彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

㉗ 『診察』

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 何も言わずに、ジェノは言われたとおりに背もたれのある椅子に深く腰掛ける。
 イルリアは、診察の邪魔にならないように、それを遠巻きに見ているしかないと思っていた。

 だが、ジェノの胸の前に手をかざしていたジューナが、イルリアに話しかけてきた。

「イルリア様。事の経緯を、分かる範囲でよろしいので、ご説明下さい。
 ああ、ジェノ様はそのままお座りになっていて下さい。私の魔法の力を流し込んでいますので、どうかリラックスしたままで。なんでしたら、お眠りになっても構いませんよ」
 ジューナは笑顔を崩すことなく、イルリアとジェノに話しかける。

「分かりました。私がお話します。事の起こりは、半年ほど前に遡るのですが……」
 イルリアは、なるべく分かりやすい説明ができるよう努める。
 途中、ジェノが話に割り込もうとしたが、「いいから、あんたは寝てなさい!」と言って黙らせた。

「ふふっ。仲がよろしいのですね」
 そんな事を言いながらも、ジューナはイルリアの話をしっかりと聞き、ジェノに魔法を浸透させていく。

「……なるほど。症状としては、<獣憑き>に属するもの。ただ、ジェノ様に施されているこの魔法でも、抑えられない可能性があると仰るのですね?」
「はい。彼に魔法を掛けた高位の魔法使いが、完全には抑えられないと言っておりました」
 イルリアは、先にジェノと打ち合わせていたように、リットのことは伏せた。
 ジェノに掛けられている魔法が、自分たちの仲間によるものだと、そしてその使い手がこの村にいることを知られないように。

「半年前という短期間で、完全に融合してしまっている。あまりにも適合しすぎていますね。それなのに、ジェノ様は自らの意識を失ってはおられない。
 この施術を施した魔法使いは、素晴らしい力と知識を持たれた方のようですね」

 ジューナがリットの魔法を褒めたことから、イルリアは彼の魔法は、聖女様も驚愕するほどのものだと理解する。だが、リットの魔法がかかった状態で、ここまで的確に症状を言い当てたのは、ジューナが初めてだ。どうにか、ジェノの症状を改善させてほしい。

「先に施してある術を回避しながら、私の魔法を流してみましたが、分かるのはこれくらいです。あまりにも隠蔽とその隙間が的確すぎて、封じられている対象を、魔法を介してこれ以上認識するのは不可能なようですね」
「……隙間、ですか?」
 いまいち、その言葉の意味が理解できず、イルリアは尋ねずにはいられなかった。

「まず、魔法による<獣憑き>の基本的な治療方法をお話しましょう」
 ジューナは分かりやすく、魔法に疎いイルリアに説明してくれる。

 それによると、人の心に侵入した獣の霊魂を魔法により密閉して包み込み、分断した後に浄化魔法で叩くのが普通なのだという。

「ですが、ジェノ様の心に住み着いた存在――便宜上、『獣』と呼ばせて頂きますが、その獣と本来のジェノ様の心が、完全に融合してしまっています。そのため、この方法は使えません。無理をすると、ジェノ様の心も死んでしまいますので。
 ですが、このまま放置しても、獣と意識が混ざり、ジェノ様の心は失われてしまいます。そのため、この施術を施した魔法使いは、感情の供給を調整しているのです」
 
「感情の供給ですか? それが『隙間』と呼ばれるものに関係しているのでしょうか?」
 まだ、イルリアには、ジューナの言わんとしている事が分からない。

「心には、感情が生まれます。その感情がジェノ様にのみ伝わるように、融合している心のなかでも、ジェノ様の意識が強い部分にだけに感情が伝わるように、微細な穴を開けているのです」
「感情が人間であるジェノにしか伝わらず、獣には伝わらない。という認識でよろしいでしょうか?」
 イルリアの言葉に、「ええ。そのとおりです」とジューナは笑みを強める。

「霊は、人の負の感情を糧にして、取り付く相手の精神を乗っ取ろうとします。ですが、感情が何も伝わらなければ、動くことが出来ません。兵糧攻めと言ったほうがわかりやすいでしょうかね?」
「はい。よく分かりました」
 イルリアはそう答え、そこでこの話を終える。終えようとする。
 これ以上は、聞かれたくない話だからだ。

 ジューナの気遣いを感じ、イルリアは頭を下げる。
 彼女はあえて聞かないでくれた。
 どうやって、当初に取り憑こうとした獣の力を抑え込んだのかを。

 ただ、相談に乗ってほしいと言えば、間違いなく話を聞いてくれるだろう。そう思える温かさが、この女性にはある。

「話を戻しますね」
 ジューナはそう前置きをし、話を続ける。

「私は、ジェノ様の心の様子を観察するために、魔法の力をその隙間に通して認識しようとしました。ですが、絶妙なバランスで成り立っているがゆえに、一つの隙間を通すのがやっとでした。それ以上を行ってしまうと、ジェノ様の心に支障をきたす恐れがありましたので」
 ジューナは、ジェノの胸にかざしていた手を降ろす。

「誠に申し訳ありませんが、私に分かるのはこれだけです。そして、私の力では、治療もままならないでしょう」

「ジューナ様……」
 今まで黙って立っていたナターシャが、不安げにジューナに声をかける。
 そして、それを見て、イルリアの顔に失望の色が浮かぶ。

 ジューナは、結局、リットの魔法に封じられたものがどれほど危険なものかさえ読み取れなかったのだ。
 それは、あのいい加減な男の言葉が正しかったことに他ならない。

「ですが……」
 肩を落とすイルリアの耳に、ジューナの穏やかな声が聞こえてきた。

「別な方法での干渉はできるかもしれません。ですが、その方法を実行するには、少しお時間が掛かってしまいます。
 どうか、二日、お時間を頂けませんでしょうか? そうすれば、ジェノ様をお救いできる可能性があります」
 ジューナの優しい声に、イルリアは安堵した。
 
 どうしてだろう?
 この女性の声には、人を安心させる効果でもあるかのようだ。

「ほっ、本当に、そのような方法があるのですか?」
「はい。どうか、私におまかせ下さい」
 ジューナは、イルリアに頭を下げる。

「イルリア様、ジェノ様。ジューナ神殿長の気持ちを、どうかお受けとりを」
 ナターシャも、ジューナに倣い、頭を下げた。

「頭を下げて貰う必要はありません。どうか、顔を上げて下さい」
 イルリアが懇願すると、ジューナ達は顔を上げる。

 返答をどうしようかと思い、ジェノに視線を移すイルリア。
 しかし、ジェノはただ黙ってナターシャに冷たい視線を向けていた。

「ジェノ?」
「ああ。俺は、この申し出をありがたく受けたいと思う」
 ジェノはそう言うと、静かに椅子から立ち上がった。

「ありがとうございます。お心遣いに感謝致します」
 ジューナの心からの笑みに、イルリアも思わず笑顔を返す。
 だが、ジェノは会釈をするだけで、にこりともしない。

「今日のところは、宿に戻らせてもらうことにしよう。いくぞ、イルリア」
「ちょっ、ちょっと、ジェノ!」
 無愛想ながらも、礼儀はしっかりしているはずのジェノが、こんな行動に出るのは珍しい。

 だが、ジューナは穏やかな笑みを崩さずに、「それでは、三日後に使いの者を向かわせますので」と、再び頭を下げた。

「えっ?」
 それは一瞬だった。
 だが、頭を下げるジューナの姿を一瞥したナターシャが、ジェノをすごい形相で睨んだのをイルリアは見逃さなかった。

 もっとも、ジェノが不意に足を止めて振り返ったときには、そんな顔はおくびにも出さなくなっていたが。

「サクリは元気でしょうか?」
 ジェノは、ジューナに向かって尋ねる。

「小康状態ではあります。ですが、予断を許さない状況です。申し訳ありませんが、面会は……」
「いえ、その事が分かれば十分です」
 ジェノはそう言うと、部屋を後にする。
 いろいろと気になることはあったが、イルリアもそれに続く。


 まだ、ジェノを治す手段はあるかもしれない。
 それは喜ばしい情報だ。
 だが、結果として、イルリア達は、更に三日間この村に滞在することとなってしまった。

 そして、この延長した期間で、イルリア達は深い傷を負うことになる。
 それは、体以上に、心に……。
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