彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
201 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに

⑱ 『聞き込みの前に』

しおりを挟む
 朝食後、マリアは部屋に戻って身支度を整え、セレクトとともに宿のロビーに足を進める。

 動きやすく涼し気な半袖の服とキュロットを身に着けた彼女は、しかしそのようなラフな格好でも人の目を引く。それほどに美しく女性らしい魅力的な体型なのだ。
 
 けれど、マリアは細身ではあるが剣を帯びている。
 それがただの守られるだけの女ではないと自己主張をしていた。

 セレクトはこの暑い中でも長いローブとマントを身に着けている。夏用の薄い生地ではあるが、かなり暑そうだ。けれど、彼は汗をかいていない。

 彼の魔法の特性上、軽装になるわけにはいかないので、やんわりと魔法の冷気を発する石を、彼の呼称する『お守り』という物を懐に忍ばせているのだ。

 マリアも実は、それを一つ肌着の上の服の裏地のポケットに入れてある。セレクトが、「今日も暑いですから」と渡してくれたので、ありがたく使わせてもらっている。

 本当はジェノ達の分もあれば良いのだろうが、セレクトの頼みで、マリアは彼の能力をまだ明かさないつもりなので仕方がない。

「ジェノ」
 黒髪の若者がロビーで一人待っていることに気づき、マリアは声をかける。

「来たか……」
 ジェノは短くそれだけ良い、こちらに視線を向けてくる。

「あらっ? それだけなの? 私の姿を見てなにか一言くらい欲しいいのだけれど」
 マリアの言葉に、しかしジェノは「服の良し悪しなら、それが分かる奴に聞けばいい」とだけ言う。

「もう。相変わらずね、貴方って。女心がまるで分かっていないんだから」
 そう言って怒る真似をするマリアだが、すぐにそれは笑みに変わる。

 十年近い時間が経っても、彼が自分の記憶の少年のままであることが嬉しくて仕方がない。

「遊びに行くわけではないんだ。気を引き締めろ」
「ええ。分かっているわ。でも、余裕がなさすぎるのも問題よ」
 マリアはジェノに窘められても、笑顔で返す。

「セレクトさん。今日の情報収集について相談があるので」
「ええ、分かりました」
 セレクトが目で合図を送ってきたので、マリアは「ええ」と頷く。

 そして、ジェノはセレクトと二人で今日の聞き込みの相談を始める。

 いかんせん、四泊五日の旅行日程なので、後三日程度しか時間がない。
 早急に目的地である洞窟に関する情報を集め、それを管理している人に会って許可をもらわないと行けないのだ。

 幸い、ジェノ達が調べてくれたおかげで、洞窟の位置は分かっているし、管理している人の目星も付いてはいる。
 素人考えならば、それだけでもう十分だと思うかもしれないが、その場所に関する情報というものはあればあるに越したことはない。
 情報というものの大事さは、マリアもよく理解している。

「おはよう、マリア」
「あっ、おはよう、イルリア」
 赤髪の少女――イルリアに挨拶をされ、マリアは笑顔でそれを返す。

 貴族だけれど、どうか気を使わずに接して欲しいという願いに応えてくれているだけでなく、少し会話しただけで、すごく頭のいい人物だと分かり、マリアはイルリアに一目を置いている。

「後は、リットさんだけね」
 マリアがそう言うと、

「あらあら。もうみんな集まっているのね」
 と女性の声が聞こえた。

 そちらに視線をやると、鍔の丸い白い帽子と白いワンピースの服をまとったバルネアと、同じく白い半袖の服とスカート姿のメルエーナがこちらに向かってきた。

 事前の打ち合わせでは、聞き込みは自分達だけでする予定だったはずだ。
 それなのに、どうしてこの二人もロビーに集まってきたのだろうと、マリアは怪訝に思う。

「バルネアさん。メルエーナと出かけるんですか?」
 どうやらジェノも知らなかったようで、セレクトとの打ち合わせを中断して尋ねる。

「ええ。レイルン君の知り合いの娘を探してあげたいの。だから、メルちゃんと一緒に村の中心部まで行こうと思って。だから、ジェノちゃん達も、そこまでは一緒に行きましょう」
 バルネアはにっこり微笑む。

 ジェノもバルネアには頭が上がらない様なので、二人も途中まで同行することになるのだろう。

(それにしても、あの娘は本当に可愛いわね)
 マリアはバルネアから視線を移し、その後方で静かに微笑んでいるメルエーナを見てそう思う。

 女であるマリアは、客観的に自分の容姿が他人にどう思われるかは理解している。けれど、そんなマリアから見ても、メルエーナは可愛いのだ。
 それに、相変わらず女心に疎いジェノは気づいていないようだが、彼女がジェノにどんな気持ちを抱いているのかは一目瞭然だ。

 そんな彼女が素朴な愛らしさを全面に出せる白い服を身につけてジェノにアピールしているのだ。
 マリアには地味すぎて似合わないであろう衣装を身に纏っているのだ。

 その事に、マリアの胸はざわつく。

 分かっている。
 子供の時とは違うのだと。
 でも、再び出会えたのだ。
 もう二度と会えないと思っていた男の子に。初恋の相手に。
 
 自分は侯爵家の人間で、ジェノは平民だ。
 彼の実家の援助を得られるというのであれば話は別だが、どう考えても現状では身分違いも甚だしい。

(今は、実家に戻ることが大事。そして、メイ達の仇を打つのよ。そのためにも、私情は持ち込まないようにしないと)
 マリアは心のうちで自身を窘める。

 それから、集合時間ギリギリにリットがやってきて、大人数で出かけることになった。

 そう。マリアの『冒険者』としての本格的な活動が始まったのだ。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...