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第三章 誰がために、彼女は微笑んで
② 『慟哭と偽善』
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雨が強くなってきた。
だけど、私はそんなことはお構いなしに、地面を這って進む。
「……カルラ……。レーリア……」
もう一人ではまともには歩けない私が、力尽きて倒れた二人に近づくには、この方法しか残されていなかった。
「……カーフィア様。お願いします。私から、これ以上奪わないで下さい。もう、私に残されたものは、大切な友人だけなのです……」
動くのに精一杯で、声を発する力もない私は、懸命に心のなかで懇願する。
地面を這いずり進む私の姿は、それは無様で気味の悪いものだったのだろう。けれど、私は他人の目など気にする余裕はなかった。
私が悪かったのだろうか?
大切な友人にさえも全てを明かさなかったから。
嘘を口にしてしまったから。
だから、女神カーフィア様は私にこのような罰を与えたというのだろうか?
それとも、司祭様達が言うように、これも私に与えた試練だというのだろうか?
「……お願いします。私は、お勤めも満足にできない役たたずです。しかし、カルラとレーリアは、貴女様に誠心誠意奉仕をしていた熱心な信徒だったではありませんか。どうか、どうか……」
懸命に祈り、私は手近だったカルラの元に何とか辿り着くことが出来た。
けれど、そこで私が見たのは、目を開いたまま動かなくなっている親友の姿だった。
「……カルラ……。カルラ……」
親友の死に顔があまりにも痛々しくて、私は堪えきれずに涙をこぼす。
つい少し前まで、いつものように明るい笑顔を浮かべて、冗談を言って笑っていたはずのカルラが、死んでしまった。
こんな私を守ろうとしなければ、レーリアと一緒に生き残ることが出来たかもしれないのに。
「……どうして、動かないの……」
懸命に手を動かそうとしたが、ここまで這いつくばって来るのに体力を使い切ってしまった。もう腕に力が入らない。
カルラのまぶたを閉じてあげる力さえ、今の私には残されていなかった。
「あっ、うぁあああああああああっ!」
かすれる声で叫んだ。
それは、私の精一杯の怒りの声。
「……カーフィア様。貴女は、私の最後の願いさえ叶えては下さらないのですか! 私から、カルラとレーリアさえも奪うのですか!」
声の限りに叫んだはずなのに、私の言葉はただのうめき声にしかならない。
もう、大声で叫ぶ力も、私には残されていないのだ。
雨が次第に激しくなってくる中、私はただずっと事切れた親友の側で泣き続けた。
それしか、私にできることはなかった。
◇
「くそっ、酷い有様だな……。 レイ! キール! 警戒を怠るな。まだ賊が何処かに潜んでいるかもしれん」
乗合馬車が賊に襲われている。
旅人が急ぎ知らせてくれたその一報から、ガイウスは部下二人と共に馬を走らせて、現場に急行した。
しかし、彼らがたどり着いたのは、全てが終わってしまった後だった。
ガイウス達が到着すると、半壊した馬車を中心に、無事だった乗客四人が集まっていた。
雨が激しくなってきたので、体温を奪われないようにと身を寄せ合っていたらしい。
彼らの周りには、賊と思われる男たちが三人地面に倒れていた。微かにだが息はしているようだ。
そして、賊と乗客の間に倒れている少女が二人と、その少女の側で泣く、フードを深めに被って顔を隠している者がいる。
残念ながら、二人の少女はすでに事切れていた。
少し離れた所で発見された、御者と思われる男と同じ様に。
乗客の話だと、ナイムの街に近づいたため、馬車がスピードを落としていたところを賊に襲われたのだという。
馬が殺され、御者が賊に斬られた。そして、馬車はバランスを崩し横転。
だが、少女二人が、メイスという金属でできた短い棍棒を手に、賊十数名を相手に応戦したのだという。
結果として、彼女たちの奮闘のおかげで、賊は撤退を余儀なくされたらしい。
だが、彼女達も若い命を散らせることとなってしまった。
「雨がひどい。すぐに代わりの馬車が来るはずだが、君も他の乗客と一緒にいた方がいい」
事切れた少女の元から離れようとしないフードの人物に、ガイウスは声をかける。
「……いいんです。もう、すべてが終わってしまったんです」
声を聞いて、ガイウスはフードの人物が女性だと分かった。
「すまない。何と言えばいいのか分からない。だが、このままでは凍えてしまう……」
ガイウスはそう言って、フードの女性の前に移動して、その目を見て話そうとした。
だが、そこでガイウスはその女性の顔を一瞥して、言葉を失ってしまった。
「……それに、私のような女と一緒では、みなさんに迷惑がかかります。どうか、このまま私をここに置いていって下さい」
かすれる声でそう言うと、女はそれ以上何も言わなくなってしまう。
しかし、ガイウスは代えの馬車がナイムの街からやって来ると、このフードの女、いや、少女を、それに無理やり搭乗させた。
何であれ、彼女はまだ生きているのだから。
そう自分に言い聞かせて。
それが、どれほど残酷なことかを理解しながら。
ただの自己満足のための偽善だと思いながらも。
……けれど、彼のこの行動は、やがて歴史を変えるきっかけとなる。
だけど、私はそんなことはお構いなしに、地面を這って進む。
「……カルラ……。レーリア……」
もう一人ではまともには歩けない私が、力尽きて倒れた二人に近づくには、この方法しか残されていなかった。
「……カーフィア様。お願いします。私から、これ以上奪わないで下さい。もう、私に残されたものは、大切な友人だけなのです……」
動くのに精一杯で、声を発する力もない私は、懸命に心のなかで懇願する。
地面を這いずり進む私の姿は、それは無様で気味の悪いものだったのだろう。けれど、私は他人の目など気にする余裕はなかった。
私が悪かったのだろうか?
大切な友人にさえも全てを明かさなかったから。
嘘を口にしてしまったから。
だから、女神カーフィア様は私にこのような罰を与えたというのだろうか?
それとも、司祭様達が言うように、これも私に与えた試練だというのだろうか?
「……お願いします。私は、お勤めも満足にできない役たたずです。しかし、カルラとレーリアは、貴女様に誠心誠意奉仕をしていた熱心な信徒だったではありませんか。どうか、どうか……」
懸命に祈り、私は手近だったカルラの元に何とか辿り着くことが出来た。
けれど、そこで私が見たのは、目を開いたまま動かなくなっている親友の姿だった。
「……カルラ……。カルラ……」
親友の死に顔があまりにも痛々しくて、私は堪えきれずに涙をこぼす。
つい少し前まで、いつものように明るい笑顔を浮かべて、冗談を言って笑っていたはずのカルラが、死んでしまった。
こんな私を守ろうとしなければ、レーリアと一緒に生き残ることが出来たかもしれないのに。
「……どうして、動かないの……」
懸命に手を動かそうとしたが、ここまで這いつくばって来るのに体力を使い切ってしまった。もう腕に力が入らない。
カルラのまぶたを閉じてあげる力さえ、今の私には残されていなかった。
「あっ、うぁあああああああああっ!」
かすれる声で叫んだ。
それは、私の精一杯の怒りの声。
「……カーフィア様。貴女は、私の最後の願いさえ叶えては下さらないのですか! 私から、カルラとレーリアさえも奪うのですか!」
声の限りに叫んだはずなのに、私の言葉はただのうめき声にしかならない。
もう、大声で叫ぶ力も、私には残されていないのだ。
雨が次第に激しくなってくる中、私はただずっと事切れた親友の側で泣き続けた。
それしか、私にできることはなかった。
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「くそっ、酷い有様だな……。 レイ! キール! 警戒を怠るな。まだ賊が何処かに潜んでいるかもしれん」
乗合馬車が賊に襲われている。
旅人が急ぎ知らせてくれたその一報から、ガイウスは部下二人と共に馬を走らせて、現場に急行した。
しかし、彼らがたどり着いたのは、全てが終わってしまった後だった。
ガイウス達が到着すると、半壊した馬車を中心に、無事だった乗客四人が集まっていた。
雨が激しくなってきたので、体温を奪われないようにと身を寄せ合っていたらしい。
彼らの周りには、賊と思われる男たちが三人地面に倒れていた。微かにだが息はしているようだ。
そして、賊と乗客の間に倒れている少女が二人と、その少女の側で泣く、フードを深めに被って顔を隠している者がいる。
残念ながら、二人の少女はすでに事切れていた。
少し離れた所で発見された、御者と思われる男と同じ様に。
乗客の話だと、ナイムの街に近づいたため、馬車がスピードを落としていたところを賊に襲われたのだという。
馬が殺され、御者が賊に斬られた。そして、馬車はバランスを崩し横転。
だが、少女二人が、メイスという金属でできた短い棍棒を手に、賊十数名を相手に応戦したのだという。
結果として、彼女たちの奮闘のおかげで、賊は撤退を余儀なくされたらしい。
だが、彼女達も若い命を散らせることとなってしまった。
「雨がひどい。すぐに代わりの馬車が来るはずだが、君も他の乗客と一緒にいた方がいい」
事切れた少女の元から離れようとしないフードの人物に、ガイウスは声をかける。
「……いいんです。もう、すべてが終わってしまったんです」
声を聞いて、ガイウスはフードの人物が女性だと分かった。
「すまない。何と言えばいいのか分からない。だが、このままでは凍えてしまう……」
ガイウスはそう言って、フードの女性の前に移動して、その目を見て話そうとした。
だが、そこでガイウスはその女性の顔を一瞥して、言葉を失ってしまった。
「……それに、私のような女と一緒では、みなさんに迷惑がかかります。どうか、このまま私をここに置いていって下さい」
かすれる声でそう言うと、女はそれ以上何も言わなくなってしまう。
しかし、ガイウスは代えの馬車がナイムの街からやって来ると、このフードの女、いや、少女を、それに無理やり搭乗させた。
何であれ、彼女はまだ生きているのだから。
そう自分に言い聞かせて。
それが、どれほど残酷なことかを理解しながら。
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