彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
210 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに

㉗ 『罪悪感』

しおりを挟む
「お父さん! お母さん! こっちこっち!」
「こらっ、フレリア。そんな風に後ろ向きで歩いているところんでしまうよ」
 夫のキレースが注意しても、先頭を歩く元気でやんちゃ盛りの娘は、こちらを向きながら歩くのをやめない。

 私も夫と一緒に注意をするが、娘はニッコニコで笑っている。
 仕事で忙しいお父さんと久しぶりに遊べるのが嬉しくて仕方がないのだろう。

 夫は本当に仕事が、遺跡の調査が大好きだ。
 子供の頃に化石を自分で発見して以来、夫は過去の歴史を解き明かすことに魅入られてしまったらしい。

 けれど、そのおかげで私は彼に会えたのだから、彼の趣味には感謝している。
 

 ……今でもあのときのことは忘れられない。

 外部からこの村の洞窟を調査に人が来るということで、村長達は歓迎の宴を開催した。
 調査は十年以上はかかると言われていて、その間、村には協力金の支給がある。村長もこの村のますますの発展のためにも、決して話を潰される訳にはいかないとみんなに檄を飛ばしていた。

 調査員が若い未婚の男性が数名ということで、村の綺麗所の女性が集められた。その中に私も居たのだが、正直気乗りはしていなかった。

 村長の立場も分からないではないが、こんなやり方で気を引こうとするのは間違っていると思う。
 調査員の学者さんがどんな人かもわからないのに、こちらが下手に出すぎても良いことはないと思うのだ。

 年若いということは、駆け出しの調査員が仕方なくやってくるのかもしれない。ただ出世すをるためだけに仕方なく上司の命令でいやいやこの村に来るのかもしれない。

 この村には素晴らしい自然がある。
 古くは『妖精の踊り場』と呼ばれていたレセリア湖を始めとして、美しい風景が広がっているのだ。

 その素晴らしさを理解した上で、この地が妖精に愛された土地であり、人は彼らと仲良くすることでこの村を作っていったという伝承を信じて、妖精を祀ってきたこの土地の文化。
 それを理解しない人であったら大変なことになってしまうだろう。

 目先の欲に囚われてはいけない。
 長い時間が経って、人々の妖精信仰が薄まってきているとしても、私は、私だけは知っているのだ。

 本当に、この村には妖精がいるのだ。
 幼い頃の私が、大好きになった妖精が。

 たとえ、その妖精に裏切られたとしても……。
 私は、彼を大切に思い続けているのだから。
 
 
 それから、この村に彼がやってきた。
 そこで私は呆れた。

 当初の予定では三人の調査員がやってくる予定だったが、やってきたのは二人……。しかも、そのうちの一人は挨拶のために顔を見せただけで、実際にこの村に留まるのはキレースという名の若者たった一人だというのだ。

 私と同じくらいの年に見えるキレースという金色の髪の若者も、いかにも本を読むだけで物事を理解しているだけの、線が細い頼りない男性にしか見えない。
 しかも女に慣れていないようで、ものすごく緊張しているのが分かる。

 こんな頼りない人が村の洞窟を調査するなんて、不安以外の何物でもない。

「その、村への協力金は予定どおり支給されますし、このキレースは優秀な研究者ですから、ご安心を」
 付き添いの男性がそんな言い訳を村長にするのを聞き、私は呆れてため息を付いた。

「あの、キレースさん、でしたよね? とても優秀ということですが、この村の伝承にもお詳しいのでしょうか?」
「これ、やめないか、レミリア!」
 村長に注意をされたが、私は、私が近づいただけで恥ずかしそうに目をそらす、情けないこの男性が優秀だとは思えなかった。

「あっ、その、はい。興味があって調べていましたので……」
「そうですか。では無知な私に教えて下さいませんか? この村の妖精信仰はいつ頃から始まったのでしょうか?」
 もちろん、私はこんな当たり前のことは知っている。でも、敢えて知らないフリをして尋ねてやった。

「それは、レセリア湖が出来てから前期の信仰の始まりのことでしょうか? それとも、一旦信仰が途絶えた後、『妖精の踊り場』との別名で、レセリア湖が呼ばれる事となってからの後期信仰のことですか?」
「えっ?」
 私はキレースさんの言葉に驚きの声を上げてしまう。

「ああっ、すみません。もしかするとそれ以前に、<世界樹>から妖精が生まれた際に、後から生まれた人間を助けたという、創成期からの信仰の事を仰っているのですか? ということは、この村にはやはり、それを伝える口伝か何かが残っているのでしょうか?」
 今までのおどおどしていた態度が一変し、キレースさんは私に興奮気味に詰め寄ってくる。

「ぜっ、前期の信仰という分けをしないで下さい! 信仰は途絶なんてしていません。当時、魔女狩りが横行していたために、それを絶ったという話を流布させただけで、この村ではずっと妖精を崇め続けてきたんです!」
 創世記の話をされたことに戸惑いながらも、私は持てる知識を総動員して、反論する。

「ああっ、やっぱりそうなんですね! いえ、明らかに、後期の始まりと呼ばれる『妖精の踊り場』のエピソードがあまりにも有名すぎて違和感を感じていたんです。
 一度完全に途絶えてしまった信仰が、僅か百年程度で、最盛期まで勢いを取り戻すとは考えられなくて。やはり、妖精信仰が、自然崇拝主義の一種に過ぎないという定説は間違っているみたいですね」
 キレースさんは興奮気味に、うんうんと頷いているが、今、彼は信じられないことを言った。

「妖精信仰が自然崇拝主義の一種に過ぎないというのは、どういうことなんですか?」
 私は怒りを隠そうともせずに、キレースさんに尋ねる。

「いえ、貴女が、その、レミリアさんが怒られるのも至極当然の話だと思います。ですが、いまの学会での妖精信仰の捉え方は、今言ったとおりなんですよ」
「信じられません! 自然を崇拝する気持ちはもちろんありますが、妖精はもともとこの世界に先に存在していたにも関わらず、我々人間のために別世界に移住をしてくれたのです! その恩を忘れるなんて!」
「それは『イシレスの賢者』のお話ですね。かなり規模の小さな信仰ですが、たしかにあのエピソードと組み合わせると、辻褄が合いますね」
「なんですか、その『イシレスの賢者』というのは?」
「……ご存知ではないのですか? ということは、尚更この関係は信憑性が高いのでは……」
「何を一人で納得しているんですか! 私にも教えて下さい!」
「ああっ、すみません。このお話は……」

 私はすっかり彼の話に夢中になってしまい、周りの目も気にせずに話を続ける。

 そのあまりにも白熱した議論のやり取りに、他のみんなは呆然としてしまい、歓迎の宴は台無しになってしまった。

 私は後で村長さん達にガッツリお説教を受けることになったのだが、そのおかげでキレースさんと、今の夫と誼が出来たのだ。

 そして、何度も彼と議論をし、そして彼の人となりを知っていき、女手がない彼の手助けをしていたら、いつの間にか彼に惚れてしまっていた。
 そして、彼が村に来てから一年も経たないうちに、世帯を持つこととなったのだ。

 自分でもこの上なくスピード婚だった自覚はあるのだが、友人はもちろん、両親にまで、『ようやく結婚か』と言われるくらい、私と彼の間柄は有名だった。

 そして、フレリアが生まれて、すくすくと成長してくれている。
 夫も調査の仕事をしながらも、私と娘をとても大切にしてくれていて、私はこれ以上ないほど幸せだ。

 そして、この幸せを私も守っていかないと行けないと思っている。



 ……でも、そんなときになって、あの子が、レイルンが戻ってきた。
 私との約束を果たしに戻ってきてくれたのだ。

 けれど、今更、私はレイルンに合わせる顔などなかった。
 だから私は、知らないふりをした。してしまった。

 酷いと思う。分かっている。
 けれど、もうあの時とは違うのだ。

(ごめんなさい、レイルン……)
 私は心のうちで、大好きだった妖精の男の子に謝罪をし、母に、そして妻に戻る。

 重い罪悪感とともに。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...