彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
125 / 249
第四章 あの日憧れたあの人のように

⑱ 『お手本』

しおりを挟む
「昔、あるところに、剣の道を極めようと、十年以上も山に籠もって一人修行を続ける男の人がいました。
 彼は厳しい修行の末に、一瞬で獣の首を飛ばし、竜でさえも一人で倒せるほどの剣技を身につけることが出来ました。
 やがて、修行に一区切りをつけた彼は、山を降りて人里に向かいます。ですが、彼が訪れた村は、たくさんの魔物の襲撃を受けている最中でした。
 彼は今こそ自分の力を使うときだと思い、自慢の剣技であっという間に魔物たちを斬り殺し、村人を助けました。そのことに村人たちはたいそう感謝をし、彼を英雄だと讃えました」

 リニアの話をそこまで聞き、ジェノは今日始めてみた先生の強さを思い出した。
 そんな事を思っていると、リニアは更に話を続ける。

「村人達は、彼を村の一員として迎え入れました。そこには、彼が居てくれれば、村はもう魔物が来ても大丈夫だという狡い考えもあってのことでした。
 その目論見は成功します。彼が居てくれるおかげで、魔物達が何度襲ってきても、簡単に彼に撃退されました。
 村人たちは、よかったよかったと喜びました。やがて、魔物はどんどん数を減らしていき、村に魔物がやって来ることはなくなったのですから」

 リニアは息を吸い、また話を続ける。

「魔物がいなくなっても、村人は男の人に村に残って欲しいと懇願しました。もしもまた魔物がやって来た時の用心のためにと。
 彼はその願いを聞き届けてくれました。
 そのおかげで、村人たちは魔物に殺されることはなくなりました。
 今後も魔物に殺されることはないでしょう。
 なぜなら、村人たちは、ひとり残らず彼に斬り殺されて、命を失ってしまったのですから」

 話を最後まで聞き、ジェノはゾッとしてしまった。
 こんな話の終わり方になるとは思いもしなかったから。

「さて、ジェノ。君は今の話を聞いて、何故男の人が村人を斬り殺したのか分かるかしら?」
 リニアはいつもの穏やかな口調に戻りながらも、とんでもないことを質問してくる。

「えっと、それは……」
「なんでもいいわ。君が思ったことを言ってみて」
 そう言われ、ジェノは懸命に考える。

「……村人が、魔物を倒すために自分を利用している事に気がついて怒ったから……ですか?」
 自信がなかったが、ジェノは自分が思ったことを口にする。

「うん。もしかしたら、村人の誰かが彼のことを便利な道具のように思っていることを口にしたのかもしれない。そして、それを聞いて、彼は怒って村人を殺した。それも十分あり得る話ね」
 リニアは「なかなか、良い答えね」と言ってくれたが、ジェノは正直嬉しくない。

「他には、彼は魔物が村に来なくなったことで、斬る相手がいないことが不満だったっていう可能性もあるわね。それで、村人の頼みを聞くふりをして村に残り、村人を斬ることでその不満を発散した。これも有り得る話だと、先生は思うわね」
 リニアは何でもないことのように言う。

「他にもいろいろ考えられるわね。村人は残ってくれるようにと一度は言ったけれど、『もう魔物はいなくなったんだから、あんな刃物を使う危険な男は必要ない』という考えに変わって、彼を追い出そうとした、とも考えられるわ。それ以外にも……」

 リニアは更にいくつか考えられる可能性を口にしたが、ジェノには、この会話の意味がまるで分からない。

「さて、長々といろいろな可能性を話したけれど、ここまで聞いて、君はこのお話に出てきた男の人を『強い』と思うかしら?」
「えっ? 強いと思うかどうか?」
 ジェノは返答に困りながらも、懸命に考える。

 このお話の男の人は、沢山の魔物を一人で倒せるほどの剣術の使い手だ。
 そして、彼は一度も負けてはいない。魔物を斬り、最後に村人を全員斬っただけだ。
 それらの事から考えれば、『強い』という結論になるのだろう。
 ……でも、何かが引っかかる。

「先生はね、このお話に出てきた男の人は『強い剣士』だと思うな。でも、『強い人間』ではないと思うの」
 答えあぐねているジェノに、リニアが自分の考えを口にする。

「……『強い剣士』だけど、『強い人間』ではない?」
 けれどジェノには、リニアが何を言っているのか分からない。

「うん。彼がどんな考えで村人を斬り殺したのか、正解は分からない。でもね、彼は決して『強い人間』ではなかったと先生は思うの」
 リニアはもう一度そう言い、ジェノの頭を優しくポンポンと叩く。

「もしもこのお話に出てきた男の人が、『強い人間』だったなら、どうして村人と分かり合おうとしなかったのかしら?
 前にも言ったけれど、みんなと仲良く出来ていれば、それは最強なの。でも、彼はきっとその努力を怠った。だから、村人をみんな殺すような結果になってしまったのよ」
 リニアはどこか寂しげに言う。

「……でも、みんなが、仲良くしようとはしてくれないかもしれないよ……」
 ジェノは思っていることを口に出す。

 いくら危ないと、危険だと言っても、今回のロディのように、話を聞かない人間もいる事は、ジェノにだって分かるから。
 
「うん。そうだね。村は一つの共同体……う~ん、つまり仲間意識が強いから、それ以外の人に冷たい態度を取る事も多いわ。
 でもね、仲良くなれないと思ったのなら、彼は村から居なくなればよかったと先生は思うな。
 だって、彼は『強い剣士』なのよ。村人が束になっても勝てない強さは持っているのだから、簡単に村から出られたはずよ。それなのにそれをしなかったのは、初めから村人も斬るつもりだったのか、相手が何を考えているのかを考える頭がなかっただけよ」
 リニアはまた寂しそうに言う。

「初めから村人を斬るつもりなら、それは自分の欲望を制御出来ないということ。何を考えているのか分からなかったのなら、それは危機管理が出来ていないこと。それらが欠けている人を、先生は『強い人間』とはやっぱり思えないなぁ」

 リニアの話を聞いていて、ジェノは頭が混乱してしまう。

「先生。それなら、『強い人間』って、どんな人のことを言うの?」
 困ってジェノはリニアに尋ねる。

「そうね。先生は、心が強くて、他人の気持ちを考えられる人のことだと思うな」
「心が強くて……他人のことを……」
「うん。いろいろと辛いことがあっても、苦しい思いをしても、自分の意志を持って生きることができる人が、心が強い人。でも、それだけでは足りないの。他人の気持ちも考えられる余裕を持っていないとね」
 リニアは少しおどけたように言う。

「ジェノ。君は、強い剣士である前に、強い人間になりなさい。そうすれば、君は強くなれる。そして、みんなを守れるようになれるはずよ」
「強い剣士である前に、強い人間に……。分からない。分からないよ、そんなの。僕には難しすぎるよ……」
 幼いジェノには、リニアの言わんとしていることが理解できない。

「そうよね。難しいよね。……でも、君の周りには、お手本になる人がいるでしょう?」
「えっ? お手本?」
 ジェノが尋ねると、リニアは優しい声で、「ペントさんと君のお兄さんだよ」と言ってくれた。

「二人共、どんなに大変でも、苦しくても、自分の意志を持って頑張っている。それだけではなくて、君の事をいつも考えてくれているでしょう?」
「……はい」
 ジェノは笑顔で頷く。

「そういった心の強い人をお手本にして、ゆっくり頑張りなさい。ペントさんも君のお兄さんも、最初から心が強かったわけではないの。いろいろなことを経験して、学んで、時間を掛けて強くなってきたのよ。
 だから、見かけだけの強さに憧れて、簡単に強くなろうとしては駄目。マリアちゃんを誘拐しようとした人達や、お話の中に出てきた男の人のようになってはいけないのよ」
 リニアのその言葉に、ジェノはもう一度、「はい」と元気に返事をする。

「うん。よろしい」
 リニアは嬉しそうに頷く。

 それから、少しすると家が見えてきた。
 なんとか、太陽が沈み切る前に家に帰ってこられて、ジェノは、ほっとする。

 玄関には、ランプを片手にオロオロと忙しなくしているペントが見える。

「坊っちゃん! 大丈夫ですか!」
 ペントはこちらに気づいたようで、大きな体を揺らしながら走ってきた。

「うん。疲れたけど、大丈夫だよ」
 ジェノはリニアに背負われたまま、そんなペントに満面の笑みを返す。

「あらまあ、顔にお怪我を!」
「これくらい平気だよ。それより、僕、お腹が空いちゃった」
 ペントが心配してくれるのは嬉しいが、いろいろ今日は頑張りすぎて、ジェノはお腹がペコペコになってしまっていた。

「そうですね。まずはお食事です。すぐにご用意しますから!」
「うん。いつもありがとうね、ペント」
 ジェノは自分のお手本とするべき人に、改めて笑顔でお礼を言う。

「もったいないお言葉です、坊っちゃん」
 ペントは嬉しそうに微笑んで瞳の端に溜まった涙を拭って微笑んでくれた。

 だがそこで、ジェノはある事に気づき、リニアに声を掛ける。

「なあに、どうしたの、ジェノ?」
 そう優しい声で尋ねてくるリニアに、ジェノはにっこり微笑んで言った。

「先生。さっき先生は、ペントと兄さんの名前しか出さなかったけれど、僕は先生もお手本にします。今日は助けてくれて、本当にありがとうございました」
 すっかり遅くなってしまったお礼を言うと、リニアは何故か足を止めた。

「先生?」
 ジェノがその事を怪訝に思い尋ねると、リニアは、「まったく、私も修行が足りないわね」と少し鼻の詰まったような声で言うのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...