彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

⑰ 『心』

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「……ちゃん。……サ……。サク……リ……、サクリちゃん」
「サク……。サクリ。いい加減起きなさいよ!」
 私を呼ぶ声が聞こえる。
 聞き慣れた声。幼い頃からいつも聞いていた声。

 大好きで大切な友達の声。
 私は眠気を何とか堪えて、瞳を開ける。

 すると、そこには、眼鏡が印象的な金髪の可愛い女の子と、紫色の髪の落ち着いた雰囲気の女の子が、私の体を揺すっていた。

「あっ、ごめん。つい眠ってしまっていたみたい」
 私は困ったように笑い、カルラとレーリアに謝罪する。

「まったく、もう。もうすぐナイムの街に着くんだから、忘れ物がないかしっかり確認しておきなさいよ。明日からは初めての船旅になるんだから、浮かれていては駄目よ」
 レーリアはそう言うと、コツンと私の頭を軽く叩く。

「いやいや、レーリア。あんたも落ち着きないのが丸わかりだから。そんなに、例の店に早く行きたいの?」
「例の店? ああっ、確か<パニヨン>という名前の店よね」
「そうそう。なんでも、レーリアの憧れの料理人さんがやっているお店らしいのよ」
 カルラと私の会話に、レーリアの顔が朱に染まる。

「いっ、いいじゃないの。他の行程は、貴方達の要望を殆ど取り入れたんだから。私だって、一つぐらいわがままを言ったって!」
 自分の意見を無理に通すようなことはしないレーリアが、頑なに寄ることを譲らなかった料理店。一体どんな料理が食べられるのか、今から楽しみで仕方がない。

 そして、しばらくカルラとレーリアと談笑していると、エルマイラム王国の首都、ナイムの街に到着した。


「ようやくたどり着いたわよ! ナイムの街!」
 馬車から降りるなり、カルラは肩腕を上げて力強くポーズを取る。

「止めなさい! 馬鹿だと思われるから!」
 そんなカルラの頭に、容赦ないレーリアの平手打ちが飛ぶ。

「いいから、サクリを降ろすのを手伝いなさい!」
「ううっ、暴力婆め。でも、たしかにサクリちゃんを下ろすのが先決ね」
 カルラとレーリアは、馬車の座席から動けない私を、二人がかりで下ろしてくれた。

「サクリ、歩ける?」
「うん。大丈夫。今日は随分と体調がいいみたいだから……」
 心配するレーリアに、私は明るくそう応えて微笑む。

「いやいや、無理をしちゃあ駄目だよ。愛しのサクリちゃんに何かあったら、私、泣いちゃうんだから」
「だから、誤解を招くような発言をするんじゃあないわよ! ほらっ、そっちの肩は頼むわよ」
「はいはい。分かっていますよ」
 私は二人に肩を借りながら、たどたどしく歩く。

 二人には、いつも迷惑をかけて本当に申し訳ない。
 でも、こんなに大変な私の介助をあたり前のことのようにやってくれる、カルラとレーリアがとても誇らしかった。

 乗合馬車の停留所の中でも、もっとも目的のお店に近い停留所で降りたものの、店までは結構距離があった。けれど、私達は頑張って歩く。
 
 時々休憩もはさみながら、大通りから少し外れた小さな店の前にたどり着いたときには、皆で喜んだ。ただ、そこで私達は絶望する。
 店の入口のドアには、『本日の営業は終了しました』と書かれた掛け看板が掛けられていたのだ。

「えっ? えっ? なっ、ちょっと待って! まだ店を閉めるような時間じゃあないでしょう! 今日が定休日でないこともきちんと確認してきたのに!」
 レーリアが、普段は絶対あげない甲高い声で文句を口にする。

「あっ、あの、レーリア……」
「あっ、あああっ……。そんな……」
 私の言葉も耳に入らないようで、レーリアは力なく地面に倒れ込む。道行く人達の目など気にせずに。

「サクリちゃん、ちょっと、私と一緒に店の入口まで行ってみない?」
「えっ? ええ。でも、レーリアが……」
「いいから、いいから。その、なんだか、営業が終わったと言う割には、中が明るい気がするのよね」
 カルラの言うとおり、たしかに入口ドアのガラス部分から見える店内は、明るい様に見える。普通、店が完全にしまっている場合は、もっと暗いはずだ。

「あっ、開いている……」
 物怖じしないカルラが、私に肩を貸しながらも、反対の手でドアを開けてしまう。

「なっ、何! 開いている? 開いているの!」
 カルラの声は小さかったにもかかわらず、レーリアは耳聡くそれを聞いて、私達の元に駆け寄ってくる。

「おっ、落ち着いて、レーリア」
 目が血走るレーリアは、少し怖い。こんな姿は今まで見たことがない程だ。

「まぁ、遠路はるばる来たわけなんだし、事情を説明して、何か作ってもらえないか相談してみようよ」
 カルラは気楽にそう言うが、流石にそれは我儘が過ぎると私は思う。

「でも、流石にそれは図々し過ぎると思……」
「そうよね! カルラの言うとおりだわ! 最悪、料理が食べられなくても、せめてバルネアシェフのお姿だけでもこの目に焼き付けたいわ!」
 いつもなら、私達三人のブレーキ役であるレーリアが、私の言葉を遮って、鼻息を荒げる。
 ああっ、これは私が何を言っても止まりそうにない。

「さぁ、行くわよ、二人共!」
 カルラが手にしていた入口ドアの取っ手を奪い取るように掴み、レーリアがドアを開ける。すると、来店を知らせるためであろうベルの音が鳴り響く。

「あらっ、いらっしゃいませ。生憎と食材が切れてしまいまして。ですが、簡単なありあわせの料理でしたらお出しできますが、よろしければいかがですか?」
 穏やかな雰囲気の金髪の若い女性が、笑顔で店のカウンター越しに話しかけてきた。

「あっ、その、はい……。ぜひ、ぜひ、お願いします!」
 レーリアは、緊張のあまり上ずった声を上げて答える。

「はい。承りました。それでは、お好きな席へどうぞ」
「わっ、分かりました!」
 ビシッと背筋を伸ばして、レーリアは答えると、「二人共、一番カウンターに近い席でいいわよね? というか、それ以外ありえないわ」と言って、私に肩を貸して、目的の席に突進しそうになる。

「だぁ、落ち着きなさいよ、レーリア。サクリちゃんはゆっくり運ばないと駄目でしょうが! こっちは私一人でも大丈夫だから、いいからあんただけ席に行きなさいよ」
「……ごっ、ごめんなさい。そういうわけにはいかないわ。少し気持ちを落ち着けるためにも、一緒に運ばせて」
 レーリアは私達に謝罪し、丁寧に私を目的の席まで運んでくれた。

「いらっしゃいませ」
 店の奥から、黒を基調とした制服を身にまとった黒髪の少年が現れた。きっと私達と同じくらいの年頃だろう。
 彼は、トレイを持ち、そこにはお冷が三つと手拭き用のタオルが乗っている。

「うわぁ~。すっ、すごいわ……」
 カルラが、その黒髪の少年をひと目見て、目を輝かせる。
 非常に端正な顔立ちのその少年の姿に、目を奪われてしまったようだ。

「どうぞ」
 しかし、黒髪の少年はこちらの視線を気にした様子もなく、私達のテーブルにトレイの中身を丁寧に置いて、一礼して店の奥に戻ってしまう。

「みっ、見た、見たわよね、サクリちゃん。凄い格好いい男の人だったわ。さすがは都会。洗練された見目麗しい男性がいるのね。うんうん、眼福だわ」
「うっ、うん。確かに格好いい人だね。背も高くてスラッとしていて……」
 私が同意すると、カルラは「そうよね、そうよね」と嬉しそうに微笑む。

「……素敵……」
 だが、不意に私の向かいの席から聞こえたその声に、

「「えっ?」」

 私とカルラの声が重なった。

 金髪の女性――随分と若く見えるが、おそらく、この人がバルネアさんだろう――の調理に見惚れていたはずのレーリアが、頬を赤らめて、潤んだ瞳で、ぼぉーっと黒髪の男性が戻っていった店の奥を見つめている。

「あっ、ああ。そういえば、レーリアって……」
「うん。貞淑そうに見えて、すごい面食いなのよね。美形にものすごく弱くて、すぐに運命を感じてしまう妄想癖もあるし……」
 私とカルラが若干引き気味に話していたが、レーリアの耳には入らない。

「ジェノちゃん、小皿をお願い。あと、デザートの用意もお願いね」
「はい」
 青いエプロンを身に着けて、厨房に入った少年が、バルネアの指示を受けてキビキビと動く。

 レーリアは、バルネアの調理とジェノと呼ばれた黒髪の少年をせわしなく交互に目で追う。正直、かなり怖い。

「ああっ、ジェノさんと仰るのですね。料理にも造詣がお有りのようですし、これはもう、カーフィア様が私をお導きくださったとしか……。
 ああっ、でも、私は神殿に仕える身。ですが、愛のためならば、きっとカーフィア様もお許しになられるはず……」
 頬を赤らめて、体をくねらせるレーリア。そんな彼女の頭に、カルラの手刀が炸裂する。

「落ち着きなさいよ、レーリア。そんなふうに美形に見境ないから、あんたは婚期を逃しているのよ」
「いっ、痛いわね。それに、婚期を逃しているって何よ! 私はまだ成人前の十七歳よ」
 二人のいつもの仲の良いじゃれ合いを見ながら、私は苦笑するしかなかった。







 静かにまぶたを上げると、景色が一変していた。
 おかしい。私は、カルラとレーリアと一緒に、ナイムの街の<パニヨン>という名前のお店に……。

 しばらく不思議に思っていた私は、やがて、先程までの事柄が、夢だったことに気づく。

「……なんて、なんて、残酷な夢なの……」
 私は力なく微笑み、涙を流す。

 そう、カルラとレーリアは、あのお店に行くことはできなかったんだ。もしも、賊に襲われたりしなければ、今の夢のようなやり取りをしながら、笑いあえたはずなのに。

 そう、馬車が襲われたりしなければ……。

『大丈夫? サクリちゃん』
 馬車が横転した際にも、カルラは身を挺して私を抱き支えてクッションになってくれた。

『待っていて、今、傷を治すから』
 レーリアは自分の体の方が傷を負っていたのに、真っ先に私に癒やしの魔法を掛けてくれた。

 そして、二人は、恐怖に震える私に、笑顔を向けてくれた。

『大丈夫だよ。私の愛しいサクリちゃんには、指一本触れさせないから』
『ええ。待っていて。すぐに、私達が蹴散らすから』

 多勢に無勢だった。
 それなのに、二人は私を守るために命をかけて戦って、そして命を落とした。

 もうすぐ終わることが決まっている私の命なんて、守る必要なんてなかったのに。


 ……私が本当のことを話していたら、二人は私を見捨ててくれたのだろうか?

 ううん。違う。だって、二人は最後の瞬間まで、こんな私を心配してくれていたのだから。

 きっと、変わらず……。


『……生きて、サク…リ…ちゃ……』
 賊が退散していった後に、事切れるまえに、カルラは私にそう言い残して絶命した。

 レーリアは言葉を発する力は残っていなかったけれど、地面に倒れたまま、私に向かって微笑んでくれた。


「……ごめんね、カルラ。レーリア。私は生きることはできないの。だから、もう少ししたら、貴女達と同じところにいくわ。その時に、私のことを二人で叱って……」
 サクリはそういうと、ニッコリ微笑んだ。

 この体は、もうどうなるかは決まっている。
 だが、この心はまだ自由だ。残された時間が、もう僅かしかなくても……。

「カーフィア様。迷ってしまい申し訳ありませんでした。この身は貴女様の御心のままに。ですが、どうか、この心は私が思うままに振る舞うことをお許し下さい」
 
 最後に残ったこの心は、自分の心を救ってくれたあの黒髪の少年のために使いたい。

 私は全てを隠し、全てを受け入れて、彼らの厚意にただひたすらに感謝しよう。

 ジェノ達には、これ以上は何も知らないでいてもらいたい。
 
「こんなことしかできなくて、すみません。ですが、これが私にできる精一杯です」
 サクリはジェノ達のことを思い浮かべ、一人、部屋で謝罪の言葉を口にするのだった。
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