彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

⑫ 『馬車内にて』

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 馬車が二台、土を固めた道路を走っていく。
 流れていく窓から見える景色を横目で見ながら、メルエーナは上機嫌でニコニコと笑みを浮かべる。 

 目的地であるレセリア湖には、朝一番の馬車に乗っても到着は夕方になる予定だ。
 ただ、今日は天気がいいし、爽やかな風も吹いている。
 もちろん夏なので暑くはなりそうだが、それでも快適な旅になりそうだ。

 それに、大人数での旅行になるとは思っていなかったので、メルエーナはジェノとあまり話す機会がなくなってしまうのではと危惧していたが、他の皆が乗合馬車であるのに対し、バルネアとジェノ、そしてメルエーナとレイルンの四人は、貸し切りの馬車に乗っている。

「リアちゃんやマリアちゃんたちには悪いけれど……」
 バルネアから、自分達だけ貸し切り馬車で移動と聞いたのは今朝のことだったので、メルエーナは驚いた。だが、こっそりバルネアに耳打ちをされ、「ジェノちゃんとしっかりお話しましょう」とアドバイスをしてくれたのだ。

 そのため、メルエーナはいつも以上に積極的にジェノに話しかけようと考えている。

(マリアさんはものすごく綺麗ですし、スタイルも素晴らしいです。でも、負けません!)
 今朝、あの女性にだらしないリットでさえ、マリアを一目見るなり驚いていた。それほどまでに彼女の美貌は群を抜いているという事。
 同性である自分から見ても、マリアは信じられないくらい綺麗だ。それに可愛らしい表情もする。異性からならばそれは更に顕著に映るはずだ。

 ただ、これは幸いなことにというのは失礼だが、ジェノのマリアに対する反応はそっけないものだった。
 今朝はお弁当の準備と後片付けをしていたということもあるが、マリアの笑顔の挨拶に事務的に挨拶を返しただけで眉一つ動かさなかったのだ。
 もしもジェノがマリアに何かしら好意があるのであれば、もう少し温かな応対をしたと思う。

 普通、マリアのような器量よしに話しかけられたら、男性は嬉しくなるものだとばかり思っていたが、ジェノは違うようだ。
 ……でも、それは今がそうだというだけで、油断はできない。

 今回の旅行の一番の目的はレイルンの頼みを叶えることだが、それが終わった後には、泳ぎを教えてもらう。そして、バルネアさんに教えてもらったあの場所にジェノを誘うのだ。
 メルエーナは隣の席に座るレイルンを見て、心配そうな彼の頭を優しく撫でる。

「今日中には、レセリア湖に到着しますからね」
「うん……。でも、レミィのこと、随分と待たせてしまったから、もう僕のことを忘れてしまっているかも……」
 不安げなレイルンを安心させようと、メルエーナはレイルンを優しく抱きしめる。

「大丈夫よ。ジェノさん達が依頼を引き受けてくれましたから」
 メルエーナはそう言い、視線をジェノに向ける。

 ジェノは「ああ。全力を尽くす」と短くだが応えてくれた。

 なんでもジェノ達は、冒険者として依頼を一つ受けたという実績が欲しいとのことだった。そのため、バルネアさんからの依頼という形を取り、レセリア湖までの護衛とその付近の洞窟の調査を受けてくれることになったのだ。

 しかも報酬は、この旅行の旅費と滞在費。そしてバルネア特製のお昼ごはんという信じられないほど破格の条件。
 なんだかバルネアにばかり負担させて、自分だけその恩恵を受けていることが申し訳ない。

 でも、人の良いバルネアは「よかったわね、メルちゃん、レイルン君」と言って微笑んでくれた。

 せめてものお返しにと、お弁当作りを精一杯手伝ったが、正直そんなことでは全然お礼にならないとメルエーナは心苦しく思う。
 そのことをバルネアに正直に打ち明けると、一つお願いをされた。

 それは、行きの馬車の中で、できるだけレイルンを実体化させておくということ。

「メルちゃん、次は私に抱っこさせて」
 バルネアは目を輝かせて、メルエーナが腕を離したレイルンを優しく抱きしめる。

「レイルン君、喉が乾いてないかしら?」
 バルネアはレイルンを膝の上に乗せて、水筒に入れたお茶を取り出すと、それを容器のコップに入れて彼に手渡す。

「うん。その、ありがとう……」
 レイルンはお礼を言い、お茶を静かに飲む。

 この数日で、バルネアは妖精であるレイルンの好みの味を理解し、すっかり餌付けに成功している。そのため、レイルンは自分以上にバルネアに心を開いている。
 それはそれでとても良いことなのだが、なんだか少し悔しい気がするのは何故だろう。

「ふふっ。いつか、メルちゃんとジェノちゃんの子どもが生まれたら、きっとレイルン君みたいに可愛いんでしょうね。ああっ、そのときには、私にも絶対抱っこさせてね」
 バルネアの爆弾発言に、メルエーナの顔が真っ赤になる。

「ばっ、バルネアさん! いくらなんでも、それは……」
 気が早すぎです、とは流石に続けられず、メルエーナはゴニョゴニョと言葉を濁す。

「……メルエーナ」
「はっ、はい!」
 ジェノに名前を呼ばれ、メルエーナは思わず座ったまま姿勢を正してしまう。

「すまないが、目的地に到着するまでに、もう一度レイルンから話を聞いておいてくれ。なにか思い出したことがあれば皆に伝えて置かなければ行けないからな」
 ジェノはまったくバルネアの振った話題には乗らず、要件だけを告げてくる。

 そんなジェノに、レイルンが怯えた顔を向ける。

「安心しろ。俺は少し眠る」
 ジェノはレイルンに端的に言い、静かに目を閉じ始めてしまう。

 何故かはわからないが、やはりレイルンはジェノを恐れている。
 ジェノは出会った時の反応こそ、どこか不機嫌でそっけないものだったが、それ以降は普段の彼に戻ってくれたにも関わらず。

 やはり初対面の印象が良くなかったのだろうかと、メルエーナは心配する。

 どうせならば、ジェノにもレイルンと仲良くしてもらい、旅の話で盛り上がろうとしていたメルエーナとバルネアは、残念そうな顔をする。

 けれど、やがてお昼になると、そんな静まり返った雰囲気は一変することとなった。

「わぁぁぁぁぁっ!」
 レイルンが驚きの声を上げる。
 それは、バルネアが作ってくれたお弁当があまりにも美味しそうだったから。

「すごいです、バルネアさん! そう思いますよね、ジェノさん!」
「ああ。正直これは驚いた」
 メルエーナの同意を求める声に、目を覚ましたジェノも驚愕の表情で同意する。

 大人数のお弁当ということで、バルネアと手分けをして他の皆のお弁当を作ったのだが、メルエーナとジェノよりもバルネアは早起きをして、二人の分とレイルンのお弁当をすでに作ってくれていたのだ。

 そのため、メルエーナ達は自分達のお弁当がどんなものか、お弁当箱を開けるまで知らなかったのだが、レイルンは野菜や果物とパンをメインにしたサンドイッチだが、様々な野菜の彩りが豊かで、ひと目見ただけでその色彩の美しさに魅了されてしまう出来だった。

 ジェノのは、やはり男性のお弁当ということで、肉や魚がメインのボリューム感あふれるお弁当だが、つい茶色になりがちなメニューにも関わらず、野菜と果物もふんだんに含まれていて、彩りも素晴らしい。
 この一つのお弁当箱が名画を描くキャンパスのような出来だ。

 そして、メルエーナのお弁当はというと……。

「これって、もしかして、僕なの?」
 レイルンが思わずそう言ってしまうのも無理はない。

 メルエーナのお弁当には、ライスと様々な具材の色を上手く取り入れられ、レイルンの愛らしい顔が描かれていたのだ。
 レイルンがいつも大事に持っている鏡の形と色合いをしたクロケットも入っており、食べる前から目でしっかりと楽しむことができる。

「ふふっ、喜んでくれて嬉しいわ。やっぱりお弁当は、蓋を開けるまで中身が分からないのが醍醐味だから、ちょっと張り切ってしまったわ」
 バルネアはしてやったりという表情で喜ぶ。

「まぁ、ジェノちゃんとメルちゃんの作ってくれたお弁当も美味しそうね。私の好きなものばかり」
 お返しにと、ジェノと協力して一生懸命バルネアのお弁当を作ったのだが、流石にこのお弁当の後だと見劣りしてしまう。
 けれど、バルネアは子どものような笑顔で喜んでくれる。
 
「それじゃあ、頂きましょうか」
 食事前のお祈りを済ませて、昼食を口にする。

 馬車の中なので揺れるため快適な昼食とは言えないが、それでも十分楽しかった。
 それに……。

「あの、お姉さん……」
 レイルンの視線が、自分のお弁当箱のクロケットに集中していることに気がついたメルエーナは、にっこり微笑んで、それを一つレイルンのお弁当箱に入れてあげる。
 すると、レイルンも、「それじゃあ、これをあげるね」と一口大のサンドイッチの一つをお返しにくれた。

 さらにレイルンは、ジェノのお弁当のミニトマトに視線が釘付けになる。

「食べるといい、レイルン」
 そっけない言葉だが、ジェノも視線にすぐに気がついてくれて、レイルンのお弁当箱に二つミニトマトを入れてくれた。

「そっ、その、これ……」
 おっかなびっくりと言った様子で、レイルンが差し出したサンドイッチをジェノは「ああ、ありがとう」と言って受け取った。

 そんな様子を見ながら、ニコニコと笑うバルネアを見て、メルエーナはようやく、それぞれのお弁当の中身に重複する食材が殆どないことに気がついた。

 こうやって分け合って食べることを想定しているのだ、このお弁当は。
 その上で、これだけのクオリティを維持しているのは流石としか言いようがない。

 レイルンがバルネアともおかずの交換をしようとしているのを見て、メルエーナはにっこり微笑む。
 
 ふと横を見ると、ジェノも僅かに口の端を上げているのがわかり、メルエーナは更に嬉しくなるのだった。
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