彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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プレリュード

⑭ 『どうか、私を……』

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 夕食時になっても、メイは目を覚まさなかった。

 セレクトが付きっきりで看病をし、徹夜も辞さない様子だったので、マリアは夕食後にすぐに仮眠を取り、セレクトと看病を交代した。
 彼は魔法が使える自分が起きていなければと言ったが、マリアはそこだけは譲らなかった。

 何かあればセレクトに声をかけると約束し、ようやく先程、部屋に行ってくれた。

 寝付けないかも知れないが、少し横になるだけでも体力は回復する。
 今、自分達の要はセレクトだ。彼に何かあれば、自分一人では何も出来ない。マリアはその事を自覚している。
 辛いだろうが、セレクトに今倒れられるわけにはいかないのだ。

「メイ……」
 何度濡れタオルで頭を冷やしても、すぐに温くなってしまう。
 せめて汗だけでも一度拭いてあげようと思い、マリアはメイの衣服を脱がせて全身の汗を拭くと、宿の女将さんに無理を言って借りた寝間着に彼女を着替えさせた。

 一時しのぎだが、いま、マリアがメイにしてあげられることはこれくらいのことしか無い。

「ごめんなさい、メイ……。私が貴女の街の領主になんてならなければ、貴女や貴女のお母様、使用人の皆さん、そして街の皆さんも殺されずにすんだはずなのに……」
 マリアは心のうちに留めておけず、気持ちを吐露する。

 あのユアリ達は、自分が目的のようだった。
 マリアには全く心当たりはないが、何か理由があるのだろう。そして、その巻き添えの形で、みんな殺された。そして、今、メイの命まで奪われようとしている。

 皆を殺したユアリ達が憎い。そして、必ず彼らには然るべき罰を受けさせる。けれど、どうしても思ってしまうのだ。

 自分さえいなければ……と。

 涙が溢れてくる。
 悔しさと、悲しさと、怒りによって。
 
 どうして、自分などのために皆が殺されなければいけなかったのかと、神を問いただしたくなる。

「……で……」
 微かだが、声が聞こえた。
 慌てて涙を拭い、彼女はメイを見る。

 するとメイは、目を開けて微笑んでいた。
「泣かないでください……マリア様……」
 か細い声で、けれどはっきりとメイは言った。

「メイ……。メイ!」
 マリアは優しくメイを抱きしめる。

「……すみません。足を、引っ張って…しまって……」
「そんな事を言わないで! 待っていて、すぐにセレクト先生を呼んできます!」
 マリアはメイを優しく寝かせると、隣の部屋にいるセレクトを急ぎ呼んできた。
 やはり眠れていなかったようで、セレクトはすぐに駆けつけてくれた。

「メイ!」
「わっ!」
 セレクトは、メイを優しく抱きしめた。

「良かった。意識を取り戻してくれて」
「……はい。なんとか、目を覚ます…ことが出来ました。そのおかげで、お二人に…きちんとお別れを……言えそうです」
 とぎれとぎれながら、メイはそう言って微笑む。

「メイ、何を言っているのです!」
 マリアは縁起でもないことを言うメイを窘める。

「そうだよ。マリア様の言うとおりだ。待っているんだ。すぐに私が魔法を使う。大丈夫。先程から考えていたんだ。<お守り>を全て使って、魔法の力を増幅させる。そうすれば、きっと……」
 セレクトはそう言ってメイの体を一先ず離そうとしたが、メイはギュッと彼の体を掴んで離さない。

「意識がなくても…聞こえて……いました。私は、毒を……。そして、それは魔法でも……治せない……んですよね?」
 メイはそう言うと、セレクトの体を掴んだまま顔をわずかに動かし、マリアの方を見る。

「マリア…様。すみません。私は…ここまでの……ようです。何一つ、恩を……返せず……申し訳…ありま……」
「何を言っているのです! 貴女は死んだりしません! 私とセレクト先生が、必ず貴女を救ってみせます!」
 なんの根拠もない身勝手な物言いだった。けれど、マリアはメイを失いたくなかった。大切な、大切な親友を失いたくなかった。

「……なんとなく…予感……がするんです。もう一度……意識を失ったら…もう、目をさます…ことが……できない…って……」
 メイはそう言うと、微笑んだ。

「マリア…様……。今まで、ありがとうござ…いました。私は…貴女に出会えて……御使いできて……幸せ…でし…た」
「いや、駄目! そんな事を言わないで、メイ!」
 マリアはセレクトと一緒にメイを抱きしめる。

 ひどい熱だった。
 メイの体は高熱に冒されていた。今こうして、生きているのが、会話ができているのが奇跡のようだ。

 メイはマリアの耳に、口を寄せて、最後の頼みを彼女に打ち明けた。

「お願いです。どうか、私を……」

 それは、とても悲しくて残酷な願い。

 けれど、マリアにできることは、もうその頼みを聞くことしかなかったのだった。



 ◇



 この村は、何も特徴のない村だった。
 まして夜ともなれば、月と星が綺麗に見えることぐらいしかいい所はない。

 けれど……。

「星が綺麗です……。それに…夜風が……気持ちいい…ですね。セレクト…先生……」
「うん。そうだね」
 セレクトは、村の外れまでメイを担いで運んでいき、そこの草むらに二人で腰を下ろしていた。

 メイは座っているのも辛いようなので、セレクトが彼女の体を自分の体で支えている。
 メイはセレクトの胸に顔をうずめ、口を開く。

「覚えて……いますか? 以前にも、二人……で……」
「ああ。覚えているよ。あれは、君が一生懸命作ってくれたお弁当を……」
「はい。……二人で、私の…失敗作を……」
「でも、味は良かったよ。本当に」
「でも……悔しかったん…ですよ。セレクト先生に、苦笑い…をされて……」
 メイは拗ねたような声で言う。

「……ごめん」
「謝らないで…くださ…い。おかげ…で、なんとしても……セレクト先生を…見返して…あげるんだ…って……頑張れたんですから……」
 メイは微笑む。幸せそうに。

「そうなんだ。でも、それじゃあ、私ばかりが得をしているよね」
 セレクトは声が震えそうになるのを堪えて、普段どおりの自分でいようと懸命に努力をする。

「ふふふっ。いいん…です……よ。私の、将来……のためでも…あった……んですから……」
 メイはもうその体制も辛いのか、あぐらをかいて座るセレクトの太ももを枕にして横になった。

 メイは最後に、セレクトとデートがしたいと願ったのだ。
 そしてマリアも、それを了承してくれた。

 だから、セレクトは最後の瞬間を、自分との時間にしたいと願ってくれた少女と最後のデートを楽しむ。

 話題は尽きない。けれど、ゆっくりとだが確実に、時間が過ぎていく。

 だんだん、メイの言葉が少なくなっていくのが分かった。
 セレクトはそのため、優しくメイの頭を撫で、スキンシップで気持ちを伝える。

「……そんな顔を……しないで……。セレクト先生に……出会うことが…できな…かったら……。私は、とっくに……死んで…いた……んですから……」
「メイ……」
 セレクトの言葉に、メイは小さく頷いた。

「セレクト…先生、もう、限界みたい…です。どうか、マリア様のことを……」
 メイは限界だと言った。けれど、限界だったのは、セレクトも同じだった。

「あっ、んっ……」
 セレクトは、横になるメイの顔を上に向けさせて、その唇に自分のそれを重ね合わせた。

「……先生……」
「すまなかった、メイ。君の想いに気づきながら、私はそれに応えようとはしなかった。……ここまで……自分の命の最後の時まで、私との時間をもとめてくれるほど私のことを想っていてくれたなんて……気づかなかったんだ」

 セレクトは涙を流していた。
 もう、堪えきれなかった。あまりにも悲しくて。
 今、失われようとしている命が、あまりにも愛おしくて。

「でも、もう私の心は君のものだ。だから、最後の瞬間は私に、君の恋人である私に、本当の気持ちを聞かせて欲しい。もう、私とマリア様を気遣わなくていい! 君の、君の本当の気持ちを私に言ってくれ!」
 セレクトの言葉に、心からの絶叫に、メイは涙を流す。

「……死にたく…ない……。だって、私……。まだ……セレクト……先生の……お嫁さ…んに……なれて……な…い……」
 メイはそう言い、目を閉じた。

「……私のことを…忘れ……ないで……。そして……あの男なんかに……。毒なんかに……私を……」
 
 それが、メイの最後の言葉だった。
 その言葉を最後に、彼女は再び意識を失ったのだ。

「ああ。分かっているよ、メイ。君は、私のものだ。あいつにも、毒にも渡さない……」
 セレクトはメイに<眠り>の魔法をかける。
 万が一にも目を覚ましてしまわないように。

 そして、セレクトはお守りを一つ取り出して、それを刃に変えた。

「私はずっと君と一緒だ。そして、君の命を愚弄したあいつらに必ず裁きを与える。そして、それが終わったら、君のところに私も行くから……」

 セレクトは静かに刃を構える。

 そしてそれを使い、彼女の願いどおりに、彼女の命を奪ったのだった。



 ◇



 もう少しでナイムの街にたどり着く。
 けれど、マリアの隣には、セレクトしかいない。

 マリアの大切な親友は、あの村で長い眠りについた。

 彼女が、メイが望んだのだ。
 セレクト先生に、自分を殺して欲しいと。

 それは、残酷な願いだった。
 
 けれど、あのまま毒に侵され続けて死ぬより、愛する人の手にかかって死にたいと願う気持ちを拒絶することが出来なかった。

 セレクト先生には本当に辛い役を押し付けてしまった。
 そして、自分は何も出来なかった。
 その事に、マリアは歯噛みする。

「マリア様。まもなくナイムの街です」
 セレクトは今までと変わらぬ穏やかな口調で、マリアにそう告げる。

「はい。街にたどり着いたら、至急お父様にも連絡をしなければいけませんね」
「ええ。それと、私の知り合いがあの街に住んでいるはずです。彼を頼ってみようと思います」
「分かりました。どうか、よろしくお願い致します」
 マリアはそう言うと、静かに目を瞑る。

 メイ、貴女達の仇は、必ず私達が……。

 マリアは誓う。
 亡き親友の魂に。

 けれど、彼女たちはまだ知らない。
  
 これから、更なる悲劇が待ち構えているということに……。
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