彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
64 / 249
第三章 誰がために、彼女は微笑んで

⑪ 『悔しさ』

しおりを挟む
「すっかり食事が冷めてしまったな。まだ食べられそうか? それならば代えを運んでこよう」
 ジェノはまた冷たい無表情に戻ったが、そう提案をしてくる。

「いいえ。結構です。冷ましてしまったのは私の責任ですから、これを頂きます。食べ物を粗末にするのは、カーフィア様の教えに反しますので」
 ジェノの提案を受けいれるのが腹立たしくて、サクリはそれを断り、再び白くて甘いデザートに匙を伸ばす。
 冷めてしまったパン粥などとは対象的に、このデザートは温くなってしまった。そのため味が少し落ちてしまったのだが、それでもサクリはそれを美味しいと思った。

 ジェノは何も言わない。
 ただ、彼はこちらの食事の邪魔をしないようにと思ったのか、サクリのベッドから離れ、入口近くの壁に背中を預ける。

「……」
 サクリはそんな彼を一瞥し、冷めてしまった他の料理も、少しずつだが口に運ぶ。
 
 腹が立つ。
 そう、これは、ほとんど交友のない他人に、自分の心を見透かされてしまったことへの羞恥からくる怒りだった。
 
 ――すみません、カーフィア様。私は、貴女様を他人に侮辱させるきっかけを作ってしまいました。

 信奉する女神様に対して、私はなんと不敬だったのだろう。

 ――ごめんね、カルラ。レーリア。私は、いつの間にか、貴女達を汚してしまっていたのね。

 何よりも大切な親友たちを、私はいつの間にか、不甲斐ない自分を苦しめるための言い訳にしてしまっていた。

「……悔しい。悔しいよ……」
 サクリは涙をこぼしながらも、食事を続ける。

 カーフィア様は、苦しんで死ななければいけないなんて仰っていない。
 カルラとレーリアは、最後まで私の味方だった。ずっと変わらず、私のことを心配してくれて、気にかけてくれていたのに……。

 どうして、どうして私は、他人に言われるまでその事を忘れてしまっていたのだろう。

「あっ、あああっ……」
 サクリは懸命に涙を堪えていたが、やがてスプーンを手から落とし、顔を両手で抑えて、嗚咽まじりに涙で顔を濡らす。

「……無理をするな」
 いつの間にか、ジェノが側にやってきて、サクリの落としたスプーンを拾ってトレイに戻す。そして、彼は、泣きじゃくるサクリの肩に優しく手を置いた。

「サクリ。俺達の仕事は、目的の村までお前を送り届けるだけで終わりだ。だが、お前はその村にたどり着いてからが本番だ。だから、自分を責めている余裕はない。今は力を蓄えて置くべきだ」
 ジェノの声は、別人のように優しかった。
 
「……でも、どうせ、どうせ私は、もう……」
「何を言っている。お前は病を治すために旅を続けているんだろう? そのために、これから聖女に会いに行くんだ。初めからそんな弱気でどうする」
 ジェノの言葉に、サクリが顔を上げる。すると、彼は微笑んでいた。
 
 サクリはその笑顔を見て、呆然としてしまう。
 それがあまりにも優しかったから。

 この人は、私の病が治ることを、心から願ってくれている。それがその笑顔で分かった。

「……ああっ、そうか。この人は、本当はとても……」
 サクリはジェノの優しさに気づいたが、それを嬉しくは思いながらも、一つのことを女神カーフィアに誓う。

 この旅の間は、もう自身を責めるのは、やめると。

 そう。それくらいのことはしなければ申し訳が立たない。

 ……自分は、この優しさを裏切ることはできても、報いることは決してできないのだから。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...