彼は、英雄とは呼ばれずに

トド

文字の大きさ
225 / 249
第五章 邂逅は、波乱とともに

㊷ 『温泉にて③』

しおりを挟む
 火照った体は、湯から出ただけで涼しい。入浴する前までは暑いと感じていたはずなのに。

 ジェノは少しその涼しさを味わうと、メルエーナに伝えて置かなければいけない事柄を口にする。

「メルエーナ。お前に話しておかなければいけないことがある」
「はい。何でしょう?」
 嬉しそうな声が返ってくるのを聞き、ジェノは少し気が重くなる。
 更には、どうしてこれを話す前に、メルエーナの申し出を受けてしまったのかと後悔した。

(いや、何を後悔しているんだ? これでメルエーナが俺との交際を諦めてくれるのならば、それはそれで……)
 少し湯に浸かりすぎたせいだろうか? どうも思考がおかしい気がすると、ジェノはそんな考えを抱いたのを湯のせいにし、言葉を続ける。

「俺の体には、例の<霧>と関係している化け物が封じられている」
「…………」
 先の<聖女の村>での一件を話した際には、敢えて口にしなかった事柄をジェノはメルエーナに話すことにした。

 荒唐無稽すぎる話に、メルエーナも戸惑っているのだろう。ジェノの声だけが、二人きりの小さな温泉に響き渡る。

 ジェノは分かりやすく、けれど要点を外さずに説明した。
 なぜその様な事になったのかも。過去にその<獣>の暴走で、多くの人間を手に掛けたことも。そして、今も危険であることを。

「……信じられない話だと思うが、これは真実だ。俺の感情などという不確かなものが発動装置になってしまっている以上、近くにいる人間を巻き込まない保証はない」
 ジェノはそこまで言うと口を噤む。そして、ただメルエーナの言葉を待った。

 メルエーナはどんな反応をするだろう。

 ふざけた言い訳を並べて、交際を有耶無耶にしようとしていると怒るだろうか?
 それとも、こんな仕打ちをされたことに泣いてしまうだろうか?
 いや、きっとただ呆れているのかもしれない。

 この温泉が静まり返って、メルエーナが口を開くまではそれほど長い時間だったわけではない。けれど、何故かジェノにはとても長い時間の様に思えた。

「実は、レイルン君が私に教えてくれていました。ジェノさんには、良くないものが憑いていると」
 メルエーナは静かに、ジェノの想像とは違う穏やかな声で言った。

「レイルンが?」
 レイルンは妖精だ。人間とは違う感覚を持っているのだろう。だから、この体に封印されているあの<獣>の存在にも気づいていたのだろう。

「はい。正直、私には漠然とし過ぎていて、何のことだか分かっていませんでしたが、今のジェノさんの話を聞いて納得しました」
「……そうか」
 ジェノは同意の言葉を返すだけだ。

「そして、いろいろなことが繋がりました。イルリアさんがジェノさんに負い目を感じている訳も、ジェノさんが普段から感情を表に出さないようにしている理由も……」
 メルエーナのその言葉に、何故か重い気持ちだったジェノは、それとは別の渋い顔をする。

「メルエーナ……。お前は一つ勘違いをしている」
「えっ?」
 メルエーナの驚く言葉に、頭が痛くなってくるジェノ。

「俺がぶっきらぼうで感情を表に出さないのは、ただの俺の性格だ。<獣>は関係ない」
「ええっ! そうなんですか? 私はてっきり、警戒をしているためだと……」
「正気を失いそうなほど激しい感情に流されそうになるときは気をつけるが、それ以外は素だ」
 ジェノは少し語気を強めてしまったことに気づき、気持ちを落ち着かせる。

 どうもメルエーナと話していると、他の人間の様に冷静に対応することができなくなる。こんな相手は、バルネアさんだけだと思っていたはずなのに。

「……そうなんですね。それがジェノさんの、素の性格なんですね」
「んっ? どういうことだ?」
 メルエーナの物言いが気になり、尋ねる。しかし、彼女は、

「いいえ。<獣>が原因でないことが分かって、少しホッとしただけです」

 そう何故か寂しそうに言う。

 メルエーナの言葉が嘘であることはすぐに分かったが、敢えて深く問いただすことではないと判断し、ジェノはいつものように、「そうか」とだけ口にするに留めた。

「ジェノさん、それよりも、これからのことを考えないといけません」
「これからのこと?」
「はい。私は魔法のことは良く分かりませんが、ジェノさんの症状が特殊なもので、リットさんでも根治できないというんですよね? でしたら、イルリアさんが行っているように、昔の凄い魔法の品物か、リットさん以上の魔法使いさんを探さないといけませんから。
 あっ、エリンシアさんは信用できますし、今回の報告がてら相談しにいきませんか?」
 メルエーナは普段と同じ口調と声色に戻り、困難なこと柄に当たり前のように取り組もうとする。

「待て、メルエーナ。これは俺の問題だ。お前にこれ以上迷惑をかけるわけには……」
「そんなの水臭いですし、何も手伝わせてくれないほうが私には辛いです。私の大切な人が困難な症状にあるのですから、それに手を貸したい、力になりたいと思うのは当たり前じゃあないですか」
 メルエーナの声は優しい。けれど、決して引かない強さも感じられ、ジェノは嘆息するしかなかった。

 どうもメルエーナは、好意を寄せた相手に尽くすタイプの人間なようだ。
 それは美点のようで、危うい点でもある。
 これがもしも、メルエーナが碌でもない男に好意を寄せていたら、彼女の人生がめちゃくちゃになっていたに違いないだろう。

 それを考えると心がざわつく。

(んっ? 何故だ? どうして俺は……こんなことを……)
 自分もその碌でもない男の一人であるのになと考え直し、ジェノは湧き上がってきたよくわからない何かを胸底に押しやることにする。

「メルエーナ。もう一度湯船に軽く入ったら、俺は出るつもりだが、お前はどうする?」
「はい。私もそうします」
 メルエーナは、そう言って自分に合わせてくる。

 それを理解し、ジェノはもう一度ため息をつくと、静かに湯に体を委ねる。

 そこで何故かは分からないが、先ほどとは違い、ジェノは肩の力が抜けて、温泉を心から楽しむことができたのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

一国一城の主を目指す!〜渇望の日々を超えて。

リョウ
ファンタジー
 何者かになりたかった。  だが現世でその願いは叶わず、男は敗北感と悲嘆を胸に沈んでいた。  そんな彼の前に現れたのは、一柱の女神。  導かれるまま異世界へ転移した男は、新たにレイと名乗り、剣も魔法も身分もない底辺から成り上がることを決意する。  冒険者として生きる術を学び、魔法を覚え、剣を磨き、人と裏社会を見極めながら、レイは少しずつ力を蓄えていく。  目指すのは、ただ生き延びることではない。  一国一城の主となり、この世界で“何者か”になること。  渇望を燃料に、知恵と執念で上へ上へと這い上がる、ダークファンタジー成り上がり譚。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...