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第一章 エルマイラムの冒険者
⑧ 『制裁』
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「あらっ、レイちゃん。おかえりなさい。セインちゃんも奥で待ってい……」
「ジェノは何処ですか?」
バルネアの店に戻ってきたレイは、笑顔で出迎えてくれたバルネアに端的に用件を告げる。
幸いなことに客は居ない。普段の営業時間ではないのだから当然だ。自警団のメンバーのためだけに、バルネアさんは店を開けてくれているのだから。
「どうしたの、レイちゃん?」
「…………」
バルネアの問にも、レイは答えない。返事をする余裕もなかったのだ。今は怒りを押し殺すだけで精一杯だった。
そして、
「俺ならここにいる」
店の奥からジェノが出てきた。自警団の制服を脱いだ、簡素な私服姿で。
「……面を貸せ」
「分かった。裏口から少し歩いたところに空き地がある。そこでいいか?」
「ああ」
レイが頷くと、ジェノは踵を返して店の裏口に向かう。
ジェノの後頭部を殴りたい気持ちを押し殺して、レイはそれについて行く。そして、すぐに目的の場所にたどり着いた。
「それで、何のようだ?」
振り返りざまに呟かれたその言葉を聞いた瞬間、レイの中でプツンと何かが切れ、気がつくと全力でジェノの頬を殴り飛ばしていた。
ジェノは倒れこそしなかったが、口の中を切ったのか、唇の端から血を流す。だが、レイの怒りはそんなもので治まりはしない。
相変わらず無表情な顔にもう一度全力で拳を叩き込む。今度は踏ん張ることができず、ジェノは地面に倒れた。
「お前は、自分が何をしたのか分かっていないのか!」
怒りに拳を震わせながらレイは叫ぶ。だが、ジェノは全く気にした様子はなく、静かに立ち上がった。
「俺がギルドから請け負った依頼は、たしかに自警団に協力することだ。だが、非番の時までお前たちに付き合う義理はない」
「そんな詭弁が通るとでも思っているのか! お前は俺達からあの化け物の情報だけを盗み、仲間と結託して俺達をはめた! 手柄を独り占めにするためにな!」
ジェノがしたのは間違いなく裏切りだ。そのことを許すわけにはいかない。こんな、こんな非道な行いが許されていいはずがないのだ。
だが、ジェノは静かに手で口元を拭い、
「手柄? そんなものに興味はない。俺は別の依頼を遂行しただけだ」
そんな事を口にする。
「どういうことだ? 何を言っているんだ、お前は!」
「俺は冒険者見習いだが、それを提示した上で依頼されれば、正規の冒険者と同じように依頼を受けることができる。そして、二つ以上の仕事を請け負った場合、期限を破らなければ、どちらを優先するかは俺の判断で決めることができるんだ」
ジェノが何を言わんとしているか分からない。レイは冒険者のルールなど知らないのだから。だが、ジェノが自警団への協力依頼の他に、別の依頼を受けていたことだけは理解できた。
「依頼の内容は、お前たち自警団に先んじてあの化け物を殺す事だ。報酬は大銀貨十枚と少し。割の良い仕事だったので、そちらを優先した。それだけだ」
ジェノは悪びれた様子もなく、そんなふざけたことを当たり前のように言う。
「……そうか。つまりお前は、金のために俺達を裏切ったということか!」
大銀貨十枚。たしかに大金だ。レイの月給の五ヶ月分以上だ。だが、そんな理由で簡単に依頼主を裏切る奴など、最低のクズだ。
「ああ。だが、俺はルールに沿った行動をしただけだ。これ以上文句があるのであれば、冒険者ギルドに苦情を入れるんだな」
「貴様!」
レイは完全に頭に血が上り、ジェノを殴りつける。だが、その一撃は空を切った。
「これ以上、殴られてやる理由もない。まだ続けるのなら、俺もただでは置かない」
そう言って、ジェノは拳を構える。
「上等だ。その仏頂面を泣き顔に変えてやる!」
そこからレイとジェノの殴り合いが始まりそうになったが、
「止めてください! 二人共!」
そんな女の声が二人を止めた。
声を上げたのは、いつの間にかやって来ていたメルエーナだった。そして、彼女の隣には、ひどく悲しそうな顔で今にも泣き出しそうなバルネアもいる。
「ジェノちゃんもレイちゃんも、どうして喧嘩なんてしているの?」
そう言って涙をこぼすバルネアの姿に、レイは怒りを懸命に飲み込んだ。
「バルネアさん……。くそっ!」
殴り足りない。だが、バルネアさんをこれ以上悲しませたくない。
レイは握っていた拳を下ろす。
「……ジェノ。今日はここまでだ。だが、俺はお前を許さん」
「そうか」
ジェノもそう言って拳を下ろした。
「レイちゃん……」
泣き止まないバルネアに、レイは「すみません」とだけ言って彼女の横を通り過ぎる。
とりあえず、セインを連れて帰らなければならない。
レイはモヤモヤする気持ちを押し殺して、セインを連れて帰ろうとバルネアの店に向かう。だが、そんな彼の背中に女の怒声が響く。
「どうして、どうして貴方はこんなひどいことをするんですか!」
振り返ると、キッとした表情でこちらを睨んでくる少女の、メルエーナの姿があった。
「何も知らねぇのに、余計な口を挟むな! こいつは殴られて当然のことをしたんだ!」
レイの怒りの声にも、メルエーナは怯まない。
「何も知らないのはどっちですか! 貴方がジェノさんの何を知って……」
「メルエーナ!」
ジェノは大声でメルエーナの言葉を遮る。
「……すみません。ですが……」
まだメルエーナはなにか言いたげだったが、ジェノに睨まれて言葉を噤んだ。
「…………」
レイは何も言わずにその場を後にする。
どうしてバルネアとメルエーナがこんな最低の男の身を案じるのか、レイには理解できなかった。
「ジェノは何処ですか?」
バルネアの店に戻ってきたレイは、笑顔で出迎えてくれたバルネアに端的に用件を告げる。
幸いなことに客は居ない。普段の営業時間ではないのだから当然だ。自警団のメンバーのためだけに、バルネアさんは店を開けてくれているのだから。
「どうしたの、レイちゃん?」
「…………」
バルネアの問にも、レイは答えない。返事をする余裕もなかったのだ。今は怒りを押し殺すだけで精一杯だった。
そして、
「俺ならここにいる」
店の奥からジェノが出てきた。自警団の制服を脱いだ、簡素な私服姿で。
「……面を貸せ」
「分かった。裏口から少し歩いたところに空き地がある。そこでいいか?」
「ああ」
レイが頷くと、ジェノは踵を返して店の裏口に向かう。
ジェノの後頭部を殴りたい気持ちを押し殺して、レイはそれについて行く。そして、すぐに目的の場所にたどり着いた。
「それで、何のようだ?」
振り返りざまに呟かれたその言葉を聞いた瞬間、レイの中でプツンと何かが切れ、気がつくと全力でジェノの頬を殴り飛ばしていた。
ジェノは倒れこそしなかったが、口の中を切ったのか、唇の端から血を流す。だが、レイの怒りはそんなもので治まりはしない。
相変わらず無表情な顔にもう一度全力で拳を叩き込む。今度は踏ん張ることができず、ジェノは地面に倒れた。
「お前は、自分が何をしたのか分かっていないのか!」
怒りに拳を震わせながらレイは叫ぶ。だが、ジェノは全く気にした様子はなく、静かに立ち上がった。
「俺がギルドから請け負った依頼は、たしかに自警団に協力することだ。だが、非番の時までお前たちに付き合う義理はない」
「そんな詭弁が通るとでも思っているのか! お前は俺達からあの化け物の情報だけを盗み、仲間と結託して俺達をはめた! 手柄を独り占めにするためにな!」
ジェノがしたのは間違いなく裏切りだ。そのことを許すわけにはいかない。こんな、こんな非道な行いが許されていいはずがないのだ。
だが、ジェノは静かに手で口元を拭い、
「手柄? そんなものに興味はない。俺は別の依頼を遂行しただけだ」
そんな事を口にする。
「どういうことだ? 何を言っているんだ、お前は!」
「俺は冒険者見習いだが、それを提示した上で依頼されれば、正規の冒険者と同じように依頼を受けることができる。そして、二つ以上の仕事を請け負った場合、期限を破らなければ、どちらを優先するかは俺の判断で決めることができるんだ」
ジェノが何を言わんとしているか分からない。レイは冒険者のルールなど知らないのだから。だが、ジェノが自警団への協力依頼の他に、別の依頼を受けていたことだけは理解できた。
「依頼の内容は、お前たち自警団に先んじてあの化け物を殺す事だ。報酬は大銀貨十枚と少し。割の良い仕事だったので、そちらを優先した。それだけだ」
ジェノは悪びれた様子もなく、そんなふざけたことを当たり前のように言う。
「……そうか。つまりお前は、金のために俺達を裏切ったということか!」
大銀貨十枚。たしかに大金だ。レイの月給の五ヶ月分以上だ。だが、そんな理由で簡単に依頼主を裏切る奴など、最低のクズだ。
「ああ。だが、俺はルールに沿った行動をしただけだ。これ以上文句があるのであれば、冒険者ギルドに苦情を入れるんだな」
「貴様!」
レイは完全に頭に血が上り、ジェノを殴りつける。だが、その一撃は空を切った。
「これ以上、殴られてやる理由もない。まだ続けるのなら、俺もただでは置かない」
そう言って、ジェノは拳を構える。
「上等だ。その仏頂面を泣き顔に変えてやる!」
そこからレイとジェノの殴り合いが始まりそうになったが、
「止めてください! 二人共!」
そんな女の声が二人を止めた。
声を上げたのは、いつの間にかやって来ていたメルエーナだった。そして、彼女の隣には、ひどく悲しそうな顔で今にも泣き出しそうなバルネアもいる。
「ジェノちゃんもレイちゃんも、どうして喧嘩なんてしているの?」
そう言って涙をこぼすバルネアの姿に、レイは怒りを懸命に飲み込んだ。
「バルネアさん……。くそっ!」
殴り足りない。だが、バルネアさんをこれ以上悲しませたくない。
レイは握っていた拳を下ろす。
「……ジェノ。今日はここまでだ。だが、俺はお前を許さん」
「そうか」
ジェノもそう言って拳を下ろした。
「レイちゃん……」
泣き止まないバルネアに、レイは「すみません」とだけ言って彼女の横を通り過ぎる。
とりあえず、セインを連れて帰らなければならない。
レイはモヤモヤする気持ちを押し殺して、セインを連れて帰ろうとバルネアの店に向かう。だが、そんな彼の背中に女の怒声が響く。
「どうして、どうして貴方はこんなひどいことをするんですか!」
振り返ると、キッとした表情でこちらを睨んでくる少女の、メルエーナの姿があった。
「何も知らねぇのに、余計な口を挟むな! こいつは殴られて当然のことをしたんだ!」
レイの怒りの声にも、メルエーナは怯まない。
「何も知らないのはどっちですか! 貴方がジェノさんの何を知って……」
「メルエーナ!」
ジェノは大声でメルエーナの言葉を遮る。
「……すみません。ですが……」
まだメルエーナはなにか言いたげだったが、ジェノに睨まれて言葉を噤んだ。
「…………」
レイは何も言わずにその場を後にする。
どうしてバルネアとメルエーナがこんな最低の男の身を案じるのか、レイには理解できなかった。
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