彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
115 / 249
第四章 あの日憧れたあの人のように

⑧ 『先生の実力?』

しおりを挟む
 ジェノの家に、新しい家族が出来て一ヶ月が経過した。

 新しい家族の名前はリニア。
 ジェノの先生となってくれた人。

 ジェノが熱望していたため、ペントが彼女のことを紹介するときに、剣術の先生だと言っていたが、それ以外の読み書きや数字の勉強もリニアが教えてくれることになった。
 今まではペントがジェノにそれらを教えてくれていたのだが、先生が来てくれたおかげで、ペントは自分の仕事に専念できるようになったようだ。

 この一ヶ月間、同じ屋根の下で生活をして、ジェノはリニアの事が少し分かった気がする。
 その結果として、彼女に対するジェノの感想は、『優しくていい人』だった。

 勉強の教え方はすごく丁寧でわかりやすいし、たまに彼女が話してくれる異国の話はとても興味深くて楽しい。
 そして、ジェノの置かれた境遇も理解してくれている。

 この広い屋敷の僅か五部屋だけが、ジェノ達家族が自由にできる空間だということも理解してくれた。そして、その理由を聞いて、理不尽なジェノの父親に対して怒りをあらわにしてくれたのだから。

 けれど、どうしても分からない事がある。そのせいで、ジェノは未だに心からこの先生のことを、リニアの事を信用できずにいた。

 それは、すごく単純な理由。
 人に武術の指導ができるほど、リニアが本当に強いのかどうかが分からないから。


「ほらっ、腰が高くなってきているわよ。キツイだろうけれど、もう少し頑張って」
 リニアに言われ、ジェノは腰を低く下ろす。

 まるで椅子にでも座っているかのような体勢をずっと続けるのは、かなり大変だ。だが、この一ヶ月間で少しは慣れてきた。
 
「よし、ひとまずそこまで!」
 リニアのその言葉に、ホッとしてしまい、ジェノは足の力が抜けて地面に尻餅をついてしまう。
 それでも、何とか震える足に力を入れて懸命に立ち上がり、ジェノは何でもないかのように姿勢を正す。

 そんな強がりをするジェノを、リニアは微笑ましげに見ると、

「よしよし。偉いわよ、ジェノ。五分は大体安定してできるようになってきたわね。うん、ご褒美に先生がぎゅっとしてあげよう!」

 そう言って抱きしめてくる。

「先生、暑いし苦しいよ」
 身長差の関係上、リニアの大きな胸が顔に当たって苦しいので、ジェノは文句を言う。

「もう。そんな事言わないの。……ああっ、本当に抱き心地が良いわね」
「だから、暑いし苦しいってば!」
 ジェノは怒ってリニアの手から力づくで逃れる。

「もう! 抱きしめられるのは、ペントだけで十分だよ」
 ジェノは口を尖らせる。

 昔からペントは、ジェノをよく抱きしめようとする。
 別にそれが嫌だというわけではないが、自分はもう八歳なのだ。言葉もはっきり喋れないような小さな子達とは違う。
 それに、そんな姿を誰かに見られたらすごく恥ずかしい。

「だって、そのペントさんが教えてくれたんだもの。君の抱き心地が良いって。まぁ、これも先生と生徒のスキンシップの一つよ」
 けれどリニアは反省した様子もなく、楽しそうだ。

「さて、冗談はこの辺りにして。ジェノ。君はこの練習を、空いている時間にこっそりと続けていたわね?」
 リニアは少し怒ったような顔で尋ねてくる。

「……はい。続けていました」
 叱られると思い、ジェノは罰が悪そうな表情を浮かべる。

「そう。素直なのは大変よろしい。そして、そうやって自分から努力しようとするのも悪いことではないわ。特にこの練習は、空いた時間を見つけて簡単にできるし、きちんとやれば健康にも良いから、どんどんやってもいいわよ」
「えっ! いいの?」
 ジェノが瞳を輝かせると、リニアは「で・も・ね」と言って、ジェノの頭に、ぽんっと手を置く。

「今度からは、先に先生に確認を取らないと駄目よ。これからやっていく修行の中には、やりすぎると体に悪影響を及ぼすものもあるから。特に君のように幼いうちはね」
「……はい」
 ジェノはそう答えながらも、心のなかで、もやもやとし続ける気持ちをこれ以上留めておくことができなくなってしまう。

「あの、先生……」
「んっ? どうしたの、ジェノ?」
 ジェノは思い切って、その気持ちをリニアにぶつけることにした。

「僕は先生が剣を使うところを見たことがありません。だから、その、分からないんです。先生が本当に強い人なのかどうか……」
 きっとすごく失礼なことを訊いているとジェノも思う。でも、尋ねずにはいられなかった。
 
「ああ~っ。ひどいなぁ。先生の力を疑うなんて駄目だぞぉ」
 リニアは冗談めかして言うが、ジェノは真剣な目で、「先生!」と声を掛ける。
 すると、リニアは苦笑した。

「ジェノ。君は心配なのね。このまま私の言うとおりに修行をしても強くなれないんじゃあないかって。そうでしょう?」
「はい、そうです。先生は僕の兄さんと同じくらいの歳で、その、女の人だから……」
 自分だけではなく、人々の多くが、剣を持って戦うのは男の人だと思っているはずだとジェノは思う。

「そっか。うん。それなら、今回は先生のとっておきの技を見せてあげよう。その代わり、先生の質問に一つ答えて欲しいな」
「えっ? 先生が剣を使うところを見せてくれるの? うん。それなら、何でも答えるよ」
 ジェノは嬉しそうに言う。

「契約成立ね。危ないから、少し離れていてね」
「はい!」
 ジェノは満面の笑みで返事をする。

 リニアが良いという位置まで下がり、ジェノはリニアを見つめた。
 絶対に先生の剣技を見逃さないようにと、瞬きもせずにじっと見つめ続ける。

「それじゃあ、やるわね」
 リニアはそう言った瞬間、素早く腰を落として前傾姿勢を取り、腰の剣を右手で握る。

 ジェノは固唾を飲みながら、リニアが剣を抜くのを待つ。

 ……だが、何故かリニアは、また元の体勢に戻り、

「はい、おしまい」

 と言って、ジェノに笑みを向けた。

「えっ? えっ? なんで?」
 ジェノには訳がわからない。

「ふふ~ん。見えなかったでしょう? 実は先生は、君に気づかれない速さで、すでに剣を抜いていたのだよ」
 リニアはそう言って笑うが、ジェノはそんな言葉では納得がいかない。

「嘘を言わないでよ! 先生は、剣を握っただけじゃあないか!」
 ジェノは激怒して言うが、リニアは首を横に振る。

「嘘なんて言っていないわよ。本当に剣を抜いたんだから。でも、残念なことに、修行不足の君の目にはそれが見えなかったというわけね」
 リニアは笑って言うと、膨れるジェノの元まで歩いてきて、宥めるように彼の頭を撫でる。

「よし。約束だったわね。先生が今から質問をするから、答えてね」
「ずるいよ……」
 ジェノは不服そうに、リニアをジト目で見る。

「もう、そんなに剥れないの。それに、これは正当な契約なんだから、きちんと守らないと駄目よ」
 リニアは茶目っ気たっぷりに片目をつぶって言うが、ジェノは釈然としない。するわけがない。

「早速、質問をさせてもらうわね」
「……うん」
 ジェノは面白くなさそうに応えたが、リニアの質問の内容に、真面目にならざるを得なかった。

 彼女はこう尋ねてきたのだ。

「どうして君は、そんなに焦って強くなろうとしているの?」

 と。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...