215 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに
㉜ 『対等な関係』
しおりを挟む
僕は真実を話さざるを得なくなった。
自分の最愛の妻であるレミリアの秘密を話さなければいけない。
でも、僕は心の何処かでこうなりたかったのだと、この状況を作りたかったのではないだろうか?
だから、うっかり口を滑らしてしまったのかもしれない。
「そんな……。どうして! 覚えているのなら、どうしてあの時に嘘を付いたの? 僕は、ずっとレミィのために……。ずっと、ずっと……」
僕の話を聴いて、レミリアが幼き頃のことを覚えているのを知って、妖精のレイルンが嗚咽混じりの言葉を口にする。
その姿に罪悪感を覚えた。胸が傷んだ。
でも、僕はこっそり深呼吸を小さくして気持ちを強く持つ。
もしも、僕がレミリアに出会ったばかりの頃にレイルンが現れたのなら、身を引くことも考えられたかもしれない。でも、もう駄目だ。
彼女は僕の大切な生涯の伴侶であり、僕らの間に生まれたかけがえのない娘の母親なのだから。
「レイルン。君はずっとレミィのためにと頑張ってくれていたんだということは分かった。でもね、レミィだって、ずっと君のことを待っていたんだよ。いつまでも戻ってこない君のことを十年以上も……」
僕は諭すように目の前の妖精に語りかける。
「雨の日も、風の日も、どんな時でも、明日こそレイルンが帰ってきてくれるはずだって思いながら、ずっと待っていたんだ。何度も君と密会していた場所に足を運んでいたんだよ」
「それなら、どうして⁉」
レイルンの言葉の裏にある気持ちを察し、僕は口を開く。
「……遅すぎたんだよ。十数年という月日は、言葉にする以上に重いものなんだ。特に、僕達短命な人間には。幼かった子供も、それだけの時間が経てば大人になってしまうからね」
きっと、いつまでもレミリアが待ち続けてくれていることをこの妖精は期待していたのだろう。
長命な者が多い妖精にとっては、十年という月日は短いのかもしれない。
けれど、人間にとってはそうではない。
「でも、それでも僕は、一生懸命に早く戻ろうとしたんだ! でも、レミィに掛けていた魔法が解けてしまって……。目印がなくなってしまって、僕は、それでも……」
レイルンは大粒の涙を零しながら言葉を紡ぐが、それがだんだん弱くなって行く。
「不幸な事故だったのだろうね。君が悪いわけではないと思う。でも、レミリアが悪いわけでもないよ。長い時間会えないことで、彼女は君に裏切られたのだと考えてしまっただけだから」
成長していく中で、自分が裏切られたのだと判断したレミリアを誰が責められるだろうか?
いや、違う。
誰にも責めさせはしない。
そんな事があっても、妖精との交流を実現しようと努力を続けていたレミリアを僕が守り続ける。
「……遅すぎた……。そうなんだ……。僕は……レミィを傷つけてしまったんだ……」
レイルンは力なく洞窟の床面に崩れ落ちるように両手をつく。
「……レイルン君」
それまで黙って聴いていてくれた、レイルンの主人であるメルエーナという少女が、優しく彼を背中から抱きしめ、ひどく悲しい表情をしながらも、僕に感謝の意を表すように小さく頭を下げてくれる。
きっと残酷なことを平然と告げる僕に恨み言の一つも言いたかったに違いない。
けれど、彼女は聡い娘なのだろう。
もうこれは起こってしまった事柄なのだ。だから、今更何を言ったところで手遅れなのだと理解してくれているのだ。
「いいのかい、キレースさん? この出来事は、妖精と人間との良好な関係を育むための障害になるんじゃあないの?」
魔法使いの……リットだったはずだ。彼が、口元に笑みを浮かべながら尋ねてくる。でも、これは質問ではないことくらいは僕にも分かる。
これは、助け舟だ。
「そうだね。でもね、私は妖精と人間が対等な関係でありたいと思っているんだ。もちろん互いに譲歩しなければいけないところは出てくるだろうけれど、本音で語り合えない関係というのは、私の望む友好ではないからね」
僕はそう言って、話を綺麗にまとめる事ができた。
「……対等な関係……」
レイルンはそう呟くと、視線をこちらに向けてくる。
「ああ。お互いの思っている事を話し合える関係でありたいと私は思っているんだ。だから……」
僕はニッコリと微笑む。
「レイルン。私は、君の大切な人を奪った男だよ。そんな私に言いたいことがあるんじゃあないかな?」
「……うん」
「そうだよね。それなら、その言葉をぶつけてくれないかな? ただ、私も言われっぱなしではないけれどね」
「えっ?」
キョトンとした顔をするレイルンに、僕は微笑んで見せる。
「私は腕っぷしは強くないし、君のような魔法も使えない。でもね、一つだけ君に負けないことがある。それは、レミリアを誰よりも深く愛していることだ」
「待ってよ! それはおかしいよ! 僕だってレミィの事を大切に思っているんだ! 誰にも負けないくらい!」
僕の見え透いた挑発に、レイルンは乗ってきた。
そして、そこからどちらがより大切に思っているかの口論が始まる。
「……セレクト。念のため先を確認しておきたい。同行してくれ。イルリアとマリアはリットを先頭にして帰路の確認を頼む」
黒髪の端正な容姿の若者――ジェノがそう言って二人を連れて離れてくれる。
後はただの一本道で、さしたる距離がないはずだし、往路として来た道を再確認というのはいささか心配しすぎだ……などとは思わない。
言葉にしなくても、こちらの意図を汲んでくれる若者に、僕は心のうちで感謝する。
「わかったわよ。メル、そう遠くは行かないから、ここは貴女に任せるわね」
「大変でしょうけれど、お願いします」
女性陣も、肩をすくめるリットについてこの場から離れてくれる。
ただ一人この場に残ったメルエーナも、何も言わず、僕達の口論をただ黙って見守ってくれる。
大人気ないが、僕は本気でレイルンと口論をした。
レイルンは怒り、文句を言ってくる。
僕はそれに言い返す。そんなやりとりを続ける。
そしてそれは、やがてレイルンからの質問に変わっていく。
「レミィは、貴方といつ出会ったの?」
「レミィは、お母さんになって大変じゃあないの?」
「レミィは、後悔していないの?」
そんな質問が続き、だんだんレイルンの顔から怒りの表情がなくなっていき、ポロポロと涙を流しながら質問を続けてくる。
そして最後に、
「ねぇ、レミィは今、幸せなの?」
レイルン涙でびしょ濡れになった顔で尋ねてきた。
そして僕は、その問いに、「もちろんだよ」と答えたのだった。
自分の最愛の妻であるレミリアの秘密を話さなければいけない。
でも、僕は心の何処かでこうなりたかったのだと、この状況を作りたかったのではないだろうか?
だから、うっかり口を滑らしてしまったのかもしれない。
「そんな……。どうして! 覚えているのなら、どうしてあの時に嘘を付いたの? 僕は、ずっとレミィのために……。ずっと、ずっと……」
僕の話を聴いて、レミリアが幼き頃のことを覚えているのを知って、妖精のレイルンが嗚咽混じりの言葉を口にする。
その姿に罪悪感を覚えた。胸が傷んだ。
でも、僕はこっそり深呼吸を小さくして気持ちを強く持つ。
もしも、僕がレミリアに出会ったばかりの頃にレイルンが現れたのなら、身を引くことも考えられたかもしれない。でも、もう駄目だ。
彼女は僕の大切な生涯の伴侶であり、僕らの間に生まれたかけがえのない娘の母親なのだから。
「レイルン。君はずっとレミィのためにと頑張ってくれていたんだということは分かった。でもね、レミィだって、ずっと君のことを待っていたんだよ。いつまでも戻ってこない君のことを十年以上も……」
僕は諭すように目の前の妖精に語りかける。
「雨の日も、風の日も、どんな時でも、明日こそレイルンが帰ってきてくれるはずだって思いながら、ずっと待っていたんだ。何度も君と密会していた場所に足を運んでいたんだよ」
「それなら、どうして⁉」
レイルンの言葉の裏にある気持ちを察し、僕は口を開く。
「……遅すぎたんだよ。十数年という月日は、言葉にする以上に重いものなんだ。特に、僕達短命な人間には。幼かった子供も、それだけの時間が経てば大人になってしまうからね」
きっと、いつまでもレミリアが待ち続けてくれていることをこの妖精は期待していたのだろう。
長命な者が多い妖精にとっては、十年という月日は短いのかもしれない。
けれど、人間にとってはそうではない。
「でも、それでも僕は、一生懸命に早く戻ろうとしたんだ! でも、レミィに掛けていた魔法が解けてしまって……。目印がなくなってしまって、僕は、それでも……」
レイルンは大粒の涙を零しながら言葉を紡ぐが、それがだんだん弱くなって行く。
「不幸な事故だったのだろうね。君が悪いわけではないと思う。でも、レミリアが悪いわけでもないよ。長い時間会えないことで、彼女は君に裏切られたのだと考えてしまっただけだから」
成長していく中で、自分が裏切られたのだと判断したレミリアを誰が責められるだろうか?
いや、違う。
誰にも責めさせはしない。
そんな事があっても、妖精との交流を実現しようと努力を続けていたレミリアを僕が守り続ける。
「……遅すぎた……。そうなんだ……。僕は……レミィを傷つけてしまったんだ……」
レイルンは力なく洞窟の床面に崩れ落ちるように両手をつく。
「……レイルン君」
それまで黙って聴いていてくれた、レイルンの主人であるメルエーナという少女が、優しく彼を背中から抱きしめ、ひどく悲しい表情をしながらも、僕に感謝の意を表すように小さく頭を下げてくれる。
きっと残酷なことを平然と告げる僕に恨み言の一つも言いたかったに違いない。
けれど、彼女は聡い娘なのだろう。
もうこれは起こってしまった事柄なのだ。だから、今更何を言ったところで手遅れなのだと理解してくれているのだ。
「いいのかい、キレースさん? この出来事は、妖精と人間との良好な関係を育むための障害になるんじゃあないの?」
魔法使いの……リットだったはずだ。彼が、口元に笑みを浮かべながら尋ねてくる。でも、これは質問ではないことくらいは僕にも分かる。
これは、助け舟だ。
「そうだね。でもね、私は妖精と人間が対等な関係でありたいと思っているんだ。もちろん互いに譲歩しなければいけないところは出てくるだろうけれど、本音で語り合えない関係というのは、私の望む友好ではないからね」
僕はそう言って、話を綺麗にまとめる事ができた。
「……対等な関係……」
レイルンはそう呟くと、視線をこちらに向けてくる。
「ああ。お互いの思っている事を話し合える関係でありたいと私は思っているんだ。だから……」
僕はニッコリと微笑む。
「レイルン。私は、君の大切な人を奪った男だよ。そんな私に言いたいことがあるんじゃあないかな?」
「……うん」
「そうだよね。それなら、その言葉をぶつけてくれないかな? ただ、私も言われっぱなしではないけれどね」
「えっ?」
キョトンとした顔をするレイルンに、僕は微笑んで見せる。
「私は腕っぷしは強くないし、君のような魔法も使えない。でもね、一つだけ君に負けないことがある。それは、レミリアを誰よりも深く愛していることだ」
「待ってよ! それはおかしいよ! 僕だってレミィの事を大切に思っているんだ! 誰にも負けないくらい!」
僕の見え透いた挑発に、レイルンは乗ってきた。
そして、そこからどちらがより大切に思っているかの口論が始まる。
「……セレクト。念のため先を確認しておきたい。同行してくれ。イルリアとマリアはリットを先頭にして帰路の確認を頼む」
黒髪の端正な容姿の若者――ジェノがそう言って二人を連れて離れてくれる。
後はただの一本道で、さしたる距離がないはずだし、往路として来た道を再確認というのはいささか心配しすぎだ……などとは思わない。
言葉にしなくても、こちらの意図を汲んでくれる若者に、僕は心のうちで感謝する。
「わかったわよ。メル、そう遠くは行かないから、ここは貴女に任せるわね」
「大変でしょうけれど、お願いします」
女性陣も、肩をすくめるリットについてこの場から離れてくれる。
ただ一人この場に残ったメルエーナも、何も言わず、僕達の口論をただ黙って見守ってくれる。
大人気ないが、僕は本気でレイルンと口論をした。
レイルンは怒り、文句を言ってくる。
僕はそれに言い返す。そんなやりとりを続ける。
そしてそれは、やがてレイルンからの質問に変わっていく。
「レミィは、貴方といつ出会ったの?」
「レミィは、お母さんになって大変じゃあないの?」
「レミィは、後悔していないの?」
そんな質問が続き、だんだんレイルンの顔から怒りの表情がなくなっていき、ポロポロと涙を流しながら質問を続けてくる。
そして最後に、
「ねぇ、レミィは今、幸せなの?」
レイルン涙でびしょ濡れになった顔で尋ねてきた。
そして僕は、その問いに、「もちろんだよ」と答えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。
リョウ
ファンタジー
何者かになりたかった。
だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。
そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。
導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。
冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。
目指すのは、ただ生き延びることではない。
一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。
渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる