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第三章 誰がために、彼女は微笑んで
㉚ 『発熱』
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日が傾いてきた頃に目を覚ましたイースが、ベッドの端に、チョンと腰掛けて、椅子に座るイルリア達に話を聞かせてくれる。
「うん。私は近所の知り合いの家に逃げ込んだんだけれど、私の言うことを全く信じてくれなくて……」
「そうか。しかも、神殿の連中に言われるがまま、お前の家族を襲ったのは、大きな猿のような化け物の仕業だと言いふらしたんだな」
「うん。そして、みんな私を神殿に連れて行こうとしたり、神官たちに引き渡そうとしたりするから、怖くなって、一人でずっと森に隠れていたんだ」
「森? 貴女、森に入ったの?」
壁に囲まれたこの村で、壁の外の森に行くことは出来なかったはずだ。であれば、イースの言っている森は、壁の内の、リットが行くなと言っていた森以外にはない。
「私の家は森の近くだったから……。妹と一緒に森にこっそり入って野苺や茸を取ったり、湧き水を飲んだりしていたから、神殿の見回りに見つからないで、森に入る方法は知っていたんだ」
いくら細やかに見回りをしていても、子供の好奇心を抑えるのは難しい。いや、隠そうとすればするほど、かえって子供は知りたいと思い、大人の考えもつかない行動をするものだ。
「なるほど。だが、イース。その事も気になるが、先に別のことを教えてくれないか?」
「いいよ。何が知りたいの?」
イースはイルリアに答える時よりも、ジェノに答える時の方が素直だ。
まぁ、自分よりも男であるジェノが頼りになると思っているのだろう。
それから、ジェノはイースにいくつかの質問をし、その答えを聞いて少し目を閉じて沈黙する。
そして、静かに目を開けると、
「これから簡単にこの村で起きていることを順番に話す。それを聞いていて、なにか間違いがあったら教えてくれ」
そうイルリアとイースに前置きをし、ジェノは口を開いた。
「まず、猿に似た大きな化け物は、この村ができた頃から、存在が確認されていた。そして、村人は、神殿の人間と一緒に、その駆除をしていた」
ジェノの言葉に、イースは頷く。
エルマイラム王国でも、森の奥深くに入れば、ゴブリンと呼ばれる肌が緑色の残忍な魔物と遭遇することもある。
この国では、あの巨大で不気味な猿のような魔物がそれに当たるのだろうと、イルリアはなんとかその話を飲み込む。
「うん。近所のお爺ちゃんたちが話しているのを何度も聞いたから、間違いないよ」
イースの言葉に、ジェノは「分かった」と答える。
「だが、ここ数年、発見される化け物の数が多くなった。そして、それと同じころから、村の子供たちの中に、原因不明の高熱を発する者が数人出るようになってきた。
そのため、神殿は薬を村の人間に配るようになった。そしてそれは、必ず決まった量を決まった間隔で誰もが飲まなければいけないものとして、村人たちは、その教えを守って……」
ジェノの言葉が最後まで言い終わらないうちに、イースが割り込んでくる。
「みんな、聖女様の言う事ならって言って、騙されているんだよ! 私にはよく分からないけれど、きっとあの薬はよくないものだと思う」
「ジューナが命じて配らせているからか?」
「そう。それに、私は何日も薬は飲んでいないけれど、病気にも何もなっていないよ」
イースの言葉に、ジェノは顎に手をやり少し考える。
だが、生憎とイルリアもジェノも、薬学には明るくない。
せいぜい、薬草になるものと毒のある植物を少し知っている程度だ。
「済まないが、ひとまず話を続けるぞ」
ジェノも考えても結論が出ないと思ったのだろう。そう言って話の続きを口にする。
「だが、薬を飲んでいるにも関わらず、この三ヶ月ほど前から、熱を出す子供の数が増えた。そして、その治療のために神殿に預けられた子供たちは、まだだれも家に帰っては来ていない」
「……仲の良かった私の友達も、神殿に行ったままなんだ。その子のお父さんとお母さんも、心配して何度も子供に合わせてくれるように頼んだらしいんだけど、会わせてもらえなかったって話だよ」
その話を聞き、イルリアは怪訝に思う。
「ねぇ、イース。いくらなんでも、三ヶ月近くも子供と会わせてもらえないなんて、どんな呑気な親でも慌てるんじゃあないの?」
イルリアの問に、イースは顔を俯けた。
「……死んじゃったんだ」
「えっ? 死んだ? いったい、誰が?」
「その子のお父さんとお母さんだよ。神殿に何度も、せめて一回、子供の顔を見させてくださいと言っていたんだけど、二人共、あの怪物に襲われたって話だよ。
でも、きっと、私のお父さんとお母さん、そしてファミィと同じように……」
イースが力なく顔を俯けるのを見て、イルリアは、「ごめんなさい」と彼女に謝る。
「いいよ。こうして私の話を信用して聞いてくれたのは、お兄さんとお姉さんだけだから。でも、それ以来、聖女様を疑うから天罰が下ったなんて言う人達も現れて、それから、みんな、子供を連れて行かれても、文句を口にできなくなっているみたい……」
涙を溢すイースを、イルリアは椅子から立ち上がって彼女に近づき、優しく彼女を抱きしめる。
「面会を拒否され、会いたいと言っても会わせてもらえない、か」
ジェノのその呟きが、サクリのことを指しているということをイルリアは察した。
しかし、ここで、イルリアは違和感を覚えた。
「ねぇ、イース。貴女、熱があるんじゃあないの?」
抱きしめた少女の体が随分と熱いことに、イルリアは気づく。この熱さはただ事ではない。
「えっ? 熱? 私も、ファミィみたいに……」
イースの顔がだんだん赤くになっていき、瞳が潤んでいく。そして、目もうつろに見える。
熱によるものか恐怖からかは分からないが、イースは体を震わせ始める。
「イルリア。すまんがこの娘を頼む。おれは、リットを探してくる」
この村の神殿関係者が信用できない現状では、魔法を仕えるリット以外に、この娘を助けられるものはいないだろう。
それは正しい。だけど……。
「駄目よ。私がリットを探してくるから、あんたがここに残って。もしもこの娘を狙って神殿の人間が来たら、私じゃあどうしようも出来ないから」
「……そうだな。わかった。まずは、元の宿屋に顔を出してみてくれ」
「ええ」
イルリアはイースをベッドに寝かせて、部屋を後にしようとしたが、
「それには及ばないぜ。お二人さん」
という、聞き覚えのある男の声が部屋の中に響き渡る。
そして、次の瞬間、入口のドアの前に、探そうと思っていた男がいつの間にか立っていた。
「まったく、わざわざ別の宿を取ったから、てっきりジェノちゃんとイルリアの二人でしっぽりと楽しむのかと期待していたのに、話をするだけなんて、健全すぎて退屈だったぜ」
開口一番、ふざけたことを言う奴だと、イルリアは憤慨する。
まぁ、イルリアの発案で、偽装するためにこんなダブルベッドの部屋を取ったのだから、非はこちらにもあるのだろうが、だからといって、覗き見をしていいという理由にはならない。
イルリアはリットに駆け寄り、引っ叩こうと思ったが、今はイースの事が最優先だと思い留まる。
「さて、それで、この天才に何のようかな? 話を聞くだけなら聞いてやってもいいぜ」
そんなイルリアの努力をあざ笑うかのように、リットはにやけた笑みを浮かべて、そう口にするのだった。
「うん。私は近所の知り合いの家に逃げ込んだんだけれど、私の言うことを全く信じてくれなくて……」
「そうか。しかも、神殿の連中に言われるがまま、お前の家族を襲ったのは、大きな猿のような化け物の仕業だと言いふらしたんだな」
「うん。そして、みんな私を神殿に連れて行こうとしたり、神官たちに引き渡そうとしたりするから、怖くなって、一人でずっと森に隠れていたんだ」
「森? 貴女、森に入ったの?」
壁に囲まれたこの村で、壁の外の森に行くことは出来なかったはずだ。であれば、イースの言っている森は、壁の内の、リットが行くなと言っていた森以外にはない。
「私の家は森の近くだったから……。妹と一緒に森にこっそり入って野苺や茸を取ったり、湧き水を飲んだりしていたから、神殿の見回りに見つからないで、森に入る方法は知っていたんだ」
いくら細やかに見回りをしていても、子供の好奇心を抑えるのは難しい。いや、隠そうとすればするほど、かえって子供は知りたいと思い、大人の考えもつかない行動をするものだ。
「なるほど。だが、イース。その事も気になるが、先に別のことを教えてくれないか?」
「いいよ。何が知りたいの?」
イースはイルリアに答える時よりも、ジェノに答える時の方が素直だ。
まぁ、自分よりも男であるジェノが頼りになると思っているのだろう。
それから、ジェノはイースにいくつかの質問をし、その答えを聞いて少し目を閉じて沈黙する。
そして、静かに目を開けると、
「これから簡単にこの村で起きていることを順番に話す。それを聞いていて、なにか間違いがあったら教えてくれ」
そうイルリアとイースに前置きをし、ジェノは口を開いた。
「まず、猿に似た大きな化け物は、この村ができた頃から、存在が確認されていた。そして、村人は、神殿の人間と一緒に、その駆除をしていた」
ジェノの言葉に、イースは頷く。
エルマイラム王国でも、森の奥深くに入れば、ゴブリンと呼ばれる肌が緑色の残忍な魔物と遭遇することもある。
この国では、あの巨大で不気味な猿のような魔物がそれに当たるのだろうと、イルリアはなんとかその話を飲み込む。
「うん。近所のお爺ちゃんたちが話しているのを何度も聞いたから、間違いないよ」
イースの言葉に、ジェノは「分かった」と答える。
「だが、ここ数年、発見される化け物の数が多くなった。そして、それと同じころから、村の子供たちの中に、原因不明の高熱を発する者が数人出るようになってきた。
そのため、神殿は薬を村の人間に配るようになった。そしてそれは、必ず決まった量を決まった間隔で誰もが飲まなければいけないものとして、村人たちは、その教えを守って……」
ジェノの言葉が最後まで言い終わらないうちに、イースが割り込んでくる。
「みんな、聖女様の言う事ならって言って、騙されているんだよ! 私にはよく分からないけれど、きっとあの薬はよくないものだと思う」
「ジューナが命じて配らせているからか?」
「そう。それに、私は何日も薬は飲んでいないけれど、病気にも何もなっていないよ」
イースの言葉に、ジェノは顎に手をやり少し考える。
だが、生憎とイルリアもジェノも、薬学には明るくない。
せいぜい、薬草になるものと毒のある植物を少し知っている程度だ。
「済まないが、ひとまず話を続けるぞ」
ジェノも考えても結論が出ないと思ったのだろう。そう言って話の続きを口にする。
「だが、薬を飲んでいるにも関わらず、この三ヶ月ほど前から、熱を出す子供の数が増えた。そして、その治療のために神殿に預けられた子供たちは、まだだれも家に帰っては来ていない」
「……仲の良かった私の友達も、神殿に行ったままなんだ。その子のお父さんとお母さんも、心配して何度も子供に合わせてくれるように頼んだらしいんだけど、会わせてもらえなかったって話だよ」
その話を聞き、イルリアは怪訝に思う。
「ねぇ、イース。いくらなんでも、三ヶ月近くも子供と会わせてもらえないなんて、どんな呑気な親でも慌てるんじゃあないの?」
イルリアの問に、イースは顔を俯けた。
「……死んじゃったんだ」
「えっ? 死んだ? いったい、誰が?」
「その子のお父さんとお母さんだよ。神殿に何度も、せめて一回、子供の顔を見させてくださいと言っていたんだけど、二人共、あの怪物に襲われたって話だよ。
でも、きっと、私のお父さんとお母さん、そしてファミィと同じように……」
イースが力なく顔を俯けるのを見て、イルリアは、「ごめんなさい」と彼女に謝る。
「いいよ。こうして私の話を信用して聞いてくれたのは、お兄さんとお姉さんだけだから。でも、それ以来、聖女様を疑うから天罰が下ったなんて言う人達も現れて、それから、みんな、子供を連れて行かれても、文句を口にできなくなっているみたい……」
涙を溢すイースを、イルリアは椅子から立ち上がって彼女に近づき、優しく彼女を抱きしめる。
「面会を拒否され、会いたいと言っても会わせてもらえない、か」
ジェノのその呟きが、サクリのことを指しているということをイルリアは察した。
しかし、ここで、イルリアは違和感を覚えた。
「ねぇ、イース。貴女、熱があるんじゃあないの?」
抱きしめた少女の体が随分と熱いことに、イルリアは気づく。この熱さはただ事ではない。
「えっ? 熱? 私も、ファミィみたいに……」
イースの顔がだんだん赤くになっていき、瞳が潤んでいく。そして、目もうつろに見える。
熱によるものか恐怖からかは分からないが、イースは体を震わせ始める。
「イルリア。すまんがこの娘を頼む。おれは、リットを探してくる」
この村の神殿関係者が信用できない現状では、魔法を仕えるリット以外に、この娘を助けられるものはいないだろう。
それは正しい。だけど……。
「駄目よ。私がリットを探してくるから、あんたがここに残って。もしもこの娘を狙って神殿の人間が来たら、私じゃあどうしようも出来ないから」
「……そうだな。わかった。まずは、元の宿屋に顔を出してみてくれ」
「ええ」
イルリアはイースをベッドに寝かせて、部屋を後にしようとしたが、
「それには及ばないぜ。お二人さん」
という、聞き覚えのある男の声が部屋の中に響き渡る。
そして、次の瞬間、入口のドアの前に、探そうと思っていた男がいつの間にか立っていた。
「まったく、わざわざ別の宿を取ったから、てっきりジェノちゃんとイルリアの二人でしっぽりと楽しむのかと期待していたのに、話をするだけなんて、健全すぎて退屈だったぜ」
開口一番、ふざけたことを言う奴だと、イルリアは憤慨する。
まぁ、イルリアの発案で、偽装するためにこんなダブルベッドの部屋を取ったのだから、非はこちらにもあるのだろうが、だからといって、覗き見をしていいという理由にはならない。
イルリアはリットに駆け寄り、引っ叩こうと思ったが、今はイースの事が最優先だと思い留まる。
「さて、それで、この天才に何のようかな? 話を聞くだけなら聞いてやってもいいぜ」
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