君の思い通りになど決してならない

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予定されていなかった再会

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「まあ、いかがなさいましたか旦那様?」

 エミリーが久しぶりに会う夫に、まるで何もなかったかのようにロバートに問いかけた。

 エミリーは親友のアナにも何もいわず姿を消していた。領地もタウンハウス同様、周囲に模様替えをするつもりだといいエミリーは自分の私物を持ち去っていた。

 エミリーは確かに領地にいっていたが、ロバートがエミリーの失踪にきづく一週間前に王都へ戻ると領地をたっていた。

 しかし実際には王都へ戻らず「輝く湖」として名高い湖のそばにいた。

 密偵による捜索でエミリーの居場所がわかったのは、ロバートが捜索を命じた一週間後のことだった。

「突然なにもいわずに消えてどういうことだ! 模様替えするといってタウンハウスと領地から君の物がすべてなくなっている。

 物置も空にして君の実家へも何もいっていない。君の友人も何も知らない。これはどういうことなんだ?」

 言いたいこと、言うべきことは山ほどあるが、ロバートの頭の中で言葉が絡まりあい、うまく口からでてこない。

 エミリーが淑女の笑みをうかべた。

「不手際で申し訳ありません」

 そのように言ったきりエミリーはうつむいたまま何もいわなかった。

 その姿をみてエミリーがひどく痩せていることにロバートはうろたえた。ただ痩せているだけではなく顔色が悪く病人そのものだった。

 先ほどまでは怒りでエミリーの姿をしっかり見ていなかったロバートは、エミリーのあきらかに健康を害した姿に動揺した。

「どうしたんだ、エミリー。何の病気だ? 医師に診せたのか?」

 エミリーが小さく溜め息をついた。

「旦那様、私はもうすぐ死にます。医師から余命をつげられています」

 ロバートは信じられない言葉をききエミリーの顔をみつめていると、エミリーは淑女の笑みでなくいつもの優しい笑顔をみせた。

「三ヶ月前に体調が悪く医師に診てもらったところ、死病にかかっている可能性が高いといわれました。治療法がなく病は進行しており、余命はあと数週間あるかないかだろうといわれております」

 ロバートは妻のいった言葉を理解できないでいた。エミリーはまだ三十を少しすぎたばかりだ。まだ死ぬ年齢ではない。

「嘘だろう。君が死ぬなんて嘘だろう。いますぐ他の医師にみてもらおう。きっと治療法があるはずだ。すぐに、すぐに手配する」

 エミリーが立ち上がろうとするロバートをひきとめた。

「もう手遅れです。どうか落ち着いてください」

「落ち着いていられるわけがないだろう! なぜいままで黙っていた。なぜ三ヶ月前に私に教えなかった。なぜだ――」

 ロバートは少しづつ頭が状況を把握しようとしているのを感じる。信じたくない状況であると理解しようとしている。

「ちょうど病をえたことを知ったころ、あなたがとある女性の所に通っていらっしゃること、そしてその女性が懐妊されていることを知りました」

「エミリー、それには事情があって君が思っているような――」

「旦那様、私に最後まで話をさせてもらえますか?」

 エミリーがロバートをさえぎった。

「あなたとの子をなせなかったことをずっと気に病んでおりました。あなたは養子を迎えればよいと私に気を使ってくださいました。しかし私はつねに旦那様に申し訳ないと思っておりました。

 私と離婚し新しい方を迎えていただきたいとずっと思っておりました。しかし優しいあなたは幼馴染みの私を捨てることができない。物を捨てられないあなたは人も捨てることができない」

 エミリーが物を捨てられないロバートとのやりとりを思い出したのか楽しそうに笑った。

「あなたと結婚して、子供の頃に一緒にたべたお菓子の包みを大事にとってあるのをしり呆れました。

 あなたは人との縁が一時的に遠のいてしまうことはあっても、決して縁を切るようなことをされない。それはあなたが相手から傷つけられてもでした。

 私はもっと早くあなたと離婚すべきだったのです。しかしあなたのことを愛していたので、あなたの愛にすがってしまいました。あなたは私を捨てられない。だから私はあなたの側に居つづけられたのです」

 エミリーが優しい笑顔をうかべている。

「病をえたことを知り、あなたに迷惑がかからないよう一刻もはやく離婚しようと思ったのですが、あなたに愛する方ができたことが分かり考えを変えたのです。

 離婚したあとすぐに私が亡くなれば、あなたに対しいらぬ誤解や噂をうんでしまうかもしれない。それに死別した方が新しい方をお迎えしやすいと思ったのです」

 ロバートはたまらず「違う。それは誤解なんだ」と声をだしたが、エミリーが口に人差し指をあて静かにして欲しいと意思表示する。

 エミリーがふふっと優しい笑い声をたて、エミリーはロバートがスミス子爵家をひんぱんに訪れていること。そして子爵家のレベッカが未婚にもかかわらず妊娠していることを知っていると話した。

「違う。君はレベッカ嬢が私の愛人だと思ったのか? 違うんだ」

 エミリーが首をふる。

「旦那様、人の心はうつろいます。人として仕方のないことなのです。そしてもうすぐあなたのお側にいられなくなる私にとって、あなたに愛する方がいらっしゃり、そして新しい命が、あなたがお子を持つことができることを喜ばしく思ったのです。私がいなくなってもあなたは大丈夫だと」

 ロバートは体の中でわきおこる怒りを必死でおさえる。

「君は私のことを、君に愛を誓いながら不実なことをする男だと思っていたのか!」

 怒りがふきだしそうでロバートはそれ以上言葉を紡げない。

 エミリーが邪推しているレベッカは、ロバートがまかされた仕事のひとつだった。レベッカの相手が高貴な身分であり周囲に知られてはまずいことからロバートが内密に対応していた。

 ただでさえ会議の準備で忙しいなかレベッカの対応もせねばならず、そのせいでロバートは家に帰る暇もなくエミリーにほとんど会えなかったどころか、エミリーにレベッカを愛人と思われ姿を消された。
 
「君は私が簡単にほかの女性にうつつをぬかす男だと思っていたのか。

 君のことを愛している。レベッカ嬢の子の父は私ではない。事情があり私がかかわっているだけだ」

 エミリーが笑みを深くしたあと、「そうでしたの」ロバートの説明に納得したのか、疑っているのかまったく分からない表情をうかべていた。

「もうすぐ死ぬ人間ですから、もう取りつくろわなくても許されますわよね」

 エミリーが楽しげにつづける。

「あなたのおっしゃりようは典型的なごまかし方でしてよ。お気づきになっていらっしゃらないようですが」

 再びふふっとかすかにエミリーが笑う。

「『事情があって』という言葉で煙に巻くのがお決まりの言い訳なのをお忘れですか?」

「違う! ごまかしているのではなく本当のことなんだ。子爵家は――」

 ロバートが言いつのろうとするのをエミリーが止まれの形で手をつきだした。

「旦那様、あなたがおっしゃることが真実でも嘘でもどちらでもよいのです。

 私としてはレベッカ様があなたの愛する方であって欲しいと思っています」

「君は何をいっているのだ?」

 ロバートは長年一緒に過ごしてきたエミリーという人間が分からなくなっていた。

 おしどり夫婦とよばれ、子は成せなかったが仲睦まじくこれまで生きてきたはずだ。

 政略結婚といえなくはないが好きあって結婚した。お互い小さい頃から一緒に過ごすうちに恋心をいだき、お互いの家の家格があうことと共同事業をおこなっていたことから家同士で結びつくことは良いだろうとなった。

 結婚してから二人で幸せに暮らしてきたはずだ。そしてエミリーも自分を愛している、幸せだといってくれていた。

「あなたにレベッカ様という方がおり、そしてお腹に子がいると聞き、私はあなたを一人きりにせずにすむと喜びました。

 あなたは優しい方なので私が亡くなれば悲しんでくださるでしょう。

 その悲しみを少しでも軽くしてくださる方があなたのおそばにいる。私は安心して旅立てます」

 ロバートは達観した表情をみせるエミリーの姿に、彼女が本当に遠くない将来、自分の目の前からいなくなるのだと強く思わせた。

 彼女はロバートの前から消えようとしている。

「君は残酷だ。私がそのようなことを言われていまどのような気持ちでいるのか考えたことはないだろう。

 愛する人に不実な男だと思われ、何もいわず私の前から姿を消した。もし君を探すのが遅れていたらこうして会えなかったかもしれない。

 君の居場所が分かるまでどれほど心配したと思っている。君が私にとってどうでもよい人間だと思っていたのか。愛する妻であり、大切な親友でもある君が、目の前から消えてしまい私が平静でいられると思ったのか。

 君は残酷だ。君は私を君の中から追い出し『外の人』にした。自分に関わるのを拒否して閉め出してしまった。それがどれほど心が痛いことなのか君なら知っているはずだ。人から拒否される痛みを君は知っているはずだ。

 私が死病にかかったら君に最後まで私の側にいてもらいたいと思う。最後の一瞬まで君と一緒にいたい。

 しかし君は私を徹底的に遠ざけた。いまこの瞬間も一緒の空間にいるのに私を拒絶して遠ざける。どうしてだ? レベッカ嬢は私の愛人でもなければ、知り合いでもない。ただ仕事上付き合う必要がある人物なだけだ」

 エミリーはただ静かにロバートをみつめていた。何の言葉も発しない。

「エミリー、愛している。君さえいてくれればそれでよかった。子など本当にどうでもよかった。君も知っているとおり私の父も養子だ。祖父母の子が戦争や事故でなくなり継嗣がいなくなった。家を継ぐ者など、どうとでも出来る。だから本当にどうでもよかった。

 しかし周りは何かとうるさかった。だから君を守りたかった。自分では君を守っているつもりだったが十分ではなかったのだな。すまなかった。本当にすまなかった」

 エミリーは何もいわず、しばらく二人は無言で見つめあった。

「旦那様、大変申し訳ありませんがこのように座っているのもつらいのです。ぶしつけですが自室に下がらせてください」

 ロバートはつらそうにしているエミリーの体が小刻みに震えているのに気付いた。彼女がいうように座っているだけでも体がつらいのだろう。

「すまない。つい感情が高ぶって君の体の状態に気付けなかった」

 ロバートはエミリーを抱えあげ、そばに控えていた侍女にエミリーの部屋へ案内を頼む。

 もともと華奢だったエミリーの体が会わずにいた間に一回り小さくなっていた。

 とくに鍛錬などしていない自分でも抱えられそうだと思ったエミリーの痩せ細った体は、思ったとおり成人女性とは思えないほど軽かった。

 ロバートに抱えられているあいだ少し苦しげに呼吸をしていたエミリーは、ベッドに横たえられるとフーッと音をたてて息をはき安堵した表情をみせた。

「ありがとうございます、旦那様。せっかく来ていただいたにもかかわらずおもてなしも出来ず申し訳ありません。少し休ませてください」

 エミリーは侍女にロバートの世話をするよう頼むと、すぐに目をとじた。

 ロバートはエミリーの側についていたかったが、「旦那様、どうか少しのあいだ私をひとりにしてください」ロバートは部屋を出ていくようにうながされた。

 ロバートは具合の悪い妻に負担をかけたくないと大人しくエミリーの部屋から去った。

「サンドラ、エミリーについて君と話がしたい」

 ロバートがエミリーの侍女であるサンドラに話しかけると、サンドラは「申し訳ありません。出来かねます」と即答した。

「君はエミリーの侍女だが君の雇い主は私だ。君に拒否権はない」

 ロバートが怒りをおさえながらいうと、サンドラは「いえ、私の雇い主はエミリー様です。伯爵家ではなくエミリー様個人に雇われております」無表情に答えた。

 ロバートは舌打ちしたくなるのを必死でこらえた。エミリーとサンドラの雇用関係が昔からそのようになっていたのか、エミリーがロバートから姿を隠すことにしてから変更したのかどちらか分からない。

 しかし雇用主でもないロバートに、サンドラが自分の主人のことを話すことはないのは明らかだった。

「せめてエミリーの体の具合についてだけは教えてもらえないか」

 サンドラは表情をかえず「出来かねます」一言でロバートの願いを却下した。

「ジャクソン伯爵様、客室にご案内します」

 サンドラは何の感情もみせずロバートを客室へと案内した。
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