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29、新しい席で

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突然始まった席替えで、七海くんが窓際の列の左隣に夏帆ちゃん左斜め前になった。

「めっちゃ近いね!よろしく!」

笑顔でこっちを振り向く夏帆ちゃんに罪悪感が生まれた。

さっき、夏帆ちゃんに悪気がないことは気がついていたのにイライラしてしまった自分が恥ずかしかった。

「うん、よろしく!」

なるべく元気な声で返すと、夏帆ちゃんは満足そうに笑って前を向く。

前の席には話したことがない男子で、右隣は空いていた。

最後列なので、後ろには誰も座っていない。

ただ、左に七海くんがいることが少しだけ嫌だった。

健太から話を聞いている分には良かったんだけど、どうしても話していると嫌な人だなと思ってしまう。

「よろしくな!」

くるっと振り向いた男子がニカッと笑った。

彼氏がいるものの、その笑顔がどストライクで私は思わず顔を赤くしてしまう。

「よ、よろしくね!」

しまった、名前も知らないや。

熱くなった顔を冷ますようにうつむいて頬を手のひらで包むと、夏帆ちゃんが勘づいたようにニコッと笑った。

「顔赤いじゃーん!大丈夫?」

冷やかすように言って、ちらりと私の前の席の男子を見る。

「そう?そんなに赤い?」

なるべくうわずらないようにして答えると、「そうだよぉー」と夏帆ちゃんは声のトーンを上げた。

つられるようにこちらを気にしだした男子の制服をつついて、「辻井くんもそう思うよねー?」と言った。

男子はまた振り向いて私の顔を見ると「真っ赤」と吹き出した。

「やっぱりね!」

感謝してね、とでも言うようにウインクをした夏帆ちゃんがかわいくてまた顔が緩む。

「はぁ」

ほんわかした雰囲気を壊すためか、あからさまなため息をついたのは七海くんだった。

「あ、ごめん。うるさかったよな」

申し訳なさそうに謝る辻井くんに、夏帆ちゃんも加勢する。

「ごめんね、つい楽しくて」

ほら謝んなよ、と夏帆ちゃんに目配せされて、それでも謝らなかった。

別に悪いことはしてないし。

新しい席でみんな楽しく話してるのに私たちだけ怒られるのも意味わかんないし。

意地悪するし。

辻井くんは気まづそうに前を向いてしまった。

「おーい!そろそろ静かにしろよー!」

その担任の大声で教室はまた静寂を取り戻した。


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