彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
127 / 249
第四章 あの日憧れたあの人のように

⑳ 『とある日の深夜』

しおりを挟む
 ジェノは尿意を覚え、深夜に目を覚ましてしまった。
 しかたなく、ランプに火を灯してトイレに向かう。

 用を足し、手を洗って自分の部屋に戻ろうとしたところで、ジェノは居間兼調理場付近から明かりが漏れていることに気づく。

 ペントが明かりを消し忘れたのだろうか?
 でも、ペントはいつもしっかり確認をする。だとしたら……。

 ジェノは一瞬、泥棒ではと考えたが、その考えはすぐに無くなる。何故なら、

「ジェノ。眠れないの?」
 と、よく知った声でドア越しに話しかけられたから。

 ジェノは静かにドアを開ける。
 すると、リニアが調理場で何かをしているのが目に入ってきた。

「先生こそ、何をしているの?」
 ジェノが尋ねると、リニアは「いやぁ、あははっ」と笑って誤魔化そうとする。

「先生、何か料理を作っているの?」
 ジェノはジト目でリニアを見る。

「いやぁ、先生も君と同じで、まだまだ育ち盛りだから。ちょっと夜中に起きたらお腹が空いてしまって……」
「もう。おやつは決められた時間にしか食べたら駄目なんだよ!」
 ジェノが注意すると、リニアは「そう固いことを言わないの」と言って苦笑する。

「ペントに叱られても知らないよ……」
 ペントは優しいが、躾には厳しいところもあるのだ。

「ふっ、先生がそんなヘマをするわけがないでしょう。それと、いい機会だから、ジェノ。君も一緒に作って一緒に食べましょう」
「えっ?」

 リニアはさも名案とばかりに言い、ジェノを手招きする。

「でっ、でも……」
 ペントから、夜に間食をするのは良くないと言われているジェノは、それを拒もうとする。だが、正直、リニアが何を作っているのかは気になるし、お腹が空いていないわけではない。

「あら、食べたくないの? これは先生の知っている甘いお菓子の中でも、特に美味しいものなんだけどなぁ~」
「おっ、お菓子を作ろうとしていたの? しかも、甘い……」
 ジェノも他の子供と同じように、甘いものは大好きだ。そして、それをこんな夜に食べるという背徳的行為に引かれるものがないわけがない。

「だっ、駄目だよ。明日の朝の食事が食べられなくなるから」
「ふっふっふっ、大丈夫よ。量も考えてあるから。さらに二人で食べれば更に量も減るわ」
 何とか邪念を振り払おうとするジェノの耳に、リニアの悪魔の囁きが心地よく聞こえてくる。

「これはね、簡単にできるのにすごく美味しいのよ。外はカリッと、中はもちもちしていて、甘さもとても上品なの」
「えっ? カリッとしているのに、もちもちって……」
 ジェノは、その料理がどんなものなのか想像がつかない。
 だが、想像してしまったことで、余計にどんな料理なのか気になってしまう。

 そんなジェノに、リニアは不意に真顔になって口を開く。

「ジェノ。君は歳不相応に大人び過ぎているわ。きっと、ペントさんやお兄さんに迷惑をかけないようにしないといけないという気持ちが強すぎるのよ。
 それが悪いことだとは言わないけれど、良いこととも言えない。絶対に譲ってはいけないものというものは確かにあるけれど、ただ単純に、決まりだから決まりを守るというのは頭が固すぎるの。そんなことでは、強い剣士にも、強い人間にもなれないわよ」

「えっ? それって、本当に……」
 ジェノはてっきり冗談だと思ったが、リニアの顔は真剣そのものだ。

「ジェノ。自分の考えだけが正しいという考えは危険よ。それは、思考の、考える範囲を狭めてしまうことだから。
 思い出して。私が君に最初に木剣をプレゼントした時に、私は目隠しをして、どんな手段を使ってもいいから剣を当ててみなさいと言ったわ。でも、君は木剣をただ振ることしかしなかったでしょう?」
「……はい」
「きっとそれは、心のどこかで、石を投げたりするのは卑怯だと思ったんじゃあないかしら?」
 リニアの言葉は、図星だった。そのため、ジェノは何も言えなくなってしまう。

「やっぱりね。君が石を使わないのは自由よ。でもね、これから君が戦うことになる敵は、ありとあらゆる方法を使ってくると考えなさい。
 実戦で、『そんなの狡い』は通用しないの。ありとあらゆる物を利用して勝つ。それも戦い方の一つなんだから」

 リニアは呆然とするジェノに畳み掛けて話しを続ける。

「一対一と言いながら、多人数で待ち伏せをする。人質を取る。これらは決して褒められたことではないけれど、そういう狡い方法もあるということはしっかりと覚えておかないと駄目。その上で、それらを破る方法を考える。これは、頭が固いとできない思考なの。
 そして、罪を犯した人間は裁かれるべきだけれど、杓子定規……ええと、なんでもかんでも、罪を犯したから同じ罰を与えるというのも駄目。世の中って、そんなに単純ではないのよ」

 リニアの言っていることは難しい。でも、間違ったことは言っていない気がする。
 ジェノはそう思い、「分かりました」と頷いた。

 すると、リニアはニンマリと笑う。

「よぉーし。それじゃあ、お姉さんが、少しだけ悪いことも教えてあげるわ。そういう事もちょっとは覚えないとね」
 リニアは嬉しそうに笑う。

 それを見てジェノは、リニアが本当に自分のことを考えてくれた上での言葉だったのか疑問に思う。

 しかし、先生と一緒に料理をするのは、やはり楽しく、また、作った『ゴマ団子』という料理は、とても美味しかった。
 胡麻の香りと上げられたそれの食感が楽しく、中のもちもちした生地とアンコと呼ばれる甘いものも絶品だった。
 それを夜中に食べる背徳感もたまらないものだった。

 ただ、次の日の朝、使った油は足してあったし、台所の掃除も完璧ではあったが、調理器具の僅かな位置の違いからペントに何か料理をしたことがバレて、リニアはペントに叱られた。

 シュンとするリニアを見て、やはり悪いことは出来ないのだと、ジェノは一つ大人になった気がしたのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...