彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

④ 『思わぬ予定変更』

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 待ち時間を潰しながら、セレクトは懸命に気持ちを落ち着けていた。
 焦る気持ちがとめどなく溢れてきそうになるのを押し殺し、普段と同じ自分を演じるために。

(まぁ、焦ったところで彼奴等との手がかりは、現状ではあのジェノという若者達しかないのだから)
 セレクトはそう何度も自分に言い聞かせ、背後の着衣室で着替えているマリアを待っている。

 ユアリと名乗った奇妙な幼子達の襲撃の際にも、幸いなことに衣類や金貨や宝石などは無事だったので、セレクト達は十分な着替えや資金を現在も有している。だが、それでもマリアが衣類を買いに来たのには訳があった。

「ふふっ。セレクト先生。どうですか、この水着は?」
 試着室のカーテンが静かに開かれ、白いビキニタイプの水着を身に着けたマリアがセレクトに感想を求めてくる。

「私に感想を求められても困りますよ。マリア様は何を着てもお似合いですから、その良し悪しなど私のようなファッションセンスのない男には分かりません」
「むぅ。少しくらいは考えてくださいよ」
 マリアが不満そうに頬をふくらませる。

 けれど、セレクトは別に適当なことを言っているのではない。マリアほど美しくて女性らしい蠱惑的なプロポーションを持つ少女は、世界中を探しても五人もいないと思う。
 だからこそ、何を身に着けても似合ってしまうのだ。
 まして、肌の露出が多い水着は、その肉体の美しさが求められるため、水着はその美しさを引き立てるものであれば何でも構わないのだ。

「いいですよぉ~。そういう事を言うのならば、逆にセレクト先生の水着選びには、私が徹底的にダメ出しをしますから。今日中に水着が決められたら行幸だったと思って下さいね」
「男の水着なんて、そんなに時間を掛けて選ぶものではないですよ」
「何を言っているんですか! ナイムの街で買うんですから、これ以上なくセレクト先生に似合ったものを見つけないと! 私とセレクト先生が水着になって泳ぐなんて機会が、今後もあるとは思えませんし」
 マリアはそう言うと、近くの店員に声を掛けて、セレクトの水着も見繕って欲しいと頼む。

「はっ、はい! かっ、かしこまりました!」
 マリアの魅惑の水着姿は、同性にも効果があるようで、女性の店員は顔を真っ赤にして水着を探しに行った。
 ただ、これはまだいい反応だ。

 マリアは聡明で公平で優しい性格の少女だが、たった一つだけ同仕様もない欠点がある。それは、あまりにも美しすぎるということ。
 そのため、同性異性を問わずに注目の的になる。そして、本人は何もしていないのに、いらぬ嫉妬を受けてしまうのだ。

 そのため、マリアが寂しい思いをしているのをセレクトはよく分かっている。
 まして、一番心を許していた年の近い同性であるメイが、この場にいないのだから……。

「……セレクト先生。現状では手の打ちようがない以上、焦ってもいいことはありませんよ」
 マリアの落ち着いた声に、セレクトは主人に気を使わせてしまっていることに気がつく。

「マリア様……」
「ふふっ。折角のお誘いです。身分を隠して、お忍びでの旅行を楽しませてもらうことにしましょう」
 マリアは笑みを浮かべる。満面の笑みを。

 その笑顔に込められた気遣いを理解し、セレクトは「ええ、そうですね」と頷くのだった。







 昼を少し過ぎた頃、<パニヨン>に集まった仲間たちに、ジェノは事の次第を告げた。

「……なんでそうなるのよ?」
 イルリアのその問いかけは、至極まっとうなものだと思う。だが、ジェノはもう決定してしまった事柄を、彼女とリットの二人に説明するしかなかった。

「すまない。止むに止まれぬ事情があってな。俺達の冒険者チームに新たに加わる二人と一緒に、親睦を深めるために泊りがけの旅行に出かけることになった」
 これが、バルネアに提示された譲歩案。
 新しい仲間との打ち合わせで時間が取れないのならば、旅行先で話をすればいいじゃあない。という何ともシンプルな提案だった。

「なんともまぁ、急だねぇ、ジェノちゃん。もっとも、俺は退屈していたところだから文句はないぜ」
 リットはそう言いながら、少し遅めの昼食を、バルネア特製の料理に舌鼓を打っている。

「だいたい、うちみたいな、無愛想で気難しいチームリーダーのいるところに入りたいなんて言ってくる人間なんて怪しいでしょうが! それなのに、そんな胡散臭い連中と旅行なんて……」
「ああ。胡散臭い連中だ。冒険者見習いの資格を『購入した』と言っていたからな」
 ジェノの言葉に、イルリアは呆れた顔をする。

「冒険者見習いの資格を買ったですって? いよいよ怪しいじゃあないの!」
 イルリアは文句を言うが、リットは楽しそうに口の端を上げた。

「そして、その連中は、一ヶ月ほどうちのチームに在籍するが、それ以降はすぐにチームを抜ける見込みだ」
「はぁ? 何よそれ? いったいどういうことなのよ?」
 イルリアが説明を求めて来たが、ジェノは首を横に振る。

「それは、知らないほうがいいことだ。俺はそう判断し、それ以上のことは訊いていない」
「訊きなさいよ! そんな不審人物と一緒に旅をするのよ! 私達だけならともかく、バルネアさんとメルも一緒に!」
 激昂するイルリアに、「まぁまぁ、待ちなよ、イルリアちゃん」とリットが止めに入る。

「ジェノちゃん。オーリンの爺さんも一枚絡んでいるんだよな?」
「ああ。そうだ。だから、俺達が拒否する事はできないように逃げ道は封じられているはずだ」
「あの爺さんならやるだろうなぁ。でも、普段のジェノちゃんなら、こんな事をされたら黙っていないはずだろう? それなのに、どうして今回は従順なんだ?」
 リットの鋭い指摘に、ジェノは話の本題を口にする。

「その二人は、<霧>の情報を持っているんだ。俺たちの知らない情報を……」
 ジェノのその言葉に、イルリアは「<霧>の情報……」と言って忌々しそうに拳を握ってそれを震わせる。

「何にでも首を突っ込むべきではないと俺は思うぜ、ジェノちゃん」
「……先日、この街に<霧>に侵されたとしか思えない化け物が現れたんだぞ。それに、少し距離があるとはいっても、この国の中で、<霧>に関わる無法者の襲撃で多くの人間が殺されたらしい。これを指を咥えて見ているわけにはいかない。この街であんな事が起こるのだけは阻止しないと」
 ジェノの言葉に、リットは「はいはい、正義の味方は勤勉なことで」と言って肩をすくめる。だが、その表情は楽しそうだった。

「ちょっと待ちなさいよ! 二人だけで分かっているんじゃあないわよ! 私にも分かるように説明しなさい!」
 イルリアの怒りの声に、しかしジェノは「わかった」と短く答え、噛み砕いて話をする。

「本来、冒険者の資格はもとより、その見習いの資格も、金を積んでも購入することは出来ない。だが、それを『購入した』と今度の新メンバーの一人、セレクトという男は口にしたんだ。
 つまり、常識的で考えられる金額以上を積んだか、冒険者ギルドに無理を通せるだけの権力を持った存在だということがこのことから分かる。……ここまではいいか?」
 ジェノの確認に、イルリアは頷く。

「次に、一ヶ月という時間だが、これは、冒険者見習いが正規の冒険者になるための要件に合致する。まぁ、今更説明するまでもないと思うが、『一ヶ月以上在籍し、ギルドの依頼を一つ以上、五人以上のチームのメンバー全員でこなすこと』だな。
 本来であれば、こんな要件を、冒険者ギルドに圧力をかけられる人間が守る必要はない。だが、敢えてそれを守ろうとしている」
「……ああ、なるほどね。冒険者ギルド長のオーリンさんは、あんたを正規の冒険者にしたがっていたものね。これは、オーリンさんの意向というわけね」
 どうやらイルリアも話が読めてきたようだ。

「セレクトと一緒にいた俺らと同い年の女は貴族だ。その貴族にオーリンの爺さんが条件を出せるのは、そいつらが現状困っているからに他ならない。でなければ、一方的に命令をされて終わりだ。
 まぁ、あの飄々とした爺さんが、そんな事を命じられてただで従うとは思えんがな」
「つまり、この話はお互いそれほど損がない状況で結ばれた契約と考えたほうがいいということなのね?」
「ああ。当事者の俺達に内緒で裏取引をしているんだから、碌なものではないが」
 ジェノはそこまで言うと、静かにイルリア達に頭を下げた。

「イルリア、そしてリット。お前達にも都合があるだろうが、なんとかスケジュールを空けてくれ。このとおりだ」
 ジェノの行動に、イルリアは嘆息混じりに、リットは二つ返事で頷いた。

 こうして、思わぬ旅行が始まることになる。

 だが、この旅行のメインはジェノ達三人でなければ、マリアとセレクトでもない。
 この旅行のメインになるのは……。







 メルエーナにもようやく眠気が訪れた。
 楽しみにしていた旅行が、思いもせずに大人数になってしまったことに加えて、ジェノとマリアの事を考えると、ベッドに入ってもなかなか眠気がやってこなかったのだ。

 そして、メルエーナはその眠気に身を委ねて休もうと思ったのだが、そこで不意に腹部に重さを感じてうなされる。

 何かが自分のお腹に乗っている。大きな猫くらいの重さの何かが。
 メルエーナは首を上に傾けて、自らの腹部を見た。するとそこには、小さな人形らしきものが乗っていた。怖くなって声を上げようとしたが、何故か声が出せない。

「……うっ、うううっ……。あっ、貴方は、いっ、いったい……」
 なんとかそれだけ言葉を口にすると、メルエーナのお腹に乗っていた人形が、穏やかな優しい光を帯び始め、明るくなった。

「やった! やった! ようやく僕が見える人に出会えた!」
 人形は愛らしい二頭身の男の子のようだったが、それが突然話しだしたため、メルエーナは何が何だか分からない。

「お姉さん、お願い! 僕の頼みを聞いて!」
「えっ?」
 人形がお腹の上からどいてくれたので、メルエーナはようやく苦しさから開放された。

「僕はレイルンと言う妖精なんだ」
「よっ、妖精?」
 メルエーナは上半身を起こし、二頭身の愛らしい人形のような男の子を見る。

 そして、メルエーナはレイルンと名乗る妖精から、一つの依頼をされることとなってしまうのだった。
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