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密やかな葬送
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――困惑。疑念。苛立ち。怒り。
ディートフリートの整った顔立ちの上を通り過ぎてゆく感情は、色を溶きすぎた水のように複雑な様相をなす。
ディートフリートはゆらりと首を巡らせて、永遠のように思われた一瞬を切り捨てるように鋭い瞳で私を射貫いた。もしも人を殺せるまなざしがあるならば、きっとこんな色をしているのだろう。
私は努めて平静を装い、ヒルデガルトが慣れ親しんだ笑みを浮かべてテオとクラウディアを迎えた。
「王太子殿下とヒルデガルト姫に御目もじつかまつります。王立騎士団第二師団副団長テオが、バイルシュミット公爵令嬢クラウディア様をお連れしました」
「王太子殿下とヒルデガルト姫に、バイルシュミット公爵令嬢クラウディアがご挨拶申し上げます。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
王族への礼を取ったクラウディアは、私に微笑みかけてくる。
唇を緩めて頷き返した私は、近衛隊長に目配せして椅子を持ってくるよう頼もうとした。しかし、近衛隊長は短くも確かに首を振る。眉を顰めると、丁重な仕種で振り向くよう促される。
そのとき。がしゃんと音が立ち、テーブルが大きく揺れた。
勢いよく立ち上がったディートフリートは、きつく唇を噛んでクラウディアを見つめる。いっそ睨みつけているかのような強さだったけれど、クラウディアは驚きはすれども臆することはなかった。
「ディア。……俺のことが好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか?」
あけすけなことばに、クラウディアは大きな瞳を見開いた。
あ……と思わずこぼれた声を封じるように手のひらで口元を覆い、私とテオをちらりと見遣る。それから、ひそひそと囁いた。
「ちょっと、いきなり何を言うのよ」
「だって、そいつの腕を取っているじゃないか! 俺の腕を取ってくれたことはないくせに」
「エスコートしてもらっただけよ。王太子の腕を取ったら、すぐに噂になってしまうでしょう」
何を言っているのだか。そう呟いたクラウディアは、困ったように私を見た。
目の端で近衛隊長が天を仰いだのに、私はヘルヴェス王が自分でさえ息子に言うことを聞かせるのは難しいと言っていたことを思い出す。
察しの良いテオは、すす、とクラウディアから離れた。
その隙間を埋めるように、ディートフリートが大きく一歩踏み出した。
「確かに、君の父上を説得するのに時間を掛けすぎたのは認めよう。昔の縁談を蒸し返されて見合いの席に参加していることも、力不足だと誹られても仕方ない。でも、俺はきちんと断ったぞ。なのに、わざわざ俺の前にほかの男の腕を取って現れなくたっていいだろう!」
……どう見ても、間違いなく、ディートフリートはものすごく嫉妬している。
私だって、クラウディアをエスコートするテオの姿にもやもやしなかったと言えば嘘になる。でも、さすがにディートフリートほどではない。
これが刺激というものなのかしらと興味深く見守っていると、クラウディアは私の視線に気づいてか、気まずそうに目を伏せる。その仕種をどう誤解したのか、ディートフリートが眉を立てた。
「ディート、今日は話をしに来たの。これから先の話よ。まずは、落ち着いて話を聞いてちょうだい」
「ただでさえ寝不足で考えることも山積みで、宰相は何度説得しても君への求婚に応じない! それどころか、当てつけに爵位すらない騎士と縁談を調えたんだぞ!? その騎士と一緒に君が現れたんだ、落ち着けるわけがない!!」
閑静な四阿に、ディートフリートの声はよく響いた。
びりびりと肌を震わせるほどに大きな声に、私は何度も瞬きをくり返す。ひたすらに驚いていると、テオがくすりと笑んだ。ちらりと見た先で、テオが「いけませんね」と言うように目を伏せる。
はてさてと思っていると、クラウディアがため息する。びくりと肩を震わせたディートフリートは唇を閉ざしたが、クラウディアの声は冷ややかだった。
「……どうしてそんなに人の話が聞けないの。あなたのことは好きよ。でも、そういうところは嫌い。陛下に抗う力を身につけたからと、傲慢になっているのではなくて? それでは父との交渉も上手くいかないはずよね」
私は、人の顔から血の気が引くさまを初めて目の当たりにした。
ディートフリートは、見るからに青ざめていた。見間違いでなければ、嫌いと言われたときにはひどく悲しそうな表情をした。
けれども、クラウディアはそこでやすやすと手を差し伸べることは選ばなかった。
「あなたが頭を冷やしてから話をしましょう。
……ヒルデガルト姫、せっかくこの場を設けてくださったのに、申し訳ございません。また明日登城いたします」
私が首を振ると、クラウディアはすっきりとした表情で小さく頷き、そのままくるりと踵を返した。
ドレスの裾を淑やかに摘まみ、けれども令嬢にあるまじき速度でずんずんと遠ざかっていくクラウディアの背中を呆然と目で追っているディートフリートに、私は声をかける。少々やりすぎてしまったことを気まずく思いながら。
「王太子殿下。その、よろしいのですか?」
たっぷり十数える間、ディートフリートは何も言わなかった。
今更取り繕っても無駄だと思ったのだろう。ディートフリートは、苦々しい表情を隠さない。
「よろしいわけがあるか。……きちんと、明日、席を設ける。そなたの希望を、全面的に呑もう。約束する。だから、行かせてくれないか。今を逃せば、きっと一生後悔する」
ディートフリートは、一言ひとこと噛みしめるように囁いた。
頭の冷えたディートフリートは、私が自分と彼女を入れ替えて婚約相手に提案したかったと悟ってはいるのだろう。私が彼の怒りを刺激しすぎたことも承知だろうが、自分にとって利があると判断してもらえたらしい。
言質を取れたことにほっとして、私は頷いた。
「お約束ですよ。あと……」
「なんだ!?」
今にも駆け出そうとしていたディートフリートは、勢い余って数歩進んでから立ち止まる。
振り向いたその瞳は確かに鋭かったけれど、もう恐ろしくはなかった。
「衣装棚をご覧になったクラウディア様は、涙ぐんでいらっしゃいました。自分好みのドレスばかりだと。……一番綺麗に見えるドレスを選ぶとおっしゃっていたのですよ」
ディートフリートは、一瞬。羞恥と後悔とがない交ぜになった顔をした。
私は、クラウディアが去った方を目で示す。
「どうぞいってらっしゃいませ。私はお茶をいただいてからお部屋に戻ります」
感謝すると短く言い置いたディートフリートを見送って、しばし。
私は、テオとともに静かに歩み寄ってきた近衛隊長を迎える。唇の端をむずむずと震わせた近衛隊長は、結局笑いを堪えきれなかったようで、ごほごほとごまかすように咳き込んだ。
「……失礼。見事なご手腕でした。部下には、バイルシュミット公爵令嬢を足止めするよう言いつけておきましたので、無事に追いつかれることでしょう」
「なら良かった。私としては、この場で交渉をする予定だったのよ。刺激しすぎてしまったわ」
「王太子殿下は優秀な方ですが、二度諦めたはずの恋に関してだけは冷静でいられないのです。三日ほど、ほとんど眠っていなかったせいもあるでしょうがね。甘いと言われるかもしれませんが、お仕えする身としては人間らしくて結構だと思っています」
しかし。そう言ってため息した近衛隊長は、言いづらそうに目を伏せた。
「あの勢いです。おそらく、王太子殿下とのお話は明日のことにはならないかと存じます。お嬢様には恐れ入りますが、先に陛下とお話をしていただくことになるでしょう」
首を捻った私とは反対にテオは察しがついたようで、ああ……と頷いて理解を示す。
私がいったいどういうことなのか理解したのは、翌日いやにご機嫌なヘルヴェス王からご丁寧に説かれからのことだった。
私がディートフリートとクラウディアと再び会うのは、それから二日は後のことで。
詫びを告げたクラウディアが真っ赤になったまましばらく顔を上げられないでいたのは気の毒ではあったけれど、幸せそうでもあった。
そうして、私はヘルヴェス王とディートフリートの双方に、思っていた以上の好条件でヒルデガルトを売ることができたのだった。
滞在が十日を超えた頃、ヘルヴェスの王都は突如として出された触れの話でもちきりだった。
――金髪もしくは緑眼の、十八~二十歳の移民の娘は名乗り出よ。王家が探し求める出自に該当しなければ、客人として遇した後に家に帰すことを約束しよう。尚、その期間を理由に移民の職を解こうとした雇用主には厳罰を処す。
奇妙な触れに困惑しながらも城に集められた移民たちは、役人による簡単な面会の後、まるで貴族のようなもてなしを受けただけで速やかに返された。良い夢を見たという移民たちの話を聞いた人々は首を傾げたものの、追って出された触れになるほど? と頷くことになる。
――ある日ヘルヴェス王のもとに、かつて王太子の婚約者候補だった亡き国の王女からの手紙が届けられた。
移民として市井に身を隠していた王女は、この八年平穏に暮らせたことに恩義を感じ、ヘルヴェス王に礼をしたいと考えたという。王家が探し当てたときには既に亡国の王女は病で事切れており、ヘルヴェス王は彼女の遺品を引き取り、葬儀を執り行った。
亡国の王女へ祈りを捧げてほしいということばで結ばれた触れを聞いた人々は、陛下はなんて慈悲深いのだろうと噂し、王のために見知らぬ王女に短い祈りを捧げた。
とはいえ。
ヘルヴェスの民にとって、縁の薄い王女は深い関心の対象ではない。
それよりも、幼い頃に王太子の婚約者だった公爵令嬢が城に滞在するようになったことのほうが、ヘルヴェスの人々にとっては重要だった。
ご婚約の報せがでるのではといまかいまかと待ちわびる人々の期待と日常に押し流されるようにして、ヒルデガルトは密やかに葬られたのだった。
――結局のところ、私の滞在は七日では到底収まらなかった。
すべてを終えて私たちの家に戻ることができたのは、城に連れてこられてから一月ほど経った日のことである。
ディートフリートの整った顔立ちの上を通り過ぎてゆく感情は、色を溶きすぎた水のように複雑な様相をなす。
ディートフリートはゆらりと首を巡らせて、永遠のように思われた一瞬を切り捨てるように鋭い瞳で私を射貫いた。もしも人を殺せるまなざしがあるならば、きっとこんな色をしているのだろう。
私は努めて平静を装い、ヒルデガルトが慣れ親しんだ笑みを浮かべてテオとクラウディアを迎えた。
「王太子殿下とヒルデガルト姫に御目もじつかまつります。王立騎士団第二師団副団長テオが、バイルシュミット公爵令嬢クラウディア様をお連れしました」
「王太子殿下とヒルデガルト姫に、バイルシュミット公爵令嬢クラウディアがご挨拶申し上げます。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
王族への礼を取ったクラウディアは、私に微笑みかけてくる。
唇を緩めて頷き返した私は、近衛隊長に目配せして椅子を持ってくるよう頼もうとした。しかし、近衛隊長は短くも確かに首を振る。眉を顰めると、丁重な仕種で振り向くよう促される。
そのとき。がしゃんと音が立ち、テーブルが大きく揺れた。
勢いよく立ち上がったディートフリートは、きつく唇を噛んでクラウディアを見つめる。いっそ睨みつけているかのような強さだったけれど、クラウディアは驚きはすれども臆することはなかった。
「ディア。……俺のことが好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか?」
あけすけなことばに、クラウディアは大きな瞳を見開いた。
あ……と思わずこぼれた声を封じるように手のひらで口元を覆い、私とテオをちらりと見遣る。それから、ひそひそと囁いた。
「ちょっと、いきなり何を言うのよ」
「だって、そいつの腕を取っているじゃないか! 俺の腕を取ってくれたことはないくせに」
「エスコートしてもらっただけよ。王太子の腕を取ったら、すぐに噂になってしまうでしょう」
何を言っているのだか。そう呟いたクラウディアは、困ったように私を見た。
目の端で近衛隊長が天を仰いだのに、私はヘルヴェス王が自分でさえ息子に言うことを聞かせるのは難しいと言っていたことを思い出す。
察しの良いテオは、すす、とクラウディアから離れた。
その隙間を埋めるように、ディートフリートが大きく一歩踏み出した。
「確かに、君の父上を説得するのに時間を掛けすぎたのは認めよう。昔の縁談を蒸し返されて見合いの席に参加していることも、力不足だと誹られても仕方ない。でも、俺はきちんと断ったぞ。なのに、わざわざ俺の前にほかの男の腕を取って現れなくたっていいだろう!」
……どう見ても、間違いなく、ディートフリートはものすごく嫉妬している。
私だって、クラウディアをエスコートするテオの姿にもやもやしなかったと言えば嘘になる。でも、さすがにディートフリートほどではない。
これが刺激というものなのかしらと興味深く見守っていると、クラウディアは私の視線に気づいてか、気まずそうに目を伏せる。その仕種をどう誤解したのか、ディートフリートが眉を立てた。
「ディート、今日は話をしに来たの。これから先の話よ。まずは、落ち着いて話を聞いてちょうだい」
「ただでさえ寝不足で考えることも山積みで、宰相は何度説得しても君への求婚に応じない! それどころか、当てつけに爵位すらない騎士と縁談を調えたんだぞ!? その騎士と一緒に君が現れたんだ、落ち着けるわけがない!!」
閑静な四阿に、ディートフリートの声はよく響いた。
びりびりと肌を震わせるほどに大きな声に、私は何度も瞬きをくり返す。ひたすらに驚いていると、テオがくすりと笑んだ。ちらりと見た先で、テオが「いけませんね」と言うように目を伏せる。
はてさてと思っていると、クラウディアがため息する。びくりと肩を震わせたディートフリートは唇を閉ざしたが、クラウディアの声は冷ややかだった。
「……どうしてそんなに人の話が聞けないの。あなたのことは好きよ。でも、そういうところは嫌い。陛下に抗う力を身につけたからと、傲慢になっているのではなくて? それでは父との交渉も上手くいかないはずよね」
私は、人の顔から血の気が引くさまを初めて目の当たりにした。
ディートフリートは、見るからに青ざめていた。見間違いでなければ、嫌いと言われたときにはひどく悲しそうな表情をした。
けれども、クラウディアはそこでやすやすと手を差し伸べることは選ばなかった。
「あなたが頭を冷やしてから話をしましょう。
……ヒルデガルト姫、せっかくこの場を設けてくださったのに、申し訳ございません。また明日登城いたします」
私が首を振ると、クラウディアはすっきりとした表情で小さく頷き、そのままくるりと踵を返した。
ドレスの裾を淑やかに摘まみ、けれども令嬢にあるまじき速度でずんずんと遠ざかっていくクラウディアの背中を呆然と目で追っているディートフリートに、私は声をかける。少々やりすぎてしまったことを気まずく思いながら。
「王太子殿下。その、よろしいのですか?」
たっぷり十数える間、ディートフリートは何も言わなかった。
今更取り繕っても無駄だと思ったのだろう。ディートフリートは、苦々しい表情を隠さない。
「よろしいわけがあるか。……きちんと、明日、席を設ける。そなたの希望を、全面的に呑もう。約束する。だから、行かせてくれないか。今を逃せば、きっと一生後悔する」
ディートフリートは、一言ひとこと噛みしめるように囁いた。
頭の冷えたディートフリートは、私が自分と彼女を入れ替えて婚約相手に提案したかったと悟ってはいるのだろう。私が彼の怒りを刺激しすぎたことも承知だろうが、自分にとって利があると判断してもらえたらしい。
言質を取れたことにほっとして、私は頷いた。
「お約束ですよ。あと……」
「なんだ!?」
今にも駆け出そうとしていたディートフリートは、勢い余って数歩進んでから立ち止まる。
振り向いたその瞳は確かに鋭かったけれど、もう恐ろしくはなかった。
「衣装棚をご覧になったクラウディア様は、涙ぐんでいらっしゃいました。自分好みのドレスばかりだと。……一番綺麗に見えるドレスを選ぶとおっしゃっていたのですよ」
ディートフリートは、一瞬。羞恥と後悔とがない交ぜになった顔をした。
私は、クラウディアが去った方を目で示す。
「どうぞいってらっしゃいませ。私はお茶をいただいてからお部屋に戻ります」
感謝すると短く言い置いたディートフリートを見送って、しばし。
私は、テオとともに静かに歩み寄ってきた近衛隊長を迎える。唇の端をむずむずと震わせた近衛隊長は、結局笑いを堪えきれなかったようで、ごほごほとごまかすように咳き込んだ。
「……失礼。見事なご手腕でした。部下には、バイルシュミット公爵令嬢を足止めするよう言いつけておきましたので、無事に追いつかれることでしょう」
「なら良かった。私としては、この場で交渉をする予定だったのよ。刺激しすぎてしまったわ」
「王太子殿下は優秀な方ですが、二度諦めたはずの恋に関してだけは冷静でいられないのです。三日ほど、ほとんど眠っていなかったせいもあるでしょうがね。甘いと言われるかもしれませんが、お仕えする身としては人間らしくて結構だと思っています」
しかし。そう言ってため息した近衛隊長は、言いづらそうに目を伏せた。
「あの勢いです。おそらく、王太子殿下とのお話は明日のことにはならないかと存じます。お嬢様には恐れ入りますが、先に陛下とお話をしていただくことになるでしょう」
首を捻った私とは反対にテオは察しがついたようで、ああ……と頷いて理解を示す。
私がいったいどういうことなのか理解したのは、翌日いやにご機嫌なヘルヴェス王からご丁寧に説かれからのことだった。
私がディートフリートとクラウディアと再び会うのは、それから二日は後のことで。
詫びを告げたクラウディアが真っ赤になったまましばらく顔を上げられないでいたのは気の毒ではあったけれど、幸せそうでもあった。
そうして、私はヘルヴェス王とディートフリートの双方に、思っていた以上の好条件でヒルデガルトを売ることができたのだった。
滞在が十日を超えた頃、ヘルヴェスの王都は突如として出された触れの話でもちきりだった。
――金髪もしくは緑眼の、十八~二十歳の移民の娘は名乗り出よ。王家が探し求める出自に該当しなければ、客人として遇した後に家に帰すことを約束しよう。尚、その期間を理由に移民の職を解こうとした雇用主には厳罰を処す。
奇妙な触れに困惑しながらも城に集められた移民たちは、役人による簡単な面会の後、まるで貴族のようなもてなしを受けただけで速やかに返された。良い夢を見たという移民たちの話を聞いた人々は首を傾げたものの、追って出された触れになるほど? と頷くことになる。
――ある日ヘルヴェス王のもとに、かつて王太子の婚約者候補だった亡き国の王女からの手紙が届けられた。
移民として市井に身を隠していた王女は、この八年平穏に暮らせたことに恩義を感じ、ヘルヴェス王に礼をしたいと考えたという。王家が探し当てたときには既に亡国の王女は病で事切れており、ヘルヴェス王は彼女の遺品を引き取り、葬儀を執り行った。
亡国の王女へ祈りを捧げてほしいということばで結ばれた触れを聞いた人々は、陛下はなんて慈悲深いのだろうと噂し、王のために見知らぬ王女に短い祈りを捧げた。
とはいえ。
ヘルヴェスの民にとって、縁の薄い王女は深い関心の対象ではない。
それよりも、幼い頃に王太子の婚約者だった公爵令嬢が城に滞在するようになったことのほうが、ヘルヴェスの人々にとっては重要だった。
ご婚約の報せがでるのではといまかいまかと待ちわびる人々の期待と日常に押し流されるようにして、ヒルデガルトは密やかに葬られたのだった。
――結局のところ、私の滞在は七日では到底収まらなかった。
すべてを終えて私たちの家に戻ることができたのは、城に連れてこられてから一月ほど経った日のことである。
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『偽りの姫〜』が良すぎて幸せな余韻に浸りながらこちらを読み始めたのですが、切なさと二人がお互いを思う気持ちの愛おしさに胸がいっぱいです。テオがセシルの望みを勝手に推測して、これが幸せだと差し出したくないと言った言葉から深い愛情が伝わってきてたまらなくなったり、「ひそやかな誓い」で気づいたら膝に乗せられていた場面ではついニコニコしてしまったり…。続きも楽しみにしております。