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第二章 その出会いに、名をつけるのならば
⑯ 『責任』
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程なくして、ジェノが戻ってきた。
長身の男――クインを連れて。
クインはロープで腕を体に縛りつけられて、ジェノにそのロープの先を引かれて連行されている。
恐らく、戦闘があったのだろう。クインの鼻はおかしな方向に曲がり、鼻血が流れたままになっている。
ジェノには怪我らしい怪我もないようなので、メルエーナは安堵した。
「そちらも方がついたようだな」
メルエーナ達のもとに歩み寄ってきたジェノは、雷の魔法の直撃を受けて気絶している二人の冒険者を一瞥すると、力を込めてロープを引き、そこに縄に縛られたクインも座らせる。
「イルリア。二人の相手をさせて済まなかったな。助かった」
「万が一にも弓を使う相手を逃せないことくらい、私でも分かるわよ」
珍しく謝罪の言葉を口にするジェノに、イルリアはそっけなく返す。
「そいつらの体に触れたくないから、拘束はあんたがやってよね。そろそろ<鎖>の魔法が解けちゃうから」
「ああ。三人纏めて縛っておく」
ジェノはすぐに作業を開始し、ローグ、ポイ、ケインの三人の冒険者見習い達は、大木の根本に縛り付けられた。更には口にもロープが巻きつけられる。
「ジェノ。こいつらをどうするつもりだ? 村まで連れて帰るのか?」
コーリスのもっともな問に、ジェノは頷く。
「こいつらは、案内人である貴方を殺そうとしました。然るべき裁きを受けさせなければいけません。ですが、まずはお二人の安全確保が最優先です。まずは四人で村に戻りましょう。その後で、こいつらを回収します」
「それくらい、他の冒険者に頼みなさいよ。村についたら報告書を作らないといけないでしょう。少しは休みなさいよ、この馬鹿!」
「それはそれだ。同じ依頼を受けた冒険者見習いの一人として、同業者の不始末は最後まで責任を持たなければいけないだろう」
イルリアの気遣いにも、全く聞く耳を持たないジェノ。だが、そこでイルリアはにんまりと笑う。
「そう。そうよね。責任は大事よね。それじゃあ、メルにもきちんと責任を取って、全部説明してあげなさいよ。
あんたがメルにだけ今回の作戦を説明しなかったことは、もう全部話してあるから」
イルリアはそう言うと、今まで無言だったメルエーナを手招きして招き寄せる。
「ジェノさん……」
メルエーナはジェノに真っ直ぐな視線を向ける。
ジェノが自分に作戦というものを教えなかったのには理由があると思う。けれど、せめて説明はしてもらいたい。彼の口からしっかりと。
そうでなければ、流石に納得がいかない。
「時間が惜しい。これから朝食の準備をする。話は朝食を食べながらでいいか?」
「はい」
メルエーナは頷き、ジェノが話してくれるのを待つことにした。
◇
朝食はまたスープだったが、昨日のものとは味も見た目もまるで違った。
乾燥させたトマトから出汁をとったスープは、メルエーナが初めて口にする、酸味と旨味が口いっぱいに広がる素晴らしい味わいだ。
最悪、朝食は抜きになるものだと思っていたメルエーナは、ジェノ達に感謝する。
だが……。
「……約束だったな」
スープを一口だけ飲んだジェノは、もの言いたげな視線を投げかけるメルエーナに説明を開始する。
「俺がローグ達三人の行動に違和感を覚えたのは、コーリスさんが崖に転落してから意識を取り戻すまでの間に、一度も俺達を探し出そうという素振りが見えなかったからだ」
「素振り、ですか? ですが、あの時はイルリアさんが魔法で辺りを暗くして……」
「俺は手近な木にロープを巻き付けて、崖下に降りたんだ。生憎とそれを回収する手段はなかった。魔法の効果が切れたあとに俺達を追いかけようとする奴らが、それを見落とすはずはない。
だから、奴らは俺達が崖下方向に行ったことは分かっていたんだ。ここまではいいか?」
ジェノの言葉に、メルエーナは頷く。
「コーリスさんが目を覚ますまで動けなかったあの時、パニックを起こすことのないようにと、お前たちには気にしても仕方がないと言ってはいたが、俺は内心では、奴らが必ず追ってきて、そこで戦闘になると思っていた。……だが、奴らは俺達に攻撃を仕掛けてこなかった。そこが引っかかった」
ジェノの説明を聞けば、確かにと思うが、メルエーナは意識が戻らない父のことで頭が一杯で、そのようなことを考える余裕はまったくなかった。
「ローグ達の立場で考えてみると、俺達の姿を見失うことは自身の破滅に繋がる。村に無事に戻られてしまったら終わりだ。だが、奴らには焦りが見えなかった。まるでいつでも俺達を見つけられるとでも言わんばかりの行動に思えた」
「……なるほどな。そこまで考えていたのか」
父が感心したように言う。どうやら、父もこの辺りの経緯は聞かされていなかったようだと、メルエーナは理解する。
「では、奴らが俺達をいつでも見つけられると思っているのは何故だろうか? そこで俺は、あいつらがイルリアのような魔法が込められた道具を持っているのではと推測した」
「まぁ、それくらいしか考えられないわよね」
イルリアはそう言い、スープを口に運ぶ。
「そこで、次はその魔法の道具とはどのようなものかと考えた。一番厄介なのは対象者が個別にどこにいるのか分かるものだが、そんな高性能なものが今の時代に残っていて、冒険者見習いが手にしているとは考えにくい。
それに、もしもそんなものがあるのであれば、あいつらはそれこそ機会を待たずに、崖上から俺に向かって矢を射掛けていたはずだ」
「それでは、ジェノさんは、あの人達がどんな道具を持っていると考えたんですか?」
メルエーナの問に、ジェノは「声を認識する道具だ」と端的に答えた。
「声、ですか?」
「ああ。視覚的なものでないとしたら、聴力的なものだろう。だが、漠然と音を探るだけでは、あまりにもその種類が多すぎる。だから、人間の声だけを拾う道具ではと考えた」
そこでジェノは視線をメルエーナの手元に移した。
それが、手が止まっているという意味だと分かり、彼女は食事を再開する。
「確証はまったくなかった。だが、その可能性が否定できなかった俺は、まずコーリスさんにこの可能性を伝えた」
「えっ? 声を出したら聞こえてしまうのでは……。……あっ! あの時の相談ですね」
この水場にたどり着いたときに、ジェノが剣を使って地面に何かを描いていた。あの時に文字として父に伝えたに違いない。
「ああ。地面に地図を描き、今後の予定を相談するまねをした。そしてその横に文字を書いてこの事を伝えたんだ。それはイルリアにも同様だ」
そこまで聞き、メルエーナはやはり自分だけが蚊帳の外であったことを再認識する。
もちろん、あの三人にこちらが探索方法に気づいていることを悟られるわけには行かなかったのは理解できる。だがやはり、やるせない気持ちになってしまう。
「ジェノさん。その、私が足手ま……」
「待て。お前に話さなかった理由は、すべてを話してから説明する」
言葉を遮り、ジェノは話を続ける。メルエーナは力なく「はい」と頷いた。
「昨日話したことだが、この道を先に進んだ箇所で往路と合流する。俺はそこで奴らに強襲される可能性を潰したいと思った。
更に欲を言えば、『どこに潜んでいるのか分からない』という相手の最大の武器を潰したかった。だから、罠を仕掛けた」
「罠? それが、イルリアさんの言っていた、ケッカイというものですか?」
「ああっ、ちょっと違うわね。確かにそれも罠の一つだけれど、こいつが言いたいのは、それらを含めた『誤った情報』その物のことよ」
事情がまだ分かっていないメルエーナに、イルリアが助け舟を出してくれた。
「そうだ。だから俺はイルリアに、こちらに残っている魔法が、『威力は強いが、範囲が広くて使いにくい雷の魔法』しかないと、あえて言わせた。そして、俺が玉砕覚悟で奴らを巻き込むつもりだと口にしたんだ」
「あいつらは軽い気持ちで、私とメルを襲おうと考えていただけ。あんたと刺し違えるなんてことはしないと思ったって訳ね」
「ああ。そうだ」
ジェノとイルリアの話を聞き、メルエーナもようやく話の全貌が見えてきた。
「そして、馬鹿な奴らは、一番の脅威である魔法がもうおいそれとは使えないと思い込んで襲撃を仕掛けてきたわけよ。
こっちは野営の準備の最中に、すでに飛び道具無効の結界を用意して待ち構えていたのにね」
「なぁ、そのケッカイというのがいまいち分からないんだが、なんなんだ、それは?」
早々にスープを食べ終わったコーリスが、イルリアに尋ねる。
「説明が少し難しいですけれど、無茶なことができる空間ですね。限られた範囲かつ発動条件が難しいのですが、その分強力な魔法なんです」
「まぁ、よく分からんが、実際に空中で停止した短剣を見たからな。すごい力だってことだけは分かった」
コーリスはそう言って苦笑する。
同じように不可思議な現象を目の当たりにしたメルエーナは、百聞は一見に如かず、という言葉は正しいと思った。
「ここまでの説明で、分からないことはあるか?」
「いいえ。分かりました……」
メルエーナは力なくジェノに微笑む。
やはり、足手まといにしかならないから、ジェノが自分に何も話さなかったことが分かってしまった。
本当に、自分は駄目だなと思ってしまう。
「メルエーナ。ここまで説明すれば分かったかもしれないが、俺がお前にこの事実を伝えなかった理由は一つ。お前に協力してもらうためだ」
「……えっ?」
思いもしないジェノの言葉に、顔を俯けていたメルエーナは、慌ててジェノの方を向く。
「俺達は、『誤った情報』を奴らに聞かせ、それを信じ込ませる必要があった。だが、慣れていない人間に、いきなり演技をしろと言ってもできるものではない。
下手をすると、こちらの意図を読まれてしまう可能性もある。だから、俺はあえてお前にこれらのことは一切伝えずに、素のままでいてもらった」
ジェノはそう言い、メルエーナに頭を下げた。
「すまなかった。俺はお前を利用した。だが、言い訳にしかならないが、それがなければ、奴らは恐らく俺達の誘いには乗ってこなかったはずだ。
あの時の俺の無謀な提案に、コーリスさんが真っ先に反対してくれたが、申し訳ないが演技っぽさが出てしまっていた。だが、次に続いたお前の言葉は演技でもなんでもなかった。それが幸いしたのだと俺は思っている」
頭を下げたまま、ジェノはメルエーナに詫びる。
「そっ、その、頭を上げて下さい。ジェノさんが私に謝ることなんてないじゃあありませんか……」
「いや。これは謝罪しなければならないことだ。お前が俺達に協力したいと思ってくれている気持ちを踏みにじった。どうか、詫びさせて欲しい」
いっこうに頭をあげようとはしないジェノに、メルエーナは困ってしまってイルリアに目で助けを求める。
だが、イルリアは、「少しくらいは反省させときなさい」と言って食事を再開してしまう。
父の方をみると、自分の演技にダメ出しをされたのがショックだったようで、なにやら落ち込んでぶつぶつ言っている。
「ああっ、もう。分かりましたから、頭を上げて下さい!」
メルエーナはジェノに逆に懇願する事になってしまう。
だが、その反面、メルエーナは無意識であったとしても、ジェノ達の役に立てていたことが少し嬉しく、救われた思いだった。
長身の男――クインを連れて。
クインはロープで腕を体に縛りつけられて、ジェノにそのロープの先を引かれて連行されている。
恐らく、戦闘があったのだろう。クインの鼻はおかしな方向に曲がり、鼻血が流れたままになっている。
ジェノには怪我らしい怪我もないようなので、メルエーナは安堵した。
「そちらも方がついたようだな」
メルエーナ達のもとに歩み寄ってきたジェノは、雷の魔法の直撃を受けて気絶している二人の冒険者を一瞥すると、力を込めてロープを引き、そこに縄に縛られたクインも座らせる。
「イルリア。二人の相手をさせて済まなかったな。助かった」
「万が一にも弓を使う相手を逃せないことくらい、私でも分かるわよ」
珍しく謝罪の言葉を口にするジェノに、イルリアはそっけなく返す。
「そいつらの体に触れたくないから、拘束はあんたがやってよね。そろそろ<鎖>の魔法が解けちゃうから」
「ああ。三人纏めて縛っておく」
ジェノはすぐに作業を開始し、ローグ、ポイ、ケインの三人の冒険者見習い達は、大木の根本に縛り付けられた。更には口にもロープが巻きつけられる。
「ジェノ。こいつらをどうするつもりだ? 村まで連れて帰るのか?」
コーリスのもっともな問に、ジェノは頷く。
「こいつらは、案内人である貴方を殺そうとしました。然るべき裁きを受けさせなければいけません。ですが、まずはお二人の安全確保が最優先です。まずは四人で村に戻りましょう。その後で、こいつらを回収します」
「それくらい、他の冒険者に頼みなさいよ。村についたら報告書を作らないといけないでしょう。少しは休みなさいよ、この馬鹿!」
「それはそれだ。同じ依頼を受けた冒険者見習いの一人として、同業者の不始末は最後まで責任を持たなければいけないだろう」
イルリアの気遣いにも、全く聞く耳を持たないジェノ。だが、そこでイルリアはにんまりと笑う。
「そう。そうよね。責任は大事よね。それじゃあ、メルにもきちんと責任を取って、全部説明してあげなさいよ。
あんたがメルにだけ今回の作戦を説明しなかったことは、もう全部話してあるから」
イルリアはそう言うと、今まで無言だったメルエーナを手招きして招き寄せる。
「ジェノさん……」
メルエーナはジェノに真っ直ぐな視線を向ける。
ジェノが自分に作戦というものを教えなかったのには理由があると思う。けれど、せめて説明はしてもらいたい。彼の口からしっかりと。
そうでなければ、流石に納得がいかない。
「時間が惜しい。これから朝食の準備をする。話は朝食を食べながらでいいか?」
「はい」
メルエーナは頷き、ジェノが話してくれるのを待つことにした。
◇
朝食はまたスープだったが、昨日のものとは味も見た目もまるで違った。
乾燥させたトマトから出汁をとったスープは、メルエーナが初めて口にする、酸味と旨味が口いっぱいに広がる素晴らしい味わいだ。
最悪、朝食は抜きになるものだと思っていたメルエーナは、ジェノ達に感謝する。
だが……。
「……約束だったな」
スープを一口だけ飲んだジェノは、もの言いたげな視線を投げかけるメルエーナに説明を開始する。
「俺がローグ達三人の行動に違和感を覚えたのは、コーリスさんが崖に転落してから意識を取り戻すまでの間に、一度も俺達を探し出そうという素振りが見えなかったからだ」
「素振り、ですか? ですが、あの時はイルリアさんが魔法で辺りを暗くして……」
「俺は手近な木にロープを巻き付けて、崖下に降りたんだ。生憎とそれを回収する手段はなかった。魔法の効果が切れたあとに俺達を追いかけようとする奴らが、それを見落とすはずはない。
だから、奴らは俺達が崖下方向に行ったことは分かっていたんだ。ここまではいいか?」
ジェノの言葉に、メルエーナは頷く。
「コーリスさんが目を覚ますまで動けなかったあの時、パニックを起こすことのないようにと、お前たちには気にしても仕方がないと言ってはいたが、俺は内心では、奴らが必ず追ってきて、そこで戦闘になると思っていた。……だが、奴らは俺達に攻撃を仕掛けてこなかった。そこが引っかかった」
ジェノの説明を聞けば、確かにと思うが、メルエーナは意識が戻らない父のことで頭が一杯で、そのようなことを考える余裕はまったくなかった。
「ローグ達の立場で考えてみると、俺達の姿を見失うことは自身の破滅に繋がる。村に無事に戻られてしまったら終わりだ。だが、奴らには焦りが見えなかった。まるでいつでも俺達を見つけられるとでも言わんばかりの行動に思えた」
「……なるほどな。そこまで考えていたのか」
父が感心したように言う。どうやら、父もこの辺りの経緯は聞かされていなかったようだと、メルエーナは理解する。
「では、奴らが俺達をいつでも見つけられると思っているのは何故だろうか? そこで俺は、あいつらがイルリアのような魔法が込められた道具を持っているのではと推測した」
「まぁ、それくらいしか考えられないわよね」
イルリアはそう言い、スープを口に運ぶ。
「そこで、次はその魔法の道具とはどのようなものかと考えた。一番厄介なのは対象者が個別にどこにいるのか分かるものだが、そんな高性能なものが今の時代に残っていて、冒険者見習いが手にしているとは考えにくい。
それに、もしもそんなものがあるのであれば、あいつらはそれこそ機会を待たずに、崖上から俺に向かって矢を射掛けていたはずだ」
「それでは、ジェノさんは、あの人達がどんな道具を持っていると考えたんですか?」
メルエーナの問に、ジェノは「声を認識する道具だ」と端的に答えた。
「声、ですか?」
「ああ。視覚的なものでないとしたら、聴力的なものだろう。だが、漠然と音を探るだけでは、あまりにもその種類が多すぎる。だから、人間の声だけを拾う道具ではと考えた」
そこでジェノは視線をメルエーナの手元に移した。
それが、手が止まっているという意味だと分かり、彼女は食事を再開する。
「確証はまったくなかった。だが、その可能性が否定できなかった俺は、まずコーリスさんにこの可能性を伝えた」
「えっ? 声を出したら聞こえてしまうのでは……。……あっ! あの時の相談ですね」
この水場にたどり着いたときに、ジェノが剣を使って地面に何かを描いていた。あの時に文字として父に伝えたに違いない。
「ああ。地面に地図を描き、今後の予定を相談するまねをした。そしてその横に文字を書いてこの事を伝えたんだ。それはイルリアにも同様だ」
そこまで聞き、メルエーナはやはり自分だけが蚊帳の外であったことを再認識する。
もちろん、あの三人にこちらが探索方法に気づいていることを悟られるわけには行かなかったのは理解できる。だがやはり、やるせない気持ちになってしまう。
「ジェノさん。その、私が足手ま……」
「待て。お前に話さなかった理由は、すべてを話してから説明する」
言葉を遮り、ジェノは話を続ける。メルエーナは力なく「はい」と頷いた。
「昨日話したことだが、この道を先に進んだ箇所で往路と合流する。俺はそこで奴らに強襲される可能性を潰したいと思った。
更に欲を言えば、『どこに潜んでいるのか分からない』という相手の最大の武器を潰したかった。だから、罠を仕掛けた」
「罠? それが、イルリアさんの言っていた、ケッカイというものですか?」
「ああっ、ちょっと違うわね。確かにそれも罠の一つだけれど、こいつが言いたいのは、それらを含めた『誤った情報』その物のことよ」
事情がまだ分かっていないメルエーナに、イルリアが助け舟を出してくれた。
「そうだ。だから俺はイルリアに、こちらに残っている魔法が、『威力は強いが、範囲が広くて使いにくい雷の魔法』しかないと、あえて言わせた。そして、俺が玉砕覚悟で奴らを巻き込むつもりだと口にしたんだ」
「あいつらは軽い気持ちで、私とメルを襲おうと考えていただけ。あんたと刺し違えるなんてことはしないと思ったって訳ね」
「ああ。そうだ」
ジェノとイルリアの話を聞き、メルエーナもようやく話の全貌が見えてきた。
「そして、馬鹿な奴らは、一番の脅威である魔法がもうおいそれとは使えないと思い込んで襲撃を仕掛けてきたわけよ。
こっちは野営の準備の最中に、すでに飛び道具無効の結界を用意して待ち構えていたのにね」
「なぁ、そのケッカイというのがいまいち分からないんだが、なんなんだ、それは?」
早々にスープを食べ終わったコーリスが、イルリアに尋ねる。
「説明が少し難しいですけれど、無茶なことができる空間ですね。限られた範囲かつ発動条件が難しいのですが、その分強力な魔法なんです」
「まぁ、よく分からんが、実際に空中で停止した短剣を見たからな。すごい力だってことだけは分かった」
コーリスはそう言って苦笑する。
同じように不可思議な現象を目の当たりにしたメルエーナは、百聞は一見に如かず、という言葉は正しいと思った。
「ここまでの説明で、分からないことはあるか?」
「いいえ。分かりました……」
メルエーナは力なくジェノに微笑む。
やはり、足手まといにしかならないから、ジェノが自分に何も話さなかったことが分かってしまった。
本当に、自分は駄目だなと思ってしまう。
「メルエーナ。ここまで説明すれば分かったかもしれないが、俺がお前にこの事実を伝えなかった理由は一つ。お前に協力してもらうためだ」
「……えっ?」
思いもしないジェノの言葉に、顔を俯けていたメルエーナは、慌ててジェノの方を向く。
「俺達は、『誤った情報』を奴らに聞かせ、それを信じ込ませる必要があった。だが、慣れていない人間に、いきなり演技をしろと言ってもできるものではない。
下手をすると、こちらの意図を読まれてしまう可能性もある。だから、俺はあえてお前にこれらのことは一切伝えずに、素のままでいてもらった」
ジェノはそう言い、メルエーナに頭を下げた。
「すまなかった。俺はお前を利用した。だが、言い訳にしかならないが、それがなければ、奴らは恐らく俺達の誘いには乗ってこなかったはずだ。
あの時の俺の無謀な提案に、コーリスさんが真っ先に反対してくれたが、申し訳ないが演技っぽさが出てしまっていた。だが、次に続いたお前の言葉は演技でもなんでもなかった。それが幸いしたのだと俺は思っている」
頭を下げたまま、ジェノはメルエーナに詫びる。
「そっ、その、頭を上げて下さい。ジェノさんが私に謝ることなんてないじゃあありませんか……」
「いや。これは謝罪しなければならないことだ。お前が俺達に協力したいと思ってくれている気持ちを踏みにじった。どうか、詫びさせて欲しい」
いっこうに頭をあげようとはしないジェノに、メルエーナは困ってしまってイルリアに目で助けを求める。
だが、イルリアは、「少しくらいは反省させときなさい」と言って食事を再開してしまう。
父の方をみると、自分の演技にダメ出しをされたのがショックだったようで、なにやら落ち込んでぶつぶつ言っている。
「ああっ、もう。分かりましたから、頭を上げて下さい!」
メルエーナはジェノに逆に懇願する事になってしまう。
だが、その反面、メルエーナは無意識であったとしても、ジェノ達の役に立てていたことが少し嬉しく、救われた思いだった。
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