彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

㉖ 『吐露と打ち合わせ』

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 せっかく二人っきりでジェノに泳ぎの指導を受けていたメルエーナだったが、イルリアによって不審人物の存在が明らかになり、湖から急遽、宿に戻ることになってしまった。

 本当なら、一休みした後にも至福の時間を味わえたのにとがっかりするメルエーナは、宿の自室で、実体化したレイルンと話をする。

「レイルン君、ごめんなさい。せっかくみんなと遊んでいたのに……」
「ううん。大丈夫だよ。僕を元気づけようとしてくれていたのは、すごく嬉しかったから」
 言葉とは裏腹に、レイルンは寂しそうに微笑む。

 それは、遊べなくなってしまったことよりも、暇な時間が出来てしまったので、想い人であったレミィのことを思い出してしまっているからだろう。

 だろうというのは、メルエーナが意識的にレイルンの心が自分に流れ込んでこないようにしているため。誰だって心の中を覗かれたくはないはずという配慮だった。
 けれど、それでも伝わってきてしまうほど、レイルンの心は悲しみに支配されてしまっているのが分かり、メルエーナは彼を優しく抱きしめる。

「お姉さん、どうしたの?」
 レイルンは不思議そうに言ったが、メルエーナの行為を拒みはしなかった。

「ごめんなさい。私、自分のことばかりを考えて、レイルン君のことを蔑ろにしていました」
「……それは違うよ、お姉さん。だって、僕が無理やりお姉さんに頼んだんだもん。この場所に連れてきてって……。レミィに会わせて欲しいって……」
 レイルンは体を震わせる。

 メルエーナが下を見ると、レイルンの頬を透明な液体が伝って床に落ちるのが見えた。

「ははっ……。なんでだろう? お姉さんの体が僕よりも温かいからかな? なんだか涙がこぼれて……」
 レイルンの震え声を聞き、メルエーナは優しくレイルンの背中を撫でる。

「私がレイルン君のためにしてあげられることはほとんどありませんが、話を聞くことくらいなら出来ますよ。もしも胸の中にためておくことが辛い事があるのなら、よかったら話してください」
「でも……」
「つらい気持ちを一人で抱えているのってすごく苦しくて寂しいんですよ。だから、ねっ?」

 メルエーナがそう言うと、レイルンは体を一層激しく震わせたかと思うと、泣きじゃくり始め、やがてそれが慟哭に変わる。

「どうして! どうして僕のことを忘れてしまったんだよ、レミィ! 僕は、僕はずっと君のことだけを考えて、君との約束を叶えるために頑張ってきたのに!」
 レイルンの悲しみと怒りの込められた叫びに、メルエーナは心が締め付けられる。

 長い時間、レイルンは泣き叫び続けたが、最後に、

「でも、それでも僕は君との約束を守るから……。だって、そうしないと、全部が嘘になってしまう。あの日の、あのときの気持ちだけは本当だったって、僕は信じているから……」

 そう決意を口にすると、メルエーナの腕の中から離れた。

「ありがとう、お姉さん。なんだか気持ちが楽になったみたいだ」
「そう……。でも、辛くなったらまた言ってね、レイルン君」
「うん。ありがとう、お姉さん」
 レイルンはそう言って、ニッコリと微笑んでくれた。

 きっとその笑みには、まだ自分に対する気遣いもあったのだと思うが、けれど、それでも先程までの悲しい笑顔よりはずっといいとメルエーナは思うのだった。







 先に打ち合わせをした宿の一室を再び借り、そこでマリア達はジェノに注意を受けていた。

「少なくとも俺達の仲間である以上は、俺の指示に従ってもらう。指示系統が一本化されていない状況では、いざという時の対処が遅れ、それが致命的なものになりかねない」
「ええ。それはそのとおりですね。すみません。今回のことは完全に私の独断専行でした。以後はこのようなことは決して致しません」
 ジェノとセレクトのやり取りを、マリアは黙って聞いていた。

 年長者が相手だろうと、ジェノの言葉は容赦がない。けれど、彼の言うことは何も間違っていないことは理解しているので、口を挟みはしない。
 
「イルリア、お前もだ。不審者がたまたま一人だったから良かったが、複数人だった場合は下手に相手を刺激することで危険を招いていた可能性もあった。俺に確認を取ってから行動しても遅くはなかったはずだ」
「……そうね。悪かったわ」
 イルリアも素直に自分の非を認める。

「今一度みんなに言っておく。こと魔法については俺は門外漢だ。だが、基本的には俺にまず情報を伝達してくれ。そして、俺がいない場合、または緊急時で魔法を使う必要がある時は、リットに話を通すことを徹底してくれ」
「おいおい。いいのかい、ジェノちゃん? 俺は追跡に失敗した情けない魔法使いだぜ?」
 言葉とは裏腹に、リットがニヤニヤと笑みを浮かべながらジェノの言葉に口を挟む。

「話を遮るな。それと、お前に追跡出来ない相手なら、誰が追いかけても無駄なことくらいは分かっている」
「まぁ、そりゃそうだ」
 ジェノがセレクトよりも、仲間であるリットを重要視したことを少し不快に思いもしたが、今回はマリア自身もセレクトを焚き付けたこともあり、黙ることにする。

「ああ、セレクト先生。もしも俺より自分の方が優れた魔法使いだというのなら言ってくれ。喜んで役目を代わるからさ」
 不快感を煽るようなその発言には、流石にマリアも頭に来る。だが、それでもそれを顔に出さないくらいの処世術は心得ている。

 それに……。

「ははっ。そこまで私は身の程知らずではありませんよ」
 セレクト自身がリットとの力の差を肯定するようなことを言い出したので、何も言えなくなってしまった。

 それからもジェノの話は続き、それは明日の最終確認に内容を変える。

「明日は予定どおりなら、洞窟に入ることになるだろう。今回は案内人であるキレース氏とメルエーナとレイルンが同行する。そして、洞窟は幅がそれほど広くはないことは確認していることから、先頭はキレース氏、ついで俺、イルリア、メルエーナとレイルン、マリア、セレクト、リットの順を基本とする」
 位置的に、自分も護衛対象のような配置だとマリアは思ったが、文句は言えない。
 経験のない自分が先頭を務めることは危険だ。更に重要な殿を任せることなど出来ないだろう。

「<光>の魔法はイルリアとセレクト。リット、お前は全体の警戒を頼む」
 ジェノは事細かに指示を出す。そして最後に彼は、

「危険な生物はいないということだが、くれぐれも油断はしないでくれ。全員が無事に戻ってくることが最優先だ」

 そう締めて話を終わらせた。

「一番無茶しそうな奴がよく言うわよ」
 小声で、イルリアが呟いたのがマリアの耳にも入ってきた。

 思わずマリアも納得してしまう。
 ジェノはびっくりするくらい成長したようだが、基本的な部分はあまり変わっていない。

 勝てもしない大人数人を相手でも、攫われそうな自分を助けるために無茶をしてくれた姿が昨日のことのように思い出される。

 するとどうしてか、少し不機嫌だった気持ちが晴れてくるのを感じ、マリアは笑みを浮かべるのだった。
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