政略結婚の鑑

Rj

文字の大きさ
2 / 3

中編

「お帰りなさい。お仕事を無事終えられ本当によかったです。お疲れ様です」

 久しぶりに顔を合わせたスコットに、ティナはねぎらいの言葉を惜しみなくかける。

 夫は会計の仕事が大好きで、王宮での仕事だけでなく、領地経営、伯爵家、そしてティナの工房の会計も嬉々としてこなしてくれる。とてもありがたい。

 夫は「数字を見れば世の中がよく見える」と常々いっている。お金の流れを追いかけていると、自然と世の中の動きが見えてくるらしい。

 特に不明金や不正に関する調査は、外からは見えない事情をさぐる鍵となり、そこから見えてくる動きを知るのは心がおどるといっていた。

 夫のスコットとは政略結婚なので、初めからお互い割り切った関係だ。ティナにとってスコットはブラウン家を共に運営し、次世代を教育するパートナーで、夫婦という感覚が薄い。

 子ができてから子供の成長に関して話すようになったが、それよりもお互いの仕事や家政、領地経営についてを話している時間の方が多いかもしれない。

「そうそう、新しい靴が完成したので履いてくださいね。前回よりも柔らかい革を使って靴底も厚くしたので、履き心地がよくなっているはず」

 スコットがくすくす笑っている。また実験台にさせられるのかと呆れているのだろう。

 ティナの経営する工房は女性用の靴をつくっている。男性用の靴は作っていないが、ティナは自分の趣味として後援している男優へプレゼントする靴をつくっていた。そしていつもスコットを実験台として使っていた。

 スコットには靴をはく本人に意見を聞いた方がよいと言われるが、プレゼントなのだ。見栄をはりたい。素敵な靴をすっと差しだしたいのだ。

「そういえば笑える演目やってるか?」

 スコットが芝居について聞くのは、たいてい愛人のローラと観劇するためだ。スコットがここ三年ほど付き合っているローラは観劇が趣味で、ティナが後援している劇場に何度も足を運んでいる。

「やってるわよ。仮装舞踏会が舞台の話でね、詳しく話すと面白さが半減するからいわないけど、お芝居が進めば進むほどおもしろくなっていくの。おすすめよ」

 スコットはその演目のスケジュールをあとで教えて欲しいといいながらお茶を口に含んでいる。きっとローラのご機嫌をどのように取ろうかと考えているのだろう。

 スコットは毎年、決算の時期は王宮に泊まりこんでいる。ローラとずっと会えておらず、ご機嫌をとらないと捨てられると焦っているはずだ。

「お芝居に行く前にうちの工房に寄ってくれれば、ローラに新作をいろいろ見せてあげられるわよ。今週ようやく出そろったの。
 あなたを男性靴の実験台にするお礼にローラに靴をプレゼントするわ」

「気持ちは嬉しいが、ローラが欲しいといっていたネックレスがあるから、贈るならそっちにする」

 ティナはスコットに断られ、以前ティナがローラに靴をプレゼントし、周りからあれこれ言われたことをうっかり忘れていたと思いだす。

 ティナはスコットの正妻で、ローラは愛人の立場だが、ティナとローラの間に世間で考えられているような確執はない。

 ティナとスコットはお互い好みのタイプから大きくかけ離れているせいか、二人の間に友情やブラウン家の共同運営者という絆は生まれたが、恋愛感情は気持ちよいほどまったく芽生えなかった。

 そのためティナはスコットの恋愛相談にのってきた。ティナ自身に大して恋愛経験はないが、ティナの周りには恋愛話がころがっていたせいで子供の頃から耳年増だった。

 小さい頃から母の後援活動のお供をしていたので、ティナは劇場関係者の恋愛事情をいろいろ知ることになった。それこそ芝居より興味深い関係が繰り広げられた。

 そのためティナは男女関係に対し、すっかり達観した考えを持つようになった。自身の恋心は情けないほど叶わなかったこともあり、自分の人生に恋愛は必要ないと結論づけた。

 初恋の男の子にブスと嫌われ、優しくされて好きになりかけた男の子は実家の財力にひかれていただけ、好きだった美しい子役の男の子はいじめっ子と、ティナが好きになる男の子はことごとく性格が悪かった。

 自分で経験する恋は散々だが、芝居や劇場で見聞きする恋愛模様を聞くのは楽しい。ティナにとってその楽しさがあれば十分だった。

 スコットがティナに自身の恋愛話をするようになったのは偶然だ。

 ある時スコットがいつになく落ち込んでいたので、どうしたのかと聞いたところ愛人に捨てられたという。それまで仕事人間で恋愛に興味がなさそうだったスコットなので、愛人がいるとは思ってもみなかった。

 ティナがスコットに話しをうながすと、スコットが愛人に捨てられたのは当然と思うひどさだった。

 スコットがローラの前に付き合っていた愛人に対し、スコットは思いついた時にしか連絡せず、贈り物も花を一度贈っただけ、会えば閨事のみだったらしく二ヶ月で逃げられたという。

 ティナは思わず「何なんですか、そのお粗末さ!」と説教してしまった。

 詳しく聞けばスコットはそれまでろくに恋愛したことがなかったらしい。その愛人とは酔った勢いで関係を持ってしまい、恋愛というよりも体の関係だけだったようだが。

 とはいえスコットにとってそのような関係は初めてで、愛人から振られたのは堪えたようだ。

 ローラとは夜会で知り合い、ローラからアプローチされたという。スコットは愛人に捨てられたトラウマのせいか、ティナにどうすればよいのか相談してきた。

 これまで女性からアプローチされたことはあるが、相手が自分の好みでなかったので面倒だと相手にしなかったらしい。そのためどのように関係を進めればよいのか分からないという。

 スコットはローラには好ましい感情を持っているというので、相手の誘いにのって会ってみるようすすめた。

 お茶に誘われたというので、花と人気の茶菓子を手土産にし、自分の話したいことをまくしたてるのではなく、二人で楽しめる話題をさがして会話を楽しむこと、女性は男性と会うときに少しでも美しくみえるよう努力しているので、その気持ちに感謝をこめて盛大にほめるといったアドバイスをし送りだした。

 スコットとローラは少しづつ関係を深め、ローラはスコットの恋人になった。スコットには言葉を惜しむな。プレゼントするなら相手の好みを把握しろ。連絡をまめにしろと思いつく限りの注意をしたが、どれほど実際に実践したかは分からない。しかし上手くいったことからローラが許容できる程度には改善したのだろう。

 スコットとローラの関係がうまくいったのは良かったが、そのおかげで周囲からの噂や中傷がひどくなった。しかしこれまで劇場の宣伝のため、男優にさまざまな場所へエスコートさせ噂を振りまいてきたティナにとって、噂がひどくなったと文句をいえるわけがない。

 貴族の女性が商売することをよく思わない人が多い中、スコットはティナが工房を経営することを偏見なく受けいれ、そして劇場や俳優達の後援者としてお金を使うことにも理解を示してくれるだけでなく、噂に対しても鷹揚な態度で受け流してくれた。

 男性にとって派手な異性関係の噂は男ぶりをあげる勲章となるが、男性の後援者が宣伝のために女優を連れ回すと妻や愛人にいらぬ誤解を生み、好ましくない騒動を引き起こすことが少なくなかった。

 それだけにスコットのように妻による異性との噂を気にしない夫は貴重だった。

 芝居の設定で愛のない政略結婚が使われるのは定番だが、ティナは自分にとって政略結婚は非常に都合の良い形だったと思う。

 恋愛感情や嫉妬に振り回される人達の姿を多くみてきたせいか、恋愛を素晴らしいものと思っていない。劇場には微笑ましい恋から犯罪を引き起こすほどの嫉妬や執着といったものが存在した。

 そのような感情が絡まないスコットとの関係はとても楽だった。意見の相違でもめることはあっても、感情に振り回されることなく物事が問題なく進むことを優先できた。

 そしてスコットとの結婚は、自分が考えていたよりも自由だった。自分の好きなことを邪魔されることなく思い存分できる環境をえられている。これ以上望めないほど恵まれていた。

 友人には「夫に愛人が出来るよう相談に乗る妻って何なの!?」と呆れられたが、劇場関係者に話すと「芝居のネタになる」と大いに喜ばれ、そのうち本当に芝居になるかもしれない。

 お芝居になるような夫婦関係を送れるなど光栄だ。

 ティナは靴を贈る男優との外出計画を考える。ひげがなければ女性と間違われそうなほど美しい男性で、彼と並ぶと自分の見た目のひどさが際立つので、できれば彼の隣りを歩きたくない。

 しかしまだ駆け出しの男優で、今回の脚本家と演出家もあまり名が売れていない若手だ。とにかく話題を作り劇場に足を向けてもらう必要がある。

「後援者として恥をかくのを承知で頑張ることといたしましょう」

 ティナはいま話題の場所がどこかと思い浮かべ、顔見せする計画をねりあげた。
感想 5

あなたにおすすめの小説

愛人契約は双方にメリットを

しがついつか
恋愛
親の勝手により愛する者と引き裂かれ、政略結婚を強いられる者達。 不本意なことに婚約者となった男には結婚を約束した恋人がいた。 そんな彼にロラは提案した。 「私を書類上の妻として迎え入れ、彼女を愛人になさるおつもりはございませんか?」

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に

ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。 幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。 だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。 特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。 余計に私が頑張らなければならない。 王妃となり国を支える。 そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。 学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。 なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。 何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。 なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。 はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか? まぁいいわ。 国外追放喜んでお受けいたします。 けれどどうかお忘れにならないでくださいな? 全ての責はあなたにあると言うことを。 後悔しても知りませんわよ。 そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。 ふふっ、これからが楽しみだわ。

マリアの幸せな結婚

月樹《つき》
恋愛
花屋の一人娘マリアとパン屋の次男のサルバトーレは子供の頃から仲良しの幼馴染で、将来はマリアの家にサルバトーレが婿に入ると思われていた。 週末は花屋『マルゲリータ』でマリアの父の手伝いをしていたサルバトーレは、お見舞いの花を届けに行った先で、男爵家の娘アンジェラに出会う。 病気がちであまり外出のできないアンジェラは、頻繁に花の注文をし、サルバトーレを呼び寄せた。 そのうちアンジェラはサルバトーレとの結婚を夢見るようになって…。 この作品は他サイトにも投稿しております。

彼はヒロインを選んだ——けれど最後に“愛した”のは私だった

みゅー
恋愛
前世の記憶を思い出した瞬間、悟った。 この世界では、彼は“ヒロイン”を選ぶ――わたくしではない。 けれど、運命になんて屈しない。 “選ばれなかった令嬢”として終わるくらいなら、強く生きてみせる。 ……そう決めたのに。 彼が初めて追いかけてきた——「行かないでくれ!」 涙で結ばれる、運命を越えた恋の物語。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

愛人がいる夫との政略結婚の行く末は?

しゃーりん
恋愛
子爵令嬢セピアは侯爵令息リースハルトと政略結婚した。 財政難に陥った侯爵家が資産家の子爵家を頼ったことによるもの。 初夜が終わった直後、『愛する人がいる』と告げたリースハルト。 まごうことなき政略結婚。教会で愛を誓ったけれども、もう無効なのね。 好きにしたらいいけど、愛人を囲うお金はあなたの交際費からだからね? 実家の爵位が下でも援助しているのはこちらだからお金を厳しく管理します。 侯爵家がどうなろうと構わないと思っていたけれど、将来の子供のために頑張るセピアのお話です。