彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第四章 あの日憧れたあの人のように

⑩ 『先生のとっておき』

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 まただ。
 また騙された。

 ジェノは頬を膨らませて、リニアを睨む。
 だが、リニアはそんなジェノの膨らんだ頬をツンツンと突いて楽しそうに微笑んでいる。

 ジェノもおかしいとは思った。
 外での修行を切り上げて、わざわざ家の中に入るようにリニアに言われたときに。
 でも、それはきっと誰にも見せない秘密の技なのだろうと自分を納得させた。

 そして、家に入るとすぐに、手をしっかり洗うように言われた。
 外から帰ったら手を洗う。それは当たり前のこと。だから、それも受け入れた。

 全ては、先生が言う「とっておき」を覚えるために。
 今よりも強い自分になるための技を教わるために。
 それなのに……。

「ふっ。さすが私ね。サイズもぴったりだし、ばっちり似合っているわ」
 リニアは自分のセンスを自画自賛する。だが、ジェノはこんな物が似合っても嬉しくない。

 ジェノとリニアが今いるのは、家の台所。
 そしてジェノは、リニアに手渡された青いエプロンを身に着けている。リニアが身につけている白色と色違いの物を。

「というわけで、今日はこのリニア先生のとっておきの料理の作り方を教えてあげちゃう。だから、頑張って作りましょうね、ジェノ」
「……どうして、僕が料理を作らないといけないの?」
 ジェノは心底面白くなさそうに抗議の声を上げる。

「だって、君は料理を作ったことがないでしょう? それじゃあ強くなれないのよ」
「料理を作れるようになれば、剣術が上手くなるっていうの? そんなの信じられないよ!」
 ジェノが不満を口にすると、リニアはキョトンとした顔をし、

「もう。何を当たり前のことを言っているの? 料理を作れるようになっても、剣術が上達する訳がないじゃない」

 と言う。
 それがジェノには腹立たしい。

「僕は、先生が『とっておき』を教えてくれるって言うから楽しみにしていたんだ。僕の話を聞いて、協力してくれるって言ったのに……」
 ジェノは恨みがましく文句を口にする。

「こら。そんな風に文句ばかりを言って、いい加減な気持ちで取り組んだら、強くなれないわよ」
「だって、料理ができるようになったって、強くはなれないんでしょう? それに、僕は男だよ」
 乗り気ではないジェノ。だが、そんな彼に、リニアはまたおかしなことを言い始める。

「えっ? 誰が強くなれないなんて言ったの? 強くなれるわよ、もちろん。それと、料理をすることに、男だからとか女だからとか関係あるのかしら?
 あっ、もしかして、男の子はお腹が空かないのかな? そっかぁ、先生もそれは知らなかったなぁ~」
 リニアはさも驚いたという表情で、ジェノを誂ってくる。

「言っていることが無茶苦茶だよ! 先生が言ったんだよ! 料理ができるようになっても、剣術が上手くなるわけがないって!」
「ええ。そう言ったわね。でも、強くなれないとは言っていないわよ」
「えっ? えっ? どういう事?」
 ジェノにはリニアの言わんとしていることが分からない。

「これは、私がこの家に初めて来た時に、君に質問したのと同じ事よ。明日まで時間を上げるから、少し考えてみなさい。先生からの宿題よ」
 リニアはそう言って片目をつぶる。

 だが、ジェノは、いくら考えても、先生が言っていることの意味が分かりそうもない。
 
「こらこら、これは宿題だって言ったでしょう。時間がないから、早く料理づくりを始めるわよ」
「……はい」
 ジェノは不承不承頷く。

「だから、そんな顔をしないの。料理をする時も、一生懸命に心を込めてやらなければ駄目なんだから」
「……でも……」
 渋るジェノに、リニアは困ったように笑う。

「こ~らっ。君は私に教えてくれたじゃあない。『皆を守れるようになりたい』って。それなら、料理を覚えれば、少なくともペントさんを助けることはできるわよ」
「ペントを? どうして?」
「ペントさんはいつも頑張って働いて、その上私達の食事も作ってくれている。料理をした事がない君には分からないかもしれないけれど、これはとても大変なことなのよ。
 それに、ペントさんだって風邪などの病気になってしまうこともあるはずよ。そんな時に、君は体調の悪いペントさんに、料理を作らせるの?」

 その一言に、ジェノは驚愕した。

 今まで、ペントはずっとおいしい食事を作り続けてくれていた。でも、ペントだって体調が悪い時もあったはずだ。
 それなのに、ペントはずっと笑顔で自分を心配させないようにと頑張ってくれていたんだ。

「……僕は、そんなこと、考えたこともなかった……。どうして分からなかったんだろう」
 ジェノは自分の愚かさを恥じる。

「それは仕方がないわよ。君はまだ子供なんだから。でも、こうして一つずつでいいから、しっかりと学んで行きなさい。
 そして、学ぶためには、しっかり勉強をしなさい。体を鍛えなさい。そして思いっきり遊びなさい。学ぶというのは、勉強の時間だけする事ではないのだから」
 ジェノがリニアの言葉に頷くと、リニアは微笑む。

「よぉし。分かったところで、今日はペントさんが驚くような昼食を私達二人で作りましょう。先生のとっておきのメニューだから、すごく美味しい料理なのよ」
「うん。僕、頑張るよ!」
 ジェノは気合を入れて、自分の胸の前で、ぐっと手を握りしめるのだった。








「さぁ~て。それじゃあ、やっていきましょう。本当は生地を作る所から教えてあげたいんだけれど、今日は時間がないから、それは今度にして、私が昨日作っておいた物を使うわね」
「はい!」
 ジェノは気持ちを新たにし、真剣な表情でリニアに返事をする。

「うん。いい返事よ。それじゃあ、まずはこの生地を切っていくわね」
 保温庫から取り出した、太い棒状の真っ白い塊を、リニアは一センチ幅程度に綺麗に等分していく。

「そして、これを伸ばしていくんだけれど、まずはこの大きなまな板に粉を掛けておくことが大事よ。これは『打ち粉』というの。覚えておいてね」
「はい。覚えます」

 ジェノの声に満足そうに頷き、リニアは打ち粉をしたまな板の上に、先程切った生地の一つを置くと、それを掌で潰した。

「ふふん。ここからが先生の腕の見せどころよ」
 リニアはそう言うと、木の棒を使って、潰した生地を伸ばしていく。そして今度は生地を回転させてまた伸ばしていく。

「後はこれの繰り返しだから、仕上げてしまうわね」
 リニアはそう言うと、凄まじい速さで作業を行い、潰れて二センチ弱ほどだった生地を、あっという間に薄く伸ばして、四倍以上の大きさの綺麗な円状に伸ばしてしまった。

「すごい……」
「そうでしょう、そうでしょう。見た目の割に結構難しいのよ、これ。君もやってみたら分かると思うわ」
 リニアはそう言って、ジェノを手招きしてキッチンの中央に、まな板の前にこさせると、いつの間に持ってきたのか、彼を木製の台の上に立たせる。

「こんな時のために先生が作っておいた、ジェノ専用の踏み台よ。これなら手が届くでしょう?」
「はい。ありがとうございます」
 ジェノはお礼を言い、まな板にきちんと手が届くことを確認する。

「はい。それじゃあ、早速やってみましょう。大丈夫よ。最初は失敗して当たり前なんだから。思い切ってやってみなさい。」
 ジェノがその言葉に頷くと、リニアは生地の一つをまな板の上に置いて、それを潰した。

 生まれてはじめての作業に緊張する。
 けれど意を決して、ジェノは先程見たリニアの手の動きを思い出して、木の棒の左右を両手で持って生地を伸ばしていく。
 すると、生地は上手く均等に縦に伸びてくれた。

「おおっ! 上手。すごく上手よ、ジェノ。それじゃあ、次は生地を回転させるの」
「こうですね。そして、また伸ばして……」
「そうそう。あとはそれの繰り返しよ」

 ジェノは言われるがまま作業を繰り返す。
 すると、あっという間に、リニアが作ったものと遜色のない大きさにまで伸びた。

「すごい、すごい! 初めてとは思えないわ。ジェノ、もう一回やってみて。今度は潰す所からやってみましょう」
「はい!」

 リニアが褒めてくれたのが嬉しくて、ジェノはリニアがまな板の上においてくれた生地の一つを小さな手のひらで潰し、また生地を伸ばしていく。
 すると、先程よりも速い速度で生地を伸ばしきることが出来た。

「これは驚いたわ。手つきがすごくいい。一度見ただけで、ここまでできるなんて……」
 リニアのびっくりする顔が珍しくて、ジェノは微笑む。

「……うん。ジェノ、しばらくの間、生地を伸ばす作業をお願いしてもいいかしら? あらかじめ丁度いい大きさには切っておくから。その間に、私はその皮で包む中身を作るから」
「はい。頑張ります!」
「うん。頼もしいわね。でも、ゆっくりでいいからね。あまり調子に乗って頑張りすぎると、腕が痛くなってしまうかもしれないわよ」

 リニアの忠告に、「はい」と頷いたジェノだったが、リニアに頼りにされたのが嬉しかったため、ついつい張り切りすぎて、あっという間に、生地を全て綺麗に伸ばしてしまった。

「なっ! もう終わっている。ゆっくりでいいって言ったのに。後で痛くなっても知らないわよぉ」
 リニアはそう言ったものの、「でも、助かったわ、ジェノ」とお礼を言ってくれた。
 それがジェノは本当に嬉しかった。

「手はまだ動くかしら? それなら、先生が作ったこの中身、つまりは『餡』ね。これの包み方を教えてあげるから、一緒にやりましょう」
「はい!」
 ジェノは元気よく応えて、リニアの指示を仰ぐ。

 本当は少し腕が痛かったが、ジェノは生まれてはじめてする料理というものがとても楽しかったので、もっと続けたいと思った。

 そして、皮に餡を詰める作業も瞬く間に覚えてしまい、リニアから、「ぬぅ、私より上手いかも」と舌を巻かれることになるのだった。
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