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中編
「お帰りなさい。お仕事を無事終えられ本当によかったです。お疲れ様です」
久しぶりに顔を合わせたスコットに、ティナはねぎらいの言葉を惜しみなくかける。
夫は会計の仕事が大好きで、王宮での仕事だけでなく、領地経営、伯爵家、そしてティナの工房の会計も嬉々としてこなしてくれる。とてもありがたい。
夫は「数字を見れば世の中がよく見える」と常々いっている。お金の流れを追いかけていると、自然と世の中の動きが見えてくるらしい。
特に不明金や不正に関する調査は、外からは見えない事情をさぐる鍵となり、そこから見えてくる動きを知るのは心がおどるといっていた。
夫のスコットとは政略結婚なので、初めからお互い割り切った関係だ。ティナにとってスコットはブラウン家を共に運営し、次世代を教育するパートナーで、夫婦という感覚が薄い。
子ができてから子供の成長に関して話すようになったが、それよりもお互いの仕事や家政、領地経営についてを話している時間の方が多いかもしれない。
「そうそう、新しい靴が完成したので履いてくださいね。前回よりも柔らかい革を使って靴底も厚くしたので、履き心地がよくなっているはず」
スコットがくすくす笑っている。また実験台にさせられるのかと呆れているのだろう。
ティナの経営する工房は女性用の靴をつくっている。男性用の靴は作っていないが、ティナは自分の趣味として後援している男優へプレゼントする靴をつくっていた。そしていつもスコットを実験台として使っていた。
スコットには靴をはく本人に意見を聞いた方がよいと言われるが、プレゼントなのだ。見栄をはりたい。素敵な靴をすっと差しだしたいのだ。
「そういえば笑える演目やってるか?」
スコットが芝居について聞くのは、たいてい愛人のローラと観劇するためだ。スコットがここ三年ほど付き合っているローラは観劇が趣味で、ティナが後援している劇場に何度も足を運んでいる。
「やってるわよ。仮装舞踏会が舞台の話でね、詳しく話すと面白さが半減するからいわないけど、お芝居が進めば進むほどおもしろくなっていくの。おすすめよ」
スコットはその演目のスケジュールをあとで教えて欲しいといいながらお茶を口に含んでいる。きっとローラのご機嫌をどのように取ろうかと考えているのだろう。
スコットは毎年、決算の時期は王宮に泊まりこんでいる。ローラとずっと会えておらず、ご機嫌をとらないと捨てられると焦っているはずだ。
「お芝居に行く前にうちの工房に寄ってくれれば、ローラに新作をいろいろ見せてあげられるわよ。今週ようやく出そろったの。
あなたを男性靴の実験台にするお礼にローラに靴をプレゼントするわ」
「気持ちは嬉しいが、ローラが欲しいといっていたネックレスがあるから、贈るならそっちにする」
ティナはスコットに断られ、以前ティナがローラに靴をプレゼントし、周りからあれこれ言われたことをうっかり忘れていたと思いだす。
ティナはスコットの正妻で、ローラは愛人の立場だが、ティナとローラの間に世間で考えられているような確執はない。
ティナとスコットはお互い好みのタイプから大きくかけ離れているせいか、二人の間に友情やブラウン家の共同運営者という絆は生まれたが、恋愛感情は気持ちよいほどまったく芽生えなかった。
そのためティナはスコットの恋愛相談にのってきた。ティナ自身に大して恋愛経験はないが、ティナの周りには恋愛話がころがっていたせいで子供の頃から耳年増だった。
小さい頃から母の後援活動のお供をしていたので、ティナは劇場関係者の恋愛事情をいろいろ知ることになった。それこそ芝居より興味深い関係が繰り広げられた。
そのためティナは男女関係に対し、すっかり達観した考えを持つようになった。自身の恋心は情けないほど叶わなかったこともあり、自分の人生に恋愛は必要ないと結論づけた。
初恋の男の子にブスと嫌われ、優しくされて好きになりかけた男の子は実家の財力にひかれていただけ、好きだった美しい子役の男の子はいじめっ子と、ティナが好きになる男の子はことごとく性格が悪かった。
自分で経験する恋は散々だが、芝居や劇場で見聞きする恋愛模様を聞くのは楽しい。ティナにとってその楽しさがあれば十分だった。
スコットがティナに自身の恋愛話をするようになったのは偶然だ。
ある時スコットがいつになく落ち込んでいたので、どうしたのかと聞いたところ愛人に捨てられたという。それまで仕事人間で恋愛に興味がなさそうだったスコットなので、愛人がいるとは思ってもみなかった。
ティナがスコットに話しをうながすと、スコットが愛人に捨てられたのは当然と思うひどさだった。
スコットがローラの前に付き合っていた愛人に対し、スコットは思いついた時にしか連絡せず、贈り物も花を一度贈っただけ、会えば閨事のみだったらしく二ヶ月で逃げられたという。
ティナは思わず「何なんですか、そのお粗末さ!」と説教してしまった。
詳しく聞けばスコットはそれまでろくに恋愛したことがなかったらしい。その愛人とは酔った勢いで関係を持ってしまい、恋愛というよりも体の関係だけだったようだが。
とはいえスコットにとってそのような関係は初めてで、愛人から振られたのは堪えたようだ。
ローラとは夜会で知り合い、ローラからアプローチされたという。スコットは愛人に捨てられたトラウマのせいか、ティナにどうすればよいのか相談してきた。
これまで女性からアプローチされたことはあるが、相手が自分の好みでなかったので面倒だと相手にしなかったらしい。そのためどのように関係を進めればよいのか分からないという。
スコットはローラには好ましい感情を持っているというので、相手の誘いにのって会ってみるようすすめた。
お茶に誘われたというので、花と人気の茶菓子を手土産にし、自分の話したいことをまくしたてるのではなく、二人で楽しめる話題をさがして会話を楽しむこと、女性は男性と会うときに少しでも美しくみえるよう努力しているので、その気持ちに感謝をこめて盛大にほめるといったアドバイスをし送りだした。
スコットとローラは少しづつ関係を深め、ローラはスコットの恋人になった。スコットには言葉を惜しむな。プレゼントするなら相手の好みを把握しろ。連絡をまめにしろと思いつく限りの注意をしたが、どれほど実際に実践したかは分からない。しかし上手くいったことからローラが許容できる程度には改善したのだろう。
スコットとローラの関係がうまくいったのは良かったが、そのおかげで周囲からの噂や中傷がひどくなった。しかしこれまで劇場の宣伝のため、男優にさまざまな場所へエスコートさせ噂を振りまいてきたティナにとって、噂がひどくなったと文句をいえるわけがない。
貴族の女性が商売することをよく思わない人が多い中、スコットはティナが工房を経営することを偏見なく受けいれ、そして劇場や俳優達の後援者としてお金を使うことにも理解を示してくれるだけでなく、噂に対しても鷹揚な態度で受け流してくれた。
男性にとって派手な異性関係の噂は男ぶりをあげる勲章となるが、男性の後援者が宣伝のために女優を連れ回すと妻や愛人にいらぬ誤解を生み、好ましくない騒動を引き起こすことが少なくなかった。
それだけにスコットのように妻による異性との噂を気にしない夫は貴重だった。
芝居の設定で愛のない政略結婚が使われるのは定番だが、ティナは自分にとって政略結婚は非常に都合の良い形だったと思う。
恋愛感情や嫉妬に振り回される人達の姿を多くみてきたせいか、恋愛を素晴らしいものと思っていない。劇場には微笑ましい恋から犯罪を引き起こすほどの嫉妬や執着といったものが存在した。
そのような感情が絡まないスコットとの関係はとても楽だった。意見の相違でもめることはあっても、感情に振り回されることなく物事が問題なく進むことを優先できた。
そしてスコットとの結婚は、自分が考えていたよりも自由だった。自分の好きなことを邪魔されることなく思い存分できる環境をえられている。これ以上望めないほど恵まれていた。
友人には「夫に愛人が出来るよう相談に乗る妻って何なの!?」と呆れられたが、劇場関係者に話すと「芝居のネタになる」と大いに喜ばれ、そのうち本当に芝居になるかもしれない。
お芝居になるような夫婦関係を送れるなど光栄だ。
ティナは靴を贈る男優との外出計画を考える。ひげがなければ女性と間違われそうなほど美しい男性で、彼と並ぶと自分の見た目のひどさが際立つので、できれば彼の隣りを歩きたくない。
しかしまだ駆け出しの男優で、今回の脚本家と演出家もあまり名が売れていない若手だ。とにかく話題を作り劇場に足を向けてもらう必要がある。
「後援者として恥をかくのを承知で頑張ることといたしましょう」
ティナはいま話題の場所がどこかと思い浮かべ、顔見せする計画をねりあげた。
久しぶりに顔を合わせたスコットに、ティナはねぎらいの言葉を惜しみなくかける。
夫は会計の仕事が大好きで、王宮での仕事だけでなく、領地経営、伯爵家、そしてティナの工房の会計も嬉々としてこなしてくれる。とてもありがたい。
夫は「数字を見れば世の中がよく見える」と常々いっている。お金の流れを追いかけていると、自然と世の中の動きが見えてくるらしい。
特に不明金や不正に関する調査は、外からは見えない事情をさぐる鍵となり、そこから見えてくる動きを知るのは心がおどるといっていた。
夫のスコットとは政略結婚なので、初めからお互い割り切った関係だ。ティナにとってスコットはブラウン家を共に運営し、次世代を教育するパートナーで、夫婦という感覚が薄い。
子ができてから子供の成長に関して話すようになったが、それよりもお互いの仕事や家政、領地経営についてを話している時間の方が多いかもしれない。
「そうそう、新しい靴が完成したので履いてくださいね。前回よりも柔らかい革を使って靴底も厚くしたので、履き心地がよくなっているはず」
スコットがくすくす笑っている。また実験台にさせられるのかと呆れているのだろう。
ティナの経営する工房は女性用の靴をつくっている。男性用の靴は作っていないが、ティナは自分の趣味として後援している男優へプレゼントする靴をつくっていた。そしていつもスコットを実験台として使っていた。
スコットには靴をはく本人に意見を聞いた方がよいと言われるが、プレゼントなのだ。見栄をはりたい。素敵な靴をすっと差しだしたいのだ。
「そういえば笑える演目やってるか?」
スコットが芝居について聞くのは、たいてい愛人のローラと観劇するためだ。スコットがここ三年ほど付き合っているローラは観劇が趣味で、ティナが後援している劇場に何度も足を運んでいる。
「やってるわよ。仮装舞踏会が舞台の話でね、詳しく話すと面白さが半減するからいわないけど、お芝居が進めば進むほどおもしろくなっていくの。おすすめよ」
スコットはその演目のスケジュールをあとで教えて欲しいといいながらお茶を口に含んでいる。きっとローラのご機嫌をどのように取ろうかと考えているのだろう。
スコットは毎年、決算の時期は王宮に泊まりこんでいる。ローラとずっと会えておらず、ご機嫌をとらないと捨てられると焦っているはずだ。
「お芝居に行く前にうちの工房に寄ってくれれば、ローラに新作をいろいろ見せてあげられるわよ。今週ようやく出そろったの。
あなたを男性靴の実験台にするお礼にローラに靴をプレゼントするわ」
「気持ちは嬉しいが、ローラが欲しいといっていたネックレスがあるから、贈るならそっちにする」
ティナはスコットに断られ、以前ティナがローラに靴をプレゼントし、周りからあれこれ言われたことをうっかり忘れていたと思いだす。
ティナはスコットの正妻で、ローラは愛人の立場だが、ティナとローラの間に世間で考えられているような確執はない。
ティナとスコットはお互い好みのタイプから大きくかけ離れているせいか、二人の間に友情やブラウン家の共同運営者という絆は生まれたが、恋愛感情は気持ちよいほどまったく芽生えなかった。
そのためティナはスコットの恋愛相談にのってきた。ティナ自身に大して恋愛経験はないが、ティナの周りには恋愛話がころがっていたせいで子供の頃から耳年増だった。
小さい頃から母の後援活動のお供をしていたので、ティナは劇場関係者の恋愛事情をいろいろ知ることになった。それこそ芝居より興味深い関係が繰り広げられた。
そのためティナは男女関係に対し、すっかり達観した考えを持つようになった。自身の恋心は情けないほど叶わなかったこともあり、自分の人生に恋愛は必要ないと結論づけた。
初恋の男の子にブスと嫌われ、優しくされて好きになりかけた男の子は実家の財力にひかれていただけ、好きだった美しい子役の男の子はいじめっ子と、ティナが好きになる男の子はことごとく性格が悪かった。
自分で経験する恋は散々だが、芝居や劇場で見聞きする恋愛模様を聞くのは楽しい。ティナにとってその楽しさがあれば十分だった。
スコットがティナに自身の恋愛話をするようになったのは偶然だ。
ある時スコットがいつになく落ち込んでいたので、どうしたのかと聞いたところ愛人に捨てられたという。それまで仕事人間で恋愛に興味がなさそうだったスコットなので、愛人がいるとは思ってもみなかった。
ティナがスコットに話しをうながすと、スコットが愛人に捨てられたのは当然と思うひどさだった。
スコットがローラの前に付き合っていた愛人に対し、スコットは思いついた時にしか連絡せず、贈り物も花を一度贈っただけ、会えば閨事のみだったらしく二ヶ月で逃げられたという。
ティナは思わず「何なんですか、そのお粗末さ!」と説教してしまった。
詳しく聞けばスコットはそれまでろくに恋愛したことがなかったらしい。その愛人とは酔った勢いで関係を持ってしまい、恋愛というよりも体の関係だけだったようだが。
とはいえスコットにとってそのような関係は初めてで、愛人から振られたのは堪えたようだ。
ローラとは夜会で知り合い、ローラからアプローチされたという。スコットは愛人に捨てられたトラウマのせいか、ティナにどうすればよいのか相談してきた。
これまで女性からアプローチされたことはあるが、相手が自分の好みでなかったので面倒だと相手にしなかったらしい。そのためどのように関係を進めればよいのか分からないという。
スコットはローラには好ましい感情を持っているというので、相手の誘いにのって会ってみるようすすめた。
お茶に誘われたというので、花と人気の茶菓子を手土産にし、自分の話したいことをまくしたてるのではなく、二人で楽しめる話題をさがして会話を楽しむこと、女性は男性と会うときに少しでも美しくみえるよう努力しているので、その気持ちに感謝をこめて盛大にほめるといったアドバイスをし送りだした。
スコットとローラは少しづつ関係を深め、ローラはスコットの恋人になった。スコットには言葉を惜しむな。プレゼントするなら相手の好みを把握しろ。連絡をまめにしろと思いつく限りの注意をしたが、どれほど実際に実践したかは分からない。しかし上手くいったことからローラが許容できる程度には改善したのだろう。
スコットとローラの関係がうまくいったのは良かったが、そのおかげで周囲からの噂や中傷がひどくなった。しかしこれまで劇場の宣伝のため、男優にさまざまな場所へエスコートさせ噂を振りまいてきたティナにとって、噂がひどくなったと文句をいえるわけがない。
貴族の女性が商売することをよく思わない人が多い中、スコットはティナが工房を経営することを偏見なく受けいれ、そして劇場や俳優達の後援者としてお金を使うことにも理解を示してくれるだけでなく、噂に対しても鷹揚な態度で受け流してくれた。
男性にとって派手な異性関係の噂は男ぶりをあげる勲章となるが、男性の後援者が宣伝のために女優を連れ回すと妻や愛人にいらぬ誤解を生み、好ましくない騒動を引き起こすことが少なくなかった。
それだけにスコットのように妻による異性との噂を気にしない夫は貴重だった。
芝居の設定で愛のない政略結婚が使われるのは定番だが、ティナは自分にとって政略結婚は非常に都合の良い形だったと思う。
恋愛感情や嫉妬に振り回される人達の姿を多くみてきたせいか、恋愛を素晴らしいものと思っていない。劇場には微笑ましい恋から犯罪を引き起こすほどの嫉妬や執着といったものが存在した。
そのような感情が絡まないスコットとの関係はとても楽だった。意見の相違でもめることはあっても、感情に振り回されることなく物事が問題なく進むことを優先できた。
そしてスコットとの結婚は、自分が考えていたよりも自由だった。自分の好きなことを邪魔されることなく思い存分できる環境をえられている。これ以上望めないほど恵まれていた。
友人には「夫に愛人が出来るよう相談に乗る妻って何なの!?」と呆れられたが、劇場関係者に話すと「芝居のネタになる」と大いに喜ばれ、そのうち本当に芝居になるかもしれない。
お芝居になるような夫婦関係を送れるなど光栄だ。
ティナは靴を贈る男優との外出計画を考える。ひげがなければ女性と間違われそうなほど美しい男性で、彼と並ぶと自分の見た目のひどさが際立つので、できれば彼の隣りを歩きたくない。
しかしまだ駆け出しの男優で、今回の脚本家と演出家もあまり名が売れていない若手だ。とにかく話題を作り劇場に足を向けてもらう必要がある。
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