彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第三章 誰がために、彼女は微笑んで

㉘ 『第二の事件(未遂)』

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 神殿の出入り口を抜けて、周囲の目がなくなったところだった。
 イルリアが、声をかけてきたのは。

「ねぇ。流石にあの態度は酷いんじゃあないの? ナターシャ神官はともかく、ジューナ神殿長は、真摯にあんたを診て下さったんだから」
 イルリアの声には、叱責する響きを含んでいる。

「ああ。そうだな。だが、おかげで二つのことが分かった」
「どういうことよ?」
 ジェノの返しに、イルリアの声のトーンが低くなる。

「一つは、ジューナ神殿長は嘘をついてはいなかったことだ。今の所だが、サクリが無事だということが分かったのは大きい」
 ジェノはズボンのポケットから、薄く小さな木の板を取り出した。

「何よこれ? ただの板にしか見えないけれど」
「ああ。ただの木の板だ。だが、リットがお前の持っている魔法の品を見て、暇つぶしに作ったもので、<嘘感知>の魔法が込められている」
「はっ? そんなものを作っていたの、あいつ。今日は朝から姿が見えないと思ったのに、いつの間に……」

 リットは、今朝、ジェノが彼の提案を受け入れないことを告げると、「そうか。それじゃあ、俺は好きにやらせてもらうぜ」と言って、朝食を食べるとすぐにいなくなってしまった。
 だが、昼前に戻ってきて、ジェノにこの板を渡してきたのだ。

 リットが何故これを渡してきたのかは分からないが、役に立ちそうなのでこうしてジェノは携帯している。

「魔法の効果は、残り二回。それと、お前の持っている品とは違い、使い捨てらしい」
「そりゃあ、そうでしょう。こっちは大金積んで手に入れたものなのよ。そこでまであいつの手慰みのような手作りの品に負けたら、立つ瀬がないわ」
 イルリアは文句を言いながらも、声が明るいものに変わる。

「すると、あと三日待てば、あんたのあの症状を治療できるというのも本当ということよね?」
 嬉しそうなイルリアには悪いと思ったが、ジェノは「いや、そうとはいえない」と思った事を口にする。

「『治る可能性がある』と言った事柄が嘘ではないだけだ。それがどの程度のものかは分からない。それに、治せると思い込んでいるだけかもしれない。それならば、嘘をついていることにはならないからな」
「……あんたねぇ。自分の体のことなのよ! もう少し真剣になりなさいよ!」
 瞬く間に不機嫌になったイルリアの言葉を背に受けても、ジェノは足を止めない。

 イルリアが「この、愛想なし!」と悪態をつくのが聞こえた。しかし、ジェノは構わず歩きながら口を開く。

「もう一つは、タイムリミットだ。その二日間準備がかかるというものが、おそらくこの村で行われようとしている計画に関係している」
「えっ? どうしてそうなるわけ? だって、あんたの体の治療のための準備なんでしょう?」
 イルリアの問に、ジェノは足を止めた。

「ジューナ神殿長は、リットの魔法には敵わず、現状では治療もままならないと自白した。だが、二日間あれば、俺を救うことができる可能性があると口にした。
 つまり、あと二日経てば、敵わないはずの魔法でさえ出来ないことが可能になると言っているんだ」
「魔法って、大人数で大掛かりな儀式を行って効果を上げることができるって聞いたことがあるわよ。だから……」
「それでも、リットの魔法に匹敵するとは思えない。そして、俺なんぞのためにそこまでする理由もない。だから、俺の治療ができる可能性というのは、なにかの副産物に過ぎないのではと、俺は考えている」
 ジェノはそこまで言うと、振り返り、イルリアを見る。

「イルリア。お前が俺に負い目を感じているのはよく分かっているが、何度も言っているように、あれは俺の失敗だ。お前が無理をする必要はない。
 これまで、俺に高価な魔法の品を使って症状を治そうとしてくれたことも、俺の仕事に協力してくれたことにも感謝している。だが、もう十分すぎるほど謝辞は受け取った。だからもう……」
 ジェノの言葉に、イルリアは顔を俯ける。けれど、彼女はすぐに顔を上げると、ジェノの顔を引っ叩いた。

「あんたは、まったく私の気持ちを理解していない。だから、私もあんたの気持ちなんてどうでもいいのよ。
 どう? これならおあいこでしょう? これが気に入らないのなら、私の命でも代償に要求しなさいよ。そうしてくれた方が、私は正直気が楽だわ」
「……もう少し、自分を大切にしろ」
「あんたにだけは言われたくないわ」
 イルリアはそう言って、ジェノを睨みつけてくる。

 ジェノは嘆息し、イルリアを再度説得しようと思ったが、そこで気配に気づく。
 いや、気配だけではない。これは殺気だ。

「イルリア、あの板を構えておけ!」
 ジェノは、端的にイルリアに命じ、近くの民家の納屋に向かって全速力で駆け出す。

 納屋の入口に近づいた瞬間、そこから小さなナイフの切っ先がジェノに伸びてきた。
 しかし、ジェノは軽々とそれを躱し、ナイフを持つ手を掴んで、逆に相手の関節を極める。

「くっ、いっ、痛ぁぁっっ!」
 細くて短い腕だとジェノは思ったが、ナイフを手にしていた人間の苦悶の声に、それが少女の声だということに気づいた。
 
 ボロボロの短い金髪の少女。十歳をいくつか超えたくらいだろう。
 服もいたるところがほつれて破れ、体も汚れている。

「何のまねだ? どうして俺にナイフを向けた?」
 ジェノは少しだけ力を緩め、少女に尋ねる。

「うっ、うるさい! その腰の剣を渡せ! 私は、ジューナを殺して、みんなの仇を取るんだ!」

 少女の叫びに、ジェノは一瞬、言葉を失った。
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