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プレリュード
② 『侯爵令嬢の初恋』
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夏の暑さも一段落し、だいぶ過ごしやすくなってきた。
とはいっても、これから寒い冬がやってくるのだと思うと、少々辟易もしてしまうが。
最近買ったお気に入りのティーカップでお茶を飲み、ついでに、先日仕入れてきたチョコレートを机の引き出しから取り出すと、少女はニンマリと微笑んだ。
その悪戯っぽい笑顔を見ただけで、世の男性は、いや女性さえも例外ではなく、見惚れてしまうほどの美貌を持ったその少女は、それだけではなく、瑞々しく若さに溢れながらも、女性らしい美しいスタイルも持ち合わせている。
もしも、『美』というものを具現化したら、彼女になるのではないかと思わされる程の完璧な美しさを持つその少女は、いいことを思いついたと言わんばかりに、机の上に備え付けてあるベルを鳴らす。
するとすぐにドアがノックされ、「お呼びでしょうか」と声がかかる。
「ええ。中に入って」
そう命じると、少女と同い年の十七歳の侍女が、「失礼致します」と畏まって入室してくる。
「メイ。そろそろ休憩の時間でしょう? 美味しいお菓子があるから、一緒にお茶にしない?」
自分に仕える侍女に対して、少女は友人のような気安さで声をかける。
メイと呼ばれた小柄な侍女は、これ見よがしにため息を付いた。
「マリア様。また、公務を抜け出したんですか?」
「もう、違うわよ。この間、街の視察に行った時に、ちょっとだけセレクト先生に同行してもらって、買ってきただけよ」
「それを抜け出したっていうんですよ」
メイも侍女という立場を顧みず、友人に対するような気楽さで、主である少女――マリアに言葉を返す。
「もう、いいじゃない。新しく出来た、<天使の口づけ>ってお店にどうしても行ってみたかったのよ。それに、こんな可愛らしいティーカップもついでに見つけられたしね」
マリアは得意げに、愛らしい猫の形の取っ手のティーカップをメイに見せつける。
「ふふ~ん、いいでしょう?」
「……相変わらず少女趣味ですよね。もう少しで十八歳になって、大人の仲間入りをするのに」
「むぅ。いいじゃない。可愛いものは可愛いんだから!」
「駄目です。マリア様を一目見た殿方は、みなさん、気品あふれるティーカップで優雅にお茶を飲み、ふと儚げに嘆息する深窓の令嬢をイメージされているのですから」
にべもなくメイにダメ出しをされて、マリアは頬を膨らませる。
自分をどんな人間だろうかと勝手に想像するのは別に構わないが、こっちがそれに合わせて上げなければいけない理由がどこにあるというのだろうと思う。
「それと、お茶が飲みたいのでしたら私達にお命じ下さい。こっそり厨房に行って、自分でお茶を淹れる令嬢がどこにいるんですか」
「だって、みんな忙しそうだから、悪いなぁと思って」
「それが、私達の仕事ですから、遠慮なんてなさらないでくださいよ」
「は~い。分かりましたよぉ。だから、一緒にお茶にしましょうよ」
「……絶対またやるつもりですね。ですが、私も<天使の口づけ>のお菓子はまだ食べたことがないんですよね……」
メイはニンマリ微笑むと、スススッとマリアの元に駆け寄る。
「ふふっ、メイ。貴女も悪い侍女ね。お茶は、私と同じものでいいわよね?」
そう言ってマリアは、もう一つの猫のカップを背後の本棚に偽装した戸棚から取り出し、それをお湯で温め始める。
「いやいや、流石に淹れていただくのは恐れ多すぎます!」
「あら、嫌なの? それは、お菓子はいらないということね? メイの好きなチョコレートなんだけどなぁ~」
「あっ、お砂糖はいりませんから」
「うんうん。貴女のそういうところ大好きよ」
気を使うことなく接してくれる同年代の友人のありがたさに、マリアは微笑み、メイの分の紅茶を用意し、二人で絶品のチョコレートに舌鼓を打つ。
「いやぁ、美味しいですね、マリア様」
「うん。これは確かに巷で話題になるのも納得だわ」
メイは感激して、自らの頬を手で抑えながら味の余韻に浸っている。
それを横目に、マリアはうんうん、と頷く。
「ですが、マリア様。ナイムの街には、更に素晴らしいデザートを出す店があるそうですよ」
「んっ? デザート? お菓子ではなくて?」
「ええ。なんでも、『パニヨン』という名前の大衆料理店らしいんですけれど、そこのコース料理に出てくるデザートの甘味が素晴らしいそうなんですよ」
メイの話を聞き、マリアもその店の名前を思い出す。
「ああっ、たしか、国王様から、『我が国の誉れである』と讃えられた料理人さんのお店ね」
「そうです、そうです。しかも、先日実家に帰る途中でその店に立ち寄った侍女仲間の話だと、そこのウエイターさんがものすごい美形らしいですよ」
「あら、メイ。貴女もそのウエイターさんに興味があるの?」
「まぁ、ひと目見てみたいとは思いますけれど、私は分をわきまえていますので。私は、セレクト先生一筋ですよ」
メイはそう言うと、はにかんだ笑顔を見せる。
それを見て、マリアは羨ましいなぁと思ってしまった。
幼い頃、自分も一人の男の子に恋をしていた。
その子にファーストキスを捧げるほど、マリアはその男の子が大好きだった。
けれど、もともと身分違いな関係だった。さらに、元の実家の都合で、その仲は数年で引き裂かれてしまったのだ。
「……ジェノ……元気にしているかしら?」
マリアは思わず思っていることを口に出してしまった。すると、メイが怪訝な顔をする。
「あれっ? マリア様。私、ウエイターさんのお名前をお教えしましたっけ?」
「えっ? 何? 貴女の言っていたウエイターさんて、ジェノって名前なの?」
マリアは目を大きく見開いて驚く。
「はい。ジェノって呼ばれていたと侍女仲間は言っていましたよ。黒い髪に茶色の瞳の素敵な男性だったって」
「……そう。でも、まさかね……」
マリアは口では否定しながらも、そのジェノという人物に会ってみたいと思う。
「マリア様? どうなさったんです?」
「いいえ、きっとただの偶然よ。私の昔の知り合いに、同じ名前の男の子がいたの。その、私がわがままを言ったせいで、とんでもない事件に巻き込んでしまって、それを彼と彼の先生達が解決してくれたのに、結局お礼も言えてなくて……」
今更会ってあの時の謝罪をしても意味がないことは分かっている。けれど、一度でいい。叶うのならば、もう一度会いたい。
「ぬぅ。あのマリア様が、恋する女の子の顔になっている」
「あのねぇ、『あのマリア様が』って何よ」
心外だと言わんばかりに、マリアは眉をしかめる。
「だって、マリア様は求婚されるばかりで、自分からどなたかに思いを伝えるということをされてこなかったじゃあないですか。
しかも、大旦那様と別居して、一人で生活する様になってからは、社交界にも滅多に足を運ばなくなりましたし」
「だって、面倒なんだもの。社交界で、歯の浮くような美辞麗句を言われるよりも、私は行動で気持ちを伝えてくれる殿方のほうが好みだわ」
マリアはそう言うと、自らの腕をぐっと曲げ、
「そして最低限、私よりも強い殿方じゃあないと駄目ね」
そう断言する。
幼い頃に誘拐されそうになって以来、マリアは剣を嗜んでいる。
その腕前は、並の男では太刀打ちできない程になっているのだ。
「でもまぁ、私も十八になるから、流石にいいかげんにしろとお父様に言われて、どこぞの高貴な家柄に嫁ぐことになるんじゃあないかしらね。私も貴族の家に生まれた人間ですもの。覚悟はできているわ」
マリアは寂しげに微笑む。
「でも、メイ。その時は私の嫁ぎ先についてきてね」
「はい。もちろんですよ。セレクト先生と一緒に、夫婦でお仕えします」
「もう、気が早いわね、貴女は」
「大丈夫です。外堀はどんどん埋めていっていますから!」
メイは「ふっふっふつ」と悪い笑みを浮かべる。
マリアは正直それを少し怖いと思った。
けれど、マリアのこの願いは、決して叶うことは無いことを、この時の彼女は知る由もなかったのだった。
とはいっても、これから寒い冬がやってくるのだと思うと、少々辟易もしてしまうが。
最近買ったお気に入りのティーカップでお茶を飲み、ついでに、先日仕入れてきたチョコレートを机の引き出しから取り出すと、少女はニンマリと微笑んだ。
その悪戯っぽい笑顔を見ただけで、世の男性は、いや女性さえも例外ではなく、見惚れてしまうほどの美貌を持ったその少女は、それだけではなく、瑞々しく若さに溢れながらも、女性らしい美しいスタイルも持ち合わせている。
もしも、『美』というものを具現化したら、彼女になるのではないかと思わされる程の完璧な美しさを持つその少女は、いいことを思いついたと言わんばかりに、机の上に備え付けてあるベルを鳴らす。
するとすぐにドアがノックされ、「お呼びでしょうか」と声がかかる。
「ええ。中に入って」
そう命じると、少女と同い年の十七歳の侍女が、「失礼致します」と畏まって入室してくる。
「メイ。そろそろ休憩の時間でしょう? 美味しいお菓子があるから、一緒にお茶にしない?」
自分に仕える侍女に対して、少女は友人のような気安さで声をかける。
メイと呼ばれた小柄な侍女は、これ見よがしにため息を付いた。
「マリア様。また、公務を抜け出したんですか?」
「もう、違うわよ。この間、街の視察に行った時に、ちょっとだけセレクト先生に同行してもらって、買ってきただけよ」
「それを抜け出したっていうんですよ」
メイも侍女という立場を顧みず、友人に対するような気楽さで、主である少女――マリアに言葉を返す。
「もう、いいじゃない。新しく出来た、<天使の口づけ>ってお店にどうしても行ってみたかったのよ。それに、こんな可愛らしいティーカップもついでに見つけられたしね」
マリアは得意げに、愛らしい猫の形の取っ手のティーカップをメイに見せつける。
「ふふ~ん、いいでしょう?」
「……相変わらず少女趣味ですよね。もう少しで十八歳になって、大人の仲間入りをするのに」
「むぅ。いいじゃない。可愛いものは可愛いんだから!」
「駄目です。マリア様を一目見た殿方は、みなさん、気品あふれるティーカップで優雅にお茶を飲み、ふと儚げに嘆息する深窓の令嬢をイメージされているのですから」
にべもなくメイにダメ出しをされて、マリアは頬を膨らませる。
自分をどんな人間だろうかと勝手に想像するのは別に構わないが、こっちがそれに合わせて上げなければいけない理由がどこにあるというのだろうと思う。
「それと、お茶が飲みたいのでしたら私達にお命じ下さい。こっそり厨房に行って、自分でお茶を淹れる令嬢がどこにいるんですか」
「だって、みんな忙しそうだから、悪いなぁと思って」
「それが、私達の仕事ですから、遠慮なんてなさらないでくださいよ」
「は~い。分かりましたよぉ。だから、一緒にお茶にしましょうよ」
「……絶対またやるつもりですね。ですが、私も<天使の口づけ>のお菓子はまだ食べたことがないんですよね……」
メイはニンマリ微笑むと、スススッとマリアの元に駆け寄る。
「ふふっ、メイ。貴女も悪い侍女ね。お茶は、私と同じものでいいわよね?」
そう言ってマリアは、もう一つの猫のカップを背後の本棚に偽装した戸棚から取り出し、それをお湯で温め始める。
「いやいや、流石に淹れていただくのは恐れ多すぎます!」
「あら、嫌なの? それは、お菓子はいらないということね? メイの好きなチョコレートなんだけどなぁ~」
「あっ、お砂糖はいりませんから」
「うんうん。貴女のそういうところ大好きよ」
気を使うことなく接してくれる同年代の友人のありがたさに、マリアは微笑み、メイの分の紅茶を用意し、二人で絶品のチョコレートに舌鼓を打つ。
「いやぁ、美味しいですね、マリア様」
「うん。これは確かに巷で話題になるのも納得だわ」
メイは感激して、自らの頬を手で抑えながら味の余韻に浸っている。
それを横目に、マリアはうんうん、と頷く。
「ですが、マリア様。ナイムの街には、更に素晴らしいデザートを出す店があるそうですよ」
「んっ? デザート? お菓子ではなくて?」
「ええ。なんでも、『パニヨン』という名前の大衆料理店らしいんですけれど、そこのコース料理に出てくるデザートの甘味が素晴らしいそうなんですよ」
メイの話を聞き、マリアもその店の名前を思い出す。
「ああっ、たしか、国王様から、『我が国の誉れである』と讃えられた料理人さんのお店ね」
「そうです、そうです。しかも、先日実家に帰る途中でその店に立ち寄った侍女仲間の話だと、そこのウエイターさんがものすごい美形らしいですよ」
「あら、メイ。貴女もそのウエイターさんに興味があるの?」
「まぁ、ひと目見てみたいとは思いますけれど、私は分をわきまえていますので。私は、セレクト先生一筋ですよ」
メイはそう言うと、はにかんだ笑顔を見せる。
それを見て、マリアは羨ましいなぁと思ってしまった。
幼い頃、自分も一人の男の子に恋をしていた。
その子にファーストキスを捧げるほど、マリアはその男の子が大好きだった。
けれど、もともと身分違いな関係だった。さらに、元の実家の都合で、その仲は数年で引き裂かれてしまったのだ。
「……ジェノ……元気にしているかしら?」
マリアは思わず思っていることを口に出してしまった。すると、メイが怪訝な顔をする。
「あれっ? マリア様。私、ウエイターさんのお名前をお教えしましたっけ?」
「えっ? 何? 貴女の言っていたウエイターさんて、ジェノって名前なの?」
マリアは目を大きく見開いて驚く。
「はい。ジェノって呼ばれていたと侍女仲間は言っていましたよ。黒い髪に茶色の瞳の素敵な男性だったって」
「……そう。でも、まさかね……」
マリアは口では否定しながらも、そのジェノという人物に会ってみたいと思う。
「マリア様? どうなさったんです?」
「いいえ、きっとただの偶然よ。私の昔の知り合いに、同じ名前の男の子がいたの。その、私がわがままを言ったせいで、とんでもない事件に巻き込んでしまって、それを彼と彼の先生達が解決してくれたのに、結局お礼も言えてなくて……」
今更会ってあの時の謝罪をしても意味がないことは分かっている。けれど、一度でいい。叶うのならば、もう一度会いたい。
「ぬぅ。あのマリア様が、恋する女の子の顔になっている」
「あのねぇ、『あのマリア様が』って何よ」
心外だと言わんばかりに、マリアは眉をしかめる。
「だって、マリア様は求婚されるばかりで、自分からどなたかに思いを伝えるということをされてこなかったじゃあないですか。
しかも、大旦那様と別居して、一人で生活する様になってからは、社交界にも滅多に足を運ばなくなりましたし」
「だって、面倒なんだもの。社交界で、歯の浮くような美辞麗句を言われるよりも、私は行動で気持ちを伝えてくれる殿方のほうが好みだわ」
マリアはそう言うと、自らの腕をぐっと曲げ、
「そして最低限、私よりも強い殿方じゃあないと駄目ね」
そう断言する。
幼い頃に誘拐されそうになって以来、マリアは剣を嗜んでいる。
その腕前は、並の男では太刀打ちできない程になっているのだ。
「でもまぁ、私も十八になるから、流石にいいかげんにしろとお父様に言われて、どこぞの高貴な家柄に嫁ぐことになるんじゃあないかしらね。私も貴族の家に生まれた人間ですもの。覚悟はできているわ」
マリアは寂しげに微笑む。
「でも、メイ。その時は私の嫁ぎ先についてきてね」
「はい。もちろんですよ。セレクト先生と一緒に、夫婦でお仕えします」
「もう、気が早いわね、貴女は」
「大丈夫です。外堀はどんどん埋めていっていますから!」
メイは「ふっふっふつ」と悪い笑みを浮かべる。
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