彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
8 / 249
第一章 エルマイラムの冒険者

⑧ 『制裁』

しおりを挟む
「あらっ、レイちゃん。おかえりなさい。セインちゃんも奥で待ってい……」
「ジェノは何処ですか?」
 バルネアの店に戻ってきたレイは、笑顔で出迎えてくれたバルネアに端的に用件を告げる。

 幸いなことに客は居ない。普段の営業時間ではないのだから当然だ。自警団のメンバーのためだけに、バルネアさんは店を開けてくれているのだから。

「どうしたの、レイちゃん?」
「…………」
 バルネアの問にも、レイは答えない。返事をする余裕もなかったのだ。今は怒りを押し殺すだけで精一杯だった。

 そして、
「俺ならここにいる」
 店の奥からジェノが出てきた。自警団の制服を脱いだ、簡素な私服姿で。

「……面を貸せ」
「分かった。裏口から少し歩いたところに空き地がある。そこでいいか?」
「ああ」
 レイが頷くと、ジェノは踵を返して店の裏口に向かう。

 ジェノの後頭部を殴りたい気持ちを押し殺して、レイはそれについて行く。そして、すぐに目的の場所にたどり着いた。

「それで、何のようだ?」
 振り返りざまに呟かれたその言葉を聞いた瞬間、レイの中でプツンと何かが切れ、気がつくと全力でジェノの頬を殴り飛ばしていた。

 ジェノは倒れこそしなかったが、口の中を切ったのか、唇の端から血を流す。だが、レイの怒りはそんなもので治まりはしない。

 相変わらず無表情な顔にもう一度全力で拳を叩き込む。今度は踏ん張ることができず、ジェノは地面に倒れた。

「お前は、自分が何をしたのか分かっていないのか!」
 怒りに拳を震わせながらレイは叫ぶ。だが、ジェノは全く気にした様子はなく、静かに立ち上がった。

「俺がギルドから請け負った依頼は、たしかに自警団に協力することだ。だが、非番の時までお前たちに付き合う義理はない」
「そんな詭弁が通るとでも思っているのか! お前は俺達からあの化け物の情報だけを盗み、仲間と結託して俺達をはめた! 手柄を独り占めにするためにな!」

 ジェノがしたのは間違いなく裏切りだ。そのことを許すわけにはいかない。こんな、こんな非道な行いが許されていいはずがないのだ。

 だが、ジェノは静かに手で口元を拭い、
「手柄? そんなものに興味はない。俺は別の依頼を遂行しただけだ」
 そんな事を口にする。

「どういうことだ? 何を言っているんだ、お前は!」
「俺は冒険者見習いだが、それを提示した上で依頼されれば、正規の冒険者と同じように依頼を受けることができる。そして、二つ以上の仕事を請け負った場合、期限を破らなければ、どちらを優先するかは俺の判断で決めることができるんだ」

 ジェノが何を言わんとしているか分からない。レイは冒険者のルールなど知らないのだから。だが、ジェノが自警団への協力依頼の他に、別の依頼を受けていたことだけは理解できた。

「依頼の内容は、お前たち自警団に先んじてあの化け物を殺す事だ。報酬は大銀貨十枚と少し。割の良い仕事だったので、そちらを優先した。それだけだ」
 ジェノは悪びれた様子もなく、そんなふざけたことを当たり前のように言う。

「……そうか。つまりお前は、金のために俺達を裏切ったということか!」

 大銀貨十枚。たしかに大金だ。レイの月給の五ヶ月分以上だ。だが、そんな理由で簡単に依頼主を裏切る奴など、最低のクズだ。

「ああ。だが、俺はルールに沿った行動をしただけだ。これ以上文句があるのであれば、冒険者ギルドに苦情を入れるんだな」

「貴様!」
 レイは完全に頭に血が上り、ジェノを殴りつける。だが、その一撃は空を切った。

「これ以上、殴られてやる理由もない。まだ続けるのなら、俺もただでは置かない」
 そう言って、ジェノは拳を構える。

「上等だ。その仏頂面を泣き顔に変えてやる!」

 そこからレイとジェノの殴り合いが始まりそうになったが、

「止めてください! 二人共!」

 そんな女の声が二人を止めた。

 声を上げたのは、いつの間にかやって来ていたメルエーナだった。そして、彼女の隣には、ひどく悲しそうな顔で今にも泣き出しそうなバルネアもいる。

「ジェノちゃんもレイちゃんも、どうして喧嘩なんてしているの?」
 そう言って涙をこぼすバルネアの姿に、レイは怒りを懸命に飲み込んだ。

「バルネアさん……。くそっ!」
 殴り足りない。だが、バルネアさんをこれ以上悲しませたくない。

 レイは握っていた拳を下ろす。

「……ジェノ。今日はここまでだ。だが、俺はお前を許さん」
「そうか」
 ジェノもそう言って拳を下ろした。

「レイちゃん……」
 泣き止まないバルネアに、レイは「すみません」とだけ言って彼女の横を通り過ぎる。

 とりあえず、セインを連れて帰らなければならない。
 レイはモヤモヤする気持ちを押し殺して、セインを連れて帰ろうとバルネアの店に向かう。だが、そんな彼の背中に女の怒声が響く。

「どうして、どうして貴方はこんなひどいことをするんですか!」
 振り返ると、キッとした表情でこちらを睨んでくる少女の、メルエーナの姿があった。

「何も知らねぇのに、余計な口を挟むな! こいつは殴られて当然のことをしたんだ!」
 レイの怒りの声にも、メルエーナは怯まない。

「何も知らないのはどっちですか! 貴方がジェノさんの何を知って……」
「メルエーナ!」
 ジェノは大声でメルエーナの言葉を遮る。

「……すみません。ですが……」
 まだメルエーナはなにか言いたげだったが、ジェノに睨まれて言葉を噤んだ。

「…………」
 レイは何も言わずにその場を後にする。

 どうしてバルネアとメルエーナがこんな最低の男の身を案じるのか、レイには理解できなかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...