彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

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第五章 邂逅は、波乱とともに

㊶ 『温泉にて②』

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 ジェノの言葉の意味を理解するのに、少しの時間が必要だった。

「……気づいていたんですか?」
 だが、数瞬後、メルエーナはすべてを理解する。

「昔から、先生にも女心が理解できないと言われてきたが、流石にここまでされれば俺にだって分かる」
「ジェノさん……」
 メルエーナの心臓が、バクバクと胸から飛び出しそうなくらい脈打つ。

「だが、やはり腑に落ちない。どうしてお前のような、器量も気立ても良い女が、俺なんぞにそんな気持ちを抱くのかが……。俺は地位も資産も、家柄も何も持っていないんだぞ」
 その言葉に、メルエーナは呆然としていた。

 ジェノが自身をずいぶん低く評価している事、そして自分をどの様な異性として見てくれていた事が分かり、メルエーナは驚きと嬉しさが入り混じって、どういう顔をすれば良いのか分からない。

「……ジェノさん。どうしてそんなに自分を卑下するんですか? その、ジェノさんはいつも女性からモテているじゃあないですか」
 パニヨンで働いているときも、いつもジェノに熱い視線を向ける女性陣が多いことは誰もが知っていることだ。

「モテている? どういうことだ? この黒髪が珍しくて、奇異の目で見られているだけだろう?」
 とぼけているのではなく、はっきりとそう言うジェノに、悪いとは思いながらも、メルエーナは苦笑してしまう。

「ジェノさんはやっぱり鈍いです。本当に……」
「……そうか」
 ジェノの声が少し悲しげに聞こえ、メルエーナはついクスクスと笑う。

「……私の気持ちに気づいてくれたのって、いつ頃ですか?」
「先日、二人でお前の水着を買いに行っただろう? あの帰り道でもしやと思った。そして、今日のこの温泉に二人だけで出かける様に言われ、確信した」
 ジェノの言葉に、メルエーナはもう一度苦笑する。

「ジェノさん。やっぱりジェノさんは鈍すぎます。私は貴方に出会った時から、ずっと好意を抱いていて、それを伝えようとしていたんですよ」
「……そうか。……すまん、全く気がついていなかった」
 ジェノの申し訳無さそうな声が珍しくて、メルエーナは笑っていたが、それが小さくなるに連れて、彼女は真剣な顔になる。

「ジェノさん。私は、貴方のことが好きです。一人の男性として好意を抱いています……」
 メルエーナは声が震えないように、爆発してしまいそうな心臓を抑えながら、ジェノに自分の気持ちを伝えた。

「……俺は、近いうちに<パニヨン>を、お前やバルネアさんの元から離れようと思っていた」
 ジェノは少しの沈黙の後、返答にならない言葉を口にした。

「……どうしてですか?」
 メルエーナは賢明に自分を落ち着かせて尋ねる。

「俺は、<霧>を追わなければいけない。だが、あのゼイル達のような連中が、今後は俺を邪魔者として排除しようとしてくる可能性が高い。今でももう遅すぎるかもしれないが、お前たちに迷惑をかける前に、俺は……」
「そうですね。たしかに危険です。ですから、私とバルネアさんも、外に出るときは一人にならないように気をつけますね」
 メルエーナはジェノの言葉を遮って自分の気持ちを伝える。

「待て! どうしてそうなる。俺が出て行かなければ、お前たちの身が危険なんだぞ! 少しは危機感を持て!」
 ジェノの怒気のこもった声に、しかしメルエーナは穏やかに反論する。

「危機感を持っていますよ。このままでは、ジェノさんが居なくなってしまうんですから」
 秘めていた気持ちを口に出したメルエーナは、もう完全に開き直っていた。

「それにですね、もう手遅れなのではないでしょうか? 私達の存在はもう知られてしまっているのでしょうし、そうであれば、私達が一緒に住んでいることもすぐに分かってしまうはずです。その上ジェノさんが居なくなってしまっては、私とバルネアさんの二人だけでは、何も抵抗することができません」
「……それは……そうだが……」
 正論を言われ、ジェノは言葉に詰まる。

「ジェノさん。私もバルネアさんも、ずっと貴方と一緒に暮らしたいと思っています。ただ、私の気持ちは、バルネアさんよりも重いですけれど……」
 メルエーナはそこまで言うと、一旦湯船から出て、浴槽の縁に腰を下ろす。火照りきってしまった体を冷やすために。

「ジェノさんも、一度湯から上がったほうが良いですよ。のぼせてしまいますから」
 その言葉への返事はなかったが、音でジェノが湯船から上がったことはわかった。

「……なんで、俺なんだ。お前ほどの女なら、大抵の男は好意を抱くはずだ。わざわざ俺を選ぶ理由が分からん」
 ジェノは先程もした質問を、もう一度投げかけてくる。

「その答えは言いましたよ。私は、貴方のことが好きだからです。他の誰でもない、貴方が大好きだからです」
 サイドの告白の言葉に、ジェノは大きく嘆息した。そして、

「俺は……お前に好意を抱いている」

 そう言葉を口にした。

「ジェノさん……。本当ですか! ジェノさんも、私に?!」
 メルエーナは自分の声が大きくなってしまったことに気づき、慌てて口を手で抑えるが、嬉しい気持ちを抑えることはできない。

「だが、その分からないんだ。お前にも言われたように、鈍い男だからな。この気持ちが、家族に対する物なのか、一人の異性に対する物なのか判別がつかない。
 そんなどっちつかずな気持ちで、お前の真っ直ぐな気持ちに応えるのは不誠実だと思うし、お前を傷つけることになるのではと思う」
 ジェノの心情の吐露を聞き、メルエーナは驚いたが、すぐにまた嬉しそうに微笑んだ。

「私のことを大切に思ってくださっていることが分かっただけで十分です。後は、これからを作っていきませんか?」
「作っていくとはどういうことだ?」
「日々の思い出と一緒に、お互いの気持ちを育んでいくという意味です。私、他の女の子に負けませんから。絶対に、私の方にしっかりと向いてもらえるように頑張ります」
 メルエーナは両手を握って決意を新たにする。

「……知らなかったな。お前がそんな悪趣味だったなんて」
 ジェノは呆れたように言うが、その声色は優しかった。

「そんな事はありません。ジェノさんの自己評価が低すぎるだけです」
 メルエーナも少し怒ったように言いながらも、その声色は明るい。

「ですが、まだ一年と少ししか私たちは一緒に生活していないんですから、知らないことがあるのは当たり前です。ですから……」
 メルエーナは勇気を振り絞り、その言葉を口にした。

「ですから、ジェノさん。私と付き合って……交際してくれませんか?」

 メルエーナが発したその言葉に、ジェノははっきり応える。

「分かった」

 と。
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