彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
46 / 249
第二章 その出会いに、名をつけるのならば

⑮ 『困惑』

しおりを挟む
 なかなか眠ることができなかったが、メルエーナはジェノに言われたとおり、横になって目を閉じて少しでも体力を回復させることに努める。

 途中、気を失うような感覚で思考が落ち、そしてまた覚醒するというサイクルを繰り返す。自分が思うよりも、疲れが溜まっていたようだ。

 快眠とはとても言えないが、体力を回復させるためだと、みんなの足を引っ張らないようにするためだと、自分に言い聞かせてそれを続けた。
 
 外から聞こえる声に、何度目か分からない短い睡眠をから目を覚ましたメルエーナは、それが父の声だと理解して耳を傾ける。

「ジェノ。少しは休め。俺が見張りを代わる」
「ですから、それは不要です。いざというときに自分が動けなければ、対応が遅れます。大丈夫です。徹夜には慣れています」
「だが……」

 コーリスが相手でも、ジェノは決して自分の考えを曲げない。
 彼の言うことが正しい事は、メルエーナにだって分かる。
 父も腕力には自信があるが、弓矢を使って攻撃してくる相手と戦った経験などあるはずがない。
 
 しばらく父とジェノの声が聞こえたが、やがて静かになった。
 テントの入り口を僅かに開いて外を見ると、ジェノが一人でまた火の番と見張りをしているのが見えた。
 
 何もできない自分が恨めしくて恥ずかしい。ただ、ジェノにだけ重い負担を掛けてしまうことが申し訳なくて仕方がない。

 そうメルエーナが忸怩たる思いに体を震わせていると、

「……メル」

 背後からイルリアの声が聞こえた。

「イルリアさん……。ごめんなさい。起こしてしまいまして」
「ううん。さっきから、眠ったり起きたりの繰り返しよ。だから、気にしないで」
 イルリアはそう言うと、小さく嘆息する。

「あの馬鹿のことを気に病む必要はないわよ。何度かこんな風に野宿することになったことがあるんだけれど、私がいくら休むように言っても、あいつが言うことを聞いたことなんてないんだから」
「……ジェノさんは、いつもこうなんですか?」
「ええ。いつもこう。私はその度に、あいつの顔を引っ叩いてやりたくなってしかたないわ」

 テントの入口の隙間から入ってくる焚き火の明かりしか光源がないため、イルリアの顔は見えないが、きっと彼女は苦笑しているのだろうとメルエーナは思った。

「メル。なかなか寝付けないとは思うけれど、なんとか休みましょう。明日に差し支えるわ」
「……はい。おやすみなさい、イルリアさん」
「ええ。おやすみ、メル」

 メルエーナは再び目を閉じて休むことにする。
 イルリアと少し話ができたことがよかったのか、メルエーナは少し深めの睡眠を取ることができた。







 メルエーナが目を覚ましたのは、日が昇り始めた頃だった。
 隣で眠るイルリアの寝息も聞こえる。どうやら彼女も寝付けたようだ。

 テントの入口を少し開けて外を確認すると、焚き火がかなり小さくなっていた。そして、その傍らで、ジェノが座ったまま体を僅かに傾かせている。

 眠っているのだろうか? 
 そう思い、外に出ようとしたメルエーナだったが、そこで思わぬ事が起きた。

 ジェノの顔の横に、何かが現れた。細長い棒状の何かが突然現れて、空中で停止したのだ。
 それが矢であることをメルエーナが理解するには、数秒の時間が必要だった。

「メル! 外に出て! 今すぐ!」
 眠っていたはずのイルリアが、突然そう大声で指示をしてくる。

「はっ、はい!」
 訳がわからないが、今はイルリアのいうことを聞くことが最良だと判断し、彼女の言うとおりにテントの外に出る。

「イルリア! 二人を頼む!」
 ジェノはメルエーナ達がテントの外に出るや否や、大声でそう叫び、朝日の登る方向に走り出していく。

「ジェノ! 距離のとり方から、そいつ一人だけが弓使いよ!」
 そんなジェノに、イルリアが大声でそんな事を告げる。
 
 何が起こったのかまるで分からない。
 でも、先程の矢は……。
 つまり、あの冒険者達が襲って……。

 思考を巡らせた結果、事態に気づき恐怖に震えて自分の肩を抱くメルエーナ。
 そんな彼女を、イルリアが片手で抱きしめる。

「大丈夫。私達の勝ちよ」
「……えっ? イルリアさん……どういう意味……」
 メルエーナがイルリアに言葉の意味を問う前に、父のコーリスもテントから転がるように出てきた。

「大丈夫か、メル!」
「はっ、はい!」
 父に無事であることを告げる。

 そして、メルエーナは再度イルリアに説明を求めようと思ったのだが、そこで父に向かって何かが飛んできた。

 それは、短剣だった。父の胸めがけて放られたであろうそれは、しかし先程の矢と同じように、父に当たる前に空中で停止してしまう。

「……なるほど。これが魔法か。本当に訳がわからないほどにすごい力だな」
 コーリスは驚きながらも、空中に止まった短剣を避け、メルエーナ達に駆け寄る。

「出てきなさい! この一帯を結界で囲んだわ。この中では一切の飛び道具は役に立たないし、もう逃げることはできない」
 イルリアが木の茂みに向かってそう叫ぶと、そこから小柄の男とにやけた笑みを浮かべた男が武器を片手に出てきた。間違いなく、あのポイとローグと言う名前の冒険者だ。

「なんで、なんで俺達がここにいると分かった?」
 怒りで顔を赤くしながら、ポイは尋ねてくる。

「言ったでしょう。結界を張ったって。あんた達が馬鹿で本当に助かったわ」
 答えにならない答えを言い、イルリアはポーチから銀色の薄い板を取り出していつでも使用できるように構える。

「へっ、よく分からねぇが、飛び道具でなければいいんだろう? それなら何の問題もねぇ」
 ポイは短剣を構えてイルリアに近づいてくる。

 それをコーリスが阻もうとしたが、イルリアは、「下がっていて下さい、コーリスさん」と言って、自分が前に出る。

「何だよ、イルリア。なるべくならお前のことも傷つけたくなかったのに、少し痛い目をみないと分からないようだな」
 にやけた笑みを消すこともなく、ローグはそう言い、

「へへっ。本当に最近のガキは発育が良いよな。革鎧の胸の部分の大きさで、中身の大きさがよく分かるぜ。待っていろよ、その邪魔な男を片付けたら、楽しませて貰うからなぁ」

 イルリアの胸を凝視して舌なめずりをする。

「ローグさんよ。メルエーナとかいう嬢ちゃんは俺にくれよ。村で見かけたときから目をつけていたんだからな」
「ああ、いいぜ。俺は胸がでかいほうが好みだからな」
 勝手な約束を取り交わし、二人の男は武器を構えてにじり寄ってくる。

「下品な顔。そして、おめでたい頭ね。私に勝てると思っているの?」
「へっ。ハッタリは効かねぇよ。この結界とやらの魔法を先に使っていた事には驚いたが、その手に持っているものには、もう魔法は残っていないんだろう?
 あの雷の魔法ってやつは、有効範囲が広すぎてここでは使えない。下手をしたらお前たちも巻き込まれるだろうからな」
 ローグはそう言って声を上げて笑う。

 どうして、イルリアさんの魔法がもう残っていないことを知っているのだろう? しかも、雷の魔法のことまで……。
 メルエーナはその事を疑問に思いながらも、コーリスに促されて、彼の背に隠れる。

「ジェノが戻ってくる前に片付けるぞ、ポイ」
「ああ。クインがやられちまう前に片付けて、この嬢ちゃん達を攫おうぜ」
 武器を持った男二人が近づいてくる。

 ジェノは、もう一人の冒険者を追ってこの場にはいない。
 武器もない。そして、頼みのイルリアの魔法も使えない。
 万事休すだ。
 メルエーナはただ怯えることしかできない。

 しかし、イルリアは違った。

「そう。最低のクズね、あんた達は。なら、容赦はしない!」
 イルリアは銀色の薄い板を、躊躇なくローグ達に向けてかざした。

 次の瞬間、光り輝く鎖が地面から何本も現れて、ローグとポイをまたたく間にがんじがらめに拘束する。

「なっ、なんだ、この魔法は?」
「なっ、なんで、魔法が残って……。もう、魔法は雷以外残っていねぇはず……」
 全く予想外だったのだろう。ローグとポイは驚愕の表情を浮かべる。

「あっ、コーリスさんとメルはもう少しこいつらから離れて下さい。危険ですので」
「ああ、分かった。下がるぞ、メル」
「えっ? あっ、はい」
 メルエーナは何が何だか分からないが、父に言われるままに後ろに下がる。

 どうして、イルリアさんは魔法を使えるのだろう? 
 彼女が嘘をついていた? でも、どうして?
 訳が分からなすぎて混乱してしまう。

「ふざけるな! お前はもう魔法が残っていないはずだろう?」
「そうだ、雷の魔法しかないって……。おっ、俺たちを騙したのか!」
 鎖で拘束されながらも文句をいう二人の冒険者に、イルリアはポーチからまた別の銀色の板を取り出す。

「あんた達、さっきから雷の魔法、雷の魔法ってうるさいわね。そんなに見たいのなら見せてあげるわよ。それと、依頼人を裏切ったあんた達に文句を言われる筋合いはないわ」
 イルリアは自分も少し距離を取ると、動けない男二人に向かってまた板をかざす。

 瞬間、横に走る稲光がローグとポイに襲いかかった。
 そして、苦悶の声を上げて、二人は仲良く気絶する。

 おかしい。雷の魔法は範囲が広いと言っていたのに、今の雷のようなものはそれほど大きなものではなかった。
 あの話も嘘だったのだろうか?
 
「ああ。この雷の魔法は、昨日話したのとは別なだけよ。ジェノが戻ってきたら説明してあげるから、少しだけ待っていて」
 メルエーナの心を読んだように、イルリアはそう言って少し意地悪な笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...