19 / 20
密やかな葬送
しおりを挟む
――困惑。疑念。苛立ち。怒り。
ディートフリートの整った顔立ちの上を通り過ぎてゆく感情は、色を溶きすぎた水のように複雑な様相をなす。
ディートフリートはゆらりと首を巡らせて、永遠のように思われた一瞬を切り捨てるように鋭い瞳で私を射貫いた。もしも人を殺せるまなざしがあるならば、きっとこんな色をしているのだろう。
私は努めて平静を装い、ヒルデガルトが慣れ親しんだ笑みを浮かべてテオとクラウディアを迎えた。
「王太子殿下とヒルデガルト姫に御目もじつかまつります。王立騎士団第二師団副団長テオが、バイルシュミット公爵令嬢クラウディア様をお連れしました」
「王太子殿下とヒルデガルト姫に、バイルシュミット公爵令嬢クラウディアがご挨拶申し上げます。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
王族への礼を取ったクラウディアは、私に微笑みかけてくる。
唇を緩めて頷き返した私は、近衛隊長に目配せして椅子を持ってくるよう頼もうとした。しかし、近衛隊長は短くも確かに首を振る。眉を顰めると、丁重な仕種で振り向くよう促される。
そのとき。がしゃんと音が立ち、テーブルが大きく揺れた。
勢いよく立ち上がったディートフリートは、きつく唇を噛んでクラウディアを見つめる。いっそ睨みつけているかのような強さだったけれど、クラウディアは驚きはすれども臆することはなかった。
「ディア。……俺のことが好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか?」
あけすけなことばに、クラウディアは大きな瞳を見開いた。
あ……と思わずこぼれた声を封じるように手のひらで口元を覆い、私とテオをちらりと見遣る。それから、ひそひそと囁いた。
「ちょっと、いきなり何を言うのよ」
「だって、そいつの腕を取っているじゃないか! 俺の腕を取ってくれたことはないくせに」
「エスコートしてもらっただけよ。王太子の腕を取ったら、すぐに噂になってしまうでしょう」
何を言っているのだか。そう呟いたクラウディアは、困ったように私を見た。
目の端で近衛隊長が天を仰いだのに、私はヘルヴェス王が自分でさえ息子に言うことを聞かせるのは難しいと言っていたことを思い出す。
察しの良いテオは、すす、とクラウディアから離れた。
その隙間を埋めるように、ディートフリートが大きく一歩踏み出した。
「確かに、君の父上を説得するのに時間を掛けすぎたのは認めよう。昔の縁談を蒸し返されて見合いの席に参加していることも、力不足だと誹られても仕方ない。でも、俺はきちんと断ったぞ。なのに、わざわざ俺の前にほかの男の腕を取って現れなくたっていいだろう!」
……どう見ても、間違いなく、ディートフリートはものすごく嫉妬している。
私だって、クラウディアをエスコートするテオの姿にもやもやしなかったと言えば嘘になる。でも、さすがにディートフリートほどではない。
これが刺激というものなのかしらと興味深く見守っていると、クラウディアは私の視線に気づいてか、気まずそうに目を伏せる。その仕種をどう誤解したのか、ディートフリートが眉を立てた。
「ディート、今日は話をしに来たの。これから先の話よ。まずは、落ち着いて話を聞いてちょうだい」
「ただでさえ寝不足で考えることも山積みで、宰相は何度説得しても君への求婚に応じない! それどころか、当てつけに爵位すらない騎士と縁談を調えたんだぞ!? その騎士と一緒に君が現れたんだ、落ち着けるわけがない!!」
閑静な四阿に、ディートフリートの声はよく響いた。
びりびりと肌を震わせるほどに大きな声に、私は何度も瞬きをくり返す。ひたすらに驚いていると、テオがくすりと笑んだ。ちらりと見た先で、テオが「いけませんね」と言うように目を伏せる。
はてさてと思っていると、クラウディアがため息する。びくりと肩を震わせたディートフリートは唇を閉ざしたが、クラウディアの声は冷ややかだった。
「……どうしてそんなに人の話が聞けないの。あなたのことは好きよ。でも、そういうところは嫌い。陛下に抗う力を身につけたからと、傲慢になっているのではなくて? それでは父との交渉も上手くいかないはずよね」
私は、人の顔から血の気が引くさまを初めて目の当たりにした。
ディートフリートは、見るからに青ざめていた。見間違いでなければ、嫌いと言われたときにはひどく悲しそうな表情をした。
けれども、クラウディアはそこでやすやすと手を差し伸べることは選ばなかった。
「あなたが頭を冷やしてから話をしましょう。
……ヒルデガルト姫、せっかくこの場を設けてくださったのに、申し訳ございません。また明日登城いたします」
私が首を振ると、クラウディアはすっきりとした表情で小さく頷き、そのままくるりと踵を返した。
ドレスの裾を淑やかに摘まみ、けれども令嬢にあるまじき速度でずんずんと遠ざかっていくクラウディアの背中を呆然と目で追っているディートフリートに、私は声をかける。少々やりすぎてしまったことを気まずく思いながら。
「王太子殿下。その、よろしいのですか?」
たっぷり十数える間、ディートフリートは何も言わなかった。
今更取り繕っても無駄だと思ったのだろう。ディートフリートは、苦々しい表情を隠さない。
「よろしいわけがあるか。……きちんと、明日、席を設ける。そなたの希望を、全面的に呑もう。約束する。だから、行かせてくれないか。今を逃せば、きっと一生後悔する」
ディートフリートは、一言ひとこと噛みしめるように囁いた。
頭の冷えたディートフリートは、私が自分と彼女を入れ替えて婚約相手に提案したかったと悟ってはいるのだろう。私が彼の怒りを刺激しすぎたことも承知だろうが、自分にとって利があると判断してもらえたらしい。
言質を取れたことにほっとして、私は頷いた。
「お約束ですよ。あと……」
「なんだ!?」
今にも駆け出そうとしていたディートフリートは、勢い余って数歩進んでから立ち止まる。
振り向いたその瞳は確かに鋭かったけれど、もう恐ろしくはなかった。
「衣装棚をご覧になったクラウディア様は、涙ぐんでいらっしゃいました。自分好みのドレスばかりだと。……一番綺麗に見えるドレスを選ぶとおっしゃっていたのですよ」
ディートフリートは、一瞬。羞恥と後悔とがない交ぜになった顔をした。
私は、クラウディアが去った方を目で示す。
「どうぞいってらっしゃいませ。私はお茶をいただいてからお部屋に戻ります」
感謝すると短く言い置いたディートフリートを見送って、しばし。
私は、テオとともに静かに歩み寄ってきた近衛隊長を迎える。唇の端をむずむずと震わせた近衛隊長は、結局笑いを堪えきれなかったようで、ごほごほとごまかすように咳き込んだ。
「……失礼。見事なご手腕でした。部下には、バイルシュミット公爵令嬢を足止めするよう言いつけておきましたので、無事に追いつかれることでしょう」
「なら良かった。私としては、この場で交渉をする予定だったのよ。刺激しすぎてしまったわ」
「王太子殿下は優秀な方ですが、二度諦めたはずの恋に関してだけは冷静でいられないのです。三日ほど、ほとんど眠っていなかったせいもあるでしょうがね。甘いと言われるかもしれませんが、お仕えする身としては人間らしくて結構だと思っています」
しかし。そう言ってため息した近衛隊長は、言いづらそうに目を伏せた。
「あの勢いです。おそらく、王太子殿下とのお話は明日のことにはならないかと存じます。お嬢様には恐れ入りますが、先に陛下とお話をしていただくことになるでしょう」
首を捻った私とは反対にテオは察しがついたようで、ああ……と頷いて理解を示す。
私がいったいどういうことなのか理解したのは、翌日いやにご機嫌なヘルヴェス王からご丁寧に説かれからのことだった。
私がディートフリートとクラウディアと再び会うのは、それから二日は後のことで。
詫びを告げたクラウディアが真っ赤になったまましばらく顔を上げられないでいたのは気の毒ではあったけれど、幸せそうでもあった。
そうして、私はヘルヴェス王とディートフリートの双方に、思っていた以上の好条件でヒルデガルトを売ることができたのだった。
滞在が十日を超えた頃、ヘルヴェスの王都は突如として出された触れの話でもちきりだった。
――金髪もしくは緑眼の、十八~二十歳の移民の娘は名乗り出よ。王家が探し求める出自に該当しなければ、客人として遇した後に家に帰すことを約束しよう。尚、その期間を理由に移民の職を解こうとした雇用主には厳罰を処す。
奇妙な触れに困惑しながらも城に集められた移民たちは、役人による簡単な面会の後、まるで貴族のようなもてなしを受けただけで速やかに返された。良い夢を見たという移民たちの話を聞いた人々は首を傾げたものの、追って出された触れになるほど? と頷くことになる。
――ある日ヘルヴェス王のもとに、かつて王太子の婚約者候補だった亡き国の王女からの手紙が届けられた。
移民として市井に身を隠していた王女は、この八年平穏に暮らせたことに恩義を感じ、ヘルヴェス王に礼をしたいと考えたという。王家が探し当てたときには既に亡国の王女は病で事切れており、ヘルヴェス王は彼女の遺品を引き取り、葬儀を執り行った。
亡国の王女へ祈りを捧げてほしいということばで結ばれた触れを聞いた人々は、陛下はなんて慈悲深いのだろうと噂し、王のために見知らぬ王女に短い祈りを捧げた。
とはいえ。
ヘルヴェスの民にとって、縁の薄い王女は深い関心の対象ではない。
それよりも、幼い頃に王太子の婚約者だった公爵令嬢が城に滞在するようになったことのほうが、ヘルヴェスの人々にとっては重要だった。
ご婚約の報せがでるのではといまかいまかと待ちわびる人々の期待と日常に押し流されるようにして、ヒルデガルトは密やかに葬られたのだった。
――結局のところ、私の滞在は七日では到底収まらなかった。
すべてを終えて私たちの家に戻ることができたのは、城に連れてこられてから一月ほど経った日のことである。
ディートフリートの整った顔立ちの上を通り過ぎてゆく感情は、色を溶きすぎた水のように複雑な様相をなす。
ディートフリートはゆらりと首を巡らせて、永遠のように思われた一瞬を切り捨てるように鋭い瞳で私を射貫いた。もしも人を殺せるまなざしがあるならば、きっとこんな色をしているのだろう。
私は努めて平静を装い、ヒルデガルトが慣れ親しんだ笑みを浮かべてテオとクラウディアを迎えた。
「王太子殿下とヒルデガルト姫に御目もじつかまつります。王立騎士団第二師団副団長テオが、バイルシュミット公爵令嬢クラウディア様をお連れしました」
「王太子殿下とヒルデガルト姫に、バイルシュミット公爵令嬢クラウディアがご挨拶申し上げます。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
王族への礼を取ったクラウディアは、私に微笑みかけてくる。
唇を緩めて頷き返した私は、近衛隊長に目配せして椅子を持ってくるよう頼もうとした。しかし、近衛隊長は短くも確かに首を振る。眉を顰めると、丁重な仕種で振り向くよう促される。
そのとき。がしゃんと音が立ち、テーブルが大きく揺れた。
勢いよく立ち上がったディートフリートは、きつく唇を噛んでクラウディアを見つめる。いっそ睨みつけているかのような強さだったけれど、クラウディアは驚きはすれども臆することはなかった。
「ディア。……俺のことが好きだと言ってくれたのは、嘘だったのか?」
あけすけなことばに、クラウディアは大きな瞳を見開いた。
あ……と思わずこぼれた声を封じるように手のひらで口元を覆い、私とテオをちらりと見遣る。それから、ひそひそと囁いた。
「ちょっと、いきなり何を言うのよ」
「だって、そいつの腕を取っているじゃないか! 俺の腕を取ってくれたことはないくせに」
「エスコートしてもらっただけよ。王太子の腕を取ったら、すぐに噂になってしまうでしょう」
何を言っているのだか。そう呟いたクラウディアは、困ったように私を見た。
目の端で近衛隊長が天を仰いだのに、私はヘルヴェス王が自分でさえ息子に言うことを聞かせるのは難しいと言っていたことを思い出す。
察しの良いテオは、すす、とクラウディアから離れた。
その隙間を埋めるように、ディートフリートが大きく一歩踏み出した。
「確かに、君の父上を説得するのに時間を掛けすぎたのは認めよう。昔の縁談を蒸し返されて見合いの席に参加していることも、力不足だと誹られても仕方ない。でも、俺はきちんと断ったぞ。なのに、わざわざ俺の前にほかの男の腕を取って現れなくたっていいだろう!」
……どう見ても、間違いなく、ディートフリートはものすごく嫉妬している。
私だって、クラウディアをエスコートするテオの姿にもやもやしなかったと言えば嘘になる。でも、さすがにディートフリートほどではない。
これが刺激というものなのかしらと興味深く見守っていると、クラウディアは私の視線に気づいてか、気まずそうに目を伏せる。その仕種をどう誤解したのか、ディートフリートが眉を立てた。
「ディート、今日は話をしに来たの。これから先の話よ。まずは、落ち着いて話を聞いてちょうだい」
「ただでさえ寝不足で考えることも山積みで、宰相は何度説得しても君への求婚に応じない! それどころか、当てつけに爵位すらない騎士と縁談を調えたんだぞ!? その騎士と一緒に君が現れたんだ、落ち着けるわけがない!!」
閑静な四阿に、ディートフリートの声はよく響いた。
びりびりと肌を震わせるほどに大きな声に、私は何度も瞬きをくり返す。ひたすらに驚いていると、テオがくすりと笑んだ。ちらりと見た先で、テオが「いけませんね」と言うように目を伏せる。
はてさてと思っていると、クラウディアがため息する。びくりと肩を震わせたディートフリートは唇を閉ざしたが、クラウディアの声は冷ややかだった。
「……どうしてそんなに人の話が聞けないの。あなたのことは好きよ。でも、そういうところは嫌い。陛下に抗う力を身につけたからと、傲慢になっているのではなくて? それでは父との交渉も上手くいかないはずよね」
私は、人の顔から血の気が引くさまを初めて目の当たりにした。
ディートフリートは、見るからに青ざめていた。見間違いでなければ、嫌いと言われたときにはひどく悲しそうな表情をした。
けれども、クラウディアはそこでやすやすと手を差し伸べることは選ばなかった。
「あなたが頭を冷やしてから話をしましょう。
……ヒルデガルト姫、せっかくこの場を設けてくださったのに、申し訳ございません。また明日登城いたします」
私が首を振ると、クラウディアはすっきりとした表情で小さく頷き、そのままくるりと踵を返した。
ドレスの裾を淑やかに摘まみ、けれども令嬢にあるまじき速度でずんずんと遠ざかっていくクラウディアの背中を呆然と目で追っているディートフリートに、私は声をかける。少々やりすぎてしまったことを気まずく思いながら。
「王太子殿下。その、よろしいのですか?」
たっぷり十数える間、ディートフリートは何も言わなかった。
今更取り繕っても無駄だと思ったのだろう。ディートフリートは、苦々しい表情を隠さない。
「よろしいわけがあるか。……きちんと、明日、席を設ける。そなたの希望を、全面的に呑もう。約束する。だから、行かせてくれないか。今を逃せば、きっと一生後悔する」
ディートフリートは、一言ひとこと噛みしめるように囁いた。
頭の冷えたディートフリートは、私が自分と彼女を入れ替えて婚約相手に提案したかったと悟ってはいるのだろう。私が彼の怒りを刺激しすぎたことも承知だろうが、自分にとって利があると判断してもらえたらしい。
言質を取れたことにほっとして、私は頷いた。
「お約束ですよ。あと……」
「なんだ!?」
今にも駆け出そうとしていたディートフリートは、勢い余って数歩進んでから立ち止まる。
振り向いたその瞳は確かに鋭かったけれど、もう恐ろしくはなかった。
「衣装棚をご覧になったクラウディア様は、涙ぐんでいらっしゃいました。自分好みのドレスばかりだと。……一番綺麗に見えるドレスを選ぶとおっしゃっていたのですよ」
ディートフリートは、一瞬。羞恥と後悔とがない交ぜになった顔をした。
私は、クラウディアが去った方を目で示す。
「どうぞいってらっしゃいませ。私はお茶をいただいてからお部屋に戻ります」
感謝すると短く言い置いたディートフリートを見送って、しばし。
私は、テオとともに静かに歩み寄ってきた近衛隊長を迎える。唇の端をむずむずと震わせた近衛隊長は、結局笑いを堪えきれなかったようで、ごほごほとごまかすように咳き込んだ。
「……失礼。見事なご手腕でした。部下には、バイルシュミット公爵令嬢を足止めするよう言いつけておきましたので、無事に追いつかれることでしょう」
「なら良かった。私としては、この場で交渉をする予定だったのよ。刺激しすぎてしまったわ」
「王太子殿下は優秀な方ですが、二度諦めたはずの恋に関してだけは冷静でいられないのです。三日ほど、ほとんど眠っていなかったせいもあるでしょうがね。甘いと言われるかもしれませんが、お仕えする身としては人間らしくて結構だと思っています」
しかし。そう言ってため息した近衛隊長は、言いづらそうに目を伏せた。
「あの勢いです。おそらく、王太子殿下とのお話は明日のことにはならないかと存じます。お嬢様には恐れ入りますが、先に陛下とお話をしていただくことになるでしょう」
首を捻った私とは反対にテオは察しがついたようで、ああ……と頷いて理解を示す。
私がいったいどういうことなのか理解したのは、翌日いやにご機嫌なヘルヴェス王からご丁寧に説かれからのことだった。
私がディートフリートとクラウディアと再び会うのは、それから二日は後のことで。
詫びを告げたクラウディアが真っ赤になったまましばらく顔を上げられないでいたのは気の毒ではあったけれど、幸せそうでもあった。
そうして、私はヘルヴェス王とディートフリートの双方に、思っていた以上の好条件でヒルデガルトを売ることができたのだった。
滞在が十日を超えた頃、ヘルヴェスの王都は突如として出された触れの話でもちきりだった。
――金髪もしくは緑眼の、十八~二十歳の移民の娘は名乗り出よ。王家が探し求める出自に該当しなければ、客人として遇した後に家に帰すことを約束しよう。尚、その期間を理由に移民の職を解こうとした雇用主には厳罰を処す。
奇妙な触れに困惑しながらも城に集められた移民たちは、役人による簡単な面会の後、まるで貴族のようなもてなしを受けただけで速やかに返された。良い夢を見たという移民たちの話を聞いた人々は首を傾げたものの、追って出された触れになるほど? と頷くことになる。
――ある日ヘルヴェス王のもとに、かつて王太子の婚約者候補だった亡き国の王女からの手紙が届けられた。
移民として市井に身を隠していた王女は、この八年平穏に暮らせたことに恩義を感じ、ヘルヴェス王に礼をしたいと考えたという。王家が探し当てたときには既に亡国の王女は病で事切れており、ヘルヴェス王は彼女の遺品を引き取り、葬儀を執り行った。
亡国の王女へ祈りを捧げてほしいということばで結ばれた触れを聞いた人々は、陛下はなんて慈悲深いのだろうと噂し、王のために見知らぬ王女に短い祈りを捧げた。
とはいえ。
ヘルヴェスの民にとって、縁の薄い王女は深い関心の対象ではない。
それよりも、幼い頃に王太子の婚約者だった公爵令嬢が城に滞在するようになったことのほうが、ヘルヴェスの人々にとっては重要だった。
ご婚約の報せがでるのではといまかいまかと待ちわびる人々の期待と日常に押し流されるようにして、ヒルデガルトは密やかに葬られたのだった。
――結局のところ、私の滞在は七日では到底収まらなかった。
すべてを終えて私たちの家に戻ることができたのは、城に連れてこられてから一月ほど経った日のことである。
0
あなたにおすすめの小説
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる