彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
103 / 249
特別編

特別編『先輩と後輩と特別稽古』(前編)

しおりを挟む
 昼間こそ太陽の熱で温かいものの、夕暮れとなってその恩恵が薄れてくると、秋の風が身に染みる。
 けれど、いや、だからこそ、美味しい料理というものもある。

「う~ん、これは脱帽ね。美味しいわ。すごく美味しい」
「本当に。体もすごく温まりますし」
 料理を口にして、嬉しそうに微笑むバルネアに、メルエーナも同意する。

 ここはエルマイラム王国の首都ナイムの街の繁華街の外れ。
 申し訳程度の街灯に照らされた屋台の前だ。
 そこで、メルエーナ達は至福のひとときを過ごしていた。

 けれど、そんな女性陣とは対象的に、男性陣は、なんとも言えない顔をしている。

 一人は、三十代後半くらいの男性で、この屋台の主。
 今、目の前で自分の作った料理を食べている女性が、この国の国王様から、『我が国の誉れである』とまで讃えられた凄腕の料理人であることを知り、不安な表情だ。
 料理の最初の一口を褒められて少し安堵しているが、いつ何か文句を言われないだろうかと冷や汗をかいている。

 あとの二人は黒髪で茶色い瞳の若人。ジェノと、彼の通っている修練場の先輩であるらしい、二十歳手前のシーウェンという男だった。
 顔は全く似ていないが、彼もなかなか精悍な面持ちをしている。武術をかなりやっているらしく、ただ座っているだけでも品がある。
 それと、『シーウェン』という名の響きは独特で、このエルマイラム王国ではあまり聞かない名前の構成だ。ジェノに以前聞いた話によると、何でも生まれは東方の別大陸なのらしい。

「あぁ。俺たちの安らぎの場所が……。ひどい話だよな、ジェノ」
「…………」
 シーウェンは聞こえよがしに文句を言う。ジェノは相変わらず無言だが、小さく頷いたのをメルエーナは見逃さなかった。

「もう、ジェノちゃんもウェンちゃんも、こんなに美味しいお店を私達に教えてくれないなんて酷いわよ。私が問いたださなかったら、ずっと秘密にしておくつもりだったんでしょう?」
「バルネアさんの言うとおりです。ジェノさん。どうして教えてくれなかったんですか?」
 こっそりと先程頷いていたジェノに、メルエーナが不満そうに問い詰める。
 こんなに美味しい料理を自分達だけで食べて、仲間はずれにするなんて酷いと思う。

「……すまん」
「待った。ジェノを責めないでくれ。男には、気心の知れた男仲間とだけ楽しめる場所が、隠れ家が必要なんだよ。それと、この店を黙っているように言ったのは、俺だ。文句は俺に言ってくれ」
 無言のジェノに代わって、シーウェンがメルエーナに答える。

 男同士の連帯感を見せつけられ、メルエーナはそれ以上文句が言えなくなってしまう。

「このトッピングもいいわね。シンプルそうに見えて奥が深い料理だわ」
 バルネアは、具材一つ一つをしっかりと吟味するように丁寧に咀嚼し、うんうんと何度も頷いている。

 美味しそうに食べるバルネアを見て、メルエーナも食事を再開する。
 味が落ちる前に食べなければもったいない。

「親父さん、俺達にもいつものを出してくれ。ジェノ、今日は、お前も大盛りでいいだろう?」
「ああ、それで頼む」
 相変わらず言葉少ないジェノだが、その表情が家にいるときと少し違うことにメルエーナは気づく。

 なんと言うか、普段よりも砕けていると言うか、張り詰めている感じが薄い気がする。本当に些細な違いなのだが。

 屋台は一列に並んで椅子に座る形式なので、屋台に向かって左から、バルネア、メルエーナ、ジェノ、シーウェンの順番なのだが、ジェノはもっぱらシーウェンと店主に視線を向けている。
 それが少し、メルエーナには寂しい。

「ああ、そういえば、もう一年くらい前だな。お前をこの店に連れてきたのは」
「そうだな。それくらい前だ」
「いつもは、バルネアさんが料理を作ってくれているからって、お前は小盛りばかりだったからな。一年目にして、ようやく腹いっぱい親父さんの飯を堪能できるわけだ」
 そんな取り留めのない会話を交わす、年の近い男同士。
 それは、なんとも言えない気楽さと楽しさが見て取れた。

 メルエーナも、友人たちと食事をしているときは女同士、気軽に会話を楽しんでいるが、なんとなくだが、自分達の、女の会話とは何かが違うように思える。
 何と言うか、距離が近いと言えばいいのだろうか?
 とにかく違う気がする。

 これも、以前に聞いた、男女の違いによるものなのかもしれないと、メルエーナは絶品のスープを口に運びながら思う。

「そうか、あれから随分とお前も腕を上げたもんだな」
「まだまだだ。何より、一度もお前に勝ち越せたことはないだろうが」
「そりゃあそうだ。俺もまだまだ後輩に抜かれてやるつもりはないさ」
 そう言ってシーウェンとジェノは鋭い眼光をぶつける。

 もしかして喧嘩になるのではと危惧したメルエーナだったが、それは全くの杞憂だった。

 シーウェンは楽しそうに笑いだし、ジェノも口元を緩めたのだ。
 やはり、男の子の思考というものはよく分からないとメルエーナは思う。

「だが、ジェノ。最近、またお前はあの時の様になりつつあるぞ。そこだけは気をつけておけ」
「……そうか。忠告、感謝する」
 今度は急に真剣な表情をしだした二人は、また二人だけが分かる内容を口にする。

 やっぱり、メルエーナには分からない。
 男の子というのは、複雑なようだ。

「ウェンちゃん。一年前って言うと、ジェノちゃんが少し鍛錬に身を入れすぎていた時期よね? もしかして、ウェンちゃんが助けてくれたの?」
 バルネアが、物怖じせずにシーウェンに尋ねる。

「そんな大げさなことではないですよ。ただ、無愛想だけど、俺にとっては可愛い後輩なんでね。少しおせっかいをしただけです」
「シーウェン。その話はしなくてもいいだろう」
「おっ、柄にもなく恥ずかしがっているようだな。だが、あれは誰もが通る道だ。それは決して恥ずべきことではないぞ」
「バルネアさん達に話す話でもないだろうが」
 ジェノが抗議の声を上げたが、メルエーナもその話とやらがすごく気になり始めた。

 メルエーナがバルネアに視線を向けると、彼女はニッコリと微笑んでくれた。

「ジェノちゃん。ウェンちゃん。その時のお話を聞かせて頂戴。こんなに素敵なお店を隠していたんだから、私のお願いを聞いてくれてもいいわよね?」
 バルネアのその言葉に、二人はお互いの顔を見て、仲良く嘆息した。

「……ジェノ、すまん」
「……仕方ない。それに、お前に助けてもらったのは事実だからな」
 こうして、観念したシーウェンの口から、メルエーナは過去のジェノの話をまた知ることとなるのであった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...