彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
45 / 249
第二章 その出会いに、名をつけるのならば

⑭ 『既視感』

しおりを挟む
 ……目が覚めてしまった。
 疲れ切った体はまだ睡眠を欲しているのだが、頭が妙にはっきりしていて眠れそうにない。

 メルエーナの隣では、イルリアが静かに寝息を立てている。
 気丈に振る舞っていたが、やはり彼女も疲れ切っていたのだろう。

 イルリアが彼女のテントに入れてくれたおかげで、安心して睡眠を取ることが出来た。その上、ジェノの無謀な提案に取り乱してしまった自分が寝付くまで、彼女はずっと楽しい話を聞かせてくれた。落ち着かせてくれた。
 本当に、いくら感謝しても感謝しきれない。そして、迷惑をかけ通しの自分を反省する。

「…………」
 どうしようか迷ったが、自分の精神が少し落ち着きを取り戻していることを悟ったメルエーナは、イルリアを起こさないように注意し、テントの外に出ることにした。

 月がまだ高い。
 眠ってから、まだそれほど時間が経過していないのだろう。

「眠れないのか?」
 火の番をしているジェノが話しかけてきた。

「……いえ。少し眠りました」
 自然と声が固くなってしまい、メルエーナは自分の失敗を悔やむが、ジェノは気にした様子はなく、「そうか」とだけ口にする。

 考えないようにしようと思っていたのだが、ジェノの顔を見てしまうと、我慢ができなかった。
 メルエーナは黙って歩み寄り、火を挟んでジェノの向かいに座る。

 無言だった。

 ジェノは何も言わない。メルエーナも何も言葉を口にしない。
 そんな時間が、何分か続いた。

 ジェノは無言のまま、手を動かし、荷物から取っ手のついた木のコップを取り出す。そして、夕食のスープを作った簡易かまどで熱していた小さな鍋の液体を、そこに注ぐ。

「飲めるのなら飲んでおけ。気持ちを落ち着けるお茶だ。水分補給にもなる」
 ジェノは立ち上がってメルエーナの側に来ると、そのコップを彼女の前に置く。

「……頂きます」
 メルエーナがそう言ってコップを手に取ると、ジェノはまた元の位置に戻って腰を下ろした。

 メルエーナはお茶に息を吹きかけて冷ますと、一口それを口に運ぶ。
 複雑な香りが入り混じっているが、口当たりが良くて飲みやすい。

「美味しいです。ハーブティーですね」
「ああ。俺が世話になっている料理人が作ってくれたものだ」

 ジェノのその言葉に、「そうなんですか」と頷いたメルエーナだったが、そこでジェノの変化に気づく。

 ジェノは自分から積極的に話そうとはしない。そしてこちらが話しかけても、返事も、「ああ」とか「そうか」と言った一言ばかりだった。
 だが今は、少しだが個人的な、私的なことを話してくれた。彼なりに、無言のまま何も言えずにいる自分が話しやすいようにと気を使ってくれているのだろう。

 メルエーナは苦笑する。
 この人は本当に無愛想で分かりにくい。

「料理人さんですか?」
 ジェノの気遣いを無下にしないように、メルエーナは彼の優しさに甘えることにする。

「ああ。俺に料理を教えてくれている」
 ジェノはそう言って、自分もお茶を口にする。

「羨ましいです。私も、将来は料理人になりたいと思っているんです。でも、私の育った小さな村では、なかなか思うような修行が出来なくて」
 メルエーナがそう言うと、ジェノは少し間を空けてから口を開いた。

「セインラースという街に行ったことはないか? エルマイラム王国とは別の大陸の街なんだが……」
「セインラース? いえ、名前も初めて聞きました。その、恥ずかしいことなんですが、私はこの村から出たことがないんです。ですから、行ったことはありません」
 ジェノのあまりにも突飛な問に驚きながらも、メルエーナは正直に答える。

「そうか。おかしな質問をしてすまなかった」
「あっ、いえ。ですが、どうしてそんな事を?」
 そう尋ね返すと、ジェノは少しの沈黙の後に口を開く。
 
「その街で、俺はお前によく似た……。いや、きっと俺の思い違いだろう。随分昔の話だからな」
 ジェノはそう言って、一人納得してお茶を口にする。

「ジェノさんも、私に会ったことがあるような気がするんですか?」
 意を決して、メルエーナはジェノにそう尋ねる。

「……ああ。だが、俺は十年近く前に、今のお前と瓜二つの姿の人間に会ったような気がするだけだ。きっと、他人の空似だろう」
 仮に十年前だとすると、メルエーナはその時六歳だ。流石に成長した今とは姿形が違いすぎる。

「ふふっ。不思議ですね。私も、ジェノさんを初めて見かけたときに、どこかで会ったような気がして仕方がなかったんです。どうしてなんでしょうね?」
「さぁな。まるで見当もつかん」

 メルエーナは微笑んだが、ジェノは相変わらずの仏頂面だ。
 だが、ほんの少しだけジェノの口角が上がっていることにメルエーナは気づく。
 もう少しその顔を見ていたかったが、そろそろ本題に入るべきだと思い、メルエーナは真剣な眼差しをジェノに向ける。

「ジェノさん。明日のことですが、やはり私は、ジェノさんが犠牲になるような方法を取って欲しくありません」
 メルエーナの真摯な言葉に、ジェノは無言でまたお茶を口にする。

「そもそも、おかしいです。どうして貴方は、そんなに私達を守ろうとしてくれるんですか? 命をかけようとするんですか? 私達は出会ったばかりだというのに……」
 メルエーナの当然の疑問に、ジェノはコップを静かに地面に置いて口を開く。

「仕事だからだ。それ以上でも以下でもない。特に今回は、同じ冒険者見習いが不祥事を起こした。それを放置しておくわけにはいかない」
 彼の答えは、まったくメルエーナには理解できないものだった。

「そんな理由で、貴方は命を捨てようとするんですか? そんなの絶対におかしいです!」
「……俺は俺の考えで行動している。それをとやかく言われる筋合いはない」
 怒るでもなく、ジェノはただ淡々と言い、

「もう休め。眠れなくても、横になって目を閉じておけば、少しは体力も回復するはずだ。辺りが明るくなり次第出発する。明日が本番だ」
 更にそう続けた。

「ジェノさん!」
「お前の体力が万全でなければ、リスクが増す。それは分かるだろう?」

 メルエーナの悲痛な声にも、ジェノは眉一つ動かさず、ただ事実だけを彼女に突きつける。

「……分かりました。休みます」
「ああ。そうしてくれ」
 ジェノはそう言うと、それ以上は何も言わずに黙り込んだ。

 メルエーナは溢れ出そうな涙を堪えながら、テントに戻るしかなかった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...