彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

㉘ 『洞窟へ』

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 幸いなことに、今日もいい天気で晴れ晴れとしている。
 けれど、メルエーナはそれに浮かれることはなく、気を引き締めていた。

 メルエーナ達はバルネアさんも加えて、案内人であるキレースさんの家に歩いて向かう。
 もちろん、バルネアさんは洞窟までは一緒に入らないが、どうしても見送りをすると言うので、付いてきてもらったのだ。

「洞窟の中ってけっこう広いのよね?」
「はい。その規模から考えると、往復で最短でも半日はかかると思われます」
 心配するバルネアに、ジェノが答える。

 レイルンに話を聞いたところ、彼が鏡を持って行きたい場所というのは、洞窟の最深部なのらしい。
 そこまでたどり着き、帰ってくるのは体力を使う。メルエーナはしっかりと体力管理に努めようと心に決めている。

 幸い、ジェノ達からも、疲れたのなら遠慮なく言うようにと言われているので、無理はしないつもりだ。
 もっとも、故郷のリムロ村での習慣が抜けず、この街に来てからも体操の他にジョギングも欠かしたことはないので、少しは頑張れるつもりだが。

 あと、心配なのはレイルンの体力だが、彼はメルエーナとマリアが交代で抱っこすることになっている。
 もちろん、今のように姿を消していれば重さはないのだが、道案内を全てキレースさんに任せるより、レイルンが居てくれたほうが良いとジェノが判断したためだ。
 
 レイルンは軽いので、抱っこをしていてもそれほど苦にはならない。
 それに、料理作りは体力と腕力が物を言う部分もあるので、日頃の修行の成果の見せ所でもあるとさえメルエーナは思う。

「やぁ。よく来てくれたね。天気はいいし、絶好の調査日和だ」
 目的の家にたどり着くと、すでに家主であるキレースさんは玄関を出て自分達を待っていてくれた。
 温和で暖かな声。でも、その目は少年のように輝いているようだ。よほど、妖精であるレイルン達と洞窟に入るのが楽しみなのだろう。

「あなた、お弁当を忘れないでね」
「お父さん、お母さんが一生懸命作ってくれたんだから、忘れちゃダメ! 少しだけれど、私も手伝ったんだから」
 キレースの妻であるレミリアさんと、娘のフレリアがお弁当を手渡して微笑む。そして、「ごめん、ごめん」と嬉しそうにお弁当を受け取るキレースさんの姿がなんとも言えず微笑ましい。

 本当に仲の良い家族だ。
 メルエーナは羨ましくさえ思う。けれど、レイルンの事を思うと複雑だった。

 メルエーナの気持ちが伝わったわけではないだろうが、不意にレイルンが実体化してメルエーナの隣に現れる。

「レミィ。その、眠くても、今日だけは夜遅くまで起きていて! 君との約束を僕は果たすから!」
 レイルンは懸命にレミリアに訴えるが、彼女は困った顔をして、無言で夫であるキレースさんの背後に隠れるように移動する。

「あっ……」
 レイルンは絶望感で顔を俯けるが、それでも再び顔を上げて、

「君が忘れてしまっていても、きっとアレを見れば思い出してくれるはずだって信じているよ。だから、お願い、レミィ。今日だけは起きていて!」
 そう力強く宣言した。
 
「……レミィ。僕からもお願いするよ。この妖精の子の、レイルン君の願いを叶えて上げてくれないかな? きっとこの子は、君だけのために頑張ろうとしているのだから……」
「あなた……」
 夫に諭され、レミリアは「はい、分かりました」と頷いた。

 キレースさんからの言葉に頷いたことに、レイルンは複雑そうだったが、やがて笑みを浮かべ、よかったと微笑む。
 
 その意地らしい姿に、メルエーナは居た堪れない気持ちになってしまう。

「さて、それではそろそろ行こうか。こんな大人数での調査は初めてだから楽しみだよ」
 空気を変えるように、キレースはにっこり微笑む。

「どうか、案内をよろしくお願い致します」
 ジェノがそう言って頭を下げると、

「いやいや、畏まらなくていいよ。案内とは言っても、僕一人でも最深部に行けるような安全な洞窟だから。でも油断だけはしないでね。怪我でもしたら大変だよ」
 キレースはやはり人の良い笑顔で微笑むのだった。



 ◇



 狭いと聞いていた洞窟だったが、想像よりは道幅も広かった。
 マリアであれば、自分が三人横に並んでもなんとか歩けるほどの幅があり、高さも二メートル以上はある。それでも流石に二人で並んで歩くにはいろいろと不便であるため、当初の予定通り、キレースさん、ジェノ、イルリア、メルエーナとレイルン、マリア、セレクト、リットの順で縦長になって進んでいく。

 イルリアとセレクトの光の魔法のおかげで、視界がはっきりしているため、この洞窟の構造もよく分かる。

 通路も綺麗に整備されているし、壁も石ではあるものの、人の手が加わっているようだ。
 もう少しだけ不気味なものを想像していたマリアは、少し拍子抜けした気分だった。
 まぁ、それでも訳の分からない虫が這い回るようなジメジメした洞窟の中などを歩きたいわけではないので、これはこれで良かったと前向きに考える。

「もともと、この洞窟は、この土地に暮らしている人々の祖先が手を加えたものなんだよ。妖精は小柄な体型が多いから、最初はもっと狭かったんだと思うんだけれど、人々と交流が盛んになるにつれて、不便になっていったから、人間の力を借りて拡張したんだと考えられているんだ」
 先頭を歩くキレースの声は楽しそうだ。この洞窟のことを語りたくて仕方がないらしい。

「それでも少し窮屈だろうけれど、もう少し歩けば広い場所に出られるから頑張って。そこで少し休憩をしよう」
 キレースのその言葉に、前を歩くメルエーナがほっと息を吐いた様に思えて、マリアは微笑む。

 まだまだ交流が少ないが、マリアはメルエーナに好感を抱いている。
 見ず知らずの妖精のために力を貸すなど、なかなかできることではないし、荒事の経験などないだろうに、こうして洞窟まで付いてくるのだから大したものだと思う。

 もっとも、ジェノに好意を持っていることは間違いなさそうなので、マリアとしてもそこは少し複雑ではあるが。

「マリア様、足元にお気をつけてください」
「ええ、ありがとうございます、セレクト先生」
 背後のセレクトの注意に返事をし、マリアは足元の僅かな段差を跨ぐ。

 まさか、貴族の娘である自分が、冒険物語の登場人物のように、洞窟に潜ることになるなど思いもしなかった。『現実は小説よりも奇なり』という言葉は本当なようだ。

(ふふっ。これでジェノとの二人っきりの脱出劇だとかだったら素敵なんでしょうけれど)
 つい不謹慎にそんな事を考えてしまったマリアは、その邪心を心の隅に追いやり、注意深く周りを観察する。

 妖精の加護により、危険な生物はこの洞窟には居ないという話だが、油断は禁物だ。こんなところで怪我でもしてしまったら、大変な迷惑をかけることになってしまう。

 そうマリアが思ったときだった。
 不意に、左目に違和感を覚えたのは。

 痛みではない。疼きでもない。けれど、感じるのだ。誰かがこの奥で力を使ったのを。

 マリア自身も初めてのことなので戸惑ったが、確信があった。
 この洞窟の奥には誰かがいて、その人物が今、力を、<神術>を使ったのだ。

「ジェノ! 前方に誰かがいる! それに、その人物は何かをしたみたいだから、気をつけて!」
 突然こんな事を言っても戸惑うだけかと思ったが、ジェノは「キレースさん、そこで止まって、後ろに移動して下さい! 自分が前に出ます!」と言って隊列を変更してくれたようだ。

「とりあえず、前に進むぞ。この狭い通路では対処できない事柄が多い。リット! 後方は任せたぞ!」
「へいへい。了解了解」
 緊迫感のあるジェノの声と、それとは対象的なリットの声のやり取りが、皆を挟んで行われる。

 メルエーナが体を強張らせたのを見て、マリアは彼女に、

「大丈夫。私達がいるから」
 と声をかける。

「はっ、はい」
 メルエーナは振り返ってこちらを見てきた際には不安そうな顔をしていたが、すぐに表情を引き締めて小さく頷いた。
 芯がしっかりとした女の子だとマリアは感心する。

 そして、皆が警戒しながら洞窟を進むと、広い場所に出た。自分達が泊まっている宿の広めの食堂くらいは入りそうなほど開けた場所だ。

 そこにはいくつもの人影らしきものがあった。

 そう、らしきものだ。それは決して人ではない、骨だけの怪物。
 スケルトンと呼ばれる魔物たちだったのだから。
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