?」

俺の言葉に園崎が僅かに片眉を上げる

「・・・どういう事だ?」

「あの子、図書委員だったみたいだな。カウンターに居た」

「そうなのか・・・何か・・・言っていたか?」

園崎は目を泳がせながらそう言ってきた

「お前あの子になんて説明したんだ?あの子俺達が恋人同士だと誤解してたぞ」

「う・・・それは、その・・・・」

俺の非難に園崎は狼狽して合わせた掌をもじもじと動かす

「まあ、上手くごまかすのは難しいとは思うけどさ・・・」

「それで・・・お前は・・・なんて言ったん・・・だ?」

園崎は顔を伏せ消え入るような声を出す

そんな姿に俺は怒る気も失せる

ホント、女の子はズルイ

「面倒だからそのままにしといた・・・誤解されたままでも特に問題ないだろうしな」

溜め息と共にそう言った

「そ、そか・・・訂正してないのか・・・そか・・・・こふん、まあそれはともかくクロウ、いつもの『術式』を始めるぞ」

ああ・・・いつもの『寸劇』な

ったく、切り替え早いな

俺は諦め混じりの溜息をつくと同時に羞恥心を取り払った

もうすっかり慣れたものだ

自分の無駄な対応力に呆れるよ・・・

(つづく)
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