彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第四章 あの日憧れたあの人のように

① 『すれ違う思い』

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 それは、とても微笑ましい話でした。
 あの人の幼かった頃の話は、ぜひ私も知りたいと願っていた事柄でしたので、余計にそう思ったのだと思います。

 まだ年端もいかなかった頃のあの人は、素直に喜怒哀楽を顔に出していて、そして少し引っ込み思案な所もあったのだと知ることが出来ました。

 あの人のお話に出てきた女性は、あの人の先生は、とても魅力的で素晴らしい方だと私も思います。
 だからこそ、年月を経ても、あの人はずっと先生を尊敬し続け、人生の指針の一つにしているのでしょう。

 本当に、この時、あの人が話してくれたのは、とても楽しい話だったのです。

 だから、私はその話の裏を読むことを怠ってしまいました。
 幼い頃とは異なり、どうして今のように無口で感情を表に出さなくなったのかを考えようとしなかったのです。

 本当に愚かだと思います。

 きっと尋ねても、この時のあの人は教えてはくれなかったと思います。
 それは、あの人にとって触れられたくない事柄だから。

 でも、もしもあの人に尋ねていたら、私が知っていたらと思わずにはいられません。
 そうすれば、後のすれ違いは防げたはずなのですから。


 ……過去は、現在に続いています。
 あの人の話に出てきた人達も、物語の登場人物ではなく、今も私達と同じ時間を生きる人間なのです。

 それなのに、どうして私は……。
 



 第四章 『あの日憧れた、あの人のように』



 短い冬が終わり、だいぶ気温が高くなってきた。
 今は温かという表現ですんでいるが、もう少しすると暑い夏がやってくる。

 もっとも、この街で暮らし続けるイルリア達の話によれば、海が近くにあるので、メルエーナが暮らしていた山奥の村よりは過ごしやすいらしい。

 メルエーナがこのナイムの街にやってきたのは、昨年の夏の終りから秋にかけてだったので、もうすぐこの街で暮らして一年が過ぎようとしている事になる。

 今日の仕事も一段落し、メルエーナは拭き掃除をしながら、あっという間に過ぎていった時間を思い返してそんな感慨に耽けていたのだが……。

 相変わらず、『本日の営業は終了しました』という掛け看板の意味はなく、パニヨンの入口の扉は開かれ、来店を告げるベルの音が店内に響き渡った。

 今日は誰が来店したのだろうかと、もう日常となってしまった営業時間外の来訪者に「いらっしゃいませ」の言葉を口にしたメルエーナは、驚きのあまりに言葉を失ってしまった。

「ふっふっふっ。来たわよ、メル!」
 大きなリュックを背負って来店してきたのは、自分と同じ栗色の髪を、短く肩の辺りで切りそろえたスタイルの整った女性。

 それは、メルエーナの母であるリアラその人だった。




 奥の居間まで招き入れ、旅で疲れているだろう母からメルエーナは荷物を預かる。

「驚きましたよ。何の連絡もなく、先輩が訪ねて来られるとは、思っていませんでしたから」
 バルネアがそう言いながらリアラに席を勧め、自分も彼女の向かいの席に腰を下ろす。
 メルエーナも母の荷物を客間に運んで戻ってくると、空いているバルネアの隣の席に腰を下ろした。

「あははっ。ごめんなさい。突然やってきた方が、ありのままの娘の姿を見られると思ってね」
 リアラは全く気にした様子もなく豪快に笑う。

「お母さん。少しはバルネアさん達の迷惑も考えて下さい!」
 反省する気がない母をメルエーナが嗜めると、それまで笑っていたリアラが真剣な眼差しに変わる。

「迷惑をかけることは分かっていたわ。でも、もう貴女がこのナイムの街に来て一年が経とうとしているのよ。
 手紙では順調だと聞いていたけれど、やっぱりこの目で確認しなければ駄目だと思って、一人でわざわざここまでやってきたのよ」
 リアラはメルエーナをじっと見つめてくる。

「メル。貴女が去年までとは違うということを、この一年間の成果を私に見せなさい!」
 母の射抜くような瞳をまっすぐに見つめ返して、「はい」と力強く返事をする。

「たしか、豚肉が残っていたはず。お母さんも好きな素材ですし……」
 メルエーナは何を料理して母に出そうかを頭で懸命に考える。
 自分のこの一年間の料理修行の成果を、今こそ見せなければ。

 そう気合を入れていたメルエーナだったが、そこで思わぬことを母が口にした。

「バルネア。この時間なら、ジェノ君は留守よね?」
「えっ? ……ええ。今日も稽古に出かけていますけれど……」
 突然話を振られて、バルネアは驚きながらもリアラの問いに答える。

 メルエーナには、母が何故ジェノの動向を訊くのか分からない。
 
「そう。予想どおりだわ。メル。さぁ、ジェノ君の部屋の鍵を貸しなさい。貴女がどのくらいジェノ君の心を掴んでいるかは、部屋を見れば分かるわ!」
 自信満々に言う母の言葉が、頭に入ってこない。同じ言語を使って話しているはずなのに。

「もう。プライバシーがどうとかはなしよ。未来の息子の部屋を母親が見て悪い理由はないわ。もちろん、貴女が彼の部屋の掃除もしているのよね?」
 やはり、メルエーナには、リアラが何を言っているのか分からない。

「どっ、どうして、お母さんがジェノさんの部屋に入ろうとするんですか! それに、私が掃除なんてしていません! ジェノさんは身の回りのことは全部自分でしますし、それに、その、私もジェノさんの部屋に入ったことは、まだないですし……」
 口にしていて悲しくなってきてしまい、メルエーナの言葉は尻窄みになってしまう。

「…………えっ?」
 リアラは信じられないことを聞いたかのように、固まってしまう。

「えっ? は私のセリフです!」
「だって、貴女、ジェノ君との関係もいい方向に進んでいるって、手紙に書いていたじゃあないの!」
「それは、その、たまに一緒に食事にでかけたり、二人で料理を合作で作ったりとか……」
 メルエーナは恥ずかしそうに説明をするが、リアラは納得しない。

「ええい、私はそんな娘に育てた覚えはないわよ。一年近くも同じ屋根の下で生活していて、何をやっているのよ、貴女は! もしかしたら、『その、お母さん、孫が出来てしまいました……』とか言うサプライズがあるんじゃあないかと期待していたのに!」
「成人前の娘に、何を期待しているんですか!」

 メルエーナとリアラの親子の言い争いはしばらく続き、それを見ていたバルネアは、「いいわね、親子って」と嬉しそうに微笑むのだった。
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