短編集

ゆゆ

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先生

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「ねぇ、先生」

机に肘を突き頬を手で支えながら船を漕ぐ先生に小さな声で話し掛ける。
伸びた無精髭に少し触れてみる
チクチクとした感覚が指先から体中に広がる。
それはまるで毒が体に回ってゆくみたいに。
最後に一番胸が痛み少し息を苦しくさせた。

「私、好きだったんだよ。」

あの日からずっと。





「私、今日こそ先生に好きって言ってくる!」

私は勢い良く立ち上がり友達にそう宣言する
立ち上がった振動により、シャープペンシルがコロコロと机から転がり落ちた。
それに気づいた友達は問題を解く手を止めシャープペンシルを拾おうと身を屈める。
それにより少し苦しげになったくぐもった声で言葉を返す。

「いい、んじゃない。次いでに仲良くなってテストの答え聞いてきて」

シャープペンシルを拾った彼女は私を見上げ少し茶化すように笑い、それを手渡してくれる。

「御守り。」
「御守りって、私のじゃん」

クスクスと笑いながら胸ポケットにシャープペンシルを差し込み教科書を手に取る。
釣られたように笑いながら“行ってらっしゃい”なんて言ってくれる友達に感謝をしながら教室を飛び出した。





旧視聴覚室の前で大きく深呼吸をする。
何度も会話をした事のある相手だけどやっぱり多少の緊張はする。
いや。実はめちゃくちゃ緊張してる。
告白する、なんて決めたけど、そんな勇気、湧くかな。
意を決して扉を勢い良く開く。

「せんせー?」

呼びかけながら中を見渡すと先生はコーヒーを片手にスマホを見ていた。
こちらに気づきスマホを裏向けで起きこちらを見上げる

「おお、八代。どうした?」

低く優しい声で問いかけられ心臓が大きく跳ねた。

「べ、勉強、教えて欲しくて……!」

自分の心音で聞こえないせいで声が大きくなる

「ああ、テスト前の付け焼き刃な。入って来れば?」

意地悪な事を言いながら立ち上がる彼。
私はゆっくりと旧視聴覚室に入りながら後ろ手に扉を締める。

「コーヒーでいい?ああ、お前。甘いのが好きだっけか、コーヒー牛乳にしてやるよ」

そんな小さな好みさえ覚えてくれてる事に内心喜びながら小さく頷く。
先生の横に腰かければ眼前に湯気を立てる優しい色をした甘いコーヒーが置かれた。
隣りに座る時にふわりと苦いタバコの香りが鼻を掠めた。

「んで?何がわからないの?」

広げた教科書を覗き込めば、私の顔に顔が近づく。
ああもう。耐えられるかな。
“最近、老眼っぽくってな”なんて漏らしながら掛けたメガネの姿に思わず見蕩れてしまう。

「どういう問題を、いっぱい出すのかなー、って……。」
「は?教えるかよ。ちなみにヤマ張っても無駄だからな」

ニヤニヤと口元を歪める姿に小さく笑う。
まるでイタズラをする子供みたいで可愛い。

「なら、古典の要点纏めたいから、そこだけ教えてよ」
「古典か。いいよ。」

そう漏らしコーヒーを1口飲み下し説明を始める先生。
漏れ出る吐息に混じるコーヒーとタバコの大人な香りに自分と彼の距離を再び知る。
思わず見つめればおでこ同士がぶつかった。

「あ、ごめん。……って、聞いてる?」
「……好き」

思わず漏れた声に彼は驚いた顔をする。

「何が?」
「あなたが。」
「……は?誰が、誰を?」
「私が……先生を。」
「……どの?」
「あなた。中田康博がだいす……」

言いかけた言葉は唇によって塞がれた。
驚き瞳を合わせ見つめれば唇が離れた。

「……いいの?」

そう問われ小さく頷けば並んでいた椅子に押し倒された。
揺れる白衣を脱ぎながら先生、いや、彼は再び唇を重ねた。
何度も何度も唇を包むように食むキスは余りにも甘くて優しくて涙が溢れてしまう。
そのキスは徐々に激しさを増し舌を触れ合わせる行為に変わる。
私の口から小さく吐息が漏れ出る。
彼は指先で私の体をなぞりながら制服のボタンを外してゆく。
それに身を任せながら熱を混ぜ合う行為に体を委ねた。



行為が終わり服を着る私と窓際でタバコを吸う先生。

「ねぇ、それ美味しいの?」
「お子ちゃまには千年はえーよ。」

そういなされむくれていると先生は優しく笑う。

「こんな行為で大人になったつもりになんかなるなよ。」

そう言いながら再び窓の外に視線を向け空を仰ぐ
私はなんとかちょっとぐらい反発したくて先生の携帯を手に取る。
入った時に大事そうに眺めていた物の正体を見てからかってやろうと思ったからだ。
ほんの些細な出来心だった。
でも、それが良く無かった。
表に向けた画面には満面の笑みで笑う男の子の姿。
それにチリッと胸が痛む。
聞きたくないけど、聞かないと。
なんとか声を絞り出す

「せ、せんせいって、こども、すき、なんだね」
「ああ、見たのか。息子。可愛いだろう?」

今まで見た事のないような優しい瞳に心が打ち砕かれた。

「むす、こ?じゃあ、けっこん……」
「息子がいるんだから。してるに決まってんだろ。」

煙を吐きながらそう漏らし不思議そうな表情をする彼。

「か、帰る」
「気おつけてな。あ、今日のこと誰にも言うなよ」

焦りと不安を胸に教室を飛び出すとそんな声が聞こえてきた。
その言葉に足が震えて力が抜けてしまう。

「ひっ、ぐ、うっ……」

嗚咽を堪え涙を零せば遠くからパタパタと足音が響く。

「やぁーっと、見つけた!」

その声に視線を上げれば息を切らす友達の姿が合った。
私の姿を見て驚き肩を抱き立たせた彼女は顔を覗き込む。

「どうしたの?なんかあった!?」

目を見開き聞いてくる彼女に小さく笑いかける。
胸がズキズキと痛い。話してしまいたい。
でも、耳元で先生の声が響く。

「何でもないよ!」





「色々私なりにいっぱい考えたらこれしか無かったの。」
「慰謝料なんてどう頑張っても払えないし。」
「ごめんね。先生。」

先生の事はいっぱい憎んだりもした。
既婚者だって教えてくれてたらこんなことにはならなかったのに。
大好きで大嫌いだ。
同じ激しさで揺れる気持ちに身を任せ私は灯油を部屋中に撒いた。
先生の飲み残しのコーヒーを飲み干し彼と指を絡める。
朦朧とする意識の中彼を見つめる。

「ね、せんせ、らいせって、あるとおもう?」
「せんせ、なんでわたしじゃなかったの。」

そう漏らしながら落ちていく意識の中マッチを着けぐるっと撒いた灯油に投げ込む。

「じゃあね。せんせ、らいせでね。」
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