上 下
30 / 47

30、険悪なムード

しおりを挟む
私は帰り際まで七海くんの本を死守し、ついに鞄にしまうことに成功した。

これで、七海くんはあの本を読むことはできない。

ふふふと笑いながら教室を出ると、健太が立っていた。

「みーな!なんかいい事あった?」

子犬のように駆け寄ってきて抱きつこうとする健太をするりと避けると、さっさと下駄箱まで歩く。

「なんだよー。ごめんってー」

ひょこひょこと後ろを着いて回る健太に少しだけ愛おしさを覚え始めたころ、後ろから私の名前を呼ぶ声がした。

「みなちゃーん!」

駆けてきた夏帆ちゃんに、健太は「おお!」と声を上げた。

「夏帆!みなと仲いいのか?」

「うん、席もななめでね!」

「えー!いいなぁ!俺は隣がいいけど!」

「んー。夏帆の隣は辻井くんだからぁ」

「お前じゃないよ!」

「分かってるよぅ。健太より辻井くんの方がかっこいいし!」

親しげに近寄ると2人は話し込み始めた。

はいはい、いいですよ。帰ります。

歩き始めた私に夏帆ちゃんからの爆弾が投下された。

「みなちゃんも辻井くんに話しかけられて顔真っ赤にしてたんだから!」

言い終わったあとに、あっ、と口を抑えてごめんねという目で私を見つめる。

「そんなんじゃないよ!」

慌てて手を振って後ずさりすると、背中にトンっと何かが当たった。

暖かい手のひらが私の肩を持って「お」と声を出した。

「危ないよ?」

背後から顔を覗き込まれて、それが辻井くんだったことにとても驚いた。

今の話聞かれた!?

そう思ったらわまた顔が熱くなって、今赤くなっているなと気がつく。

「俺の話してた?」

ほんわかした感じで何気なく聞いてくる辻井くんと、反して明らかに機嫌が悪くなった健太に挟まれる。

「え、えっとー」

返事がうまく出てこない私の肩に強く当たって通り過ぎていく人がいた。

「いたっ」

よろける私を支えてくれたのは、引き続き辻井くんだった。

「あっ、ばいばい!」

頭越しに聞こえる辻井くんの声で通り過ぎた人を見ると、それは七海くんだった。

「なによ、感じ悪い」

ボソッと呟いた声は辻井くんにだけ聞こえたようで、それが自分だと思ったのかびくっとしたように手を離す。

「まあまあ!落ち着いて!彼氏の健太くん、ほらみなちゃんと帰った帰った!」

笑顔で私と健太の手を強引に握らせて背中をぐいぐい押す。

「あっ、2人付き合ってたの!?ごめん!」

辻井くんの声が後ろから聞こえつつも、私たちは険悪な空気で手も離してしまっていた。
しおりを挟む

処理中です...