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第五章 邂逅は、波乱とともに
⑯ 『覚悟』
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走って自分に充てがわれた部屋の前に戻ってきたものの、今その部屋にはバルネアさんが来ていることを思い出し、メルエーナは目尻に溜まった涙を指で拭って深呼吸をしてから笑顔を作る。
ドアを軽くノックし、返事を待ってから部屋に入るメルエーナ。
ベッドの端に腰を掛けたバルネアが、自分の膝の上にレイルンを乗せていた。どうやらまだ話をしていたようだ。
「おかえりなさい、メルちゃん」
「おかえりなさい、お姉さん」
二人の言葉にメルエーナはにっこり微笑む。
レイルンはバルネアさんの指導の元、すっかり挨拶もできるようになった。
この数日でこの成果は凄いと思う。
「ジェノちゃん、まだお話し合いをしていたの?」
「あっ、はい。ロビーでマリアさんとお話をしていました」
なんでもないことのように言い、「お茶を飲みませんか?」とバルネアに提案する。
「ええ。頂くわ。レイルン君も喉が乾いているかしら?」
「うん。僕も飲みたいなぁ」
仲のいい親子のような会話に、メルエーナはお茶を手早く用意した。
三人でお茶を口にする。
お茶請けも欲しくなるが、時間が時間なので我慢しないと。
「……それで、メルちゃんは、ジェノちゃんとマリアちゃんが楽しそうにお話していたことが寂しいのかしら?」
その言葉に、手元のティーカップからバルネアの顔に視線を移すと、彼女は優しく微笑んでいた。
「……いえ、その……。寂しいというのでは……。えっと、違いますね。そういった気持ちも確かにあるんですが……。その、もっと根本的なことで……」
心が弱くなってしまっていたのだろう。ついバルネアの優しい微笑みにメルエーナは甘えてしまい、マリアがジェノに指摘した事柄を話してしまった。
「なるほど。確かにそれはマリアちゃんの言うことも一理あるわね」
話を聞き終えたバルネアは、そう言って苦笑する。
「やっぱり、そうですよね。私達に危険が及ぶことを恐れて、ジェノさんはきっと……」
メルエーナは寂しい気持ちになり、顔を俯ける。
「でもね。マリアちゃんは勘違いをしていることもあるわ」
バルネアの言葉に、メルエーナは顔を上げる。
「それはね、私とメルちゃんを見誤っているということよ」
「見誤っている、ですか?」
「ええ、そう。きつい言葉を使うのなら、見くびっているのね」
バルネアは話に付いてこれずに戸惑うレイルンを優しく背中から抱きしめる。
「こんな事を言ったら、ジェノちゃんのお母さんやリアラ先輩達に怒られてしまうけれど、私はジェノちゃんとメルちゃんを自分の子供のように思っているわ。
それなのに、子供に危機が迫っている際に自分だけ安全なところに居ようとするなんて、子供を犠牲にしようとするなんて、親のすることではないじゃあないの」
「……バルネアさん」
メルエーナは、バルネアの力強い笑顔につい見惚れてしまった。
「エリザさんがよく話していたわ。『自分は、いつでも一人で子供を育てていく覚悟をしている』って」
「エリザさんが?」
エリザというのは、ナイムの街の自警団長であるガイウスの奥さんの名前である。
とても明るくフレンドリーで、けれど締める所はしっかり締める素晴らしい女性だ。どうしてジェノよりも強いと言われているガイウスが、この女性に頭が上がらずに苦手意識を持っているのか分からない。
「ガイウスさんは常に危険と背中合わせの仕事をしているわ。だから、エリザさんは、万が一のことが起こっても大丈夫なようにいろいろと準備をしているの。
でも、そんな危険な仕事についている人と所帯を持っている人が不幸だとは私は思わないわ。もちろん、他の仕事をして欲しいと思うことはあるかもしれないけれど、誰かがやらなければいけない事だものね」
バルネアはそこまでいうと、寂しそうに微笑む。それは、本当はジェノにも無理をして欲しくない気持ちの現れであることをメルエーナは理解した。
「メルちゃんは、どう? たとえば、もしジェノちゃんが仕事で大怪我をして体が動かなくなってしまったら、その後の面倒を見ることができる?」
バルネアの問いかけに、メルエーナは頷こうとしたが、すぐにそれをやめた。
「……私にはそこまでの覚悟はありませんでした。でも、できる限りのことはしたいと思います」
メルエーナの言葉に、バルネアは嬉しそうに頷く。
「ええ。今はそれでいいの。覚悟も決まっていないのに、適当なことをいうよりずっといい答えだわ。そこまでの覚悟は、所帯を持つ時にすれば十分だからね」
バルネアはレイルンの頭を優しく撫でて、話を続ける。
「マリアちゃんの言うとおり、ジェノちゃんのお仕事の関係で、私達が何かしらのトラブルに巻き込まれてしまうことがあるかもしれないわ。でも、私は決してジェノちゃんを恨んだりしない。むしろ、私達のことを気にして一人でどこかに出ていこうとすることの方が問題よ。どうもジェノちゃんは自分のことを軽んじる所があるから心配だわ」
「……はい。そうです。私もそう思います!」
メルエーナは力強く賛同する。
バルネアの言葉を聞いて、今までの鬱屈とした思いはどこかに吹き飛んでしまった。
そうだ。自分はジェノのことが好きだ。そして、いつかは一緒になれたらと思っている。
それは、つまりは二人で苦労を分かち合うということだ。
(それを今から諦めてどうしますか! マリアさんがなんと言おうと、私はジェノさんの帰ってくる場所で有りたいんですから!)
メルエーナは強い闘志が湧いてきた。
負けない。相手がものすごい美人でスタイルの良い貴族様でも。
自分のジェノを大切に思う気持ちは、それだけは絶対に負けるつもりはないのだから。
「ふふっ。そう。卑屈になっては駄目よ。メルちゃんには、今のジェノちゃんと一年以上ひとつ屋根の下で生活してきた実績があるんだもの。それは、決してマリアちゃんのジェノちゃんとの思い出に劣るものではないんだから」
「はい!」
メルエーナはにっこり微笑んで返事をする。
バルネアは笑顔だった。メルエーナも笑顔だった。
けれど、レイルンが申し訳無さそうな顔をして口を開いたことで、それが消えてしまうことになる。
レイルンはこう言った。
「でも、お姉さん。あのジェノってお兄さんは危険だよ。良くないものに取り憑かれてしまっているから」
と。
ドアを軽くノックし、返事を待ってから部屋に入るメルエーナ。
ベッドの端に腰を掛けたバルネアが、自分の膝の上にレイルンを乗せていた。どうやらまだ話をしていたようだ。
「おかえりなさい、メルちゃん」
「おかえりなさい、お姉さん」
二人の言葉にメルエーナはにっこり微笑む。
レイルンはバルネアさんの指導の元、すっかり挨拶もできるようになった。
この数日でこの成果は凄いと思う。
「ジェノちゃん、まだお話し合いをしていたの?」
「あっ、はい。ロビーでマリアさんとお話をしていました」
なんでもないことのように言い、「お茶を飲みませんか?」とバルネアに提案する。
「ええ。頂くわ。レイルン君も喉が乾いているかしら?」
「うん。僕も飲みたいなぁ」
仲のいい親子のような会話に、メルエーナはお茶を手早く用意した。
三人でお茶を口にする。
お茶請けも欲しくなるが、時間が時間なので我慢しないと。
「……それで、メルちゃんは、ジェノちゃんとマリアちゃんが楽しそうにお話していたことが寂しいのかしら?」
その言葉に、手元のティーカップからバルネアの顔に視線を移すと、彼女は優しく微笑んでいた。
「……いえ、その……。寂しいというのでは……。えっと、違いますね。そういった気持ちも確かにあるんですが……。その、もっと根本的なことで……」
心が弱くなってしまっていたのだろう。ついバルネアの優しい微笑みにメルエーナは甘えてしまい、マリアがジェノに指摘した事柄を話してしまった。
「なるほど。確かにそれはマリアちゃんの言うことも一理あるわね」
話を聞き終えたバルネアは、そう言って苦笑する。
「やっぱり、そうですよね。私達に危険が及ぶことを恐れて、ジェノさんはきっと……」
メルエーナは寂しい気持ちになり、顔を俯ける。
「でもね。マリアちゃんは勘違いをしていることもあるわ」
バルネアの言葉に、メルエーナは顔を上げる。
「それはね、私とメルちゃんを見誤っているということよ」
「見誤っている、ですか?」
「ええ、そう。きつい言葉を使うのなら、見くびっているのね」
バルネアは話に付いてこれずに戸惑うレイルンを優しく背中から抱きしめる。
「こんな事を言ったら、ジェノちゃんのお母さんやリアラ先輩達に怒られてしまうけれど、私はジェノちゃんとメルちゃんを自分の子供のように思っているわ。
それなのに、子供に危機が迫っている際に自分だけ安全なところに居ようとするなんて、子供を犠牲にしようとするなんて、親のすることではないじゃあないの」
「……バルネアさん」
メルエーナは、バルネアの力強い笑顔につい見惚れてしまった。
「エリザさんがよく話していたわ。『自分は、いつでも一人で子供を育てていく覚悟をしている』って」
「エリザさんが?」
エリザというのは、ナイムの街の自警団長であるガイウスの奥さんの名前である。
とても明るくフレンドリーで、けれど締める所はしっかり締める素晴らしい女性だ。どうしてジェノよりも強いと言われているガイウスが、この女性に頭が上がらずに苦手意識を持っているのか分からない。
「ガイウスさんは常に危険と背中合わせの仕事をしているわ。だから、エリザさんは、万が一のことが起こっても大丈夫なようにいろいろと準備をしているの。
でも、そんな危険な仕事についている人と所帯を持っている人が不幸だとは私は思わないわ。もちろん、他の仕事をして欲しいと思うことはあるかもしれないけれど、誰かがやらなければいけない事だものね」
バルネアはそこまでいうと、寂しそうに微笑む。それは、本当はジェノにも無理をして欲しくない気持ちの現れであることをメルエーナは理解した。
「メルちゃんは、どう? たとえば、もしジェノちゃんが仕事で大怪我をして体が動かなくなってしまったら、その後の面倒を見ることができる?」
バルネアの問いかけに、メルエーナは頷こうとしたが、すぐにそれをやめた。
「……私にはそこまでの覚悟はありませんでした。でも、できる限りのことはしたいと思います」
メルエーナの言葉に、バルネアは嬉しそうに頷く。
「ええ。今はそれでいいの。覚悟も決まっていないのに、適当なことをいうよりずっといい答えだわ。そこまでの覚悟は、所帯を持つ時にすれば十分だからね」
バルネアはレイルンの頭を優しく撫でて、話を続ける。
「マリアちゃんの言うとおり、ジェノちゃんのお仕事の関係で、私達が何かしらのトラブルに巻き込まれてしまうことがあるかもしれないわ。でも、私は決してジェノちゃんを恨んだりしない。むしろ、私達のことを気にして一人でどこかに出ていこうとすることの方が問題よ。どうもジェノちゃんは自分のことを軽んじる所があるから心配だわ」
「……はい。そうです。私もそう思います!」
メルエーナは力強く賛同する。
バルネアの言葉を聞いて、今までの鬱屈とした思いはどこかに吹き飛んでしまった。
そうだ。自分はジェノのことが好きだ。そして、いつかは一緒になれたらと思っている。
それは、つまりは二人で苦労を分かち合うということだ。
(それを今から諦めてどうしますか! マリアさんがなんと言おうと、私はジェノさんの帰ってくる場所で有りたいんですから!)
メルエーナは強い闘志が湧いてきた。
負けない。相手がものすごい美人でスタイルの良い貴族様でも。
自分のジェノを大切に思う気持ちは、それだけは絶対に負けるつもりはないのだから。
「ふふっ。そう。卑屈になっては駄目よ。メルちゃんには、今のジェノちゃんと一年以上ひとつ屋根の下で生活してきた実績があるんだもの。それは、決してマリアちゃんのジェノちゃんとの思い出に劣るものではないんだから」
「はい!」
メルエーナはにっこり微笑んで返事をする。
バルネアは笑顔だった。メルエーナも笑顔だった。
けれど、レイルンが申し訳無さそうな顔をして口を開いたことで、それが消えてしまうことになる。
レイルンはこう言った。
「でも、お姉さん。あのジェノってお兄さんは危険だよ。良くないものに取り憑かれてしまっているから」
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