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一番になれない私
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私は一番大切な存在にはなれない。
いつから自分がそのように思うようになったのかサラは分からないが、気がつくと誰にとっても自分が一番大切にされる存在でないことを理解した。
両親にとって嫡男である兄が一番大切で、その次は弟だろう。
それは親戚達にもいえることで、サラは女児で、特に美しい容姿でもなければ、何かしら秀でた才能があるわけでもない。そのため特別大切にされることはなかった。
幼馴染みや仲の良い友人はいるが、彼らにとってもサラは、大勢の中の一人でしかない。
幼馴染みであり、お互い親友と呼び合っているナタリアがいるが、ナタリアにとって一番大切なのは、彼女の初恋であり、婚約者であるブライアンで、サラはナタリアにとって一番大切な存在ではない。
一番大切な存在にはなれないが、だからといって嫌われていたり、蔑ろにされているわけではない。それなりに大切にしてもらえている。おかげで多少の寂しさはあっても、誰からも愛されないと感じたことはなかった。
十歳の時に政略結婚の相手として、同い年のエドワードと顔合わせをした。少し目が垂れているエドワードは優しげにみえ、サラが本好きだと聞いたのでと、エドワードのお気に入りである冒険小説をプレゼントしてくれた。
お互い好きな本の傾向が似ていたこともあり、エドワードと話すのは楽しく、一緒にいるのが自然だった。定期的な交流を続けていく中で、気安く話せる友達のような関係を築いていったこともあり、サラはお互いが成長し、家族になることによって、一番大切な存在と思えるようになるのではと、ぼんやりと期待した。
結婚して夫婦という絆ができれば、自分のことを一番大切に思ってくれるかも、一番愛してくれるかもしれないと。
しかしそれが自分の思い込みでしかなかったことに気付く日がきた。
出来れば一生気付きたくなかった。
自分を一番大切に思ってくれる人がいると信じていたかった。
「またナタリアを目で追ってる」
心の中で溜め息をつきながら、サラはすっかり冷めたくなった紅茶を口に含む。
エドワード、エドワードの友人のスコット、親友のナタリアとサラの四人で、学園のカフェテリアでランチを一緒に食べていた。
食べ足りないと食べる物をみつくろいにいったスコットと、食後のデザートを探しにいったナタリアが席をはずしていた。
エドワードの視線が自分ではなく、ナタリアに注がれているのに気付いたのはいつだろう?
サラは思い返す。いや、わざわざ思い返さなくてもサラは知っていた。サラが親友のナタリアをエドワードに紹介した時に恋に落ちたことを。
目は口ほどにものを言う。エドワードの目は常にナタリアを追い、そして彼の気持ちを雄弁に語っていた。
エドワードのすぐ側で全てを見ていたサラは、彼の気持ちが手に取るように分かった。
「ああ、そうよね。私が誰かの一番になるなど、あるわけがなかったんだ」
サラは胸に手をあて、感じる痛みに耐えた。
サラとナタリアが並んで歩いていれば、エドワードが先に視線を向けるのは常にナタリア。
ナタリアに会いたいために、サラとの用事を作るエドワード。サラとナタリアは同じ学科で同じクラスだ。婚約者のサラに会いに来れば、サラの側にいるナタリアに会える。
エドワードは、サラという婚約者を蔑ろにするつもりはないようで、婚約者としての義務を怠るようなことは決してしなかった。
そしてナタリアへの想いを、無自覚に目で語っていたが、自分の気持ちを必死に隠していた。
それはエドワードが伯爵家の嫡男として、サラとの婚約が伯爵家にとって大切であるとしっかり理解しているためで、嫡男としての責任感が強いエドワードらしい行動だった。
「いっそのことナタリアが好きだ。学園にいる間はナタリアを好きでいることを許して欲しいと言われたかったかも」
サラは自分の感情が、揺れるのがつらかった。婚約者としてこれまでエドワードと良い関係を築き、もしかしたらお互いが一番大切な存在になれるかもと淡い期待を持っていた。
それだけに目の前で、彼の一番大切な存在にはなれないと突きつけられ、これまで想像したこともない感情が体中にあふれるのを感じ、それらの感情をどのように収めればよいのか分からなかった。
なぜエドワードは自分ではなくナタリアを見るのか。
なぜナタリアへみせる優しさが自分に向かないのか。
一体自分の何が悪いのか。
サラは自分の中でわきおこる際限のない疑問に疲れた。
そして自分が誰にとっても一番大切な存在になれないと分かってはいたが、それをまざまざと間近で見せつけられることに傷ついた。
周りの大人達が、政略結婚に愛を求めるなと言っていたのは、こういうことなのかと、ようやくその本当の意味を理解する。
貴族の婚姻に個の感情は必要ないといわれるが、それが意味することを真に理解するには、これまで子供過ぎたのだろう。
政略結婚の相手は、自分の近くにいる存在ではあるが、愛情で結ばれた存在ではない。隣りにいても、相手の気持ちが自分に向けられる訳ではない。
だからこそ政略結婚に愛を求めるな、個人的な感情は必要としていないと言われるのだろう。家と家との関係を作るための手段でしかないのだから。
頭ではそのことを理解できる。しかし感情が揺れてしまう。サラは必死に自分の感情をコントロールしようとした。
伯爵令嬢として感情をコントロールすることは叩き込まれている。表面的には感情を漏らすようなことをしていないと思うが、自分の内側に浮かびあがる感情をなだめるのは難しかった。
いつも何かあれば親友のナタリアに相談してきたが、今回はそうもいかない。
ナタリアがエドワードの気持ちに気が付いているかは分からないが、もし気付いていたとしても、ナタリアにはどうすることも出来ないだろう。
もし自分が逆の立場で、ナタリアの婚約者から好意を寄せられたとしたら。せいぜい彼を徹底して避ける、または何かしら嫌われそうなことをする程度のことしか思いつかない。
そしてナタリアに彼女の婚約者から好意を向けられてるなど、間違っても口に出せない。もしナタリアがそのようなことを言ってきたら、気のせいではとかわすだろう。
誰も頼ることが出来ないならば、自分で何とかするしかない。
サラは「エドワードに何も期待してはいけない」と呪文のように自分自身に言いきかせる。強い感情がわきあがる度に、呪文をとなえ続けた。
一番大切な存在になれない私。
誰かの一番大切な存在になりたいと思うこと自体が間違いだったのだ。望みすぎたのだ。
一番でなくとも婚約者として大切にされている。大事な部分はそこだったのだ。良好な関係を維持できれば、それでよいのだ。それで十分なのだ。
エドワードに今以上の関係を期待してはいけない。お互いが一つ屋根の下で、気持ちよく生活できるだけの好意さえあればよいのだ。気安い友達のような関係。それで十分だ。
サラは胸に手をあてる。そのようにすれば体中を這い回る感情が、少しづつ体の奥底に消え去っていくように感じる。
エドワードが嫌な人だったら良かったのに。もしエドワードと話しが全くあわず、お互い好意を持てない同士であったなら、お互いの接触を最小限にし、家と家の契約だと割り切りやすかっただろう。
大切にされたいという期待など持つことがないほど、嫌な人であったならどれほど楽だっただろう。
そしてエドワードが恋したナタリアが、大好きな親友ではなく、嫌な女だったら、あんな女を好きになるなんてと思い存分ののしることができた。嫌な女だと罵ることで心の中にわき起こる感情を発散させられた。
しかし現実にはナタリアは素晴らしい女の子で、そしてエドワードがなぜ彼女に惹かれるのか、この世で一番自分がよく分かっていた。
もし男に生まれていたら、絶対にナタリアを妻にすると思ってきたのは自分なのだ。
スコットとナタリアが、それぞれ目当ての食べ物を手にして、テーブルへと戻ってこようとしている。
エドワードの目が、ナタリアの姿を再びとらえたのが分かる。
サラは淑女の笑みをうかべた。誰にも自分の心の中を見透かされないよう。
いつから自分がそのように思うようになったのかサラは分からないが、気がつくと誰にとっても自分が一番大切にされる存在でないことを理解した。
両親にとって嫡男である兄が一番大切で、その次は弟だろう。
それは親戚達にもいえることで、サラは女児で、特に美しい容姿でもなければ、何かしら秀でた才能があるわけでもない。そのため特別大切にされることはなかった。
幼馴染みや仲の良い友人はいるが、彼らにとってもサラは、大勢の中の一人でしかない。
幼馴染みであり、お互い親友と呼び合っているナタリアがいるが、ナタリアにとって一番大切なのは、彼女の初恋であり、婚約者であるブライアンで、サラはナタリアにとって一番大切な存在ではない。
一番大切な存在にはなれないが、だからといって嫌われていたり、蔑ろにされているわけではない。それなりに大切にしてもらえている。おかげで多少の寂しさはあっても、誰からも愛されないと感じたことはなかった。
十歳の時に政略結婚の相手として、同い年のエドワードと顔合わせをした。少し目が垂れているエドワードは優しげにみえ、サラが本好きだと聞いたのでと、エドワードのお気に入りである冒険小説をプレゼントしてくれた。
お互い好きな本の傾向が似ていたこともあり、エドワードと話すのは楽しく、一緒にいるのが自然だった。定期的な交流を続けていく中で、気安く話せる友達のような関係を築いていったこともあり、サラはお互いが成長し、家族になることによって、一番大切な存在と思えるようになるのではと、ぼんやりと期待した。
結婚して夫婦という絆ができれば、自分のことを一番大切に思ってくれるかも、一番愛してくれるかもしれないと。
しかしそれが自分の思い込みでしかなかったことに気付く日がきた。
出来れば一生気付きたくなかった。
自分を一番大切に思ってくれる人がいると信じていたかった。
「またナタリアを目で追ってる」
心の中で溜め息をつきながら、サラはすっかり冷めたくなった紅茶を口に含む。
エドワード、エドワードの友人のスコット、親友のナタリアとサラの四人で、学園のカフェテリアでランチを一緒に食べていた。
食べ足りないと食べる物をみつくろいにいったスコットと、食後のデザートを探しにいったナタリアが席をはずしていた。
エドワードの視線が自分ではなく、ナタリアに注がれているのに気付いたのはいつだろう?
サラは思い返す。いや、わざわざ思い返さなくてもサラは知っていた。サラが親友のナタリアをエドワードに紹介した時に恋に落ちたことを。
目は口ほどにものを言う。エドワードの目は常にナタリアを追い、そして彼の気持ちを雄弁に語っていた。
エドワードのすぐ側で全てを見ていたサラは、彼の気持ちが手に取るように分かった。
「ああ、そうよね。私が誰かの一番になるなど、あるわけがなかったんだ」
サラは胸に手をあて、感じる痛みに耐えた。
サラとナタリアが並んで歩いていれば、エドワードが先に視線を向けるのは常にナタリア。
ナタリアに会いたいために、サラとの用事を作るエドワード。サラとナタリアは同じ学科で同じクラスだ。婚約者のサラに会いに来れば、サラの側にいるナタリアに会える。
エドワードは、サラという婚約者を蔑ろにするつもりはないようで、婚約者としての義務を怠るようなことは決してしなかった。
そしてナタリアへの想いを、無自覚に目で語っていたが、自分の気持ちを必死に隠していた。
それはエドワードが伯爵家の嫡男として、サラとの婚約が伯爵家にとって大切であるとしっかり理解しているためで、嫡男としての責任感が強いエドワードらしい行動だった。
「いっそのことナタリアが好きだ。学園にいる間はナタリアを好きでいることを許して欲しいと言われたかったかも」
サラは自分の感情が、揺れるのがつらかった。婚約者としてこれまでエドワードと良い関係を築き、もしかしたらお互いが一番大切な存在になれるかもと淡い期待を持っていた。
それだけに目の前で、彼の一番大切な存在にはなれないと突きつけられ、これまで想像したこともない感情が体中にあふれるのを感じ、それらの感情をどのように収めればよいのか分からなかった。
なぜエドワードは自分ではなくナタリアを見るのか。
なぜナタリアへみせる優しさが自分に向かないのか。
一体自分の何が悪いのか。
サラは自分の中でわきおこる際限のない疑問に疲れた。
そして自分が誰にとっても一番大切な存在になれないと分かってはいたが、それをまざまざと間近で見せつけられることに傷ついた。
周りの大人達が、政略結婚に愛を求めるなと言っていたのは、こういうことなのかと、ようやくその本当の意味を理解する。
貴族の婚姻に個の感情は必要ないといわれるが、それが意味することを真に理解するには、これまで子供過ぎたのだろう。
政略結婚の相手は、自分の近くにいる存在ではあるが、愛情で結ばれた存在ではない。隣りにいても、相手の気持ちが自分に向けられる訳ではない。
だからこそ政略結婚に愛を求めるな、個人的な感情は必要としていないと言われるのだろう。家と家との関係を作るための手段でしかないのだから。
頭ではそのことを理解できる。しかし感情が揺れてしまう。サラは必死に自分の感情をコントロールしようとした。
伯爵令嬢として感情をコントロールすることは叩き込まれている。表面的には感情を漏らすようなことをしていないと思うが、自分の内側に浮かびあがる感情をなだめるのは難しかった。
いつも何かあれば親友のナタリアに相談してきたが、今回はそうもいかない。
ナタリアがエドワードの気持ちに気が付いているかは分からないが、もし気付いていたとしても、ナタリアにはどうすることも出来ないだろう。
もし自分が逆の立場で、ナタリアの婚約者から好意を寄せられたとしたら。せいぜい彼を徹底して避ける、または何かしら嫌われそうなことをする程度のことしか思いつかない。
そしてナタリアに彼女の婚約者から好意を向けられてるなど、間違っても口に出せない。もしナタリアがそのようなことを言ってきたら、気のせいではとかわすだろう。
誰も頼ることが出来ないならば、自分で何とかするしかない。
サラは「エドワードに何も期待してはいけない」と呪文のように自分自身に言いきかせる。強い感情がわきあがる度に、呪文をとなえ続けた。
一番大切な存在になれない私。
誰かの一番大切な存在になりたいと思うこと自体が間違いだったのだ。望みすぎたのだ。
一番でなくとも婚約者として大切にされている。大事な部分はそこだったのだ。良好な関係を維持できれば、それでよいのだ。それで十分なのだ。
エドワードに今以上の関係を期待してはいけない。お互いが一つ屋根の下で、気持ちよく生活できるだけの好意さえあればよいのだ。気安い友達のような関係。それで十分だ。
サラは胸に手をあてる。そのようにすれば体中を這い回る感情が、少しづつ体の奥底に消え去っていくように感じる。
エドワードが嫌な人だったら良かったのに。もしエドワードと話しが全くあわず、お互い好意を持てない同士であったなら、お互いの接触を最小限にし、家と家の契約だと割り切りやすかっただろう。
大切にされたいという期待など持つことがないほど、嫌な人であったならどれほど楽だっただろう。
そしてエドワードが恋したナタリアが、大好きな親友ではなく、嫌な女だったら、あんな女を好きになるなんてと思い存分ののしることができた。嫌な女だと罵ることで心の中にわき起こる感情を発散させられた。
しかし現実にはナタリアは素晴らしい女の子で、そしてエドワードがなぜ彼女に惹かれるのか、この世で一番自分がよく分かっていた。
もし男に生まれていたら、絶対にナタリアを妻にすると思ってきたのは自分なのだ。
スコットとナタリアが、それぞれ目当ての食べ物を手にして、テーブルへと戻ってこようとしている。
エドワードの目が、ナタリアの姿を再びとらえたのが分かる。
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