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小学校入学-2
しおりを挟む遊戯の時間が始まると、どこか知らない所へ逃げ出したくなる。先生の弾くオルガンに合わせて、女子と手をつないで放したり、足を交互に斜め前に出して引っ込めたりして円になって回って行く。最後には頬を両の手で包んだまま腰を落とす。その動作が堪らなく恥ずかしい。特別に誰かに見られている訳でもないのに、ひとり赤面する。
それを繰り返し覚え込まされる。上手に出来た子から先生が名前を呼んでいき、踊りの輪から抜けられる。一人、二人とその数が増えていくに連れ、輪が小さくなっていく。まだ名指しされない。焦るうち、輪から外れた男子女子に取り囲まれる形になってくる。今や確実に、特別なものとして見られている。絶体絶命の恥ずかしさ。顔が引き攣り、ますます動きがぎごちなくなる。これが夢であったなら!!
これ以上に地獄を見るのは、音楽の時間の歌唱テスト。一人ずつ皆の前に出て行って、先生のオルガンの横で歌わなければならない。教科書で顔を隠せたなら、まだしも恥じらいの盾の役目にもなるが、空で歌うのが決まり。だからそれは成らない。しかも、テストの順番が後の方であれば、教室内もざわついていて、そのぶん歌のごまかしも効くが、出席簿通り、あいうえお順のトップバッターだ。
残酷なほどに静まりかえった中、学級全員の目に晒される。身体は硬直しているのに脚が震える。人前で独唱させるなんて、恥ずかしがり屋にとっては磔の刑だ。声は掠れて、まさに蚊の鳴くような声。先生がハミングして助けてくれるが何の慰みにもならない。「ウーウ、ウーウ」と歌にならずじまいで、終了。面目丸つぶれ、死ぬほどの辱め
、このまま消えて無くなってしまいたい。
***
公園の隅の小さな菜の花畑に紋白蝶がひらひらしている。中には二匹が忙しなくもつれ合って上へ上へと舞っていく。黄蝶もいる、と見ている間もなく菜の花に交じって、消えたように見えなくなってしまう。
池にはメダカが順序よく群れをなし、ぴん、ぴん、と押し合うようにして一定の距離を行き、また戻って、を繰り返している。ミズスマシは慌ただしく旋回を続け、アメンボが水の上を糸屑のように跳ぶ。
そんな穏やかな水面へ、仲間数人でこぶし大の石をドボンドボン投げ入れ、次々に広がる波紋のぶつかり合いを眺めて手を叩いて喜ぶ。
松の木登りは、腕と根性の見せどころ。曲がって伸びた枝々を足場にして、尖った葉に顔や腕をちくちく刺されるのを我慢、隣の木の仲間より先に上へ上へと目指す。青い空を背景に深緑色の針の葉が細かく散らばり、切り絵のようにきれいだ。下で番をして見上げている仲間が小さくなっている。松ぼっくりや小枝をちぎっては、その顔めがけて落とす。
皆んなで堤防の上に横たわり、そこから一斉にキャッキャッ叫びながら転がり落ちる。先に行く仲間の上に勢いそのままに覆い被さり、弾みでおでことおでこがぶつかって涙を滲ませて笑い転げる。段ボールや板の切れ端が落ちていれば儲けもの。その上に尻を乗せて発進すれば、スピードが加速し’そり’の味を楽しめる。土手上から勢いをつけて川縁まで一気に駆けっこしたり、はしゃぎにはしゃぎ回る。それも、やがて「恐れている時」がやってくる。
「ぼく、帰る」「もう帰るんか。まだええやんか」「ぼくも。早よ帰らな、お母ちゃんに怒られる」「もうちょっと遊んでいけよ」・・・・・・。
ズボンの尻をはたき、仲間が一人、二人と去って行く寂しさ。気が付けば辺りはすっかり夕闇に包まれていて、Nと二人っきり。川風が冷んやりと吹き上がってくる。
Nと途中で別れた後は、いよいよ家まで独り。電信柱の電気傘から小さな電球が顔を出し静かに灯っている。家々の炊事場の格子窓にはぼんやりと黄色い明かりが広がり、おばさんの影が揺れ動くに従ってカチャカチャと茶碗の当たる音がする。足の運びが自然と速まる。
***
日当たりの良い、他所の軒先の牛乳箱の上に「日光写真」を立て掛け、近くの空き地に走る。隅っこに石ころで目印した所の土を払うと、磨りガラスに数個のビー玉の固まりが青白く映っている。いつ見ても美しい、ささやかな宝物。誰にも荒らされておらず、無事を確かめてひと安心。ガラスを親指で丁寧に拭き、心ゆくまで眺めてから土を戻し、石ころを元通りに置く。
軽く掘った土中に、貴重品の白い線模様が入ったビー玉を何個か納め、ガラス片で蓋をして完成。小さな花びらなど一枚添えておくとその色が映えて満点だ。蓋に透明ガラスを使用するのは邪道。それは、ただ単にビー玉がそのまま見えているだけの話で、芸術性が無い。磨りガラスでなければならない。
それよりはるかに芸術的な日光写真、それがいい具合に焼けている頃だ。牛乳箱の上でお日さんをいっぱいに受けて我が宝物がおとなしく待っている。それを大切に取り込み、心躍らせ家に持ち帰る。
手垢がつかないよう慎重に印画紙を指で挟み、「焼き枠」からゆっくりと「種紙」を外して、用意した洗面器の水に素早く浸す。
水に少々の塩を溶かしておけば、白色の部分がより白く仕上がる、という業は当然仕込んである。待つこと二、三分、種紙をひっくり返すと、「マッカーサ元帥」の顔が鮮明になってきて「青写真」の出来上がり。それを乾燥させて、隣町の駄菓子屋に持って行く。
店は、おじさん一人で切り盛りし、皆が持ち寄った日光写真から毎週一~三等を決めて壁に張り出す。競争心を煽られ、順位に合わせた「おまけ」欲しさに、いつも混雑している。
何度目かの応募で「青写真」の部で三等に入ったことがある。載っている自分の作を見たとき、嬉しさより先に不思議に、ここのおっちゃんは見る目があるな、と思った。今回は一等を狙っているが、青と白だけで色のつかない単純な青写真はこれで最後にする。これからは上級生に交じっての「色写真」に挑戦だ。隣町の校区の六年生が、この部門の一等席を独占し続けている。
その人の作品はいつも濃淡のはっきりした独特の色合いで、誰もが名人と認める一方、何か特殊な細工を大人にしてもらっているのでは、との噂も飛び交うほどの見事さだ。今週も一番上に掲示されている、お相撲さんの土俵入りの写真も、落ち着きある色調の中にも躍動感が溢れている。
「さすがにケチのつけようがないな。二等や三等のとは全然色が違うがな。どうしたら、こんな色に仕上がるんかな。見てて気持ちいいやろ」とNに講釈をたれる。Nはあやふやにうなずき、顎で店の入り口を指す。そこに、得意気に仲間と喋り合っている名人の姿がある。
努力と集中力で負けはしない。最高学年の「雲の上の人」と肩を並べる日はきっと来る。「土俵入り」をあらためて眺め、気合いも新たに名人の横を擦り抜ける。
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