Irregular ~存在を許されざるもの~

トド

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第七章 兆候

第七章 兆候

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 リスレ神殿とヴェリス神殿が主催する、ファリアとリナとの結婚式の日程がようやく決まった。
 ユウヤはもうすっかり家族として二人を迎えているが、やはりけじめとして、こういった式は必要だろうとも思う。

 もちろん、もうひとりの妻であるシノのことも忘れていない。
 彼女とも、同日に別の式場で式を挙げる予定になっている。

 この一ヶ月ほどは、式場やらの準備や手続きをはじめ、家の改築なども行ったし、会社や街の人々の厚意に応えるのも一仕事だった。
 目が回るような忙しさだったが、それもようやく落ち着き、ユウヤ達は久しぶりの平穏な休日を楽しんでいた。

「後二週間で、結婚式か……」
 ぼんやりとそんな事を考えながら、ユウヤは夕食を食べ終えると、先日購入したばかりの真新しいソファーに座って本を読んでいたのだが……。

「ユウヤ様、何の本をお読みになられているのですか?」
 夕食後の片付けを終えたファリアに尋ねられて、簡単に本の説明をする。

 だが、ファリアだけではなく、リナも何か言いたげな視線をこちらに向けていることに気づき、ユウヤは静かに本を閉じた。

「ああっ、ごめん。つい読書に夢中になってしまっていた。何か僕に用事があるんだね」
 ユウヤがそう言うと、ファリアとリナの顔が笑顔になる。

「いえ、その、用事というわけではないのですが……」
 リナは遠慮がちに言い、手にもった何かの紙の束を差し出してくる。
 赤い網目状の柄のそれが一体なんなのか、少しの間ユウヤは理解できなかった。

「その、読書のお邪魔をしてしまい申し訳ありませんが、よろしければ、ファリアさんとシノさんと一緒に、トランプで遊びませんか?」
「トランプ? ああっ、トランプか。ごめん、久しく見たことがなかったんで、理解するまで時間がかかってしまった。……というか、トランプって、この世界にもあるんだね」
 自分がこことは異なる世界からやってきたことは、ユウヤ自身が話したので妻たちはすでに知っている。だから、思わずそんな言葉が漏れてしまった。

「この世界、なんて言い方はあきまへんよ、ユウヤはん。そないなことを言うと、この二人が、ユウヤはんがいつか自分の居た世界に帰ってしまうんやないかと不安になってしまうやありまへんか」
 台所から最後にやってきたシノが、笑顔でユウヤを嗜める。

 彼女がこの家で寝食をともにするようになって、まだ二ヶ月に満たないのだが、まるで昔から一緒に暮らしていたかのような雰囲気を醸し出しているのはさすがとしか言いようがない。
 ファリアとリナもしっかりと家事をこなして家を守ってくれているが、やはりシノさんがいるといっそう心強い。

 ファリアとリナとシノさんがお互い気を使ってくれているおかげで、なんとかこの夫一人に妻が三人という状況でも平穏な日々が続いている。

「ああっ、そうですね。余計なことを言ってしまいました」
 最後にシノさんがやってきたということは、明日の朝食は和食だなと呑気に考えていたユウヤは、シノの思わぬ言葉に困ったように笑うしかない。

「シノ。何を言っているのですか。私はユウヤ様を信じています。それに、もしも何かしらの力が働き、ユウヤ様と離れ離れになるようなことがあっても、私は必ずユウヤ様を連れ戻してみせます」
 はっきりと断言するファリアに、ユウヤはまた苦笑するしかなかった。

「ははっ。愛されているな、僕は……」
 面映い気持ちが先立ってしまうが、素直にファリアの言葉は嬉しい。自分は果報者だとユウヤは改めて思う。

「あっ、リナ。話の腰を折ってゴメンね。トランプだったね。喜んで参加させてもらうよ」
「はい。ありがとうございます、ユウヤさん」
 満面の笑みを浮かべるリナの頭を撫でて、ユウヤは彼女からトランプを受け取る。

「広いテーブルがあるんやから、そこでやりましょう。いま、飲み物を用意しますんで」
 シノの提案に、皆は頷いて食事の際に使用するテーブルに場所を移す。
 食事をしているときも思うのだが、やはりこのテーブルの椅子が全て埋まるこの現状は、とても幸せなことだと思う。

「ところで、何をやろうか? できれば皆が知っているもののほうが良いと思うけど」
「何でも構いません。ユウヤ様と一緒ならば」
「ええ。そうです。ユウヤさん、よければユウヤさんのいた国の遊び方を教えて下さい」
 ファリアとリナの言葉に、ユウヤはようやく、この二人がどうして急にトランプをしようといってきたのかを理解した。

「あっ、そうか。ごめん、本当に気が利かないな、僕は」
 読書をしている間、自分にかまって貰えないことが寂しかったのだ。だから、皆で楽しめる遊戯をしたいと言ってくれたのだ。

「ふふっ、ユウヤはん。少しずつでええですから、これから皆で本当の家族になっていきましょう」
 ユウヤの心を読んだかのようなタイミングで、シノがお茶を差し出しながらユウヤにそんな言葉を投げかけてくる。

「ええ。分かりました」
 ユウヤは頷いてそう返すと、静かに手の中のトランプをシャッフルし始めた。

「そうだね。四人だから、『大富豪』や『ババ抜き』には少しメンツが足りないかな。でも、『ページワン』や『五十一』はシンプルすぎる気もするし……。『七並べ』、『ブラックジャック』、『ポーカー』なんて言うのも……」
「ふふっ。順番にやっていけばええやないですか。うちも知らない名前の遊びがあるんで楽しみです」
「はい。ユウヤさんはやっぱり博識なんですね」
「いや、そんな大したものじゃないよ」
 あまり人付き合いが良くなかった自分でも、知っているものを上げただけだ。

「さて、それでは始めようか。まずは……」
 ユウヤは笑顔でトランプを配る。
 ただ、きっとどのゲームだって、皆でやれば面白いに違いない。ユウヤはそう確信していた。



 第七章   兆候



「ふふっ、これでうちもあがりや」
「うっ、うううっ……」
 少し人数が少ないとは思いながらも、ババ抜きもやってみたのだが、どのカードを引こうか手を動かすだけで、表情が顔に出てしまうリナの一人負けが続いてしまった。そこで、ユウヤはひとまず休憩することを提案する。

「そうですね。いつの間にか、結構時間が経っていますし。あっ、飲み物を用意してきます」
 ファリアはそう言って、席を外して皆のコップや湯呑を手に、台所に向かっていった。

「リナ。そんなに落ち込む必要はないやないの。これはただの遊びなんやから」
「そうだよ、リナ」
「うっ、うう。ですが……」
 涙顔になるリナの頭を優しく撫でて、ユウヤは彼女を落ち着かせる。

「……でも、まさかトランプがあるとは思わなかったな。もしかすると、他にも僕の知っている遊戯があるのかも知れない」
「ユウヤはんの故郷の遊戯ですか? 気になります。よかったらどんな物があるのか教えて下さい」
 何気なく呟いた言葉に、シノが乗ってきた。

「あっ、私も興味があります」
「ふふっ、もちろん私もです。飲み物を頂きながら、今日はユウヤ様に話をしていただきましょう」
 飲み物を持ってきてくれたファリアも同意する。

 流石に明日は仕事だし、ユウヤが疲れていることも理解してくれているので、今日は妻たちとの夜の生活はないことになっている。眠くなるまで話をするのもいいだろう。

「ええと、ボードゲームなら、最初に浮かぶのは、将棋やオセロかな? 麻雀は全くわからないから……」
「しょうぎ……ですか?」
「おせろ? 聞いたことがありません」
 怪訝な顔をするのは、ファリアとリナ。

「将棋はうちの故郷にはありますが、この国では一般的ではありまへんな。おせろ、いうんはうちもしりまへんな」
「ああっ、そうなんですか。ええと、簡単に説明すると……」
 ユウヤが説明すると、妻たちは納得してくれた。

「なるほど。オセロというのは、リバーシに似ています」
 リナの説明に、ユウヤは「ああ、リバーシはあるんだ」と驚きながらも納得する。
「そして、将棋というものは、チェスに近いものがありますね」
「チェスもあるんだ……。う~ん、まだまだ分からないことがいっぱいだなぁ」
 ユウヤは、自分がこの世界のことをまるで知らないことを再認識させられた。

 思い返してみれば、先程から何気なしに後二週間で結婚式だと考えているが、この世界の暦が、自分の居た国と同じ太陽暦の一種のグレゴリオ歴を使っていることも不思議といえば不思議だ。

 思考が脱線しそうになったことに気づき、ユウヤは頭を切り替えて、チェスの話題に話を戻す。

「しかし、チェスか……。そういえば、あまり細かいことは知らないな。将棋なら駒の動かし方くらいなら分かるんだけど」
「簡単にでよろしければ、説明させて下さい」
「……せやな。一般常識として知っといても問題はないはずです」
 教える気満々のファリアに、シノも同意する。

「駒の種類はご存知だと思いますが、兵士のポーン。騎士のナイト。戦車のルーク。僧侶のビショップ。女王のクイーン。そして王様のキングですね。そして、駒の動きは……」
「ああっ、なるほど。本当に将棋に似ているなぁ」
 説明を一通り受けて、ユウヤは駒の動かし方を理解することができた。

「せやけど、将棋と違う点も、チェスにはあります。マス目が違うのも大きな差異です。そして、将棋の場合は相手の駒を取るとそれを自分の駒として再利用できますが、チェスではそのようなことはできまへん」
「なるほど」
 ユウヤはそう頷きながらも、シノの口からチェスの説明が出てくることに少し違和感を覚えてしまう。普段から着物を愛好する彼女には、やはり将棋のほうが似合っていると思う。

「チェスも面白そうだね。でも、どうせなら皆でできる遊戯のほうがいいよね、きっと」
「はい。私も、皆さんでできる遊びが良いです」
 リナを始め、皆がユウヤの言葉に同意する。

 ユウヤがシノを娶ることにファリアとリナも賛同してくれた。だが、彼女たちとシノ当人から、二つお願いをされてしまった。

 その一つが、皆を平等に愛すること。そしてもう一つはこれ以上決して妻や妾を増やさないこと。

 だが、この二つはユウヤも今後心がけようと思っていたことなので、特段問題はなかった。

 そして、意識をして皆を平等に愛するように心がけている。もちろん、浮気などは決してしない。

「……こんな恵まれた現状は、僕にはもったいないくらいなんだ。この幸せを大切に守らないと」
 ユウヤは心の中で自身に言い聞かせ、再びトランプを手にとった。

「次は何をしようか?」
 ユウヤのその問いに、三人の妻たちは嬉しそうに微笑んだ。
 そしてこの日は夜が更けるまで、幸せな家族の時間を過ごしたのだった。



  ◇


「……あたし、何がしたいんだろう?」
 そう自問しても、答えなんて出てこない。

 あたしは一張羅のドレスを身に纏い、大きな花束を手に立ち尽くしていた。この、ユウヤさんたちの結婚式が行われる教会の裏で。

 今日は、このカリスの街での一大イベントが執り行われる日。この街にいるただ一人の男性であるユウヤさんの結婚式が執り行われる。

 式には街の者は誰もが参加できるのだが、あたしはどうしても式が始まる前にユウヤさんに会っておきたかった。だから、手紙を書いた。
 結婚式が始まる前に、会いたいという内容の手紙を。

「ユウヤさんの晴れの舞台なのに、無茶なお願いをしてしまって……。きっと、出て来てくれないよね……」
 指定の時間はもうすぐ。でも、私は半分諦めている。

 リナに手を上げてしまったあの日から、あたしはどんな顔をしてリナやユウヤさんに会えば良いのか分からずに、配達の仕事の担当も代わってもらい、意識的に会うのを避けてきた。

 きっと、ユウヤさんはあたしのことなんて気にもかけていないに違いない。

 あんなに可愛いリナや、ファリアさんというものすごい美少女。そして何よりもユウヤさんが大好きなシノさんと一緒に暮らしている。それも当然だろう……。

「……時間を置けばこの気持ちも薄らぐと思っていたけど、駄目だった。だから、あたしはユウヤさんに会って、この気持ちに決着をつけないといけない。そうしないと、立ち上がれないから……」

 あたしは顔を俯けて、暗い思考の海に沈んでいた。でも、そこに……。

「はぁっ、はぁっ。ごめん、コリィ。いろいろやらなければいけないことがあって、遅くなってしまった」

 あたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。久しぶりに聞く、でも、決して忘れることのない男の人の声が。

「……ユウヤさん。……なんで、来てくれたの?」
 自分が呼び出したにも関わらず、あたしは思わずそう尋ねてしまった。

「えっ? いやっ、コリィが手紙をくれたからだよ。しばらくの間全く顔を合わせることがなかったから心配していたんだ。でも、元気そうでよかった」
 ユウヤさんは白いタキシード姿だった。普段見ることがまったくない姿に驚きながらも、その優しい表情と声はあたしの知っている、大好きな……。

「……はははっ。そっ、そうだよね。何を言っているんだろう、あたしってば」
 あたしはそう言って微笑む。懸命にこみ上げてくる涙を堪えながら。

「その、ユウヤさん。あたしにはユウヤさんの結婚を祝う資格がないのは分かっているんだけど……。でも、きっと今日を逃したら、あたし……」
「えっ? もしかして、招待状が届いていなかったのかな? きちんと確認して、コリィにも送ったはずだったんだけど……」

 話が噛み合わない。

 ユウヤさんは、あたしがリナに嫉妬して手を上げたことを知らないのだろうか?

「……ユウヤさん、リナから聞いてないの? あたしは……」
「リナから? ああ、リナが君に会いたがっていたよ。ただ、少し神殿から来た司祭様と話があると言っていたから、今は居ないけど……」
「そっか。うん。リナはそういう性格だよね……」
 あたしはリナの気遣いに感謝をし、そして、自分がどれだけ我儘で身勝手なのかを理解した。

「……リナには敵わないな。……そっか、あたしみたいな馬鹿な女がユウヤさんに愛してもらえるはずなんてなかったんだ……」
 人間としての出来が違いすぎる。
 シノさんとは比較にもならないと分かっていたけれど、自分は同い年のリナと比較しても矮小なのだと思い知らされてしまった。

「ごめんね、リナ。必ず謝りに行くから。そして、浅ましいあたしの最後の我儘だから、これだけは許して。お願い……」
 あたしは、戸惑いの顔をするユウヤさんに笑みを向ける。

「ユウヤさん、あたしのお願いを聞いてくれてありがとう。どうしても、結婚式が始まる前に、ユウヤさんに会ってお祝いの言葉を言いたかったんだ。
 式が始まってからじゃあ、なかなか面と向かって言えそうもないから……」
 あたしはそう言って、手にしていた花束をユウヤさんに差し出す。

「結婚おめでとう、ユウヤさん」
「あっ、ああ。そうだったんだ。気を使わせてしまったね」
 ユウヤさんはあたしの嘘を疑いもせずに聞き入れて、花束を受け取ってくれた。

「ありがとう、コリィ」
 あたしが聞きたかった言葉を言ってくれた。

 もしも、ユウヤさんがあたしを受け入れてくれたのならば、あたしの告白をこんなふうに受け止めてくれたのだろう。

 それは、ただの妄想。でも、あたしはこのもしもの可能性だけは体験したかった。だから、こんな手の込んだことをした。

「ごめんね、ユウヤさん。忙しい中時間を作ってもらって。あたしの我儘に付き合ってくれてありがとう。忙しいんでしょう? もうあたしの用事は終わったから戻ってあげて」
「あっ、そうだね。こちらこそありがとう、コリィ。とても嬉しかったよ」
 ユウヤさんはあたしに笑顔を向けてくれて、足早に教会の中に戻っていった。

 今日の式の主役なのだから、多忙なのだ。なのに、それなのにあたしのために無茶をしてくれたのだ。

「……さようなら、あたしの初恋……」
 あたしはユウヤさんの姿が見えなくなったのを確認し、声を押し殺して泣いた。
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